第十二話
「………」
バルバリッチャとの戦いから数日後。
ネロの傷が癒えた頃、ビーチェはネロと共にディーテの街を歩いていた。
旧時代の名残が見える廃墟を通り抜け、見慣れた場所まで辿り着く。
「ここは?」
ネロは首を傾げて訊ねた。
目の前に広がっているのは、率直に言ってゴミの山だ。
人間の使っていた家具に似た物から、用途の分からない物まで様々な物が山の如く積み重なっている。
「ここはゴミ捨て場よ。上の連中にとってはね」
「上、と言うと」
「そう。上層の貴族気取り共」
皮肉気な笑みを浮かべてビーチェは言った。
「上層の連中は金持ちらしく振る舞うのが大好きだから。すぐに新しい物を欲しがるし、すぐに物を捨てたがる」
滑稽だ、とビーチェは心底思う。
結局のところ、上層の連中もビーチェと何も変わらない。
魔王に怯え、支配から逃れたと言う事実は変わらない。
それなのに、同じ立場のビーチェ達を少しでも見下そうとするのは、折れかけた自尊心を少しでも満たす為だろう。
「…つまり、ここにあるのは連中の捨てたゴミだと?」
「そう言うこと。とは言え、奴らにとってゴミでも下層の私達にとっては宝物みたいだけど」
言いながら、ビーチェは殆ど壊れていない何かの道具を取る。
それは魔力によって動く魔道具の一種だ。
人間の文明が崩壊した後、悪魔の間で流通している物である。
流通、と言ってもその殆どは魔王の眷属の間だけであり、ディーテにあるのはそこから流れてきた物ばかりだが。
「悪魔は頑丈だから、毎日食べなくても別に死にはしないけど、少しは娯楽が無いと生きている意味が無いと思わない?」
「それは確かに」
「だから何か面白そうな物があれば、いつもここから持ち帰っているのよ」
所詮、上層の連中にとってはただのゴミの山だ。
下々の者達が勝手に拾った所で、目を付けられることは無いだろう。
「…まあ、問題があるとすれば、コレを欲しがるのは私だけではない、ってことだけど」
うんざりしたようにビーチェは周囲に目を向けた。
コレもまた見慣れた光景。
人相の悪い男達が二人を囲むように現れた。
彼らの目的もビーチェと同じ。
それに加えて、ビーチェ自身も獲物に追加されたのかもしれないが。
「悪いけど、任せたわ。ネロ」
「はいはい。仰せのままに」
ネロも最早慣れたように、己の魔爪を発動させた。
「終わったみたいね」
途中から戦いも見物せず、宝探しに夢中になっていたビーチェは呟いた。
「倒したのは半分くらいだな。残りは逃げた」
「別にいいわよ。あんな連中、わざわざ殺す価値も無いでしょう」
興味も無さそうにビーチェは言う。
「それで? もう用事は済んだのか?」
「そうね。これくらいでいいでしょう」
それなりに収穫はあったのか、ビーチェは幾つかの魔道具を地面に置いた。
言葉も無く、ネロはそれを纏めて影の中に仕舞い込む。
「さて、それでは…」
「いやぁ、凄い凄い…!」
「…?」
突然ネロの声を遮って、剽軽な男の声が聞こえた。
二人は訝し気な顔を浮かべて、声の主を見る。
「オレっち、感動しちゃったよ! 君って強いなー!」
そこに居たのは、貴金属を身に纏った貴族のような風貌の男だった。
口には旧時代のパイプを咥え、そこからプカプカとシャボン玉を浮かばせている。
腰には玩具のようなカラフルな銃を下げており、悪ふざけた染みた雰囲気に拍車をかけていた。
(…この男、もしかして上層の)
ビーチェの目が僅かに鋭くなる。
このディーテの街で、こんな格好をするのは上層の悪魔だけだ。
ゴミを漁る下々の悪魔を馬鹿にしに現れたのか、とビーチェは男を睨んだ。
「おっと、申し遅れた。オレっちはアリキーノってんだ。そちらは?」
「…ビーチェよ」
「ネロだ」
「ビーチェちゃんとネロちゃんな! よろしく!」
明らかに警戒した様子の二人に気付いていないのか、アリキーノは笑みを浮かべて言う。
(ビーチェ、ちゃん)
(…俺もちゃん付けか)
どこか複雑そうに二人は苦い表情を浮かべた。
「それはそうと、お二人とも、この後は空いているかい?」
何が楽しいのか、未だに笑みを浮かべたままアリキーノは訊ねる。
「良ければこれから一緒にオレっちのアジトに招待したいのだけど?」
「…何?」
唐突な提案に、ネロはアリキーノの顔を睨んだ。
「何を企んでいるんだ?」
「何も? ただ君の強さに感動し、どうかオレっちの仲間になって欲しいと思っているだけさ」
「…俺を、仲間にしたいと?」
「そうさ」
ニコリ、とアリキーノは笑みを深めた。
「魔王の眷属すら倒す実力。そんな悪魔を味方にしたいと考えるのはおかしいか?」
「ッ!」
その言葉にビーチェは息を呑む。
この男、知っているのか。
ネロがバルバリッチャを倒した事実を知った上で、その力を得る為に接触してきたのか。
「で? どうかな?」
「断る」
躊躇いなくネロはそれを拒絶した。
ぴくり、とアリキーノの眉が動く。
「…理由を聞いても?」
「俺の仲間はビーチェだけだ。お前の仲間になる気は無い」
「……………」
アリキーノは口を閉じた。
重い沈黙が辺りを漂う。
実力行使に出る気かもしれない、と二人は警戒を強める。
「…そうか。なら良い」
「何…?」
「無理強いする気は初めから無い。それをしたら、オレらも魔王と変わらなくなるからな」
そう言って、アリキーノはあっさりと二人に背を向けた。
「だがまあ、その気になればいつでも来てくれ。歓迎するからさ」
「…何だったんだ?」
アリキーノが立ち去った後、ネロは呟く。
一方的に仲間になれと誘い、断られれば呆気なく退いた。
あの男が何を考えていたのか、ネロにはさっぱりだった。
「さあね。上層の悪魔の気まぐれじゃないの?」
「気まぐれ?」
「そうよ。長く生きた悪魔ほど、訳の分からない行動をするものなの」
無駄に金品を集めてみたり、意味も無く他者を虐殺してみたりと。
長く生き過ぎた故の退屈を癒す為、突拍子もない行動に出る。
理由など無い。
ただの暇潰しだ。
「一々気にしても仕方が無いわ。行きましょう」




