繰り返す偽言
目を覚ます。
かなりの至近距離に、カモミールの顔があった。
「あっ、よかったぁ……やっぱり、お姫様のキスでお姫様は目覚めるんだね!」
つい驚いてしまっていると、カモミールはほっと胸を撫で下ろして離れる。
どっちもお姫様じゃないか……などと突っ込む前に、もうひとつ気になる単語を聞き逃したりはしなかった。
「き、キスって……?」
「ミツバちゃんを見つけたとき、すんごい舌から血を溢れさせたまま気を失ってたみたいだから。わたしが、濃厚なキスをしてあげたんだよっ! それはもう、舌と舌がねっとりと……ふへ、ふへへへへ」
怖い。舌を治すためとはいえ、俺の意識がないときにキスをされたのが異様に怖くて仕方がない。
と、そこでようやく思い出す。
魔王となったステビアの力で、あの場にいた俺たちは街の中へと飛ばされてしまったのか。
こうしてはいられない。シナモンたちがどうなったのかも気になるし、何より大量の骸骨たち、そしてステビアをどうにかしなくては。
「……アニスたちは?」
「街の人たちを助けながら、何とか生き延びてるよ。チコリちゃんも一緒にいるし、あの子たちは大丈夫だと思うな」
安心した。
決してアニスが弱いというわけではないが、戦闘に於いてはチコリが一番強いように思う。
あの水の能力さえあれば、きっと骸骨たちにも対抗できるだろう。
となると、オレガノとクローブ、あとは俺たちが問題か。
何とかチコリやアニス、シナモンと合流できればいいのだが。
でも。俺は、不幸中の幸いかもしれない。
城から街の中に飛ばされ、意識を失い――その結果、真っ先に合流できたのがカモミールだったのは。
「あの、さ。ちょっと、お願いがあるんだけど」
「……うん? もしかして、わたしたちの子供がほしいとかっ? きゃーっ、そんなの困っちゃうよお。でもミツバちゃんなら、わたしの初めてをあげちゃってもいいかなあ」
「もうちょっと真面目に話を聞くことできないのか。あと、俺はカモミールとの子供は絶対に嫌だ」
「ひぇ……冷静に断られちゃったよ……」
何やらショックを受けているが、本当にそんな話をしている場合ではないのだ。
もしかしたら、この状況を打開できるかもしれない方法を思いついたのである。
ただ、そのためにはカモミールの協力が必要不可欠。
ようやく真面目に聞くようになったカモミールに、思いついた方法を話す。
別に、そんなに変わった方法でもなければ、きっと誰もが思いつきはするだろう。
でも実行に移すには、どうしても勇気と覚悟が必要になる。
そう思って、確認してみたのだが――。
「ほんとっ? やるやる、わたしは大歓迎だよっ! だってそれ、わたしにはデメリットがひとつもないもんね。まさか、ミツバちゃんのほうからそんなことを言ってくれるなんて……感激で上からも下からも涙、いやむしろ大洪水だよ。はぁ、はぁ……ちょっと一人でシてきていい?」
「あとにして! 急に興奮すんな!」
まあ確かに、勇気も覚悟も必要なのは俺だけだったかもしれないけど。
何で、よりによってカモミールなのだろうか。
どうしようもない嘆きを心の中でしつつ、深々と溜め息を漏らす。
「それじゃ、行こう」
「らじゃっ」
カモミールは元気よく敬礼し、二人で駆け出す。
目指すは――魔王城と化した、ステビアの待つ城だ。
§
壁に身を隠し、陰から様子を窺う。
数体の骸骨が徘徊しており、今ここから出て行くと見つかるのは必至だろう。
「さっそく、するの?」
「……そうするしかないだろうな」
骸骨を眺めたまま小声で問われ、俺は渋々頷く。
いついなくなってくれるのか分からないし、このままいつまでも待ち続けるわけにもいかないのだから仕方ない。
意を決し、俺は骸骨たちの前に出た。
カモミールは壁の陰に隠れたまま、小声で「がんばれー」と言っているのが薄らと聞こえる。
隠れていることが気づかれるかもしれないんだから、黙っててほしい。
ともあれ、俺は骸骨たちに向かって言う。
一時凌ぎかもしれない。それでも、俺たちが城に向かうための必要な時間を稼ぐために。
「骸骨たちは足元が固定されて動けなくなっている」
瞬間。さっきまで俺に向かっていた骸骨たちが、急に足が地面にくっついたかのように藻掻き始めた。
舌に疼くような痛みが走り、思わず手で押さえる。
本当は、動きを止めるだけじゃなくて骸骨そのものを倒してから先に進みたくはあったけど。
たとえ骸骨であっても生死に関することは事実にできないし、攻撃しようにも一度で全てを倒しきれるという保証はない。
ならば、足を止めている間に急いで城へ向かい、体力などを温存した上で早急にステビアを打倒してしまおう。
「ミツバちゃんっ! ほら、しよ?」
慌てて駆け寄ってきたカモミールが、俺の肩に手を乗せて笑う。
何でこんなに楽しそうなのか。
ほぼ無意識に溜め息を漏らし、ジト目になりながらも。
カモミールと、舌を絡ませた。
「あのさ……いつも口を離すときに、名残惜しそうに粘ってくるのやめて……」
「えーっ? だってミツバちゃんと、もっともっとちゅっちゅぺろぺろあんあんしたいもん!」
「永遠に叶わないから諦めて」
「でも、ちゅっちゅは叶ってるよね?」
「それも不本意なんだっての!」
「ふ、不本意……さすがのわたしも傷ついちゃうよ……? あー、心が痛いなー、慰めてほしいなー」
もう構っていられない。
棒読みで涙を拭う仕草をするカモミールを放置し、城へと足を向ける。
「む、無視はひどいよっ! もう、こうなったら明日は絶対に夜這いしてやるから覚悟しておいてよね」
「ごめんなさい許してください」
最終決戦に向かっている途中とは思えないような、あまりにも呑気すぎる会話をしながら。
俺たちは、二人で城を急いだ。
途中で骸骨たちが襲ってくれば、また同じようにして動きを停止させ。
そしてカモミールの治癒能力で、舌のダメージを再生させる。
それをひたすら繰り返し、繰り返し、繰り返し続けて。
ついに、城へと辿り着いた。
最初とは似ても似つかない、邪悪な雰囲気を醸し出している。
ここに、ステビアがいる。
大きく深呼吸をし、中に侵入を果たした。