「満月」
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15-20分程度
題名「満月」
男♂:
女♀:
商人♂(男と被りでもよい):
男 籠目籠目。
籠の中の鳥はいついつ出やる。
夜明けの晩に鶴と亀がすべった。
後ろの正面 誰。
月が出る夜。一人の男が立っていた。
歌っている男の背後には、四肢と首が斬りおとされていた。
夕暮れ。団子を山道の端で団子を食べている商人がいる。
商人 いやぁ食った食った。
やはり、動いた後の団子は格別だわい。
女 すまない。少しいいだろうか?
商人 うん? …おお、こりゃまたべっぴんさんだのう。
それで、どうしたんだい。女一人でこの山道は厳しいだろうに。お連れはいないのかい?
女 いや、一人旅だ。
町はどちらだろうか。少し迷ってしまって。
商人 それは構わんが…(腰に携えている刀を見る)…何か訳ありかい?
女 ……。
商人 ああ、気に障ったならすまぬ。
何分、この時勢にこの山を通る者が珍しくてのう。つい勘繰ってしまったわ。
女 …どういう意味だろうか。
商人 いやな、ここ最近この山に人斬りが出ると噂があってのう。
女 っ、それは本当かっ?
商人 うむ、少し前はこの辺も人が通っておったのだがな。
その人斬りが出るとなってから少なくなり、今ではわしのような行商人しか通らんようになった。
女 …その人斬りはどこに?
商人 わからん。その人斬りを見た者は誰一人生きて帰らなかったと訊く。
ただ月が上る日に現れ出で、日が昇れば四肢が斬り裂かれた死体が残っていたらしい。
女 ……。
商人 わしも町で死体を見たがのう、ありゃ、人が殺したとは思えぬ惨たらしさだったわ。
お侍さんから聞くには、命を断った後も何度も何度も刺したようだ。曰く、物の怪がやったとも言われておるようじゃ。
女 人を殺す物の怪……(小さく呟く)さん。
商人 ん? 何か言ったかい?
女 いや、なんでもない。
商人 お嬢さんも月の出る晩に此処を通るのはやめたほうがええ。
あと、町は東に向かって真っ直ぐ行った先にある。
女 ご心配、感謝する。それと道すがら答えてくれてありがとう。それでは失礼。
商人 お、お嬢さん、そっちは西じゃ。
女 む。すまない。あっちが東だったか。では。
商人 本当に大丈夫かいのう…。
満月の晩。山道に一人の男が立っている。
男 籠目籠目。
籠の中の鳥はいついつ出やる。
夜明けの晩に鶴と亀がすべった。
後ろの正面 誰。
……誰だ?
男が後ろを振り向くと、刀に手を添えた女が立っていた。
女 貴様が人斬りだな?
男 ほう、女か。
今日はついている…一晩に二人も殺せるなんてなぁ。
女 っ、あの時の…貴様が殺したのかっ。
男 おお、殺ったとも。あまり楽しめなかったがな、それでもいい感触だった。
手足の腱を斬り、四肢を裂き、最後は頭を斬り落としたぞ、クハハハ。
女 貴様っ! 何故そこまでする! 何が楽しい!?
男 ク、ククハハハ。楽しいともさ。
俺の手に掛かれば、皆あっという間に死んでいく。まるで、羽虫のようになぁ。
トドメを刺すときの命乞いは滑稽すぎて嗤えるぞ。ああ、だから人を斬るのはやめられない。
女 それが刀を持つ者の言うことかっ。
その刀は誰かを守るためにあるのではないのか!
男 違うなぁ、刀は命を斬るためにある。
人を殺し、仏を殺し、鬼を殺す。生きていればなんだって斬り殺す。それが刀だ。
…そうだ、俺はそうやって生きてきた。あの夜からずっとそうやって生きてきた。
女 …そこまで堕ちたのですか、あなたは。
男 んん? そう言えばおまえ、何処かで見たことがあるな。…まあいい、殺してからじっくりと思い出すとするか。
抜けよ、女。その刀は飾りではないだろう。精々、あの爺よりは斬りがいがあってくれよ。
女 …もう戻れない道なら、私が貴様に引導を渡してやろう。
抜け。せめて人として殺してやろう。
男 ハハハ、抜かせよ女ァ!
刀を正眼に構えた女に、男は片手で刀を振り迫る。
女 スゥ……ハアァッ!!
男 なっ、くッ。
女 遅いっ!
男 ちいッ。
女の突きを弾いて、間一髪で避ける。
女は追わず、正眼のまま男に刀を向ける。
女 どうした、その程度か。
刀を持った女すら殺せないのか。
男 …おまえ、なんだ? ただの女じゃあるまい。
それにその太刀筋、どこかで…グゥ、っ…頭が痛む…なんだこれはっ。
女 来ないのなら、次はこちらから行くぞ。
男 ぐ、調子に乗るなよ…。まぐれで避けたくらいでいい気になるなッ!
先程とは違う全力で女へと斬りかかる。
しかし、弾かれ、逆に首を狙われる。
女 もらった!
男 っ、舐めるなっ。
女 つぅ、くっ…。
男 やるじゃないか。今のは流石に首が落ちるかと思ったぞ。
女 貴様こそよくかわした。私も落とされるかと思った。
男 クハハハ、今日は本当にいい日だ。やはり斬り合いこうじゃなくちゃつまらない。
ここまで楽しいのは久しぶりだ。名乗れよ、覚えておいてやる。
女 …美咲。如月美咲。
男 みさき…如月、みさ…ぐぅ、なんだっ、頭が痛い…っ。
女 (呟くように)やはり、覚えていないのですね。
…私からも聞こう。あなたの名はなんだ?
男 …俺? 俺の名前は……づっ、なんだ、俺は…俺は、誰だ?
女 宗一。如月宗一、それがあなたの名だ。
男 如月、宗一? がっ、ぐぅ、違う。違う違う違う。
俺に名前はないっ。あの時捨てたんだ、全部。奪われた時から、あの夜から。強くなるために、殺すために、俺はっ!
女 だから外道に走ったのですか…。
父さまや母さまを殺された時に、人であることも捨てて。
強くなるために、ただそれだけの為に。
男 …鬱陶しいぞ、女。おまえを見ていると、頭が痛むんだよ。
女 ならば、せめて私の手であなたを。
男 黙れえぇぇぇっ!
女へと男は迫る。
そこには先程と違い、なんの技術もない上段から振り被る。。
女 兄さんっ! ハアァァッ!!
男 ガハッ、ぁあ…ずっ…。
男は袈裟に斬られ、その場で崩れ落ちた。
女の頬からは血が滴り落ちる。
女 はぁ…はぁ…っ、はぁ。…にい、さん。
刀を落とし、男の傍へと膝を着く。
男は虚ろな目で、満月に照らされた女の顔を見る。
男 …ぁ、強く、なったな。
女 っ、兄さん…思い出したのですね。
男 ぁぁ…長い、夢を見ているようだった…。
女 どうして、こんな事を…。
男 力が…欲しかった。誰にも負けぬ、力が。奪われない力が、守る力が。
おまえの為に、仇を討って、殺し続けて…。
女 馬鹿です。兄さんは馬鹿ですっ。
私はそんなこと望んでいなかった。
私は二人だけでもいい、静かに暮らしていたかった。
男 すまない、な…帰る道を忘れてしまったようだ。
道に迷うのはおまえの方なのにな。
女 そうです。兄さんが道を忘れたら、誰が家まで連れて帰ってくれるんですか
男 ハハ、そうだな。
ああ、少し疲れた。眠ってもいいか…。
女 っ、少しだけですよ。私、一人じゃ帰れないんですから。
男 わかって…い…る。
…ぁ、あ、綺麗な…満月、だ…。
男は目を瞑り、それきり動かなくなる。
女の目からは涙が溢れ、頬を伝って血と混じり男の顔へと滴り落ちる。
女 籠目籠目。
籠の中の鳥はいついつ出やる。
夜明けの晩に鶴と亀がすべった。
後ろの正面 誰。
すすり泣きながら、女は月に向かって歌を歌う。
了。