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 スポーツカーから降り、深紅の薔薇を手にして我が家の敷地を歩くリチャード君は、映画のワンシーンのような登場の仕方。手にした薔薇の花びらが少しだけ風に乗って、リチャード君の周囲を麗しく散らしていた。


「まさか初デートでリチャード君が、真っ赤なスポーツカーに乗って迎えに来るとは思わなかったわ。昔の貴族でいうところの【白馬に乗って王子様が迎えに来た】シーンくらいの衝撃かしら?」


 私もリチャード君も一応は貴族の端くれだけど現代人のため、馬に乗って何処かへ出かけるという風習は持っていない。他の貴族の家庭もかなり現代ナイズされていて、車もスマホも日常に馴染んでいるはず。だから『白馬に乗った王子様が迎えに来る』という表現は、一般的な比喩表現の一つと化していた。

 敢えて言うならリチャード君が乗って来たようなスポーツカーが、王子様の象徴的なアイテムだ。


「白馬に乗った王子様ならぬ、赤いスポーツカーに乗った王子様か。男というものは、運転免許を取ったら一生に一度くらいはスポーツカーに乗りたいと願う生き物なんだよ」

「そ、そうなの? 随分とスポーツカーというのは、男性の憧れの象徴なのね」

「とは言え、免許を取ってすぐさまスポーツカーを購入出来るものはごく稀だ。株とFXで自力で購入した努力の結晶が、あの車なんだ。良かったな、婚約者が努力家で……」


 内側から解き放たれる自信たっぷりのリチャード君のオーラの正体は、並々ならぬ努力を重ねて株とFXを研究し尽くした強者の自信に他ならないだろう。よく少女小説の挿絵で背景に薔薇の花を背負って王子様が現れるが、そのシーンの再現を天然で行っているリチャード君に私は圧倒されっぱなしだった。


(うわぁ……リチャード君、今日はこの間会った時よりもさらにカッコよくなってる! はうぅ……微笑むと貴公子みたい。はっマズイ、思わず見惚れてしまった)


「アリシアお姉ちゃん。おはよう……ごめん、待たせたかな?」

「ううん、全然平気よ。おはようリチャード君。わっ……この薔薇の花束、私に?」

「記念すべき初デートだからさ、どんな風に僕の真剣な愛を伝えるか考えたんだけど、オーソドックスに花束のプレゼントが良いと思って」


 爽やかに微笑むとふと白い歯がキラーンと光って溢れる。っていうか、何だか私とは住む世界がますます違う気がしちゃうけど……大丈夫なのかな?


 すると花束を渡すタイミングでちょっと屈んだリチャード君が、蕩けるような甘いトーンで私の耳許でそっと。


「今日は一段と綺麗だよ、アリシア」


 と、初めてお姉ちゃん呼びではなく『アリシア』と名前だけで呼ばれて、一気に顔が真っ赤になってしまう。


 俯いて照れに照れている私をよそに、リチャード君はお父様と軽く談笑し「では、アリシアさんをお借りします」と、爽やかに私をスポーツカーの助手席まで誘導した。

 あっという間に車は発進し、気がつけばデートスポットの海の見える公園へ。


 リチャード君が私の助手席のドアを開けると、海特有のカモメの声が外から響いて来て、ハッと我に帰る。


「ん……アリシア、平気? なんだかずっと無言だけど」

「だって、もうっ! リチャード君、からかっているならやめてよね。いきなり、そのアリシアなんて呼び捨てして来て……。びっくりしちゃったでしょ」

「そうでもしないとアリシアは、僕のことずっと弟みたいな扱いで意識してくれないから。今日はきちんとエスコートするからさ、大人の男だって認めてよね……さあ行こう、僕のお姫様!」


 スッと差し出されたその大きな手は、とっくに大人の男性のもので。言われなくても私は、リチャード君にメロメロだ。差し出された手に、自分の手をそっと重ねる。



 ――スポーツカーに乗った王子様は、とても優しく温かな手をしていた。


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