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埋もれた住処

「ほえー……それがミツバさんの強化された能力なんですね」


 朝。起床するや否や、すぐさまシナモンに能力の詳細を伝えた。

 嘘を真実へと変え、その上で相手に必ず気づかれることはない。

 そうして変わった事実を、ずっと昔から、最初からそうだったかのように、無意識に認識してしまう。

 我ながら、とんでもなく恐ろしい能力を手にしてしまった気がしてならない。


「でも、その能力があれば、騎士団の方々とも戦えるかもしれません。さすがはミツバさんです!」


「いや……まあ、まだ特に何もできてはないけど」


「何を言ってるんですか、ミツバさんは充分頑張ってくれていますよ。それに、ミツバさんの活躍はここからですから!」


「無邪気な笑顔でハードルを上げるな。まあ、せいぜい頑張るよ」


 俺としても、ステビアの野郎に元の姿に戻してもらわなければいけないのだ。

 こうして何とか能力の強化には成功したことだし、そろそろ本格的に騎士団の野望を阻止するために動き出さなくては。

 とはいえ、特に作戦があるわけでもないのだが。


「それで、シナモンはどうだったんだ?」


「私は……まだ試してないんです。またミツバさんのように、他の世界から無関係な人を連れて来てしまうかもしれませんから」


 そういえば、シナモンの能力は召喚だ。

 強化された内容を確認するためであっても、一度能力を使用してしまえば、やはり誰かをこの世界に呼ぶ羽目になってしまう。

 だったら、試すのに躊躇ってしまうのも無理はないか。


 だけど、正直な話。

 俺の能力もどうなるのか気にはなっていたが、それ以上に。

 シナモンの召喚能力がどう強化されたのかは、一番興味がある。

 さすがに無理強いはできないし、見られないのも残念ではあるけど仕方がない。


「……みつば、しなもん」


 ふと。名を呼ぶ声に振り向くと、いつの間にかチコリがすぐ近くに立って、こちらを見下ろしていた。

 あれから、ずっとシナモンが買ってきた服を着ており、何だか既に馴染んでいるような気がする。

 俺の今の服を選んでくれたのもシナモンだったし、意外にも、その人に似合う服を選ぶセンスはそれなりにあるらしい。


「ちこり、あんまりここに長居はできない、なの。精霊石はもう渡したから、そろそろ帰る、なの」


「帰るって、あの神殿にか?」


「……ん。あれが、ちこりの家。ちこりの住処、なの」


 俺からしてみれば、湖底の神殿に、たった一人きりで暮らすのなんて寂しすぎるような気もするが。

 でも、チコリにとってはそれが普通だったのだろう。

 俺にとってはただの神殿でしかなくとも、チコリにとってはあれでもかけがえのない家。

 それに、精霊としての使命を果たすため他の精霊石の管理もしなくてはいけないみたいだし、それなら俺に止める権利などどこにもない。


「そっか。残念だけど、しょうがないよな」


「うう……もう少しだけ、ここにいても……っ!」


 何やら、シナモンが少し泣きそうな顔になってしまっている。

 そんな永遠の別れみたいな顔しなくてもいいだろうに。


「んーん。もう充分、お世話になった、なの。そろそろ家と精霊石が心配だし、ちこりが長い間離れるわけにもいかないから、本当にもう帰らないと、なの」


「そ、そうですか……分かりました。それなら、神殿までお見送りはさせてくださいっ!」


「ん、んん……分かった、なの」


 シナモンの笑顔の申し出に、チコリは照れ臭そうにしながらも頷いた。

 正直、もう一度あの神殿に行くことになるとは思わなかったが、シナモンが行くならせっかくだし俺も一緒に行こう。


「だったら、あたしたちも必要よね」


 ふと聞こえてきたそんな声に振り向くと、アニスとオレガノの二人が、いつの間にかすぐ近くにまで来ていた。

 オレガノは、すぐさま涙目で甲高い声を震わせる。


「チコリちゃ~ん。水臭いじゃな~い、アタシもチコリちゃんの見送りには行くわ、当然!」


 全く気づかなかったが、俺たちの話を聞いていたのか。

 あまり表情の変化は大きくないが、今のチコリは何だか照れ臭そうで、それでいて少し嬉しそうにしている。


「ふん、あたしの転移能力と、オレガノの操縦は必要でしょ。帰るのに、あたしたちを呼ばないとはどういうこと?」


「でも……ちこりはあにすと違って泳げる、なの」


「うっさい! 泳ぎに行くのも大変でしょうが! それに、あたしも一応少しは泳げるわぁっ!」


「ん、んん……分かった、なの」


 アニスの剣幕に気圧されつつ、チコリは渋々といった様子で頷いた。

 本人は何やら口実を作ろうとしているみたいだが、つまりチコリとの別れを一緒に見送りたいということだろう。

 素直じゃないアニスのことも、少し分かるようになってきた。


 と、いうことで。

 五人で小型の潜水艦のところに行って乗り込み、バジル湖の湖上に転移する。

 そして、オレガノの操縦で深く潜っていく。


 底には大きな神殿が建っており、前に来たときは思いの外すぐに発見できた。

 だから、そろそろ見つかるはず……なのに。

 いくら潜っても、神殿はどこにも見当たらなかった。

 やがて底まで辿り着き、辺りを見渡す。


 最初は、場所を間違えたのかと思った。

 この湖は広く、潜る方向を間違えたせいで神殿が見つからないのかと思った。


 でも。そうじゃないのだと、すぐに察する。

 察して、絶句せざるを得なかった。


 確かに、神殿はどこにもない。

 でも、何もないわけではなかった。


 湖の底には――大量の瓦礫が散らばっていたのである。


 それが意味することは、たったひとつ。

 つい昨日まであった神殿が、いつの間にか崩壊してしまっていた、ということ。


「な……なん、で、なの……?」


 チコリが驚愕に目を見開き、喉を震わせる。

 自分がいない間に家が崩壊してしまったのだから、当然の反応だろう。


 どうして、こんなことになったのか。

 ここまでの崩壊が、自然と発生するわけがない。

 だとしたら――誰かが、何かの思惑で神殿を破壊した……?

 一体、何のために……。


「一旦、戻ったほうがよさそうね」


 泣き崩れるチコリを心配そうに見やり、オレガノは潜水艦を上昇させていく。

 帰る場所も、そして管理していた精霊石も全て失ったチコリに、かけてあげられる言葉は。

 今の俺たちには、一切思い浮かばなかった。

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