その嘘は真実
――深夜。
みんなが寝静まった頃。
俺は上手く眠れず、座ったまま壁にもたれかかってぼーっとしていた。
隣ではシナモンが、そして少し離れた位置にはアニスやチコリが熟睡しているのが見える。
そっと、無意識に自身の喉を撫でる。
俺とシナモンは、チコリから受け取った精霊石を口に入れ、意を決して飲み込んだ。
最初はどうしても躊躇してしまっていたが、実際に口に入れてみると、すんなり喉を通ってくれた。
でも、能力が強化された実感は、正直あまりない。
俺だけでなく、シナモンも怪訝そうに首を傾げていたくらいだし。
使いどころの多い能力や、もっと分かりやすい能力だったら違ったのかもしれないけど。
チコリは、今まで通りに能力を使ってみれば自ずと分かる……みたいなことを言っていたが。
少し怖いやら緊張やらで、まだ能力は使えていない。
「あれ? ミツバちゃん、眠れないの?」
ふと。そんな声に見上げてみると、いつの間にか目の前にカモミールが立っていた。
こっちが答えるより早く、俺の隣に腰を下ろす。
「……まあ、ちょっと、な」
「もしかして、怖い夢を見ちゃったとか? それなら、わたしが一緒に寝てあげよっか? これはミツバちゃんのためだからね! もし間違いが起こったとしても、しょうがないよねっ!」
思いっきり間違いを起こす気満々じゃないか。
苦笑を返し、代わりに少し気になったことを問いかけてみる。
「カモミールは、精霊石って使ったことある?」
「わたし? ないよー。能力の強化とか、そういうのあんまり興味なくて。わたしはただ、可愛い女たちと楽しく暮らせたらそれでいいからね。あ、でも、強化したら、傷を治した相手を気持ちよくできるとか、キス以外の粘膜接触で元気になるとかだったら、合法的にえっちなことできるかも……って考えたことはあるなぁ」
相変わらず、思考が煩悩だらけだった。
この人にとっては、本当に強さとかどうでもよさそう。
むしろそれくらい単純に考えられたら、人生楽しそうで羨ましい限りだ。
「そういえば、聞いたよー。ミツバちゃんとシナモンちゃん、精霊石を貰えたんだって? よかったね、これも二人の努力の結果だと思うよ」
そう言って、カモミールは美人な顔に微笑みを浮かべ。
俺の頭を、優しく撫でた。
カモミールの手の感触が、何だか心地よい。
誰かに頭を撫でられたのなんて、もう十年以上も前だった気がする。
気持ちいいのは事実……なのだが、やはり恥ずかしさもそれなりに、というか、かなりあるわけで。
「ちょっ、な、撫でんなっ」
「ふへへ、かわいー」
「さっきまで変態発言ばかりだったのに、急に優しくなるな」
「これがギャップ萌えってやつ? ねえねえ、惚れた? 惚れた? もう好感度マックスかな? このままだと、ベッドインも近いね! ミツバちゃんのウエディングドレス姿、楽しみにしてるね!」
「俺が着るの!? そもそも好感度とかないから! むしろゼロだから!」
「ということは、ただでさえわたしのことを大好きなミツバちゃんは、これ以上ベタ惚れになる……? よっしゃー、ミツバちゃんの攻略大作戦が始まるぞーっ!」
「ポジティブすぎるだろ……そういうことは本人のいないところで言ってくれない……?」
俺がいつカモミールを好きって言った。
むしろ変態発言ばかりでマイナスだった好感度が、さっきのでようやくゼロになっただけだ。
それも台無しの発言をされたから、またマイナスに戻った可能性すらある。
でも、こうやって元気でポジティブなのは少し羨ましい。
だって、悩みとかなさそうだし。
「あ、そうだ。ミツバちゃんってさ、どんな能力を持ってるの? まだ知らなかったから、教えてほしいなー」
「俺の能力……?」
「うんっ! わたしの能力は教えたでしょー。ほらほら、わたしのおっきなおっぱい、いくらでも揉ませてあげるからぁ」
「いらない」
「ひ、ひどっ!?」
とはいえ、別に能力を話すくらいは特に何の抵抗もない。
もちろん敵なら別だが、カモミールはこんな性格なだけで悪い人というわけではないだろうし。
それに、一応チコリを治してくれたという恩もある。
まあ、すっかり忘れそうになっていたくらいだが。
俺は短く吐息を漏らす。
そして、自身の能力についてを短く簡潔に述べる。
「自分がついた嘘を、どんなものでも必ず信じさせるっていうやつだ」
「すっごーい! じゃあ何でも、誰でも騙せるってこと? ほえー……それがあれば、女の子を騙してホテルに連れ込むこともできますなぁ」
「……お前の頭にはそれしかないのか」
自分で突っ込んでおいて何だが、たぶん本当にそういうことしか頭にないんだろうな。
涎を垂らして悪い顔をしている今の顔は、絶対に誰にも見せられない。
せっかく普通にしてたら美人なのに、天は二物を与えないとは真実なのかもしれない。
と。これで能力の話は終わりかと思っていた俺に、いきなりぐいっ顔を近づけてくる。
そして俺の手を握り、言ってきた。
「じゃあさ、試しに嘘ついてみてよ!」
またか……。
初めてシナモンと会ったときも、試してみてとか言われたような記憶がある。
二人とも、好奇心はなかなかのものらしい。
今まで通りに能力を使ってみれば自ずと分かる……か。
せっかくだし、どう強化されているのかを確認するためにも、カモミールを相手に使ってみてもいいかもしれない。
「えっと、じゃあ……カモミールは貧乳」
刹那――。
カモミールの豊満すぎる胸部が徐々に縮んでいき、やがてアニスと同じかそれ以上に平坦になってしまった。
「……あれ?」
無意識に、口から漏れる。
無意識に、口角が引きつる。
俺の能力は、あくまで嘘を信じさせるというだけのもの。
決して、その嘘の通りにするものではない。
しかも、その上――。
「……? 確かにそうだけど……」
カモミール自身が、不審にすら感じていない。
まるで、最初からずっと貧乳だったかのように、それを信じ込んでしまっている。
きょとんと首を傾げ、まだ嘘をつかないのかと言わんばかりの瞳をこちらに向けて。
「痛っ」
ふと、鈍い痛みを覚え、頭を押さえる。
ああ、そういうことか。
ようやく、この能力の詳細を把握した。
「……解除」
呟く。
瞬間、カモミールの胸部が、また豊満な谷間を刻み始める。
未だにカモミールは怪訝そうな表情で、俺のことを見つめ続けるのみ。
既に二回も自身の体が変わったことなんて、全く気づきもしない。
間違いない。
――ついた嘘を、真実に作り変える能力。
それが、俺の新たな能力だった。