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くたびれた移送

 一体、何が起こったのか。


 チコリの凄まじい猛攻により優勢かと思われた戦況が、ディルの能力による斬撃を食らってしまい、一気に劣勢へと傾いてしまった。

 今もまだチコリは傷の激痛に呻き、立ち上がることすらできず、ただディルを睨み続けている。


 負けた、と思った。

 終わった、と感じた。

 全員の能力が封じられている今、もう他に逆転する術など何も思いつかなくて。


 でも。

 そう諦めかけていた、次の瞬間。


「……が、ァ……ッ!?」


 いきなり、ディルが口から血を吐き、その場によろめいて片膝をつく。

 その腹部には、少し短い白銀の刃が貫通し、鎧を赤く染めていた。


 あれは、短剣だろうか。

 鎧を纏っているのにも関わらず、そんな防具など何の意味も成していないのか、背中から腹にまで貫いている。


 だけど、どうして突然あんなものが――。


「ぐ、ァ……貴、様ァ……ッ」


 口から血を吐きながらも、ディルは忌々しそうに肩越しに背後を振り向く。

 今はディルが片膝をついているおかげで、その奥、この部屋の入口付近に何があるのか、誰がいるのかを視認することができた。


 遠くからでも、見紛うはずなどない。

 その特徴的なエルフ耳と褐色肌を。


「はぁ……はぁ……まだ、短剣はあるわよ」


 そう言って、懐からひとつの短剣を取り出す少女――アニス。

 間髪入れず短剣に片手を翳すと、瞬時にディルの胴体を貫く。


「う、ぐぅぁ……ッ」


 更に血を溢れさせ、短い悲鳴を漏らす。

 先ほどまでの余裕な素振りは、今のディルからは完全に失われていた。


 そうか。ディルが現れたときにアニスはこの場にいなかったから、能力は封じられずに済んだ。

 おかげで助かった……のだが、今までアニスは何をしていたのか。

 この神殿の入口のところで休んでいたはずだけど、それならディルと会わないわけがないし。

 それと、どうして短剣をふたつも持ってきていたのか。

 疑問点は尽きないが、今は問いかけている暇はないだろう。


「ミツバ、シナモン! とにかく逃げるわよッ!」


 いつの間にかアニスが俺たちのすぐ近くにまで転移しており、すぐさまそう叫んだ。

 そして、まずはシナモンと負傷しているチコリに手を翳す。

 が、その途中で、じっとシナモンに見つめられていたことに気づいたらしく、アニスがはっとした。


「……な、何見てんのよ」


「いえ。あの、初めて名前を呼んでくれましたね!」


「なっ……バカじゃないの!? そんな無駄な肉をぶら下げてるから、脳に栄養が行ってないんじゃないの!? 今そんなこと言ってる場合じゃないでしょうがッ!」


「は、はい! 分かりました! あとで言います!」


「そういう問題じゃないッ!」


 ついさっきまで、いや今この瞬間も命懸けの戦闘をしているとは思えないような言い合いを繰り広げつつ、シナモンとチコリの二人は姿を消した。

 何とか、あの二人は無事に転移できたようだ。


「はぁ……はぁ……ったくもう。こっちは疲れてんのに、あのデカパイおばけは」


「でも、初めて会ったときよりはシナモンとも話せるようになったんじゃない?」


「……ミツバまで変なこと言わないで。あんな脂肪の塊と仲良くできるわけないでしょ」


 可愛らしく唇を尖らせながらぼやき、俺とオレガノに手を翳す。

 しかし、少し時間をかけすぎたのか。

 さっきまで片膝をついていたディルが、ゆっくりとした動作ではあったが起き上がり始めた。


「行か、せる、ものか……ッ」


 駆け出す。

 低く猛りながら、俺たちへ向かって。


 とはいえ、さすがに手負いの人間じゃ転移の速度に追いつくわけがなかった。

 一瞬で目の前の景色が小型の潜水艦が浮かんでいる湖へと変わり、すぐ近くにはシナモンやチコリの姿。

 そして、直後には肩を上下させたアニスが現れた。


「はぁ……あぁ……んもう、無理ぃ……」


 息を乱れさせ、ついにうつ伏せで倒れてしまう。

 一度でかなり体力の消耗が激しい能力だという話だったから、きっと相当無茶をしてくれたのだろう。

 他でもない、俺たちを助けるために。


「ありがとう、アニス。本当に、助かった」


「……まあ、ミツバとオレガノは仲間だし、死なせるわけにもいかないし」


「……あれ? 私は? 私はどうなんですか?」


「あんたは食料でしょ。その無駄にボリュームのある肉を切り刻んで焼いてやろうか」


「ひぃ……怖いこと言わないでくださいよ……っ」


 どうやら、この二人が仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

 だけど、さっきも言ったことではあるが、やはり初対面のときより少し丸くなったように感じる。

 案外、そう時間はかからないのかもな。


「アナタたち。喋るのはいいけど、いつあの子が戻ってくるか分からないわ。早く戻りましょ」


 オレガノの言葉に、俺たちは一斉に頷く。

 あの重傷であれば暫くは大丈夫そうではあったが、だからといってのんびりしている時間があるわけでもない。

 すぐさま潜水艦に乗り込み、チコリは座る場所がなかったためシナモンの膝の上ということになった。


 疲労で息が荒くなっているアニスが、潜水艦に手を翳す。

 次の瞬間、潜水艦ごと俺たちは地下空間に戻ってきた。


「な、何とか戻ってこれましたね……。チコリさん、大丈夫ですか?」


「……ん。痛い、けど……この程度で死ぬちこりじゃない、なの」


 未だに激痛に顔を歪めてはいるものの、シナモンの問いにチコリはそう答えた。

 この地下空間には、たくさんの人がいる。

 もしかしたら、治癒能力を持っている人だっているかもしれない。

 いや、頼むからいてくれ。早く治してやらないと、さすがに取り返しのつかないことになってしまう。


「あ、あたしは、暫くここで休んでるわ……」


 潜水艦の中で突っ伏しながら、アニスが息も絶え絶えに言う。

 何度も転移してくれたのだ。どれくらいかかるものなのかは分からないが、休憩させておいたほうがいいだろう。


「アタシ、治癒能力もちの人に心当たりがあるの。傷を治してもらうために、とりあえずそこまでチコリちゃんを連れて行ってくるわ」


「あ、うん。ありがとう」


 オレガノが告げるや否や、チコリを(おぶ)って行く。

 よかった。治癒能力を持っている人がいるなら、あの傷も無事に治すことができるかもしれない。

 俺には信じて待つことしかできないのが、どうにも悔しいが。


「私は少し思ったことがあるので、ちょっといいですか?」


 ふと、シナモンが控えめに挙手をする。

 訝しみつつ次の言葉を待つと、シナモンはオレガノとチコリのほうへ視線を移しながら答えた。


「チコリさんって、ずっと裸じゃないですか。一応女の子ですし、あのままなのは少し可哀想なので……似合いそうな服を買ってきたほうがいいかなって」


「確かに、な……。じゃあ一緒に――」


「あ、いえ! 私だけで大丈夫なので! それでは行ってきます!」


 俺の言葉を最後まで聞く前に、シナモンはそそくさと駆け出してしまった。

 まあ、そりゃあ服を買うだけなら一緒に行く必要はないのかもしれないが、そうなると残された俺は一体どうすればいいのか。


「……ミツバ」


 と。背後から小さく名を呼ばれ、咄嗟に振り返る。

 未だに疲労で息が荒くなったままのアニスが、じっとこちらを見つめていた。


「……あんたに、一応話しておこうかなって、思って。あんたもちょっと気になってたんじゃないの。あんたたちが、あいつに襲われている間の、あたしが何をしていたのか」


 確かに、それはずっと気になっていたことではある。

 色々あって訊けずにいたが、もしかして今話してくれるということだろうか。


「はぁ……あぁ……ちょっと、待って。もう少し、息を整えてから……」


「……お、おう、ごゆっくり」


 何だか、話すだけでもかなり辛そうだった。

 転移能力は便利だけど、リスクが大きすぎるな、と。


 アニスが話し始めるのを、暫く待った。

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