第十話
過信と慢心。
力に溺れ、どんな相手だろうと力づくで捻じ伏せる。
例えどんな相手だろうと、自分は絶対に負けない。
そう、信じていた。
『………』
かつて、バルバリッチャは王だった。
何十と言う悪魔達を従え、支配していた。
誰もがバルバリッチャを恐れ、そして崇拝していた。
満ち足りていた。
何よりも充実した日々だった。
だが、そんな日々は唐突に終わった。
『…弱い。弱いなァ、お前は』
魔王。
それは、バルバリッチャの想像を超えていた。
何の前触れもなく、男は現れた。
手も足も、出なかった。
『だが、良い暇潰しにはなった。褒美として命は奪わないでやろう』
バルバリッチャの両手足を引き千切った後、魔王はそう言った。
『その代わり、命以外は全て奪う』
選択肢など、無かった。
自由を奪われ、強制的に魔王の眷属となった。
自分に付き従う仲間達も、全て魔王に喰い尽くされた。
何もかも、失った。
命以外、何も…
「ウザってェんだよ! テメエは!」
憤怒の表情を浮かべてバルバリッチャはミサイルを放つ。
同時に、ネロの生み出した影のミサイルも放たれた。
「それで俺の真似をしているつもりか! あぁ!?」
ミサイル同士が衝突し、空中で相殺する。
それに構わず、バルバリッチャは新たなミサイルを生み出し、放ち続けた。
「!」
ネロもまた同じように同数のミサイルを生成し、バルバリッチャの攻撃を相殺する。
次々と放たれるミサイル同士が虚空で相殺し合うと言う異様な光景が広がり、爆炎と爆音が周囲に響く。
冷静さを失い、怒りのままに執拗な攻撃を繰り返すバルバリッチャ。
それに対し、ネロの顔には段々と焦りが浮かんできた。
(…圧されている)
二人の戦いを眺めながら、ビーチェはそう感じた。
ネロはバルバリッチャの猛攻を防いでいるが、次第に圧されつつあった。
やはり本来の使い手の方が慣れているのか、バルバリッチャのミサイルを生成する速度はネロよりも速かった。
その差は僅かだったが、これだけ長く戦い続ければ、それは決定的な差となる。
「ッ!」
そして遂に、拮抗は終わった。
もう防ぎ切れないと判断したネロはバルバリッチャに背を向け、走り出す。
「…は。はははははは! もう限界か? 口ほどにもねえなァ!」
それを嘲笑しながら、バルバリッチャは新たなミサイルを放つ。
「こいつは追尾ミサイルだ! 逃げられると思うなよ!」
放たれた三発のミサイルは、まるで生きているかのような軌道を描き、ネロの背を追い掛ける。
「無様だな! 無様だなァ! ははははははは!」
その惨めな姿にバルバリッチャは笑いが止まらなかった。
この世は弱肉強食。
思いあがった弱者は、より強い者に踏み潰されるように出来ているのだ。
己の領分を弁えない者は全てを失う。
かつてのバルバリッチャのように。
「魔爪『オンブレ・チネージ』」
「…ん?」
その時、ネロは足を止めた。
ミサイルを振り切れないと判断したのか、立ち止まり、能力を発動させる。
瞬間、爆音が響き渡り、舞い上げられた土煙がネロの姿を消した。
「…命中したのか? 遂にくたばったか?」
「まだだ!」
土煙の中からネロが飛び出した。
所々に火傷の跡を残しながら、ネロは走り出す。
その背を二発のミサイルが追い掛けていた。
(命中したのは一発だけか…? 影を使ってダメージを最小限に抑えて…)
「これなら、どうだ!」
ネロは走りながら叫ぶ。
その視線の先には、バルバリッチャが居た。
「どこまでも追尾してくるのなら、俺がお前に近付けばどうなる…!」
「!」
バルバリッチャはネロの狙いに気付く。
ミサイルに追尾されたままバルバリッチャに特攻し、ミサイルをぶつけるつもりだ。
バルバリッチャ自身の力で、バルバリッチャを倒す作戦なのだ。
「くらえ!」
ネロの体が、影の中に沈み込む。
直前で標的を失ったミサイルがそのままバルバリッチャへと襲い掛かる。
「…ハッ、馬鹿が」
バルバリッチャは失笑を浮かべた。
どんな作戦かと思えば、ただの小細工か。
この程度の作戦でバルバリッチャを殺せると本気で思っていたのか。
「解除」
一言そう呟いた。
例えバルバリッチャの手元を離れようとも、このミサイルがバルバリッチャの能力の一部であることは変わらない。
敵を追尾すると言う自動的な性質を与えていようと、その気になればいつでも元の土塊に戻せるのだ。
だからネロの作戦は初めから破綻していた。
その筈だった。
「…な、に?」
ミサイルが土塊に戻らない。
能力が解除されない。
(そうか…! このミサイルは…!)
バルバリッチャの生み出した攻撃ではない。
それをコピーして見せたネロの影。
既にバルバリッチャの攻撃は全て防がれており、あの土煙はそれを隠す為の罠。
自分で生み出したミサイルに追いかけられているように見せることで、バルバリッチャの油断を誘った。
(コレが、狙いだったのか…!)
その瞬間、二発のミサイルがバルバリッチャの肉体に着弾した。
「勝った…? 魔王の眷属に…?」
呆然とビーチェは呟いた。
信じられなかった。
魔王の眷属とは、その実力を魔王に認められた悪魔。
特にトロメーアの眷属はどれも並みの悪魔とは比べ物にならないと言われている。
事実、バルバリッチャの実力はビーチェが今までに見たことが無い程の強さだった。
にも拘わらず、ネロは勝ってしまった。
「どーよ、ビーチェ。君の騎士の実力は?」
自慢げに語るネロの体はボロボロだった。
傷の無い場所を探す方が大変な程に全身傷だらけで、今は再生しているが一時は片腕も失っていた。
だが、そんなことはどうでもいいとばかりにネロは己の勝利を誇っていた。
「…そうね。正直、驚いたわ」
トロメーアの眷属と聞いて我を忘れていたが、冷静に考えれば随分と無茶なことをネロに願っていた。
本来勝てる筈の無い相手にネロは勝ち、ビーチェの願いに答えた。
ビーチェがどれだけ猜疑心が強いとしても、その事実は認めなければならないだろう。
「さて、それではどうする?」
「取り敢えず、アイツを縛り上げて、それから…」
「誰を、縛り上げるだと?」
その時、怒りに満ちた声が聞こえた。
驚き、視線を向ける二人の前で、バルバリッチャは立ち上がる。
「………」
手足は黒く焼け焦げ、片目は潰れていた。
それでも残った眼で殺気を込めて、ネロの顔を睨んでいる。
「チッ…」
潰れた方の目を抑えながら、バルバリッチャは大きく舌打ちをした。
「…次は、殺す」
そう言い残すと同時に、バルバリッチャの足下が音を立てて爆発した。
地面が焦げ、黒い煙がバルバリッチャの姿を隠す。
「………」
そして黒い煙が消えた後、バルバリッチャの姿はどこにも無かった。




