表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

侯爵令嬢シュトーリナ

婚約解消!ほっほーい! 王妃教育から解放されたら可憐な笑顔が花咲き饒舌になりました

作者: 倉門輝光

主人公が語る王妃教育体験の中に鞭で叩かれる等の体罰の表現があります。

「シュトーリナ・ハウゼン、此の度、私とそなたとの婚約を解消する運びとなった。これは国の決定である。お前が了承したという証が必要だ。速やかにこの書類にサインをし、自宅にて次の沙汰を待つが良い」



 ダミーダコリャ国の王太子であり、ハウゼン侯爵令嬢であるシュトーリナ・ハウゼン(16歳)の婚約者の、いや、婚約者であった、ちょっと微妙だけど見られなくはない、言ってみれば若干美青年の枠に入れても良いかもしれない…かも?という感じのマージス・カ・ダミーダコリャ殿下(17歳)が、学園の夏休み前の楽しいイベント「真夏の夜の舞踏会」の会場で、婚約解消の書類を高らかに掲げ了承をせまって来た。


 会場でとは言え、場所はフードコーナーの付近であったので、イベントで盛り上がっている多くの生徒達は、特にそれに気づくこともなく、丁度その近くにいたほんの一部の者達だけが驚いた様子で成り行きを見守る事となった。


 シュトーリナ・ハウゼンは、いずれはこうなるという予感があったので、心の準備もその他の準備もすっかり整っており、特に取り乱す事もなく静かに頷き、王太子の言葉に礼を執って答えた。


 「謹んでお受けいたします…わっ!」


 (あ、いけない。つい語尾に力が入ってしまった)


 シュトーリナは心の中で己を叱咤した。


 (落ち着けわたくし。ここはまだ冷静であれ。長年の王妃教育の成果を今こそ発揮するのよ。腹の中が読めない張り付けた能面のような微笑で対応するの。喜びに打ち震えるのはこの場を離れてからよ)


 「まだですまだです。どうどう…、抑えろ抑えろ…呼吸を止めるな息をしろ…よし」


 「シュトーリナ?」


 「…失礼致しました。つい声に出してしまいました。殿下、どうぞお続けくださいまし」


 「あ、ああ、えー、それでは本日を以てそなたと私の縁は終わるわけだ。長い間ご苦労であったな。何か言い残すことがあれば聞こう。恨み言で良いぞ。私もそなたを愛せずに悪かったとは思っているのだ。今だけ何でも言うが良い」


 「バカじゃねえの…いえ、えーとえーと、バカジャネーノ商店のお菓子は大変美味しゅうございますわね。ほほほ。コホン。

 わたくしは特に恨み言を申し上げるような気持ちもございません。わたくしも至らぬ点が多々ございましたでしょうし、うふふ。はぁ、解放感とは素晴らしいものでございますわね、うふふふ」


 (ダメだ、止まらない)


 「な、なんだ急に。今まで取り澄ましているだけだったお前が、私の前では見せたことのないような笑顔で…。そ、そのような顔をしても既に私の気持ちは決まっているし、婚約解消は変わらぬぞ。何しろ国の決定による婚約解消であるからなっ」


 予想もしなかった笑顔を向けられ、不覚にもハートに響いてしまった王太子はあからさまにドギマギしている。


 シュトーリナは思った。


 (あらあら、何を赤くなってるのかしら。そりゃお前、いえ、あなた様の前では素の笑顔などはお見せしたことはございませんでしたものね。だって、未来の王妃らしくあれとビシバシ教育されて参りましたもの。作り笑いを作るのに必死で、素で接するなどムリムリムリ)


 能面微笑を己の表情筋に叩き込む為に、寝る時もテープで固定して寝ろと言われたものだったわ…などと思い返すと、テープで(かぶ)れガサガサになった頬の痒みが一瞬蘇ったような気がした。


 ふと、「特に言うこともないと思ったけど、とりあえず今後の為にお伝えしておいた方が良いのかもしれない」と思いついたことを言おうと口を開く。


 コホン。 


 「殿下」


 「む、なんだ?」 


 「特にわたくしから申し上げることは何も無いと思っておりましたが、ひとつだけございましたわ。聞いて頂けますか?」


 「ああ、ひとつと言わず全て言うが良い。これが最後の機会であるからな。お前の愛に応えてやれなかった私のせめてもの罪滅ぼしだ」


 「…ありがとうございます」


 シュトーリナは、正確な事実として、バカ、いや、無能な上司…じゃなくて、殿下でもわかりやすいように整理して伝えようと、考えながら言葉を選びながら、長年王妃教育を受けて来た者として体験を交えた感想、そして意見を言葉にする。  


 「まずは、わたくし、殿下に感謝を申し上げねばなりません」


 そう言って湧き上がってくる喜びに顔をほころばせると、いつも「つまらぬ女だ」とバカにし蔑む目で見ていた殿下が、「うっ」と呻いて目を見はり、今度は首まで赤くなる。


 呻きに気付いたシュトーリナは、あらあら殿下、うっだなんてマンボですか?あれは気分が高揚して踊りたくなる曲でございますわよね。殿下もお喜びなのね。わかります。…と共感した。


 「ふふふ、ウッ!マンボ!!ですね?」 


 「な、何を言っている。訳のわからぬ事を…!それにその、花がほころび甘く香り立つような、見る者を魅了する美しい笑顔はなんだ…っ!私を今更攻略でもする気か…?!」 


 「まあ、ご冗談…をっ」


 「なんかお前、さっきから急に話し方や様子が変わったな。あれか?私との縁が切れて悲しみで乱心でもしたのか?」


 「まああ、またまたご冗談…をっ。あら嫌だわ、どうしてもつい語尾に力が。というか殿下、寝言は寝て言えですわよ。うふふ、お・寝・坊・さん!」


 「お、おま…っ、どうしたんだ、そんな天真爛漫な心のままにクルクルと変化する可愛らしい表情…なんか随分とドキッとしたぞ」

  

 「そんな事はどうでもよろしいわ。話をさせてくださいましね?」


 「どうでも良いって…」 


 王太子の動揺はスルーしてシュトーリナは姿勢を正し話を続ける。


 「殿下、此の度の婚約解消については、国の決定事項とのことではございますが、その実は殿下ご自身が他の方をお妃にしたいから手を回したという事でございましょう?ええ、大丈夫ですわ。わかっております。その事についてお恨みするつもりはございません。ご安心くださいませ。

 何ならむしろ、応援してます頑張って!というのが正直な気持ちですの」


 「あ、うん。そうか」


 「わたくしと致しましては、ずっと背負って来た、望まぬ、望まぬ、あ、望まぬ重荷を降ろさせて頂き、感謝こそすれ傷つく事など微塵もござらぬ、のですわ。

 何よりも、ダミーダコリャなどというフザけているとしか思えない姓を名乗らずに済むという喜びに、自然と涙してして神に感謝の舞を捧げてしまいそうになる程です」 


 「…何で望まぬを3回言った。そして私の、この国の名をフザけてるなどという発言は、かなり強烈な不敬罪だぞ!」 


 「わたくし、王妃教育の中で、事実は事実として受け止めることを徹底して教育されましたので、例え不敬と言われようともこればかりは譲ることは出来ませんわ!」


 「更に酷い…」そう言って王太子は涙目になった。 


 「余計な脇道にそれてしまいましたわ。失礼致しました。この後の事もございますし、あまり長く話すのは如何がかと思います。早く退出したいので少々早口で進めますが、よろしいですね?

 わたくしが申し上げたい事は王妃教育についてでございますの。それでは一気に行かせて頂きます」


 王太子は無言で頷いた。

 

 「殿下は常々、お前は表情がないとか、お前は何を言っても微笑の面をつけておるようで面白くない女だとか、あのアンジェリカの様な豊かな感情がキラキラと溢れる天真爛漫な笑顔を見ろとか、少々粗忽者でも、ああいう素直で可愛い女が私は好きなのだとか、まあ、色々と仰っていました。いえ、咎めてはいる訳ではございません。

 ただこの後は、アンジェリカ様をニュー婚約者として立てるおつもりかと存じます。その前に王宮での王妃教育の内容を再考し、現状をしっかりと把握なさってシステムを変えていきませんと、殿下の愛するアンジェリカ様の自然で素直な愛らしい笑顔が、恐らく3日から一週間程でお面と化す事を、私は予言させて頂きます」


 「どういう事だ!私の愛しいアンジェリカが変わってしまうとでも言うのか?」


 「ええ、変わりますわ。ビシッと、そしてバシッと自信を持ってここに断言致します」


 「王妃教育など、それ程大したことでもあるまいに…」


 その言葉に、チッチッチッと人差し指を左右に振りながらシュトーリナは続ける。


 「わたくし、6歳の時に『ハウゼン家のシュトーリナは、元気で面白くて可愛くてすごく気に入ったから、あの子をお嫁さんにしたい!一緒に木登りしたり魚を獲って遊びたいのだ!』という、幼く無垢であり、しかし無知な殿下の一言で、その直後から王宮にて日々王妃教育を受ける羽目になりました」


 「そうだっけ?確かに薄らと、元気で可愛くて若干乱暴な子が初恋だったような記憶はあるが…。え?あれはお前だったのか?!」 


 「…わたくしでございます」


 明るく無責任発言をして、人の人生を大きく動かしておきながら忘れていたらしい王太子。その言葉に答えながら、拳を握り関節をバキバキならしてしまうシュトーリナ。


 「…っ!今と全然違うではないか。別人ではないか!一体何があった?!」


 「いや、だから王妃教育だっつってんだろ、ですわ」


 「王妃教育…、一体そこに何が?」


 シュトーリナは王太子から目を逸し周囲を見回して、最近社交界で流行りの、立ったまま食べるのがマナーだという東国シャボンのタチグイソバーンという麺を食べながら、何気に2人の会話を聞いていた学園の生徒たちに向かって言う。


 「この場でたまたま聞いている皆様も覚えておいてくださいませ。王妃教育という名目で密かに行われて来た人格矯正、いえ、虐待について」


 ざわざわ。ズルズル。


 「王妃教育の内容は、もちろん教養として大変に高度で有益な学びがほとんどでございます。政治、経済、歴史、音楽、芸術、ダンス、語学、帝王学、人心掌握術、礼儀作法、国家防衛と戦術、保健体育、世界情勢と株の動きの見極め術、護身術という名の暗殺術…等、どれを取っても糧になる内容でございました」


 「我等王族とて幼い頃より厳しく学んで参ったが、世界情勢と株の動きの見極め術とか、護身術という名の暗殺術とか、あと保健体育はなかった…。だが、いずれも糧になる内容であったのなら良いではないか」


 「ほほほほほほほほほほほほほほほほほほほ。バカ…いえ、やはりお坊ちゃまは何もおわかりではないのですね。わたくしが問題と致しますのは内容ではなく、これらを教育をする側の人間について、教師陣の人としての質についてでございます」


 「質だと?我等と変わらぬ教師が手配されていたはずだぞ」


 「ええ、そうですわ。ですが、王族の方々に対しての対応と、いつ挿げ替えられるかもわからぬ『婚約者』或いは『婚約予定者』への対応とでは雲泥の差がございましたのよ。

 殿下は、私が殿下や王女殿下達と同様に、ややゆったりのんびりと、大して出来も良くないのに大げさに褒められ、良い気になって甘やかされながら教育をされていたと思っていらっしゃるのでしょうね?」


 「なんか所々が引っかかる言い方だが、しかしシュトーリナとて我等と同じ様に大切に扱われていたであろう。そうではないというのか!?」


 「とんっっっでもないことでございますわ。いえ、もしかするとわたくしの勘違いで同じ扱いだったのかしら?

  殿下も一度説明されただけで、しかも要領を得ないド下手な説明をされただけで、すぐに飲み込めず上手く出来ない時に、鞭で叩かれた事はおありですか?」


 「…あるわけないだろう」


 「痛みに顔を歪めながら耐えると、可愛げがないと更に叩かれ、泣けば泣いたで我慢が出来ないのかと叩かれ、この頭は何のために付いているのかと髪を引っ張られ罵られ、答えられないと頬を打たれ、ダンスのステップを間違えると杖で足の甲をグリグリされ、この程度も出来ない無能なクズと蔑まれた事はございまして?」


 「…ない」


 王太子は顔を青くする。


 「わたくしは6歳の時から毎日毎日、怖くて痛い思いをしない日などございませんでした。お辞儀が下手だと、まだ熱いお茶を頭からかけられた事もございました」


 「言ってくれれば良かったのだ。何故、何故言わなかったのだ!?」


 「お妃教育で行われることは極秘事項なので、教室にいない者には決して口外してはならないときつく言われておりましたし、話せば家族共々処刑されるのだと脅されましたの。…誰にとは申しませんが、パトリシア・バーミリオン伯爵夫人と数名の教師達に」


 「言ってるじゃないか。しかし、あの優しいバーミリオン伯爵夫人が…信じられない」


 「そうでございましょうね。殿下への態度は優しく穏やかで、わたくしの授業の時とは全く違いましたもの。

 わたくしは初日から厳しくされましたので、ずっとそれが普通なのだと思っておりました。もう嫌だと両親に訴えましても、詳細を言えず、ただわがままを言っているだけだと受け止められ聞いては貰えませんでした。

 そうして耐える事数年、やがてさすがにわたくしも気付いたのですわ。このバーミリオン伯爵夫人を始めとした厳しい教師達は、力の無い幼い子どもを虐めて、王家への不満によるストレスの発散をしてるだけじゃないのかしら?と」


 「王家への不満?まさか…」


 「もちろん良い教師、いえ、まともな感覚の教師もいらっしゃいましたよ。わたくしが出来るだけ理解しやすいようにと説明の仕方を考え、頑張った時には褒めて下さる、そんな方も。

 ですが、どの教師とは申しませんが、政治、歴史、芸術、音楽、ダンス、語学、礼儀作法の担当の方々は酷うございました」


 「あやつらか…」


 「礼儀作法の教師であったバーミリオン伯爵夫人同様に、様々な知識を教えては下さるものの、わたくしを見下して、度々理由をつけては折檻をする方々でした。

 大きくなるに連れて、さすがに身体に痕に残る傷を付けるのは不味いと思ったのか、鞭などの体罰は減りましたが、その頃にはすっかり恐怖と痛みは教え込まれておりましたし、代わりにと酷い言葉で心を攻撃して来るようになりました。

 口では気高くプライドを持った淑女となれと教えながら、実際の対応では劣等感を植え付け、恐怖でバーミリオン伯爵夫人や教師達の言いなりになるように教育されましたの。未だに指をこのようにパチンと鳴らされると身体がこわばりそうになりますわ…」


 「未来の王妃を自分達の言いなりになるように教育するなど、それは…反逆を企んでいると思われても仕方のない所業…」 


 「何人かは企んでおいでだったのでしょうね。わたくしは12歳になる頃には、もう何も望まず言われたことだけをこなすようになっておりました。その頃には殿下も「人形みたいでつまらない。なんでお前みたいなのが婚約者なんだろう」と言っておいででしたものね。

 でも、そうなればなる程、教師達には褒められたんですの。お会いする大人達も「落ち着きがあり未来の王妃として有望だ」と仰ったわ。

 御しやすいという意味でもあったのかも知れませんわね。だって、殿下ご自身を見てもわかりますでしょ?おつむが少々緩い方が扱いやすいですものね」


 「お前、…それは不敬だぞ」


 「いいえ、ただの事実ですわ」


 「むっ」


 「少しずつ、知らずに王家に対しての悪い考えを吹き込まれましたが、13歳から新たに護身術という名の暗殺術を指導して下さったラインハルト師が、わたくしの様子と反応がおかしいとお気付きになり、身体を動かしての授業の中で少しずつ健康な感覚を取り戻すように矯正をしてくださいました。

 恐らくすっかり洗脳されている状態だったわたくしが、真っ当な感覚を取り戻せたのはラインハルト師、そして、世界情勢と株の動きの見極め術の指導をして下さったアマミヤ師のおかげだと思っています。

 自分自身の心と感覚を養い、現実を事実を自分の目でありのままに見る事。それによってそこに絡む様々な事が見えてくるのだと教わりました。偏るな、自分の中心をしっかりと捕らえていろ…と」


 「なるほど…それは確かにそうだな」 


 「そのような視点から見ましても、殿下は少々おつむが緩いですよ。ほほほ、現実を正しくご覧あそばせ」


 「くっ…」


 凹む王太子。


 「わたくし、バーミリオン伯爵夫人にどんなに悪く教えられても王妃様は好きでしたわ。お優しい方ですし、それに大人になって地位が確立されてしまえば、あのように自由に振る舞えるのだと夢を見させて下さったもの。

 でも、そこまでの道のりは遠く果てしなく感じておりました。いっその事、他のどなたかが立場を変わって下されば良いのにと思いました。本当に王族に嫁ぐなど何の得もなく、心を殺し消して、ただひたすら身を粉にして働かされる、それだけではないかと思いましたの。 


 殿下への愛の欠片もないにも関わらず、愛の欠片もないにも関わらず、愛の欠片もないにも関わらず、幼い頃の殿下のうっかりな一言の責任を一身に背負わされる。なんという不幸かと、一時は確かに殿下を恨みました。とはいっても藁人形を何体か仕込んだ程度ですし、今では感謝しかしておりませんが」


 「藁人形だと?!何のために?!しかも今、愛の欠片もないと3回言った」


 「ふふふ、よく大事な場面で急な下痢をしておいででしたわね。ふふふ」


 「っ!?あれはお前のせいだったのか!」


 「まさか!偶然に決まってるではありませんか。わたくしにはそんな力はございませんわ。賢く美しい令嬢ではあっても魔力がないのですから…」


 「ああ、そうだな。魔力がいつまで経っても芽生えない事も、婚約解消の理由のひとつである」


 「もう、ホントにわたくしったら全く魔力がからっきしで、うふふふ。ですが、なんと!今朝になって急に魔力が芽生えましたのよ。本当に不思議ねえ」


 「何か怪しいな。しかしまあ…今頃魔力が芽生えたと言われても、婚約解消は覆せないぞ」


 「もちろん結構ですわ。ねえ殿下、わたくしは殿下がアンジェリカ様と親しくなって行く様子も好ましく思っておりましたの。そのままどうか、アンジェリカ様を王妃に望んでくださらないだろうかと陰ながら応援していたのですわ」


 「ふ、ふん!では望み通りになって良かったではないか」 


 「はい。晴れて願いが叶い、わたくしはお役御免となる事が出来て、解放して頂けて本当に感謝でいっぱいです」


 シュトーリナは微笑む。王太子はまた心がざわつく。そしてフードコーナーでは、生徒達が食べていたタチグイソバーンがとっくに伸び切っていた。想定していたよりも話が長い。汁を吸ってふやけ嵩増ししたソバーンを生徒達はモソモソと食べ続けている。


 「殿下はご存じなかったと思いますが、わたくしとても手先が器用なのですよ。その事に気付いたきっかけは藁人形作製と暗殺道具の自作の授業でした。タクティカルペンや隠しナイフ、袖箭(ちゅうせん)なども自作致しましたの。素晴らしい才能だと褒められましたわ。

 それから自分でデザインして(かんざし)を作り始め、やがて様々な装身具を作るのが好きになったのです。

 何故こんな話をしているかって?ふふふ、実は既にデザインを提供して市場に作品を広めていますの。これまでは商品は職人に作らせる形になっておりましたが、これからは時間もございますから、自ら製作も出来そうで嬉しくて。

 その殿下のカフスも、胸の飾りピンも、実はわたくしのデザインですの。王都の宝飾店キャラメラでお求めになったのでしょう?国内ではあそこにだけ卸しているのですわ。

 アンジェリカ様にも首飾りや耳飾りをお求めになったと聞いていますよ。気に入っていつもシリーズでお買い求め下さって、ありがとうございます、ありがとうございます、毎度ありがと〜ぅございまぁすっ」


 「え?これそうなの?我が国だけでなく色んな国でもすごく人気だって話題で…」


 「そうなんですの。わたくしワールドワイドな新進気鋭の宝飾デザイナーなのですわ。他国からも直営店を出さないかというお誘いも受けておりますの。それに魔道具もちょちょいと作れるようになったので、この婚約解消によって結婚が難しくなっても、例え平民になったとしても、例え国外に出ることになったとしても、急に芽生えた強大な、強大な、強大な魔力と、そして技術とセンスがございますから生活は心配ないと思いますわ」

 

 「…優秀な国民の流出をほのめかして脅かしているつもりか!?」


 「滅相もない。でも、そんな発想が殿下にあると知り、ちょっとだけ見直しましたわ。にっこり」


 「くっ。その可憐でくすぐったい気持ちにさせる微笑みをやめろっ。俺にはアンジェリカが」


 「そう、そのアンジェリカ様ですわ。これから王妃教育を受けるとなると、わたくしが10年掛けて身に付けてきた事を超特急で学ぶ事になりますから、それだけでも大変かと存じます。

 そう遠くない未来に、死んだ魚のような目で、面を着けたような笑顔しか見せなくなるかもしれませんが、その辺はどうぞ理解をして差し上げて下さいね。

 わたくし、この1年で暗殺術の実践を兼ねて意地悪な教師達にはジワジワと恐怖を倍返し致しまして、逆に教育を施しておきましたので、アンジェリカ様に酷い行いをする者は減っているはずですわ。

 ですが、バーミリオン伯夫人が手強いのです。何しろあの方、ほら、陛下の隠れ愛人でございましょう?」


 「何!?それは真か!?」


 ざわざわ。何となく立ち去りにくくてそのまま話を聞いていた生徒たちがざわめく。


 「ええ、王宮内でも知っている者は限られた数名のみの極秘情報です。あら、言ってしまったわ。わたくしとしたことが…。まあ良いですわね。

 でね、あの方、一応伯爵夫人ですから公に側室にも加われず、長年ずっと陰で燻っている不満から、直接は手を出せない王妃様や殿下に代わってわたくしに執拗に酷い行いをしていたらしいのです。

 あ、ほら、そこにいるバーミリオン伯爵家のディビッド様は殿下の同い年の弟君ですよ」


 「はい!?」


 シュトーリナの言葉に、ぶほっとタチグイソバーンを吹き出したディビッドと王太子が顔を見合わせ固まる。


 生徒達がざわざわと「似ているとは思っていたが、まさか…」とか、「前にディビッドだと思って後ろから金貸してくれよーって抱きついたら、実は殿下でびっくりしたことがある」とか、「剣術の後、更衣室で着替え中にふざけてディビッドのパンツ下げたら殿下でびっくりしたことがある」とか、「俺もディビッドだと思って脳天に空手チョップしたら殿下でびっくりしたことがある」とか言い出した。

 傍から見ても相当似ているようだ。


 「皆様!お二人がご兄弟である件については、後程好きなだけ、存分に検証なさってくださいませ。とにかく今は、今後アンジェリカ様が受ける王妃教育の話が先ですから」


 「待て、私は混乱していてすぐに切り替えが出来ぬ。お前の話は色々と情報量が多すぎる。そして衝撃的過ぎる…!」 


 「シュトーリナ嬢、殿下が僕の兄上だというのは本当ですか!?」


 「…事実ですわ。ですが、今は詳しく話している時間がございませんの。男子たるもの知りたいことはご自分でお調べくださいませ」


 シュトーリナはディビッドにそう言い放ち、未だ混乱している王太子に向き直る。

 

 「殿下、アンジェリカ様の事は殿下がしっかりと支えて、教師陣にも目を光らせ、バーミリオン伯爵夫人の根の深い心の闇を打ち砕き、明るい王妃教育に変えて差し上げてくださいね。

 お二人には愛があるからきっと大丈夫だと信じております。力を合わせて、どうか末永くお幸せに。

 ああ、長く話し過ぎましたわ。わたくしはそろそろ退場致します。

 それではごきげんよう」 


 王太子との望まぬ婚約から解放されたシュトーリナは、いつも「冷たい作り笑顔」と揶揄された硬い表情とは異なり、心から解放された者だけが持つ柔らかく爽やかな満面の笑みでそう言うと、優雅で美しい完璧な礼をした。


 そして、そのまま華麗なターンをして、まるでサンバを踊るように楽しそうに、だが素早く会場を後にした。


 扉が閉まると同時に「婚約解消ばっちこーい!ほっほーい!」という奇声が聞こえたが、それは集団空耳だったのかもしれない。 

 

 後に残された王太子マージス殿下は、混乱したまま婚約解消の書類を手にポツンと立っていた。が、「あ!書類にサインもらってない!!」と叫んで、一回カクンと転けてから体勢を立て直し、猛ダッシュでシュトーリナの後を追って行った。 





 それから半年が過ぎた。 


 「真夏の夜の舞踏会」の後、家には戻らず、次の沙汰も待たず、そのままどこかへ旅立ってしまったシュトーリナの行方は知れない。ハウゼン侯爵家の者達もこつ然と姿を消してしまった。


 婚約解消の書類にサインを貰えていないマージス殿下の婚約者は未だにシュトーリナであり、王太子は何とか本人を見つけ出し書類にサインを貰おうと、律儀に彼女を探しているという。

 複数の国でシュトーリナによる装身具の新作が発表された際に、すぐに駆けつけた王太子は『大好きなブランドにハマっているお洒落殿下』と噂されているようだ。

 だが一部では、笑顔の可憐な元婚約者が忘れられず探し求めているのだとも言われている。多分違う。


 ディビッドは真実を母に問い糾し、自分にだけ冷たかった父親のわだかまりの理由が明らかになると、潔く伯爵家と縁を切った。母の実家である子爵家に身を寄せつつ、辞めずに学園には通い、もうすぐ卒業するようだ。

 時々、王太子と2人で校舎の屋上の庭園で、風に吹かれながらカケソバーンやテンプラソバーンを食べているらしい。何を話しているかはわからないが、「…殿下」「バカモノ、兄上と呼べ」という会話が風に乗って聞こえてきたと言う者もいた。


 アンジェリカはというと、学園の授業と、前倒しで始まった王妃教育を消化するのが大変で、正式な婚約者として立つまでにもうしばらく時間が欲しいので、「どうかシュトーリナ様がまだしばらくは見つかりませんように」と日々祈っているのだという。



 

 婚約解消が完了していない事に気付けシュトーリナ。


 頑張れマージス殿下。


 大志を抱けディビッド。


 そして負けるなアンジェリカ。


 



  〜つづかない〜


 

ドリフターズの長さんの「だみだこりゃ」が天から降ってくるように脳内に聞こえました。そこから生まれたお話。内容にはほとんど反映されていませんが…。

徹夜明けハイの産物です。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです。 


8/29 

続かないはずが続いてしまいました。ドリンク剤を飲んでいたら志村師匠の「あんだって?」が脳内に響き、シュトーリナが恋をする様子が視えてしまいました。

4話完結+番外編1話。


「新しい恋だよ全員集合! 〜続かないはずが続いちゃいました。ほっほーい!〜」 

 9/6完結済


_____________________


誤字報告を頂きました。ありがとうございます。「?!」と「!?」の順番については考えたこともありませんでした。勉強になります!


また、ポイントを入れて下さった皆様、ありがとうございます!

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] テンポがよく、読みやすい。 王子が決して悪人では無いとこ。w [一言] 名前!ww 最後の~つづかない~も!ww 楽しく、とても面白かったです!
[一言] なんとなく読んだら面白すぎました…! なんと続くんですね! シリーズ化うほほーい(ノ゜∀゜)ノ
[一言] 教師陣くそ過ぎるだろ(笑) 普通に犯罪者がいそうだし不敬罪だらけだろwwww
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ