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吸い込まれる甘美

 ぐぅ~。


 服の購入を終え、二人で肩を並べて歩いていると。

 不意に、横からそんな調子外れな音がやけにはっきりと聞こえた。

 隣を見てみると、シナモンが真っ赤な顔で腹部を押さえている。


「……お腹、空いたの?」


「えっ? な、なな、何のこと、でしょうっ!?」


 俺の素朴な問いに、シナモンは腹部を押さえたまま目を逸らす。

 声は完全に裏返っており、自然と俺は半眼になっていく。


「嘘つくの下手なんだから、素直になりゃいいのに」


「う……す、すいません。実は、今日は何も食べていなくて……」


 そういえば、俺も今日は何も食べていない。目を覚ましたら、いきなり牢屋にぶち込まれてしまったのだから当然だが。

 それを思い出すと、何だか俺も少しお腹が空いてきてしまった。


 今が何時なのかは分からないけど、きっと昼頃くらいだろう。

 精霊石の情報を集める前に、昼食にしてもいいかもしれない。


「じゃあ、何か食べに行く? ……って、俺はお金を持っていないんだった……」


 この世界は日本じゃないのだし、物価もお金の単位も違うのだろう。

 もし同じだったとしても、元の世界で死んで知らない間にここへ飛ばされた俺が、一円も所持しているわけがない。


 半ば無意識に頭を垂れていると、シナモンは慌てた様子で俺の前に出て足を止める。

 俺もつられて足を止めたら、その豊満な胸を反らした。


「大丈夫です! お金は私が払うので任せてください!」


「いや、でも……」


「大丈夫です! 私、こう見えてもお姫様ですから! なので、早く行きましょう!」


 いくらお金がなくても、会ってからまだ間もない女の子に全額払わせるのはいかがなものか。しかも、既に服も買ってもらったのだから尚更に。

 さすがに抵抗があるのだが、目の前のシナモンは早く行きたくてしょうがないのか、目を輝かせてソワソワしている。


 うーん……まあ、お姫様なのだし、食事代くらい大したことないのだろうか。

 でも、お金持ちだからといって、やっぱりそう簡単に払わせてはいけない気がする。

 躊躇い続ける俺に、痺れを切らしたシナモンが俺の手を握り、言ってくる。


「これはミツバさんを巻き込んでしまったお詫びと、これから色々なことに協力してもらうお礼も兼ねているんです。騎士団を相手にする以上、危険なことだっていっぱいあるんですから、これくらいはさせてください」


 危険なことがあるのはシナモン自身もなのに、まさかそこまで考えてくれていたとは。

 そこまで言われてしまったら、断るほうが失礼なように思えてしまう。


「……分かったよ。それじゃあ、お願いします」


「はいっ! お願いされました!」


 控えめに頭を下げると、シナモンは笑顔で頷いた。

 仕方なく承諾したが、お金の問題をお願いする以上、俺は全力で、死に物狂いで頑張ってやるしかなさそうだ。


 そうして、俺たちはレストランへ向かう。

 とはいえどこにどんな店があるのかなんて知らないため、全てシナモンに任せておいた。


 十数分ほど歩き、ようやく到着したのは何だか少しオシャレな、車の店だった。

 俺が元の世界でよく行ってたような、ファミレスとかカレー屋とか定食屋とは似ても似つかない装いである。

 屋根にはオシャレなフォントで『ラビッジ』と書かれ、窓ガラスに覆われたケースには様々な食品サンプルが飾られ――。


「――って、ここスイーツショップじゃねえか!」


「そうですよ? 見事なノリツッコミですね。百点満点です!」


「やかましい。そんなとこ評価しなくていいから」


 笑顔で拍手してくるシナモンに半眼で返し、俺はもう一度食品サンプルを眺める。

 アイスクリーム、クレープ、かき氷、パフェ……などなど。

 どれも甘そうなスイーツばかりで、食事と呼べるものはひとつもなかった。


「あの、お腹空いたんだよね? 昼食に来たんだよね?」


「はい。だから、たっぷりと美味しいものを食べようと思ったんですよ? ミツバさんもどうぞ。ここのスイーツは美味しいですから、お金のことなんて気にせず食べちゃってください!」


「いや、あの……麺でも肉でも何でもいいから、ちゃんとした食事ができると思ったんだけどなぁ」


 俺の呟きなど完全にスルーし、シナモンは一人で店員のもとへ行ってしまう。

 お姫様だから普通の昼食ですら、かなりいいものを食べているのかもしれないと思っていたけど、それは間違いだったらしい。

 あいつ、絶対に不健康だ。そう確信せざるを得ない。


 少し引き気味に楽しそうに注文するシナモンを眺めること、僅か数分。

 店員から複数のクレープを受け取り、こちらへ戻ってきた。


「はい、ミツバさんの分です」


「あ、ありがとう」


 礼を言いながら受け取ると、甘い香りが鼻をつく。

 クレープの隙間から覗き込んでみると、生クリームやバナナが詰め込まれているのが見える。


 対するシナモンは、両手に別々のクレープを持って交互に食べ始めていた。

 もう俺のことなんか視界に入っていないかのような、かなり幸せそうな表情で。

 やっぱり女の子は甘いものが好きなのかな。別に、俺も嫌いではないが。


 などと考えながら、一口だけ齧る。

 確かに美味しい。

 当然甘いしシナモンほどいくつも食べようという気にはならないけど、それでも気に入る理由は納得できる。


 元の世界にいたら、クレープなんか全く食べる機会なかっただろうな。

 そういう意味でも、ほんの少しだけ貴重な体験と言えるかもしれない。


「あの、ミツバさん」


 ゆっくりと食べ進めていると、不意に横から声をかけられる。

 訝しみつつ振り向けば、既にシナモンは二つのクレープを食べ終えていた。

 ちょっと早くないですか。


「あと六つくらい、買ってもいいですか?」


「……はぇ?」


 予想外な言葉に、素っ頓狂な声が漏れる。

 それを聞き取れなかったと判断したのか、シナモンは更に続ける。


「あと八つくらい、買ってもいいですか!?」


「……ど、どうぞ」


 さっき言ったのより増えていることを指摘する余裕もなく、自然と口角が引きつるのを感じつつも頷いておく。

 途端、シナモンはぱあっと嬉しそうにしたのち、すぐさま踵を返す。


「ありがとうございますっ! ミツバさんの分もちゃんと買ってきてあげますからねーっ!」


「いらないっ! それはいらないからなっ!?」


 結局はシナモンのお金だから別にいいのだが、よくそんなに食べられるものだ。

 とある一ヶ所以外は決して太っているとは言えない体型をしているのに、まさかあんなに大食い娘だったなんて。


 それにしても、最後の俺の咄嗟の叫び、ちゃんと聞こえたかな。

 食べられたとしても、せいぜい二つか三つくらいが限界だぞ。


 そんな不安に襲われながら待つこと、僅か数分。

 戻ってきたシナモンは、きっちり俺の分まで八つも買っていやがった。


 せっかく買ってきてくれたものを断るのも悪いし、何とか食べ進めたのはいいものの。

 凄まじい吐き気に苛まれたのは、言うまでもない。

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