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美しき痴女

 アニスの過去と決意を知り、正式に俺たちの仲間へと加わったあと。

 チコリのことが心配になり、治癒能力を持っているという人を探すことにした。


 オレガノは心当たりがあると言っていたが、この地下空間にいるのだろうか。

 地上、街の中にいるんだとしたら、探すだけでも一苦労だが……。

 と、地下空間内を見渡しつつ考えていると、不意に背後から声をかけられる。


「戻ったか。精霊石は手に入れたのか?」


 訝しみ、振り向くと。

 タバコを口に咥えたクローブさんが、俺たちのことを見下ろしていた。


 残念ながら、まだ精霊石は入手することができていない。

 湖底の神殿で起こったことを、要点を掻い摘んで話す。

 もちろん、今チコリとオレガノが治癒能力を持っている人のところへ向かっているということも含めて。


「……そうか。だとしたら、あそこか……来い」


 それだけを告げ、クローブは踵を返す。

 もしかして、クローブもその人を知っているのだろうか。


 いや、この道の先は地上へ登れる階段があるのとは逆方向だ。

 ということは、つまりこの地下空間にいるということ。

 それなら、クローブが知っていてもおかしくはないか。


 と。何やら、俺の隣を歩いているアニスが、徐々に浮かない顔になっていることに気づいた。

 まるで、何か気がかりなことがあるような。

 まるで、今向かっている場所を知っていて、そこに行きたくないかのような。


「……ここだ」


 突然クローブが足を止め、俺はアニスのほうへ向いていた顔を前に向ける。

 そこには、ひとつのベッドがあった。

 そのベッドには裸のチコリが横になっており、傍らにはオレガノと、もう一人見知らぬ女性が立っている。


「あっ、クローブとアニス! ……と、その子は?」


 俺たちが来たことに気づき、女性は立ち上がる。

 女性にしてはなかなか背が高く、かなりスタイルがいい。

 何より、シナモン以上のはち切れそうなほど豊満すぎる胸が、谷間を露出させた服を着ているせいで余計に際立って見える。

 薄紫の長髪は首の後ろで長い三つ編みにしており、かなり顔立ちが整っていてとても美人だった。


「新入りだ」


「新入り!? わぁっ、すごい可愛い子っ! ねえねえ、あなた、名前は?」


 急に距離を縮めてきたかと思うと、俺の肩に手を伸ばし、かなり顔を近づけてくる。

 あまりにも近すぎる。

 さすがに直視できず、俺は少しだけ目を逸らす。


「……み、ミツバ、です」


「ミツバちゃん! 名前も可愛いぃ……今すぐぺろぺろしたいぃ……」


「っ!?」


「その耳も尻尾も超きゅーと! あぁ、もう、だめ! ちょうどここにベッドがあるんだけど、今すぐベッドインしよベッドイン! わたしはもう準備万端! あそこもびしょ濡れ――」


「――こら」


 恍惚とした表情で次々とまくし立てる女性に、アニスが頭部にチョップをお見舞いした。

 途端、頭を押さえ、恨めしそうに女性は涙目でアニスを見る。


「んもー、何? もしかして、間に混ざりたかった? それならそうと早く言ってくれればいいのにぃ……。大丈夫だよ、わたしは三人でのプレイも大歓迎! さあ、ほら一緒に行こ! 一緒にイこ!」


「違うわ、あほッ! いきなりミツバをナンパしてんじゃないッ!」


「なぁんだぁ……やっぱり嫉妬だったんだね。安心して、ちゃんとアニスのことも可愛がってあげるからぁ!」


「……こいつ今ここで殺してやろうか」


 アニスの女性を見る目が、完全に殺意が込められていた。

 これは今までに見たことのないほどブチギレている気がする……。


 それにしても、かなり美人だと思っていたのに予想以上に濃い人で、なんかもう言葉もない。

 未だに興奮した様子で黄色い声をあげている女性を見ると、さすがの俺も自然と半眼になっていく。


「まあ、その、落ち着いて、アニス」


「くっ……だから、このばいんばいんクソビッチのとこには来たくなかったのよ……ッ」


 相変わらず呼び方が独特だが、ここに来る途中で少し浮かない顔をしていた理由が分かった。

 シナモンですらあまり仲良くしたがらないくらいなのだから、それ以上に大きな胸部を持っているこの女性なら尚更だろう。

 しかも、こんな性格をしているんじゃ、アニス的にはあまり好意的に思えなくても無理はないのかも。


「えっと、さ。それで、チコリはどうなったんだ?」


 このままだと本題を忘れそうになってしまうので、視線をベッドの上で眠っているチコリへ向けながら口を開く。

 すると、女性はドヤ顔で豊満な胸を反らす。


「ふっふーん。それはもうばっちり! わたしにかかれば、治せない傷なんてないのだー」


 確かに、肩から腹部にかけて深く刻まれていた傷が、今は綺麗なきめ細かい白い肌へと元通りになっている。

 こんなに変な人だが、能力はそれなりに……いや、かなりすごいらしい。


「わたしの能力はね、傷口にキスをしただけで、どんな傷でも再生するんだよ」


「き、きす……?」


「そう! ミツバちゃんにもしてあげよっか? わたしの濃厚なきしゅ!」


「いやっ、俺は怪我なんてしてないから……っ」


「ううん、わたしには分かる。深い深い抉られたような傷がある! 急がないと、ほらこことかにっ」


 何やら意味不明なことを宣いながら、俺の服をたくし上げようとしてくる。

 咄嗟に手で押さえるも、この女性のほうが力が強くて、へその辺りが露となった。


「わーっ、ちょっ、何してんだっ!?」


「あぁっ、可愛いおへそだぁ……ほらほら、ええじゃないのー」


「――いい加減にしろ、このド変態がッ!」


「――はぶしッ!?」


 アニスに全力で頬をぶん殴られ、女性は奇妙な叫び声をあげながら床に倒れた。

 正直、かなり助かった。

 貞操の危機を感じたのは、生まれて初めてだ。


「ぶぅ……アニスちゃんのいけずぅ」


「やかましいッ! そんなに欲求不満なら、一人でしてきなさい!」


「あ、じゃあ、おかずにしたいから写真を撮ってもいい?」


「……」


「ご、ごめんってば。冗談だから、そんなに睨まないで……えっと、それじゃあ、わたしは失礼しまーす」


 怯えた様子で、そそくさと立ち去っていった。

 何というか、騒がしい人だったな。シナモンがいないときで、まだよかったかもしれない。


「何だったんだ、あの人は」


「……カモミール。ド変態で、ド変態なクソビッチよ」


 名前は教えてもらったが、特徴が変態ということしかなくて思わず苦笑してしまう。

 本当に、ここには色んな人がいるな、と思わざるを得ない。


「あっ、ミツバさんにアニスさん、こんなところにいたんですねーっ」


 と。そんな叫び声とともに、買い物袋を持ったシナモンが駆け寄ってくる。

 どうやら、ようやく買い物が終わったらしい。


「それでは、さっそく着替えさせましょう」


 そう言って袋から取り出したのは、水色のワンピースと白い下着だった。

 着させなくても分かる。この服なら、確かにチコリには似合うだろう。


 未だに眠ったままのチコリに、服を着させようとしているシナモンを見ながら。

 俺は、このあと、どうやって精霊石を貰おうか思考するのだった。

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