☆耳と尾と装束
部屋の扉を数センチ程度だけ開き、その隙間から顔を覗かせる。
左右を交互に見て周りに誰もいないことを確認したのち、俺たちは部屋から出た。
ちなみに、今の服装はシナモンから借りたワンピースに大きめの上着、そして大きなマントを羽織っている状態である。
ここまで着込んでも尚、大きな狐の尻尾で不自然に盛り上がってしまってはいるのだが……今できる措置としてはこれくらいが限界だ。
一応、何とか下着だけは見えなくなったことだし、服を買うまでの辛抱と思って我慢するしかない。
廊下の曲がり角に身を隠し、陰から様子を窺う。
誰もいなければ玄関を目指して進み、騎士やメイドなど人が一人でもいれば、シナモンの誘導によって遠ざける。
そうして、長い時間をかけてようやく玄関に辿り着いた。
最後まで辺りを警戒しつつ、外に出る。
やはり当然と言うべきか、城門にも門番と思しき騎士が二人立っていた。
中にいた人たちとは違い、あの二人は簡単には定位置から離れようとはしないだろう。
「やっぱりいますね……どうしましょう」
門番の二人を見ながら、シナモンは小声で囁く。
他に出入り口はないらしく、どうにかしてあそこを突破するしかないわけだが。
もしかしたら、こういうときのために俺の能力があるのかもな。
「とりあえず、行こう。考えがあるから任せて」
「え? あ、はい……」
俺が言うと、シナモンは不安そうな表情で訝しげにしながらも隣を歩く。
やがて俺たちが近づいてきていることに気づき、門番二人はほぼ同時に振り向いてくる。
「これはシナモン様……ん? そちらの方は……」
「あ、えっと、これは、その……っ」
門番の一人に声をかけられ、シナモンは挙動不審になりながら俺のほうをチラ見。
いくらなんでも、嘘をついたり誤魔化すのが下手すぎる。
「ご苦労さまです。俺……私はシナモンちゃんのお友達で、遊びに来ていました」
できるだけ笑顔を心がけ、緊張を悟られないように発する。
途端、門番は深く頭を下げた。
「こ、これは失礼しました! シナモン様のご友人の方だったのですね! 仲良くしていただいてありがとうございます!」
まさか感謝されるとまでは思わなかったが、無事に上手くいったようだ。
この門番、いい人なんだろうな……騙して申し訳ない。
「そ、そ、そうです! いま、今から、このお友達と、い、一緒に、出か、出かけるところ、なんです!」
頑張っているのはすごく伝わってくるのだが、そこまでしどろもどろになるなら、もう喋らないほうがいいと思う。
まあ、この二人は完全に信じ込んだみたいだから大丈夫か。
「左様でしたか! それでは、お気をつけて行ってらっしゃいませ!」
門番二人が道を開け、俺たちは礼を告げ門の外に出る。
そして城が見えなくなるまで、暫く無言のまま歩き続けた。
「き、緊張しましたぁ……」
「嘘がつけないなら、無理に言う必要はなかったんだけどな。俺の能力なら、絶対に信じてもらえるんだろうし」
「そ、それはそうですけど……任せっきりにはしたくなかったといいますか……」
少しもじもじとしつつ、尻すぼみになってそう言った。
牢屋から抜け出させてくれたり、城の中の人を誘導してくれたり、むしろこっちが色々としてもらってる側だと思うんだけども。
もしかしたら、自分が召喚したせいで俺を巻き込んでしまった……とか、そういう自責の念からなのかもしれない。
確かに召喚されなければ、こんなことにはなっていなかっただろう。
でも、俺は元々死んだ人間だ。こうしてまた生きられるようにしてくれたのだから、感謝こそすれ恨むのはお門違いというものだ。
などと考えながら歩いていると、とある一軒の店に到着した。
看板には『ミントメンサ』と記され、窓ガラスからは様々な服が見える。
そうか、ここが目的地である服屋か。
何事もなく来れたことに安堵の吐息を漏らし、服屋の中に入る。
瞬間、思わず絶句した。
普通の服も、もちろんある。むしろ、割合的にはそっちのほうが多いだろう。
でも、魔女服やら巫女装束やらメイド服やらビキニアーマーやら、様々なコスプレ衣装もたくさん並んでいた。
大きさも柄もジャンルも様々で、本当に色々な人に対応してあることが分かる。
ここまで大量に並んでいると、さすがに壮観だった。
「ミツバさんの場合は、獣人コーナーに行ったほうがよさそうですね」
「じゅ、獣人コーナーなんてあるんだ……」
既に何回か来ていて慣れているのか迷わず歩き始めるシナモンに、俺は辺りを見回しながらついて行く。
僅か数分程度で辿り着いたそこは、天井から『獣人様向け』と書かれたパネルがぶら下げられており。
和服やら露出度の高い服やら様々ではありつつも、他のコスプレ衣装と大差ないであろう服が並んでいた。
「他の服と、どう違うの……?」
「ふっふーん。なんと実は、これらの服ひとつひとつに特殊な魔法が込められてまして。ミツバさんのような大きな尻尾でさえも、服をすり抜けてしまうのです。つまり、尻尾が邪魔で着れないなんてことはないので安心というわけです」
得心がいった。
確かに、それなら何よりも獣人向けかもしれない。
とはいえ、かなり種類も多く、この中から選ぶのもなかなか骨が折れそうだ。
「ミツバさんミツバさん、これなんてよく似合うんじゃないですか?」
そう言って手渡してきたのは、白を基調とした和服だった。
今の姿なら、洋服よりは似合うのかもしれないけど……とりあえず試着してみるか。
そう思い、ちょうど近くにあった試着室に入り、服を脱ぐ。
女の姿になってから初めて自分の裸を見てしまったが、やっぱり男だったときより肌がきめ細かで、すべすべしていて自分のものだとは未だに思えなかった。
ただ、凹凸のない平坦な体だから、そこまで大きな興奮を覚える恐れがなくて少しだけ安心した。
どうやって着ればいいのか分からず試行錯誤しながら、結構な時間をかけて和服を着ることに成功。
シナモンが言っていた通り、尻尾は服をすり抜けている。
窮屈感はなく、サイズもちょうどいい。鏡で確認してみても、それなりに似合っていると思う。
微かな緊張を覚えつつ、試着室のカーテンを開ける。
すると、途端にシナモンの目が輝いた。
「おーっ、いいじゃないですか! 似合ってますよ。まるでミツバさんのためにあるかのようです!」
「……いや、それは言いすぎ。でもまあ、それならこれにするよ」
まだしっくり来ないが、せっかくシナモンが選んでくれたのだし、これでもいいか。
特に服にこだわりがあるわけでもないから、他の服を選ぶ面倒を考えると、この和服で決定してしまったほうがいいや。
今の体に合っているとは、自分でも思うし。
ふと。シナモンの片手に、さっきまではなかった買い物袋が提げられていることに気づいた。
俺が訝しんでいることに表情や目線で察したのか、シナモンは袋からとあるものを取り出す。
それは――黒い猫耳と尻尾だった。
「どうですか? ミツバさんが着替えている間に、私も買ってきたんです」
「……な、何のために?」
「ふっふーん」
更に疑問が増す俺に、シナモンはドヤ顔でわざとらしく笑う。
そして、猫耳を頭に、尻尾を臀部に装着した。
「これで、私も獣人仲間ですね!」
「……もしかして、その格好で外を歩く気?」
「もちろんです! ミツバさんとお揃いです!」
「猫と狐じゃ全然違うし……恥ずかしいからやめたほうがいいと思う。ていうか、やめて」
「な、何でですかぁ! ミツバさんだって耳と尻尾があるんですから、同じじゃないですかぁ!」
「好きでつけてるわけじゃないんだっての! しかもそれ、明らかに玩具だから獣人に間違われることもないと思うよ」
「むぅ……しょうがないです。コレクションとして、大事に部屋に飾っておきます」
悔しそうに唇を尖らせ、猫耳と尻尾を外した。
猫耳をつけたシナモンは……正直とても可愛くはあったけど、さすがにずっとつけたままなのは俺が恥ずかしくなる。
自分の取り外し不可能な狐耳ですら、誰かに見られるのはちょっと羞恥心に襲われるというのに。
何はともあれ、俺は和服の購入を済ませる。
それからさっきまで着ていたワンピースやらマントやらをシナモンに返し、俺は和服を着たまま外に出た。
何とか服の問題は解決できた。
しかし、本当の問題はここからだ。
まず、精霊石とやらの情報を集めないといけない。
手がかりも何もない以上、どうやって情報を集めればいいのかも分からず。
不安な感情に苛まれ、深々と溜め息を漏らしつつ、シナモンとともに歩み出した。