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ようこそ新世界

 何だ、これは。

 どうして、こんなことになっている。

 そんな自問を繰り返しても、答えなんか一向に返ってこない。


 ステビアが自身の能力を自分に使用し、人外――否。魔王の姿となった。

 そして、仲間であり上司でもあったはずの団長ディルをその手で殺害。


 思わず、身の毛がよだつ。

 あのディルを一瞬で殺してしまった男に、俺たちは本気で勝てるのか。

 勝たなくてはいけないと分かっていても、目の前の脅威に怖気づいてしまう。


「ふん。そんなに怖がらなくていい。貴様らは、この僕が、痛がる暇もないほど一瞬で葬ってやる」


 ステビアが不気味に思える笑みを刻みながら、手のひらを前に突き出す。

 この動作は、先ほども見た。

 さっきと同じなら、きっとディルを殺したときの――。


 思考している間にも、ステビアの手のひらから紫の光線が放出された。

 だめだ。あの光線を身に受けてしまえば、ディルと同じように無事でいられるわけがない。


 舌はまだ痛む。今この場にカモミールはいない。

 だけど、こんな状況でそんなことも言ってられなかった。


「俺たちの目の前に、巨大で透明で頑丈な壁が立ち塞がっている!」


 咄嗟に叫ぶ。

 瞬間、俺たちのほうへ向かっていた光線は透明な壁に激突し、せめぎ合う。

 そうしてしばらく拮抗していたが、やがて光線は紫色の粒子を伴って弾け飛んだ。


「く……つ、あぁ……」


 でも、俺の舌だって無事ではなかった。

 口元を押さえた手のひらが、血で赤く染まる。

 裂けるような激痛が襲い、涙目となってその場に蹲る。


「み、ミツバさん……っ」


 シナモンもしゃがみ込み、俺の様子を心配そうに見つめてくるが。

 今の俺に、シナモンに声をかける余裕もなければ、ステビアとの戦闘に集中する余裕も()うに失われていた。


「ふん。どうした、今の一度で終わりか? 貴様の能力とは違い、僕の光線は何度でも放つことができる。その都度、貴様の能力で防ぐつもりか? その前に、どちらの限界が訪れるのかは、見なくとも分かることだと思うがな」


 悔しいが、ステビアの言う通りだった。

 この様子だと、使えたとしてもあと三回くらいまでが限界だろう。

 その三回で、この男に勝てる見込みなんてあるわけがない。


「ああ、それと。そろそろ、僕の野望が動き出す頃合いだ。まずは、この街が新世界へと生まれ変わる」


「……?」


 言っている意味が分からない。

 眉を顰め、口を押さえたまま彼を見上げていると。


「ふん、見てみろ。これが――この街の現状だ」


 そう言って、ステビアは指を鳴らす。

 瞬間、ステビアの背後に大きなモニターのようなものが現れ――。

 そこに映っていた光景に、俺たちは絶句せざるを得なかった。


 パニックとなり、逃げ惑う人々。

 地面から生える、無数の骸骨のような魔物たち。

 空は赤く染まり、まさに終焉を告げているかのようだった。


「なん、ですか、これ……?」


「フハハハハッ……決まっているだろう、姫様。この平和でつまらない世界を、危険で面白い世界へと、僕の能力で作り変えてやっただけだ」


 今チコリやアニス、カモミールにクローブがどうしているのかは分からない。

 でも、街の中にいるのは確実なのだ。

 こんな状態の街の中にいれば、みんなも無事でいられるわけがないだろう。


 早く、みんなのところに向かわないと。

 そう思っても、俺たちが対峙している相手が元凶なのも事実。

 どうにかして、こいつを倒さなくてはいけない。

 だけど、その方法が全く思いつかなかった。


「さあ、始めよう。貴様らが勝つのか、僕が勝つのか――最初で最後の戦争だ」


 ニヤリ、と不敵に嗤う。

 そして、片手は壁に、片手は床に手で触れた。


 刹那。

 大地震が起こったかのように、城が突如として大きく揺れ始める。

 既に蹲っていた俺はともかく、シナモンもオレガノも立っていられず、バランスを崩して膝をつく。


「今から、ここは魔王城となる……ッ! さあ、打ち震えろ。戦慄け。ようこそ――新世界……ッ! ククク、クククク、クハハハハハッ」


 両手を広げ、不快な笑い声を響かせるステビア。

 こんな男に、俺たちはどうやって対抗すればいいのか。

 舌の激痛もあって、余計に思考ができなくなっていた。


「そうだな……貴様らを今ここで殺してもいいが、どう足掻いてみせるのかも興味が湧いてきた。せいぜい、絶望に抗ってみせろ――弱者ども」


 再び、ステビアは両手のひらをこちらに向ける。

 また光線を放つのかと思った。撃ってきた瞬間に、舌が痛むのも厭わず能力を使おうと思った。

 でも、違った。


 俺たちの真下が紫色に光り、俺たちを包み込む。

 どうなっているのかと問う前に、俺の視界は。

 一瞬で、暗転した。


「最後まで足掻き続けるというのなら、僕も相手になってやるさ。生き延びることができれば、魔王城まで来い。玉座の間で待つ」


 そんな、ステビアの言葉を最後に。



     §



 声が聞こえる。

 何だか、聞き覚えのある声のような気がする。


 だけど、誰なのかが分からない。

 目も開かず、喋る元気もなく。

 ただ真っ暗な視界の中、今の自分は壁にもたれかかって倒れているのであろうことだけは分かった。


「大丈夫っ? ねえ、しっかりしてってば!」


 また、声がした。

 今度は、さっきよりもはっきりと聞こえた。


 でも、何だか痛くて、自分の意識はまだはっきりしないままだった。

 もう、いっそのこと眠ってしまいたい。

 やけにぼんやりとする頭は、そんな思考を生み出してしまう。


「……って、すごい血っ!? ここまでなるなんて、どんな無茶したの……?」


 体が揺すられる感覚。

 今の自分は、一体どうなっているのだろうか。

 そんな疑問を抱きはするものの、またすぐに痛みと眠気で何も考えられなくなる。


「もう……しょうがないなあ。べ、別に、これはわたしがしたくてしてるわけじゃないもんね。ミツバちゃんを助けるためだから、しょうがないことだもんね。寝ているところを襲ってるとか、そういうことじゃないから、みんな許してくれるよね……ふへへ、それじゃあ――」


 まるで誰かに言い訳するかのような独り言を呟いた直後、俺の肩に何かが乗ったような感覚がした。もしかして、手を置いたのだろうか。

 そうして、真っ暗な視界で、また意識を失おうとしていたら――。


 唇に、何かが触れた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王になったステビアの目的がまさか平和な世界をモンスターだらけの地獄の世界に変えることに驚きです。そしてラストでミツバちゃんを助けたのはもしかして…!次回も楽しみです!
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