表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/40

あべこべな投獄

 床が硬い。

 冷たくて、とても寝心地が悪い。


 床の感触に顔を顰めながらも、俺は上体を起こす。

 そして、辺りを見回し――思わず絶句してしまう。


 鉄格子の扉。申し訳程度の薄い布しかない寝床。それ以外には小さな机やトイレくらいしかなく、決して広いとも綺麗とも言い難い。

 鉄格子の外には、他にも似たような部屋がいくつも並んでいるのが見える。


 そうか……結局あれから、牢屋に入れられてしまったのか。

 ここの床は石でできており、アニメやゲームなどのように掘り進んで抜け出すなんてことはできそうにない。


 本当に、何なんだよ、これは。

 知らない場所で目を覚ましたかと思いきや、いきなり牢屋入りだなんて。

 泣きたい気持ちでいっぱいなのに、あまりの意味不明さに、もはや乾いた笑いしか出てこない。


 これから、どうすればいいのか。

 簡単に出してくれるとは思えないし、そもそも生きて出られるとも限らない。

 自分の意思で侵入したわけではないのに、そう説明してもきっと誰も信じてはくれないだろう。

 何せ、自分自身ですら何であんなところで眠っていたのか分かっていないくらいなのだから。


「……ん?」


 深々と溜め息を漏らし、溢れそうになる涙を必死に堪えていると。

 不意に、違和感を覚えた。

 今着ている服は、当然俺の服だ。最初からずっと着ていた、自分の私服である。

 もちろん、サイズはぴったり……の、はずなのだ。


 じゃあ、どうして――服の袖も、ズボンの丈も合っていないんだ?

 手も足も、完全に隠れてしまうくらいブカブカになってしまっていた。

 大きな服に着替えさせられたのかと一瞬思いはしたが、俺が元々身につけていた服で間違いない。そもそも、わざわざ俺を着替えさせる意味なんてあるわけないし。


「……? ……??」


 手や足を交互に見やり、あまりにも異様な異変に頭が混乱するのを感じていたら。

 ふと、ひとつの足音が響いた。

 どうせ看守か見張りの人が来ただけだろう……と、そう思ったが。

 その足音は、俺がいる牢屋の前で、ピタリと止まったのである。


 訝しみ、鉄格子の扉へ視線を向ける。

 そこには、一人の見知らぬ少女が立っており、鉄格子の隙間からこちらを覗き込んでいた。


「大丈夫ですか? あなたを、助けに来ました」


 少女から発せられた小声に、俺は上手く反応を示すことすらできなかった。

 助けに来た……? 気を失ってからどれくらいの時間が経ったのか分からないが、知り合いですらない女の子が、こんなに早く俺を助ける理由は一体何だ。

 本来は喜ばしいことのはずなのに、あまりに都合のよすぎる展開に思わず疑ってしまう。


「信じてください。私は、あなたに用があるんです」


 少女は小さな声で言いながら、鍵を取り出して扉を開いた。

 そして中に入り、俺の目の前に立つ。


 ピンクの長髪は左右と後ろで三つに結んでおり、綺麗な黄色の瞳をこちらに向けている。

 身長は低く小柄なのだが……とある一ヶ所、胸部だけが凄まじい存在感を放っていた。

 まだ十代半ばくらいに見えるが、かなり顔立ちが整っている。

 立ち上がることさえ忘れ、その美貌に見とれてしまっていたら、少女は更に続ける。


「それにしても……人間、ではない、ですよね? まさか、こんなに可愛い女の子だとは思いませんでした」


「……?」


 言葉の意味が理解できず、首を傾げる。

 人間ではない。可愛い女の子。

 この子は、一体何を言っているのだろう。周りには俺たちしかいないし、明らかに俺に言っているんだろうけど……間違いなく人間だし、正真正銘男だ。


 怪訝に思っていることを表情で察してくれたのか。

 少女は一瞬だけ口元に手を当て、手鏡を取り出す。


「もしかして、自分の姿が分かってないんですか? これが、あなたの姿なんですけど」


 そう言って、向けてきた手鏡に映っていたのは――。

 俺の顔、ではなかった。


 オレンジの長い髪に、透き通った水色の双眸。

 小学生くらいにしか見えない幼い顔立ち。

 そして何より、頭部にはもふもふな狐耳が生えていた。


 本来の俺とはあまりにもかけ離れすぎていて、これが自分の姿なのだと言われても全く信じられない。

 いや、信じたくない。

 しかし鏡の前には俺しかいないわけで、みるみる顔が青ざめていくのが分かった。


「な、な……なにこれ」


 無意識に発した驚きの声に、また顔を顰める羽目になる。

 高い。今までの男らしい低めの声ではなく、女児のような甲高い声が自分の口から出ていたのである。


 腕を上げ、頭の狐耳に触れてみる。

 もふもふしていて、何だか不思議な感触で、自分の頭にあるものだとは到底思えない。

 もしかして耳があるのなら……と背後を振り向いてみたら、やはり臀部には狐のような尻尾まで生えていた。


 今の俺は、どこからどう見ても人間の男ではなく。

 狐耳の幼女になっていたのだった。


「その様子だと、やっぱり分かっていなかったんですね。ということは、今の姿は本来の姿じゃないってこと……で、合ってますか?」


「あ、当たり前だ……っ! ん、んん……」


 自分の声に慣れず、咳払いをしながら喉を撫でる。

 この様子だと、おそらく少女は何がどうなっているのか知っているのだろう。

 訳の分からないことばかりで、混乱しすぎてクラクラしてきたところだ。そろそろ説明をしてもらいたい。してもらわなくては困る。


「ステビアさん、覚えてますか? 騎士団の一人で、こう……金髪の、少し目つきが悪い人なんですけど」


 もちろん覚えている。

 ステビア様と呼ばれていた男は、俺を牢屋に閉じ込めることを命令した張本人なのだから。


 それにしても、あの兵士たちは騎士団だったのか。

 ステビアと一緒にいたもう一人の男性は団長と呼ばれていたが、いくら優しそうだからといっても、俺を牢屋に閉じ込めた奴らのリーダーをやっているのだから、今となってはもうどうしてもいい印象は抱けない。


 俺という不審者が城に侵入したため、彼らにとっては当然の行いだとしても。

 身に覚えはなく、完全に無罪なのだ。俺は。


「あの人は、手で触れた人やものをあべこべにすることができるんです。たとえば、硬いものを柔らかくしたり、熱いものを冷たくしたり――人間を人外に変えたり、成人男性を女の子に変えたり」


 そう言えば、最後にあいつが言っていたことを思い出した。

 弱体化をしてもらう、と。


 その言葉と、少女の説明を鑑みると。

 男の姿のままだと、やはり体力や筋力などがあるため、女の子の姿に変えることで弱体化を謀った……と、そういうことなのだろうか。

 そんなことをしなくても、普通の人間でしかない俺には、騎士団の奴らに対抗する術など何も持たないというのに。


「まだ説明することはあるのですが……とりあえず、場所を移しましょう。ここだと、いつ見張りが来るか分かりませんから」


「う、うん……」


 まだ、どこか釈然としないながらも。

 俺を助けてくれることは事実らしいので、頷いて立ち上がった。

 そして、一歩を踏み出し――。


「……うわぁっ!?」


 盛大にこけた。

 長すぎるズボンに躓き、それはもう顔面から勢いよく。


「だ、大丈夫ですかっ?」


「……ら、らいじょうふ」


 硬い石の床に打ちつけた鼻を押さえ、泣きそうになりながらもそう答える。

 くそう……身長まで縮んでしまったせいで、サイズが合わない今のズボンじゃ歩きにくい。


「えっと……歩きにくいなら、もう脱いでしまったほうがいいのでは……?」


「えっ? いや、でも……」


「女の子同士ですから、大丈夫です! 騎士団や他の囚人などのみなさんは男の方ですけど、でもきっと大丈夫です!」


「……できるかぁっ!」


 大丈夫の意味が分からず、俺はたまらず叫ぶ。

 そもそも体はともかく中身は女の子ではないし、ズボンを脱いでしまうと下着姿になってしまう。しかも、男物の。

 俺は深々と嘆息し、ほぼハイハイに近い状態で歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ