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仄暗い根城

 俺たちは路地裏に到着するや否や、まず辺りを見回す。

 この路地裏に地下へ続く階段があるらしいのだが、特にそれらしきものは見当たらない。


 もしかして、別のところにある路地裏だったのだろうか。

 いや、先ほどの女性は確かにここを指差し、『すぐそこの路地裏』と言っていたのだ。

 あの二人が嘘をついていたとかでなければ、間違いなくここのどこかにあるはず。


 となると、考えられる可能性は。

 見えない部分に、隠れている……?


 壁に手を当て、何かないか探りながら少しずつ前に歩く。

 もちろん壁だけでなく、床も隈なく調べていく。


「何をしてるんですか?」


 首を傾げながらシナモンが問いかけてくるが、俺は答えない。

 ただ無我夢中に、一心不乱に。

 そこにあるかもしれない何かを、ひたすら探し続けた。



 それから、およそ十数分。

 半ば、本当にないのか……と諦めかけてきた頃。


 突然、体の支えを失い――俺の体は、勢いよく階段を転げ落ちた。

 そう。さっきまで存在していなかったはずの、階段を。


「いっつぅ……」


 痛む体を押さえ、上を見上げる。

 階段のすぐ上は天井になっており、上がどうなっているのかを見ることはできなかった。

 いや、おそらくこれは天井などではなく。

 いきなり階段を転げ落ちたところを見るに、さっきまで俺たちが立っていた床なのだろう。


 これは驚いた。

 まさか路地裏の床に、こんな地下が隠されていようとは。


「ミツバさ――って、わぁっ!?」


 いきなり俺が消えてしまったことで、さっきまで俺が調べていた床を同じように調べたのだろう。

 そんな短い叫び声をあげ、シナモンは階段を滑り落ちてきた。


「な、何ですか、ここ……」


 痛むであろう尻を撫でながら、周りを見渡す。

 今ここにあるのは、奥へと続いている長い道だけ。

 おそらく、この先には(くだん)の情報屋とやらがいるのだろう。

 となれば、行かない手はない。


 俺たちは立ち上がり、先に進む。

 やがて、見えてきたのは――。



 ――あまりにも広大な、地下空間だった。



 見渡しても見渡しきれないくらい広く、様々な男性が、駄弁ったり酒を飲んだりと思い思いに過ごしている。

 何なんだ、ここは。

 まるで、夢を見ているかのような気分だった。


「あ~ら、お客さんかしら?」


 不意に横から声をかけられ、振り向く。

 瞬間、思わず絶句した。


 左右を剃り、中央の一直線だけ髪を残した、赤髪のモヒカン。

 かなりの高身長に、分厚い筋肉に覆われた筋骨隆々とした肉体。

 上半身には薄いスポーツウェアしか身に纏っていないため、余計に筋肉が際立って見えた。

 顔立ちからして、少なくとも三十代後半はいっているだろう。


 そして、何より俺が驚いたのは。

 そんな漢らしい容姿をしているのにも関わらず、発せられたのは女のような口調だったことだ。


「これまた可愛らしい……って。あ、アナタ、お姫様じゃない! な、何でこんなところに!?」


「あ、私たちは、情報屋さんがここにいるって聞いて来たんですけど。あなたが、その情報屋さんですか?」


「あら~、そうだったの。でも、ごめんなさいね。情報屋はアタシのことじゃなくて、もっと奥にいると思うわ」


「そうなんですね、ありがとうございます」


 こんなに濃い相手を目の前にして、よく平然と話を進めることができたものだ。

 オカマっていうのは、どの世界にもいるものらしい。


「そこの、可愛らしい獣人のお嬢さん、お名前は何かしら?」


「……み、ミツバ、です」


「そう。アタシはオレガノ。姐さんと呼んでくれてもいいわよ、ミツバちゃん」


 そうしてオレガノと名乗った漢は、俺にウインクを向けてきた。

 濃い。あまりにも濃すぎる。

 悪い人ではないんだろうけど、無意識に顔が引きつっていくのを止められやしなかった。


「ところで、ミツバちゃん。お姫様のシナモンちゃんとは、どういう関係なの?」


「え……そ、それは、友達、です」


「あらあら~、そうだったの? こんなに可愛らしい獣人の子が友達にいたなんて、知らなかったわよ~」


 俺の肩を抱き寄せ、乙女のように笑うオレガノ。

 初対面のはずなのに、何故かいきなり距離感が近すぎる。

 ちょっと怖いんだけど、もう少し離れてくれないでしょうか。


 こういうオカマの人は男のほうが好きで、今の俺みたいに女の子には興味がないものと思っていたが、それは偏見だったのだろうか。

 いや……この人の場合、好きとかそういうのは関係なく、誰に対してもこんな感じな気がする。

 あくまで何となくだが、そんな印象である。


「それにしても、ミツバちゃん。あんまり固くなっちゃや~よ~。さすがのアタシも萎えちゃうわ。ほら、もっとリラックスして、話しやすい喋り方でお願いするわ」


「い、いや、でも……」


「んも~、だめだめ。一度ここに足を踏み入れたからには、アナタもアタシたちの一員になってるのよ。お分かり? お・わ・か・り?」


「わ、分かりまし……いや、分かった。分かったから!」


「んふふ、それでいいのよん」


 俺の返答に満足したのか、ようやくオレガノは離れてくれた。

 怖い……なんかもう帰りたくなってきた……。


「あ、あの! それで、情報屋さんってのは、どんな方なんですか?」


 さっきまで黙って俺たちのやり取りを眺めていたシナモンが、急に声を張り上げた。

 そうだ、すっかりオレガノのペースに乗せられていたが、俺たちは情報屋に会いにきたのだ。

 こんなところでのんびりしている暇は、正直あまりない。


「んふふ、それは会ってみれば分かるわよ。とてもかっこよくて、とても可愛くて、どうしようもない人だわ」


 そう答え、踵を返す。

 ついて来い、ということだろうか。

 俺とシナモンは顔を見合わせ、どちらからともなく頷き合い、オレガノの大きな背中を追いかけた。


 そうして、ひたすら奥まで歩き続け。

 ふと、オレガノは足を止め、俺たちもつられて立ち止まる。


「クローブちゃ~ん。お客さんよ~」


 オレガノは、そう大声で呼びかけた。

 高い位置で、ハンモックで眠っている男性に。


 すると、その口に咥えていたタバコを離し。

 あくびを噛み殺すことすらしないまま、ゆっくりと上体を起こした。

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