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運の悪い召喚

「えっと、ここが私の部屋です」


 言いながら、俺を助けてくれた少女は扉を開く。

 すると、大きなベッドや机に椅子、そしてぬいぐるみなどが置かれた可愛らしい部屋が視界に入った。


 ちなみに、今の俺はというと。

 しばらくはハイハイのような状態で歩いていたのだが、ずっとそんな状態なのも煩わしくなり。

 結局ズボンを脱いでしまい、そのズボンで下半身を隠している。

 隠す際、わりと尻尾が邪魔だったし、しかも他の誰にも見つからないように移動するのは一苦労どころではなかったけど、少女の手助けもあって何とかここまで来れてよかった。


 何はともあれ、二人で中に入り、少女は部屋の鍵を閉める。

 そして、少女はベッドに、俺は床に座った。


「じゃあ、まずは自己紹介しましょう。私はシナモンっていいます。この城の……まあ、その、お姫様っていうやつです」


「……ひ、姫っ?」


 もしかしてと思いはしたものの、まさか本当に姫だったとは。

 でも、そうか。ここが城の中だというなら、姫や王がいて当然だろう。

 そんな人がいきなり俺に会いに来て、その上俺を助けてくれるというのは予想外にもほどがあるというものだが。


「それで、あなたは……?」


「俺? 早蕨(さわらび)光葉(みつば)


「……サワラ、ビ……?」


「ああ、いや。ミツバ、でいいよ」


「分かりましたっ! よろしくお願いします、ミツバさん!」


 シナモンもそうだったが、やっぱり日本人らしい名前じゃないほうがよさそうだ。

 言葉が通じていることだけが幸いである。


「色々と聞きたいことはあると思うんですけど……その前に、その格好じゃアレなので、服を貸しますね」


「え? あ、ああ、ありがとう」


 俺がお礼を言うが早いか、シナモンはタンスの中を漁る。

 正直、女の子の服を着るのは抵抗があるんだけど、まあ今更そんなことも言ってられないか。

 何より、自分の体そのものが女の子になってしまったのだから。ただの女の子ではなく、狐耳と尻尾もセットで。

 下半身が裸のままで、服もブカブカなままよりかは、幾許(いくばく)かマシだろう。


 などと考えている間に、シナモンは一着の服を俺のところに持ってくる。

 清楚な感じの白いワンピースだった。

 今シナモンが着ている黒い服とは印象も異なる。


「これで大丈夫でしょうか……? とりあえず、着替えてみてください」


「分かった」


 服を受け取り、今の服を脱ぐ。

 何がとは言わないけど、平坦だった。むしろ大きかったら、自分の体にドキドキしてしまいそうだから、むしろこれくらいでよかったのかもしれないが。


 そうして、ワンピースを着てみる――が。

 狐の尻尾が邪魔で、どうしても服がめくれ上がってしまう。

 そうなると、当然下半身が丸見えなのである。

 今はまだ下着も男物なのだが、だから大丈夫という問題でもない。


 なんて不便な体なんだ、これは。

 尻尾を通せるような穴が空いていないと、まともに着ることはできなさそうだ。

 でも、そんな都合のいい服があるわけないし、どうしたものか。


「あ、あー……じゃあ、あとで服を買いに行きましょう。その、下着も変えたほうがいいと思いますし」


「それはいいけど、そこに行くまではどうすれば……?」


「長いマントを羽織ったりして、何とか隠すしかないですね」


「ま、まじか……」


 そのマントを捲ったら下着を露出した下半身が出てくるだなんて、どんな露出プレイだ。

 でも他に方法がないというのなら、そうするしかない。

 今の自分の体に合った服を買うまでの辛抱だ、我慢しよう。


「服屋に、こんな尻尾が生えてても大丈夫な服なんて売ってるのか?」


「それは大丈夫ですよ。この世界に人外さんなんてたくさんいますから、ほんっとにたくさんの服が売ってあります」


 ファンタジーものの漫画やゲームとかでよく見るような種族なんかも、ここにはいるのか。

 そう考えると少しテンションが上がってしまうが、いきなり知らない場所に来てしまったのだから、やっぱり不安や恐怖のほうが勝っている。

 できることなら、そろそろ詳細を教えてほしいものだ。


 そんな俺の焦燥を感づいたのか否か、ようやくシナモンは語り出す。

 最初に、こほんと控えめな咳払いをしてから。


「薄々と分かってはいることだとは思うのですが、ここはミツバさんがいた世界とは違います。つまり、分かりやすい言葉で言うなら――異世界っていうやつですね」


 当然、そうかもしれないとは思っていた。

 シナモンや騎士たちの発言、城、能力、そして人外。

 明らかに異世界としか思えないことばかりで、むしろそれ以外に考えられないくらいだった。

 だけど、本当に異世界なんてものがあるだなんて、こうして誰かから直接言われるまでは、たとえ自分自身の身に直面していたとしてもなかなか信じられなかっただろう。


「それで、どうしてミツバさんが異世界にいるのかっていうことですが。私が、あなたを呼んだからなんです」


「……え? よ、呼んだ?」


「はい。牢屋でステビアさんの能力については話しましたよね。私の能力が、その異世界から誰かを呼ぶっていうものなんです。でも誰でもいいわけじゃなくて、この世界に来るのが、どこのどんな人なのかは私にも分からないんですよね」


 じゃあ、何か。

 俺は、運悪く偶然選ばれてしまっただけ、ということなのか。


「それと、条件はもうひとつありまして。元の世界で、ちょうど同じタイミングで――亡くなった方、限定なんです」


「……っ」


 息を呑む。

 元の世界で、ちょうど同じタイミングで、亡くなった方。


 ああ、そうか。

 俺はもう、死んでしまったんだった。

 不幸にもほどがある、偶然発生した事件で。


 もしかしたら元の世界に戻れるかもしれない、と少しでも考えたりしたのに。

 元の世界で死んでしまったのなら、俺に帰る場所なんて……もう、ないじゃないか。


「あ……す、すみませんっ! 不躾なことを……っ」


「……いや、大丈夫。それで、何で俺を呼んだの? わざわざ異世界から呼ぶなんて、何か理由があったんじゃ?」


 事件で死んでしまったことを、今シナモンの前で嘆いていても仕方がない。

 違う世界で異なる姿とはいえ、一応シナモンのおかげで、こうして生きることだけはできているわけだし。

 とにかく今は、話を聞くほうが先だ。


「それは、協力してもらいたかったからです。私の目的に」


「……協力?」


 よく意味が分からず、鸚鵡返しに問う。

 すると、少し意を決したような素振りを見せたのち、俺の目を見据えて答えてきた。



「騎士団の野望を、打ち砕く手伝いをしてほしいんです」

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