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裸の精霊

 前は目と目の間だけ異様に長く、後ろは足に届くほど長い、水色の髪。

 くりっとした、透き通るような青い瞳。

 にやっと笑った口からは、八重歯が覗く。

 今は何故か裸なのだが、シナモンほどじゃないにしろ小柄な体躯には似つかわしくない膨らみを帯びた胸で、思わず目のやり場に困る。


 何なんだろう、この少女は。

 年齢的には、シナモンとそう変わらないような気もするが。


 どうして、水の中から現れたのか。

 そして、こんなところにある神殿で、一体何をしているのか。

 既に、疑問点は尽きなかった。


「あら~、チコリちゃんじゃない。お久しぶりねぇ~」


 と思っていたら、不意にオレガノが図体の割に高い声を出した。

 チコリ、ちゃん……? もしかして、知り合いなのだろうか。

 そういえば、オレガノは既に来たことがあり、精霊石も入手済みという話だった。

 そのときに、会ったことがあるのかもしれない。


「この子はチコリちゃんと言って、精霊石を所有している――水の精霊よん」


 オレガノの説明と同時に、チコリと呼ばれた少女はぺこりと頭を下げた。

 水の精霊。

 そこら辺に精霊石が落ちているなどとは到底思っていなかったが、まさか精霊とやらが持っているとは。


「ちこりはね、ちこり、なの! 精霊、なの。君たちは何の用、なの?」


 無邪気に名を名乗り、可愛らしく首を傾げるチコリ。

 精霊という存在のことは全く知らないが、思ったより友好的なようで安心した。


「あ、あの、精霊石が欲しくて、その……ここにあるって、聞いて」


 少し尻すぼみになりながら、シナモンはそう説明する。

 途端、さっきまで無邪気な子供のようだった表情が、途端に底冷えしてしまいそうなほど、まるで睨みつけるかのような眼差しへと一転した。


「……は? 本気で言って、るの?」


「え? い、いや、あの」


「……はぁ」


 どう答えるべきか迷い、おどおどとするシナモンに。

 チコリは深い深い溜め息を漏らし、足を動かす。

 真っ直ぐ、シナモンのほうへ。

 当のシナモンは怯むばかりで、その場から動くことができずにいた。


「精霊石は、能力を強化できるすごいもの、なの。つまり、どんな悪事にだって利用できてしまえるくらい、恐ろしい道具、なの。そんな道具を、見ず知らずの人間に簡単に渡せるとは思わないほうがいい、なの」


 言い方は少し厳しいかもしれないが、確かに一理ある。

 もしこれで俺たちがステビアのように世界を支配するなどと企んでいた場合、能力の強化によってその目的の達成はより容易くなってしまう。


 なるほど。精霊というのは、さながら精霊石の管理者、か。

 悪いやつには、絶対に精霊石を渡さないようにしているようだ。

 要するに――精霊石を欲して訪れた人が、善人なのか悪人なのかを見極める役目も担っている、と。


「だったら、どうすれば……」


「ちこりは、認めた相手にだけ精霊石を与えるようにしている、なの。欲しいなら、ちこりを認めさせればいいだけ、なの」


 認めさせればいいだけ。

 チコリは簡単に言うが、どうやって認めさせればいいのか分からないため難儀でしかない。

 クローブのときは、俺の能力を使って何とか事なきを得たが。


 俺の能力は、あくまで『ついた嘘を必ず信じさせる』というものだ。

 俺がいくら『善人だ』『悪事なんて企んでいない』などと主張したところで、嘘じゃない言葉には能力は適用されない。

 だから、能力は使わず、自分自身の言葉や行動で信用を得るしかないのだ。


「ちょっと~、チコリちゃん。ミツバちゃんもシナモンちゃんも、そんなこと考えるような悪い子じゃないわよ~」


「おれがのは黙って、なの。心の中でどんな悪いことを考えているかなんて、たとえ仲がよかったり身内だったりしても、正確には分からないもの、なの。いや――むしろ仲がいいからこそ、この子は悪い子じゃないって、盲目に信用しちゃうもの、なの。だから、ちこりも見極める必要がある、なの」


 オレガノが俺たちを庇うように言ってくれたが、それでもチコリの意思は揺らがない。

 どうする。今この場で、チコリを信用させられる材料なんて、何もない。

 脳をフル回転させるも、これといった名案は浮かんではくれなかった。


 仕方ない。思い浮かばないなら、いくら思考を巡らせても時間の無駄だ。

 ダメもとでもいい。とにかく、少しでも信用を得られるよう説得しなくては――。


 そう思い、口を開いた――直後。

 不意に、ひとつの足音がやけにはっきりと聞こえた。


 最初は、アニスが来てくれたのかと思った。

 だけど、振り向いた俺の視界に映ったものは、少女の姿ではなく――。


「……これはこれは。姫様、こんなところで一体何をしているのです?」


 あくまで穏やかな口調。

 あくまで柔らかな微笑。

 しかし、それでも静かな威圧感を放ちながら、その男が歩いてくる。


 かなりの長身に、首の後ろでひとつに結んだ長い髪。

 ガタイのいい肉体に、騎士の鎧を纏っている。

 そう。その者は――ステビアと一緒にいた、騎士団長と呼ばれていた男だったのである。


「ディル……さん」


 僅かに震わせながら、小さく名を呼ぶ。

 どうやら、騎士団長はディルという名前だったらしい。


 予想外の事態に、俺は困惑するしかない。

 どうしてだ。なぜ、こんなところに騎士団長のディルが現れたのか。

 そして、この神殿の入口には、今もアニスが休んでいるはずだが……ディルと会わずに中に入れたとは思えない。

 だとしたら、今頃アニスはどうなっているのか。


 様々な疑問符が、脳内を埋め尽くす。

 そんな俺に構わず、ディルは更に続けた。


「私が、ここに来た理由はひとつ。無論、精霊石を手にするため」


 そして、更に一歩近づく。

 右手を前に出し、口角を上げる。

 俺にでもシナモンにでもなく、水の精霊――チコリへ向かって。


「善人か悪人かを見極める、などと言っていたようだが……そんなことは関係ない。認めさせる? フッ、必要ない」


 笑う。嗤う。

 不気味で、低くドスのきいた声で。


「ククク……ッ、何故なら――力づくで奪ってしまえばいいのだから」


 そう、言い放った。

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