失われた意思
俺、シナモン、アニス、チコリ、カモミール、クローブの六人は。
別行動で手分けをして、街中を駆け回ってオレガノを探していた。
真夜中のため暗くてよく見えなくなっているから、よく目を凝らして辺りを見回す。
店の中、人があまり通らないであろう路地裏、至るところを隅々まで。
なのに、見つからない。
さすがに民家の中にいる場合は探すことは不可能だが、ここまで探し回っても見つからないとなると、もうどこかの家の中にいるとしか思えない。
どうしたものか。
他のみんなが何かしらの手がかりを見つけてくれていればいいが、この様子だと、おそらくみんなも同じだろう。
何も妙案が浮かんでこない頭を掻きむしり、走り回って乱れた息を整えていると。
不意に、何もなかったはずの目の前に人が現れた。
驚きつつもその人の顔を見て、すぐに察する。
アニスか……ということは、転移してきたのだろう。
「あっ……ミツバ、やっと見つけ……はぁ、はぁ……ちょっと、休憩……んはぁ……」
俺の姿を視認し一瞬だけ喜んだかと思いきや、急にその場に座り込んでしまった。
もしかしたら、探すために何度も転移していたのかもしれない。
今の息の乱れっぷりは、今までの比じゃないような気がした。
「だ、大丈夫?」
「だい……じょう……じゃない……」
大丈夫じゃないらしい。
オレガノを探すためとはいえ、自分が疲れることも厭わずに何度も転移をしてくれていたなんて。
自分のことではないのに、何だかそこまで必死になってくれていることに少し嬉しくなった。
「ありがとう、アニス」
「はぁ、はぁ……何で、礼を言うのよ。ま、オレガノだし。シナモンとかカモミールみたいなデカパイ女だったら絶対ここまでやんないから」
まあ口ではそう言っているが、どうせそのときになったらアニスも必死で探し回るのだろう。
素直じゃないことは、今まで一緒にいてもう分かりきっている。
少しだけ荒い息が落ち着きを取り戻してきたのを確認し、俺は口を開く。
「それで、アニスは何でここに?」
「あ、そうそう。今シナモンが城の中に行ってるんだけど、ちょっと、その……あんたにも行ってもらいたいのよ」
「城に?」
すっかり忘れそうになっていたけど、そういえばシナモンはお姫様なのだ。
どこにオレガノがいるか分からない以上、自分の城に戻るというのは当然のこととも言えた。
それに、この件に騎士団が関わっていないとも限らないし。
そして騎士団が関わっていた場合、シナモン一人だけだと確かに心配ではあるが……それをアニスが俺に言ってきたことに、少なからず驚愕をせずにはいられない。
「わざわざ俺に言ってくるなんて、アニスも心配なんだな」
「ばっ……違うから! あたしは転移したら疲れるし、あいつと一番一緒にいるのはあんたでしょ。あいつ的にも、あんたのことを一番信頼してそうだし……それだけだから」
「でも、心配してることは否定しないんだな」
「う、うっさい! いいから早く行ってきなさい、あたしが転移してあげるから!」
少しずつシナモンのことも悪く思わなくなっているようで嬉しくなっていると、アニスが若干顔を赤く染めながら俺に手を翳す。
次の瞬間には、目の前の景色が一瞬で変わっていた。
ここは、間違いない。
最初に目を覚ました場所で、俺が騎士団の奴らに捕らえられた場所だ。
まさか、もう一度ここに来ることになるとは。
近くに人の姿はない。
しかし、城の中や門番などは見張りを続けているだろうし、嘘をつけば信じてもらうことはできるとはいえ、できるだけ誰にも見つからないようにしたほうがいいだろう。
そう思い、辺りを警戒しつつ忍び足で城の中へ向かった。
入った瞬間、すぐに騎士が廊下を歩いているのを発見した。
だが、まだ俺のことには気づいていないようだ。
壁に身を隠し、騎士が離れた瞬間に急いで駆け抜ける。
それを繰り返していくと、下へと続くとある階段の前に辿り着いた。
もしかして、この下は地下になっているのだろうか。
上だけでなく、まさか下まであるとは思わなかったが。
この先に何があるのかは知らない。
シナモンがいるのかどうかも分からないし、オレガノとは一切関係ない可能性だってもちろんある。
でも、一応この先にいる可能性が少しでもあるのなら、行ってみるしかないだろう。
ゆっくり、一歩ずつ階段を降りていく。
とても薄暗く、長い廊下が遥か先にまで続いていた。
僅かな恐怖心を抱きながらも、廊下を突き進む。
やがて、ひとつの大きな扉に辿り着いた。
一回、深呼吸。
意を決し、扉を開け放つ――と。
中にいた二人の男性が、同時にこちらを振り向いた。
どちらも、知っているどころか因縁の相手だ。
「ディル……ステビア……」
ほぼ無意識に、その名を呟く。
そう。よりにもよって、団長であるディルと、その右腕的存在であるステビアが一緒にいたのだった。
しかし、シナモンの姿はどこにもない。
合流できなかっただけでなく、俺が一人のときに、この二人と出会ってしまった。
……最悪だ。
「……ほう。よもや、たった一人でここを訪れてしまうとはな。よほど、早く命を落としたいと見える」
ディルが、不敵に嗤う。
カモミールがいない今、嘘を事実に変える能力が使えるのは、おそらく五回前後だろう。
その数回だけで、二人に勝てるとは到底思えないが……だからといって逃げるわけにもいかないか。
「……ふん。逃げないのか。ククク……先に言っておこう。僕と団長は、ゲットウから精霊石を受け取り、既に強化済みだ」
絶句した。
ゲットウが神殿を破壊し、そこから精霊石を奪ったのは本人から聞いていた。
だけど、本当に最悪だ。ただでさえ強い二人が、更に強化してしまったら。
少なくとも、俺一人だけで勝てる見込みなんて皆無にも等しい。
どうする。
みんなを呼びに行くか……いや、そんな暇はない。後ろを向いた瞬間、やられてしまうのがオチだろう。
そうやって、必死に頭をこねくり回していると。
「だがな、僕たちが相手をしてやる前に、まずはお前たちの戦いを見せてみろ――行け」
ふと、ステビアが背後に向かって目と顎で合図を出す。
そうして姿を現した男を見て、俺は喫驚せずにはいられなかった。
大きな図体。
分厚い筋肉。
他でもない、俺たちが探していた――オレガノだったのである。
「ククク、クハハハハハ……ッ。さあ、お前は仲間とやらを殺すことができるか?」
ステビアが哄笑した、次の瞬間。
地を蹴り、オレガノの巨体が迫ってきた。