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足りなかったのは信用

 能力で地面に大きな穴を開け、能力を解除することで穴を閉じて。

 その穴に落下したゲットウが一向に出てくる気配がないところを見ると、やはり閉じ込められて出てこられないのだろう。


 何とか、一件落着といったところか。

 だけど、そんな勝利に喜ぶ余裕など、今の俺には()うになかった。


「……ぐ、つ、うぁ……ッ」


 痛い。

 舌が、裂けるように痛む。


 激痛に悶えながら口元に当てた手のひらは、あっという間に血の赤に染まる。

 昨日のカモミールに対して使ったときを含めても、まだ五回ほどしか使っていないはず。

 舌を失うほどではないようだが、それでもたったの五回で、ここまでの激痛を訴えてくるとは思わなかった。

 一体、何回までが限界なのか。現状から察するに、十回から十五回いけば上出来なくらいだろう。


「ぁ、ぐぅ……」


 なかなか痛みは治まらない。

 その場に蹲り、手のひらが真っ赤に染まっていくのも構わず口元を手で押さえ続ける。

 ある程度痛みが引いてさえくれれば、もう少しだけ能力が使える回数も増えそうなものだが。

 五回しか使っていない現在ですら、痛みが落ち着くまで数分を要した。


 そうして、ようやく痛みが治まり、口元から手を離した瞬間。

 こちらへ駆け寄ってくる三つのの人影が、ふと視界に入った。


「ミツバさん、大丈夫ですかっ?」


 心配そうに俺の名を呼ぶシナモンと、声には出さずとも慌てているようなアニスと、無言と無表情を貫くチコリ。

 ……やってしまった、と思った。


 みんなを守るためなら仕方ないと考えていたが、それでも、シナモンやアニスにまでさっきの俺の姿を見られてしまったら。

 当然、不審に思わないわけもなくて。


「一体どうし……って、その血……っ!?」


「あんた、どっか怪我でもしたの!?」


 案の定、シナモンは驚いて口元に手を当て、アニスは慌てて詰め寄ってきた。

 こうなった場合に、どう誤魔化すか考えていなかったな……。

 仕方ない。嘘をついて、無理矢理にでも信じてもらうしか――。


「――ミツバさん。何か隠し事してます、よね?」


 嘘をつくために口を開いた、瞬間。

 こちらの嘘を見抜くかのような、まるで心の奥底まで見透かされているかのような。

 そんな真剣な表情で俺を見据え、シナモンはそう言った。


「えっ……あ、えっと……そ、そんなわけ――」


「――ミツバさんっ!」


 言葉の途中で、今にも泣き出してしまいそうな顔で叫ばれ。

 俺は思わず、続きの言葉を発することができなかった。


「嘘、つかないでください。それとも私は……私たちは、そんなに信用できませんか?」


 悲しげな瞳で問われ、俺は思わず目を逸らす。

 罪悪感で、顔を直視できなかった。


 騎士団と戦うというのは、シナモンに頼まれたことだ。

 俺としても元の姿に戻してもらうためにステビアに用があるし、断る理由は特になかった。

 でもシナモンたちなら、俺の能力の欠点を知ってしまえば、能力を使うのを許可しないだろうと判断して。

 その上、もうこれ以上無駄に心配させる必要もないだろう、と。


 でも、その考えは間違っていたのかもしれない。

 心配させたくない? いや、違う。

 仲間を守るため? ただの口実で大義名分だ。


 もちろん、それらの理由があったことは事実だが、結局のところ。

 俺は――仲間という存在を、信用しきれていなかっただけなのだ。


 無駄に心配させてしまう『かもしれない』。

 俺のことを信頼せず、能力の使用を許容されない『かもしれない』。

 そうやって勝手に思い込んで、分かったような気になって。

 本当に信頼していなかったのは――他でもない、俺だったのだ。


「……ごめん」


 気づけば、俺は謝罪していた。

 信用も信頼もしていなかったことに。そして、嘘をついていたことに。


 もう誤魔化すのはやめだ。

 仲間にくらい、ちゃんと自分の口から、本当のことを話さないといけないだろう。

 まさか、それをシナモンから教えられてしまうとは思わなかったが。


 意を決して、能力の弱点についての全てを話す。

 俺が話し終わるまで、三人とも割り込んだりはせずちゃんと最後まで聞いてくれた。


「そ、そんな欠点が……」


 俺の手のひらに残った血痕へと視線を落としながら、シナモンは呟いた。

 いつも通り淡々とした口調で、チコリがあとに続く。


「能力ってのは、本当に不平等なもの、なの。いくら能力が強くても、そんなに大きな欠点は他でもなかなかないと思う、なの……。なのに、なのに、頑張りすぎだと思う、なの」


 そう言って、どこか咎めるような視線を俺に向けてくる。

 と、そこで。

 能力についてを説明したついでなのだし、まだ話しておくべきことがあったことを思い出した。


「……チコリの神殿だけど、もう完全に直ったぞ。俺の能力で、直してきたから」


「え……?」


 そう驚きの声を漏らしたのは、チコリだけではなくシナモンも同じだった。

 でも、それは当然か。

 シナモンも、もちろんチコリも、あそこまで派手に崩れていれば修復不可能だと思ってしまっても無理はない。


「あんたねえ……それ今言うこと? 能力の使いすぎはだめっていう話を……って、いうか! そんな欠点があんなら、あのとき言いなさいよ!」


「だ、だって、止められると思っ……」


「はぁッ!? 当たり前でしょうが!」


「ご、ごめんなさい」


 一緒に行ったから神殿が直ったことは知っていたアニスにすら怒鳴られ、俺は条件反射で謝ってsまう。

 ここまで怒られたのは初めてだ……当然のことをしたのだから、仕方ないとは思うが。


「……それ、本当、なの?」


 ふと。

 チコリが涙目で、縋るような目で、儚い声で、そう訊ねた。


「ええ、本当よ。やっぱりミツバも大概自分のことを考えない大バカ――」


「……う、うっ……ありがとう、なの……ちこり、帰る場所も、精霊石も、全部なくなったと思って、これからどう生きていけばいいのか分からなくて……でも、そのせいでみつばが傷つくのも嫌で、ちこり……」


 大きな瞳から大粒の涙を溢れさせ、泣き出してしまった。

 家が戻ってくれて嬉しいのと、俺が傷ついて嫌っていう二律背反に苛まれているのだろう。

 俺は立ち上がり――笑顔で、チコリの柔らかな髪を撫でた。


「大丈夫だ。あの一回くらいじゃ、大したダメージでもなかったし」


「……さっきあんなに血を吐いてた人が、よく言うわ」


 アニスがジト目で無粋なことを呟いていたが、とりあえず無視しておく。

 すると、そこに割り込むようにしてシナモンが笑顔で言ってくる。


「それでは、ミツバさんはもう嘘を事実に変える能力は使わないでくださいね?」


「えっ?」


「当たり前じゃないですか。ミツバさんの舌がなくなっちゃうのは、私も嫌ですよっ!」


 その反応は概ね予想通りだが……もしさっきみたいに敵に襲撃された場合、能力が使えないのはかなり厳しい気がする。

 もちろん他の仲間が能力を使えるから戦うことはできるかもしれないけど、それにしたって仲間に頼るしかないのは辛い。


 そうなる未来を予想し、露骨なまでに落胆していると。

 ようやく泣き止んだチコリは、その言葉を言い放った。


「……大丈夫、なの。もしかしたら、何とかなるかもしれない、なの」


 その言葉は。

 今の俺には、希望の光のように思えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 新たな能力の弱点のことでシナモンちゃん達を心配させたくないミツバちゃんでしたが、それをちゃんと受け入れてくれるシナモンちゃん達を見て、 ミツバちゃんは仲間に恵まれているなぁと実感しました。…
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