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終焉を呼ぶ魔王

 大きな扉を開け放つ。


 何十畳あるのか分からないほど広い部屋には特に家具らしきものは置かれておらず、扉から一直線に長いレッドカーペットが敷かれている。

 そのレッドカーペットの先にはとても短い階段があり、奥に二つの椅子が配置されている。


 ここが、玉座の間か。

 椅子に悠然と腰かけた男を眺めながら、ゆっくりと彼のもとへ歩を進めていく。


「ククク……まずは、よくここまで来た、と褒めておこう。無論、来たところで貴様らの行動は無駄でしかないがな」


 不快な笑い声を漏らし、拍手の音を響かせながら立ち上がる男――ステビア。

 何度見ても、今の魔王の姿はおぞましく、勝てるというビジョンが一切浮かんでこなかった。


 いや、それでも。

 俺たちは、絶対に勝たなくてはいけない。

 たとえ、相打ちで終わろうとも。


「……お父さんやお母さん、騎士さんたちはどうしたんですか?」


 シナモンがステビアを――否。正確には玉座を見ながら、小さく問いかける。

 確かに、ここに来るまでに骸骨には何度も襲われたが、元々この城の中にいたであろう騎士には一度も遭遇しなかった。

 そして、シナモンの両親、つまり王と王妃にも。


「何を言っている、姫様。僕は平穏だったつまらない世界に終焉を呼ぶ魔王だ。僕の意思に従おうとせず、ただ退屈な命乞いをするばかりの奴らに用はない。一人残らず、骸骨になってもらったさ」


「え……?」


 言葉の意味が理解できなかったわけじゃない。

 むしろ痛いほどに理解できてしまったから、そんな短い一文字を発するので精一杯だった。


 待てよ。

 それって、俺たちが何度も襲われ、撃退してきた骸骨たちの正体は――。


 ――元々は、この城にいた騎士やシナモンの家族だったとでも言うのか。


「フッ……この際だから言っておくとしようか。あのとき、城に侵入した貴様を見たときに、どうして殺すことを選ばずに弱体化だけさせて牢屋に入れたのか」


 それは、俺も少し気になっていた。

 あの場では俺はただの無防備な侵入者だったし、特に深い意味はないのかもしれないが……ステビアの口ぶりから察するに、そういうわけでもないのだろう。


「それは――貴様を利用するためだ。城門にも城内にも騎士がいたというのに、何も持たず、誰にも見つからずに城の庭に突然現れる……。すぐに察した、貴様が姫様の能力で召喚されたのだと。だから暫く泳がせ、利用してやることにした。精霊石を入手するためのな」


 それが本当なのだとしたら、まんまとその通りになってしまったことになる。

 だから、か。

 俺たちが地下空間に潜んでいたことに気づきながらも、俺たちがチコリの神殿から帰るまで襲うことすらしなかったのは。

 俺たちがチコリを連れ帰ったせいで、あの神殿は誰もいなくなり、その結果精霊石を奪われる事態になった。


 なんて、迂闊だったのか。

 今更後悔してもどうにもならないが、いやどうにもならないからこそ、自分の愚かな行動に後悔してもしきれない。


「それと、僕の野望はまだまだ未完成だ。姫様――あなたの力がなくては、僕の理想の世界は完成しない」


「……どういう、ことですか」


「知れたこと。姫様の能力で世界中に魔物を呼び寄せ、世界に混沌を巻き起こす。でも、それだけではつまらない。そこで、姫様の能力で異世界から人間を集め、もがき苦しみながら死に逝く姿を見て楽しもうではないか……ククク、クククク、クハハハハハハッ!」


 ただただ、不快だった。

 ただただ、怒りが湧いてきた。


 そんなことのために、シナモンを利用しようだなんて。

 そんなことのために、無関係の人間たちを巻き込もうだなんて。

 絶対に、許せるわけがない。


「いい加減にしてください! 私は、絶対にあなたに従うつもりなんてありませんから!」


「ああ、姫様の意思は関係ない。僕の能力で、姫様の思考と価値観を変えてしまえばいいのだから」


「……ッ!」


 シナモンが、悔しさと怒りに奥歯を強く噛み締める。

 初めて見た。シナモンが、ここまで表情を怒りに歪めるのを。


 こちらは四人。相手は一人。

 いくら魔王と言えど、みんなで力を合わせて。

 何がなんでも、勝ってみせる。


「シナモン、魔獣まで敵に回ったら厄介だから、暫くは魔獣は召喚しないでおこう」


「えっ? で、でも……」


 俺の小声の提案に、シナモンは不安そうに眉根を寄せる。

 シナモンにとって唯一にして最大の武器を使うなと言っているのだから、当然の反応だろう。

 だけど、制限時間内に勝てる保証がない以上、相手はステビア一人という状況から悪化させたくはない。


「カモミールは戦う手段がないし、いざとなったら俺の舌を治してほしいから、シナモンと一緒に下がっててほしいんだ」


「う、うん。分かったよっ」


 今度はカモミールに言うと、困惑しながらも頷いてはくれた。

 これでいい。

 戦うのは――俺たち二人だ。


「じゃ、行こう、チコリ。最終決戦だ」


「……分かった、なの。神殿の恨みと精霊石を奪われた怒り、今ここで全部返す、なの」


 二人で肩を並べ、少しづつ前へ歩く。

 ステビアを睨みつけ、どう動くのかと身構え――。


「……ほう。これは見くびられたものだ、よもやたった二人で僕と戦おうとは」


 俺たちを嘲笑うように呟きながら、階段を下りてくる。

 そして――素早く両手を床についた。


 途端。床が大きく揺れ始め、立っていられずに思わずバランスを崩して膝をつく。

 ふと背後を見やり、絶句した。


 床が、ひび割れていた。

 俺とシナモン、チコリとカモミールが二人ずつ分断されるかのように、縦にくっきりと。


 揺れは徐々に大きくなり――やがて、それは起こった。

 突然、俺の左、つまりチコリが立っていたところの床が崩れ始めたのだ。

 チコリの後方で待機していたカモミールも一緒に、落下していく。


「チコリ! カモミール……!」


 思わず崩れた床の下を見下ろし、名を叫ぶ。

 死ぬことはなくても、大怪我は間違いなしの高さだ。


 もしかして、ステビアもカモミールの回復能力や俺の弱点を知っていて、まず人数を減らしにかかったというのか。

 頼む、無事でいてくれ。

 そんなことを心の中で祈り――不意に、眼下で動きが生じた。


 水だ。

 それも海と見紛うばかりの大量の水が、チコリやカモミールの下に広がっていた。


 落下する二人は、やがて水の中に飛び込み。

 数秒も経たず、無傷のまま水面に浮かび上がった。


「あ、ありがとう、チコリちゃん……」


「大丈夫、なの。みつば、しなもん、そこに戻るから、絶対にやられちゃだめ、なの!」


 俺たちへ向かって叫び、二人は泳ぐ。

 本当に無事でよかった。つくづく、チコリの能力は優秀だ。


 あとは、二人が戻ってくるまでに、ステビアの攻撃を凌げばいい。

 なかなか骨が折れそうだが、やってやろう。


「……これは驚いたな。さすがは水の精霊といったところか。だが、無事で戻ってこられるとは思わないほうがいい。今頃、この城内には大量の、僕の分身がいるはずだ……ククク」


 分身。アニスが今戦っているはずの、あのステビアの姿をしたスライムのことか。

 あれが大量にいるとなると、いくらチコリでも……。


 いや、だめだ。俺が不安になってどうする。

 ただ信じるだけだ。二人が、無事に戻ってくることを。


「前言撤回だ、シナモン。二人で、何としても凌ぐぞ!」


「……はいっ!」


 シナモンの、気合いの入った返事を最後に。

 戦いの火蓋が切って落とされた。

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