望まぬ外れ能力
「野望を、打ち砕く……?」
シナモンの言葉に、再び鸚鵡返しで呟く。
その口ぶりだと、まるで騎士団のやつらが何か悪巧みをして、シナモンはそれを知っているということになるが。
でも騎士団というのは、本来この城や街を守る存在ではないのだろうか。
怪訝な思いが強まる俺に、シナモンは更に続ける。
真剣な表情で、それでいてどこか悲しげな様相を滲ませて。
「騎士団が全員そうなのかは分からないんですが……少なくとも、団長の右腕であるステビアさんが悪巧みをしていることは間違いないと思います。部下の数人と、話しているのを目撃しましたから。この城を、いずれは世界そのものを支配する……って」
世界そのものを支配。
まるでゲームの魔王のような思考だが、そんなもの果たしてやろうと想ってできるものなのだろうか。
「このまま放っておいたら、危ない気がするんです。だから、一刻も早く阻止しないと……」
「で、でも、どうやって阻止するつもりなんだ?」
何も持っていなかった上に人数に差もあり、更に状況について行けてなかったとはいえ、俺はあっけなく騎士団に組み伏せられてしまったような男だ。
それに今は女の姿になり、おそらく力も弱まっているはず。
シナモン自身も召喚能力しかないのなら、俺たちに奴らを打倒する術なんて何も思い浮かばない。
そう思ったのだが、シナモンは何やら微笑を浮かべる。
「大丈夫ですよ。そのために、あなたを呼んだんですから」
どういうことだ。
確かに手伝ってほしいとは言っていたが、具体的な策はまだ何も聞いていない。
訝しんでいると、俺の頭に手を置いた。
「まだ私の能力について話していないことがあるんです。それは――呼び出した人に、何かひとつだけ能力を与えられるということです。と言っても、どんな能力になるのかは私にも分からないので、運任せなところもあるのですが……もしかしたら、その能力で悪事を阻止できる何かが思いつくかもしれません」
そうして、狐耳の間を優しく撫で――瞬間、頭の中に何かが浮かんできた。
知らないことのはずなのに、まるで昔から知っていたかのような。
むしろ、呼吸の仕方や歩き方の如く、本能が知っていたかのような。
そんな、奇妙な記憶だった。
何だ、これ。
能力の使用方法、能力の効果、などなど。
手に取るように、全てが理解できていく。
「どうですか? 何か、分かりました?」
「……うん」
少し放心状態となりながら、短く頷く。
不思議な感覚だ。
これで、自分に能力が宿ったということなのか。
まだ実感は沸かないけど、この記憶が確かなら、そこまで難しい使用方法でもないし俺にも簡単に能力を使えるというわけだが……。
それでも、首を傾げざるを得ない。
先ほど、付与される能力もランダムと言っていた。
ソシャゲのガチャみたいなものだろうし、そこまで強い能力じゃなくても仕方ない気はしていた。
でも……何だ、これ。
まともな使い道が、全く思いつかない。
「どんな能力だったんですかっ?」
シナモンが、目を輝かせながら期待に満ちた眼差しで身を乗り出す。
頼むから、あんまり期待しないでほしい。
しばし逡巡したのち、深く嘆息し、説明を始める。
「えっと――ついた嘘を、相手に必ず信じ込ませる能力。使用方法は、自分が嘘をつくだけ」
そう。それが、俺の能力だった。
こんなエイプリルフールのときにしか活用できないものなんて、外れ能力としか言えない。
しかし、それでもシナモンの目の輝きが失われたりはしなかった。
「な、なるほどです……。だったら、まず私で試してみてもいいですか?」
「ま、まあ、いいけど」
能力を使うこと自体は、何も難しいことはない。
ただ、何か嘘をつけばいいだけなのだから。
脳内に真っ先に浮かんだ嘘を、適当に言ってみる。
「俺、実は中身も女の子なんだ」
「え、ええっ!? そ、そうなんですかっ? ステビアさんは、性別だけは変えなかったんですかね……?」
効果は覿面だった。
演技をしている感じでもないし、おそらく心の底から信じてしまっているのだろう。
確かにすごいと言えばすごいのだが、上手く有効活用できるとは思えない。
「嘘だよ、嘘。中身は男だから」
「あ、ああ……そうですよね。すみません、すっかり信じてしまいました……えへへ」
我に返ったかのように、はっとしたかと思うと、恥ずかしそうに照れ笑い。
この能力で、どうやって騎士団をやっつければいいものか……と悩んでいたら。
「悔やむのは早いですよ、ミツバさん。この世界のどこかに、精霊石というものがあるらしくて。その石を使えば、ミツバさんの能力も強化できるんです。どう強化されるのかは分からないんですが、試してみる価値はあると思います」
強化、か。
こんな役に立てそうにない能力を強化したところで、いきなり強い能力になる気もしないけど。
だからといって、シナモンの言う通り諦めるには早い。
強くなれる可能性が少しでもあるなら、試してみてもいいかもしれない。
「で、その精霊石ってのはどこに?」
「……さぁ?」
「え、知ってるんじゃないの?」
「しょうがないじゃないですか。精霊石を見つけた人のほうが少ないんですよ、きっと人目につかないような場所にあるに違いありません」
「それって結局、手がかりが何もないんじゃ……」
「う……すみません」
まあ、知らないものを責めてもどうしようもないか。
ただ広い世界の中から、そんな石を見つけられるとも思えない。
闇雲に探しても、見つかるわけないだろうし。
「あの、それでどうですか? 私の目的に、協力してくれますか?」
「え? あー……」
そういえば、まだ協力するとは言っていないんだった。
俺としては、もう協力する気満々だったのだが。
シナモンが、不安そうに俺を上目遣いで見つめる。
俺は少し照れ臭くなり、若干目を逸らしつつ、自分の気持ちを口にする。
「俺をこんな体にしたのはステビアだし、あいつを捕まえて俺を元の体に戻してほしいから……その、利害の一致ってやつだ。俺にできることなら、協力するよ」
「……っ! あ、ありがとうございますっ!」
心底嬉しそうに、何度も頭を下げる。
そこまで喜んでもらえると、こちらとしても嬉しくなるというものだ。
騎士団を相手にする前に、まずは精霊石とやらを見つけてから、だな。
「それでは、一緒に服を買いに行きましょう!」
「……そういえば、それがあるんだった」
前言撤回。
精霊石を探す前に、まずは今の体に合った服を買ってから、だな。
本当に、俺たちで騎士団の悪事を阻止することができるのだろうか……と、今から不安で仕方がなくなる俺だった。