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開戦、そして桎梏

 カモミールがいない今、回復能力で舌へのダメージを治すことはできない。

 つまり、あの二人が戻ってくるまでに能力が使えるのは、およそ五回か六回程度。

 たったそれだけの短い使用で、ステビアの攻撃を凌ぎ続けなくてはいけない。


 もちろん、俺たち二人だけで勝つことができればそれでいいが、そう容易く倒せる相手ではない。

 能力の使用には、今まで以上に慎重にならなければ。


 俺の背後で、シナモンが詠唱を始める。

 魔獣まで敵に回ってしまったら厄介だからと、召喚能力でさえ渋っている余裕なんてもうない。

 制限時間が訪れるまで俺たちの味方でいてくれるなら、今は充分なほどの戦力だった。


「……ほう。何体でも召喚するといい。今の僕には、何をやっても無駄だということを思い知らせてやる」


 詠唱するシナモンを目を細めて見ながら、不敵に笑む。

 きっと、それははったりでも強がりでもないのだろう。

 でも。だからといって、ここで退くわけにいかないのも事実なのだ。


 シナモンの前方に、淡い光を伴って大きな影が生まれる。

 黄金のたてがみを靡かせ、気高く吼えるライオンだった。


 出現するや否や、すぐさまステビアへと駆け出す。

 しかし、それでもステビアは笑みを崩すことすらなく、ただじっと自身に迫ってくるライオンを眺め――。


「……ふん」


 そっと、手のひらをライオンに向けた。

 瞬間。紫色に光る光線が放たれ、ライオンの体を貫く。

 あまりにも呆気なく、光の粒子となって消滅してしまった。


「そ、そんな……」


 近づくことすらできない間にやられ、シナモンは驚愕に声を震わせる。

 強いことは分かっていた。今の魔獣だけで致命傷を与えることはできないだろうとは思っていた。

 でも、まさかあんなに一瞬で屠られてしまうなんて。


「どうした、その程度か」


 つまらなさそうに吐き捨て、今度は手のひらを俺たちに向けた。

 そして、再び光線を放出し――。


「目の前にバリアがある!」


 咄嗟に俺が叫んだ瞬間、光線は目に見えないバリアとせめぎ合い、どちらも同時に弾け飛ぶ。

 少しだけ舌が痛み、顔を顰める。

 まだ大丈夫だが……このまま防御だけで使ってしまっては、肝心の攻撃に使用できなくなるためなるべく避けたい。


「なるほど。ならば、これならどうだ?」


 ステビアが試すように言い、指を鳴らす。

 刹那――俺たちの頭上に、紫色の雨が降り注いだ。


 その雨が体に触れる度に、まるで針に刺されたかのような鋭い痛みに襲われる。

 だが、そんな痛みに眉を顰める暇もなかった。


 ステビアが両腕を広げ、手のひらに顕現させたいくつもの紫色の光球を勢いよく投げてきたのである。

 こうしている間も体中に鋭い痛みが走っている上に、光球の速度も素早く、逃げる暇も避ける余裕もない。

 仕方ない……と、嘘をつくために口を開いた瞬間。


 二体の巨大な亀が、その頑丈な甲羅で。

 俺とシナモンへと迫っていた全ての光球を、防いだのだった。


「ふう……何とか、間に合いましたね」


 痛みを堪えながらシナモンが言い、その場に膝をついた。

 あの鋭い痛みの中、ステビアの攻撃から身を守るために二体もの魔獣を召喚していたのか。


「ありがとな、シナモン。もう雨は降ってないぞ」


「え……っ?」


 俺の嘘に、さっきまで俺たちを刺し続けていた雨は完全に止んだ。

 あまり能力を使えないからと渋っていたが、使わないと俺たちがやられてしまう。

 だから、仕方ない。まだ二回、ここから攻めればいいだけだ。


 防戦一方な戦況を変えるべく、俺は思案を巡らす。

 無駄に回数を増やすわけにはいかない。

 確実に奴にダメージを与えられるような嘘を考えろ。今までの経験で把握した、能力の性質を利用して。


「ステビアの足元に、大きな落とし穴!」


「……ッ!」


 俺の嘘に呼応し、突然ステビアの真下に大きな穴が開き、喫驚しながらもその穴に落下していく。

 舌は痛むが、まだ終わりではない。

 あのとき。ゲットウとの戦闘で身についた戦法と、同じことをする。


「解除!」


 まるで最初から穴など開いていなかったかのように、床は元通りになる。

 穴の中に、ステビアを残したまま。


 ほっと胸を撫で下ろす。

 ゲットウもこの方法で倒したが、さすがのステビアも穴の中に閉じ込めてしまえば出てこられないだろう。


 勝った。

 そう信じてやまなかった。

 次の瞬間に、目の前に大きな紫色の光球が現れるまでは。


「な……っ?」


 光球の中から、腕が伸びる。

 そうして、涼しい顔をしたステビアが光球から出てきた。


「終わった、と思ったか? 無駄だ、僕をあのような雑魚と一緒にするな」


 そう言って、ステビアは冷たい目で俺を見下ろす。

 舌へのダメージも、そろそろ限界が近づいてきた。

 もうあと何度も使えない。こうなったら仕方ない、ダメもとで直接攻撃に繋がる嘘を言うしかないか。


「……鋭利なのこぎりが、ステビアを切り裂く」


 相手に聞かれないほどの小さな声で呟き、瞬間どこからともなくのこぎりが現れる。

 まっすぐステビアへ迫り――。


「ち……ッ」


 咄嗟に身を翻したことで直撃は避けたものの、その手が少し掠ってしまう。

 のこぎりによって裂かれた指が、床に切り落とされる。

 血が垂れ、床を赤く汚す。


「ぐ……ッ、貴、様ァ……ッ」


 先ほどまでの涼しい顔が一転、憎悪に彩られた目で俺を睨む。

 そうだ、最初からこれでよかったんだ。

 そう実感するのと同時、俺は耐えられずその場にしゃがみ込む。


 口元に手を当てる。

 鉄の味がする。手のひらに赤い血痕が付着する。

 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。

 裂けるみたいに、砕けるみたいに、斬れるみたいに。

 舌が、凄まじい激痛を訴えてきていた。


「お遊びはここまでだ。貴様だけは、絶対に許すものか。まずはその身を拘束し、一本一本指を斬ってやる……ッ」


 手のひらを、俺に向ける。

 今から俺に攻撃するぞ、と、そんなに分かりやすい動作でありながらも、俺は一歩も動くことができなかった。


 あまりの激痛に、目尻に涙が浮かび、次から次へと口から血が溢れてくる。

 痛いのは舌だけだというのに、息をするだけで精一杯なほどに全神経が痛みに支配されていた。


「終わりだ、ミツバァ……ッ!」


 今までの冷酷なステビアからは想像もつかない叫び声をあげ、手のひらから紫と黒の入り混じったトゲトゲの輪っかのようなものを顕現させた。

 その輪っかは凄まじい速度で俺へと肉薄し――。



「――危ない、ミツバさんッ!」



 不意に。横から、ひとつの影が割り込んできた。

 輪っかは途中で動きを止めることなどなく、そのまま真っ直ぐこちらへ向かい。


 俺とステビアの間に割って入った少女、シナモンが。

 輪っかに捕らえられ、凄まじい勢いで壁へと突き飛ばされ、そして壁に拘束された。


「チッ……まさか、庇うとはな」


「……あの輪っかは、何だ」


「ふん。時間経過とともに徐々に小さくなっていく茨の輪だ。あまり時間をかけていると、輪についた棘が、姫様を切り裂く」


 時間経過とともに……?

 これ以上能力を使うには、舌を治す必要がある。

 だがカモミールやチコリが到着するまでには、まだしばらく時間がかかるだろう。

 だから時間稼ぎをしなくてはいけなかったというのに、シナモンがそんな輪に捕らえられてしまった以上、時間稼ぎすらできなくなってしまった。


 くそ。俺のせいで。俺を庇ったせいで、シナモンが拘束されてしまうなんて。

 完全に、絶体絶命だった。

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