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かつての失敗

「……あたしは、あんたも知っての通り、暫く潜水艦の中で休んでた」


 乱れていた息も少し落ち着きを取り戻してきた頃。

 アニスは潜水艦の壁にもたれかかり、顔を上に向けながら、ぽつりと話を始めた。


「そしたら、遠くから一隻の潜水艦みたいなのが近づいてきているのが見えて……咄嗟に潜水艦ごと湖の上に転移して逃げちゃったの。暫くしてからまた転移で神殿の中に戻ったら、今度は別の潜水艦があったから、あたしはすぐに分かった。誰かが、この奥に進んだんだって。もしそれが敵だったとしたら、あんたらが危ないかもしれないって」


 そういえば、潜水艦は神殿の入口に放置したままだったはずなのに、転移でディルから逃げたとき、なぜか潜水艦は湖の上にあった。

 どうしてなのか分からなかったが、あれはアニスが転移で湖の上まで移動させたままだったからなのか。


「あたしって転移能力があるんだけど、でもそれだけじゃ案外戦ったりはできないのよね。だから、もしものことがあったときのために、短剣を持ち運ぶようにはしてあるの。まさか、本当に使うことになるとは思わなかったけど……」


 そのおかげで、ディルにあそこまでの傷を与えることができたわけだ。

 備えあれば憂いなしとは、まさにこのことか。


「当然そんなに転移をしたら疲れちゃって、暫く休憩してたせいで駆けつけるのが遅くなっちゃったみたい。でも、ほんと無事でよかったわ」


「……うん、本当にありがとう。もう少し遅かったら、もしかしたら全滅してたかも」


 冗談でも何でもない。

 俺たちは能力を封じられ、チコリも剣による攻撃で重傷を負い、抵抗する手段は完全に失われていたのだから。

 肝心なときに何の役にも立てない自分が、ただただ恨めしい。


「ま、話すっていうほど大したことをしたわけでもないんだけど……ただ。あたしも、あいつのことは……」


 何だ。

 あいつ――間違いなくディルのことだとは思うが、何やら突然俯き、浮かない顔になってしまった。

 まさか、アニスもディルと何かあったのだろうか。


 そんな俺の疑問に、表情で察したのか。

 はっとしたアニスは、一瞬の逡巡ののち更に続ける。


「ディルは平和と正義を尊重する男。そう言えば聞こえはいいかもしれないけど、平和のためなら何でもする。人を見捨てることだって、厭わない」


「それって、どういう……」


「昔、この街で複数の男に襲われたことがあるの。その場には、あたしもディルもいて……二人、人質にとられて。あいつらは『近づいたら人質を殺す』だとか『妙な動きを見せたら殺す』って、そればかり言われて、あたしは身動きがとれなくなって。でも、ディルは違った。このままだと街のみんなも危機に晒される……そうなる前に、殺しておこう。そんなことを言いながら、男たちを順番に殺していった。宣言通り男たちが人質を殺すことにも、全く意にも介さない様子で」


 自身の手のひらに視線を落とし、ぽつりぽつりと語る。

 大勢の住民か、人質二人か。

 その二つを天秤にかけ、どちらを優先して守るべきかを見極めたということだろうか。


 確かに大勢の住民を守ることは大事だが、それでも二人の人間だって守るべき大切な命のはずだ。

 犠牲の上に成り立つ平和など、あっていいはずがない。

 酷い話に眉根を寄せ――次に発せられた言葉に、思わず目を見開く羽目になってしまった。


「その二人の人質っていうのが――あたしの、両親だった」


 自分とは関係のない、赤の他人なのだとばかり思っていた。

 なのに。

 自分の親を、目の前で見殺しにされたっていうのか。


「おかげで、みんなは救われた。だけど、あたしは救われなかった。あいつのことはどうしても許せなくて、それと同時に無力な自分も憎たらしくなって、強さを求めた。いつか、あいつに復讐するために――」


 ディルとの因縁、みたいなものか。

 俺は元の姿に戻してもらうためにステビアを狙い、シナモンは悪事を阻止するために騎士団を相手にしているわけだが。

 境遇は遥かに違えど、敵は俺たちと同じ、か。


「だから、あたしは精霊石を貰いにチコリに会いに行ったことがあるの。そのときは、一切認めてもらえなくて……正直、今回も会いに行くのはちょっと抵抗があったんだけどね」


 そうだったのか。

 精霊石を入手すれば能力を強化できる。強くなるには、最も効果的な手段だ。


 でも、俺たちが行ったときも、与えても問題ないと認めた相手じゃないとだめと言われた。

 おそらくアニスも、それで結局貰うことは叶わなかったのだろう。


「ほんっと、シナモンほどじゃないにしても、チコリも無駄に膨らませやがって……。やっぱ、あんなパイパイ女なんか信用できないわ……っ」


 最後のは完全に私怨でしかないが、俺たちが困っていることも事実。

 まだ精霊石を貰えていないし、何とか認めさせないと騎士団を相手にすることも難しい。


「ねえ、ミツバ。あんたらって、騎士団を相手にしてるのよね?」


「え? あ、うん。何か悪いことを企んでるみたいだからさ」


 具体的に、どう世界を支配するつもりなのかは不明だが。

 それでも、あのディルの様子を見るに、そんな企みをしているのは疑う余地もなさそうだ。

 アニスの問いに、頷きを返すと。


「だったら、あたしも一緒に行くわ。ディルが許せないのはもちろんだけど、騎士団が悪いことを企んでるって言うなら、もうあたしみたいな思いをする人が出てほしくないし」


 そう言って、微笑みかけてきた。

 一緒に行く。俺たちとともに、騎士団と戦ってくれるということか。

 アニスは、これ以上ないほどの戦力だ。

 そんなの、断る理由もない。


 だから。

 俺も微笑みを返し――。


「ああ。もちろんだよ」


 どちらからともなく、握手を交わした。

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