解せない大小
「ミツバさん、ミツバさん。起きてくださいよ、ミツバさん」
翌朝。
何度も俺を呼ぶ声と、優しく体を揺すられる感覚で意識が戻った。
目を開ければ、シナモンが至近距離で俺の顔を覗き込んでいる。
大きくあくびを漏らし、上体を起こす。
辺りを見回すと、まだ眠っている男性もいれば、朝から酒を飲んでいる男性もいた。
そうか……俺は昨日、風呂に入ったあと、この地下空間でシナモンたちと一緒に寝たんだった。
もう朝になっているんだろうけど、ここだと空が見えないため、あまり分からない。
高い天井を見上げていると、俺が起きたことに気づいたシナモンが声をかけてくる。
「おはようございますっ」
「……ああ、おはよう」
「はいっ! おはようございます、です!」
朝っぱらから、いい笑顔で挨拶をする子だ。何だか少し癒される。
どうやらシナモンは俺と一緒に寝ていたらしいが、城に戻らなくても大丈夫なのだろうか。
一応、門番の二人には友達と遊びに行くと言ってはいるけど。
「それでは、クローブさんのところに行きましょう」
「クローブのところに?」
「はい。起きたら来いって言われてあるんです」
一体いつの間に……俺が寝ている間か。
シナモンもそうだが、クローブが早起きしていることに衝撃を覚えずにはいられない。
とはいえ、今が何時かも分からないから、俺が起きたのが遅すぎるだけで、早起きとは言えないのかもしれないけども。
などと考えながら、二人で辺りを見回しつつ歩く。
かなり広いせいで、探すのも一苦労だ。
心の中でぼやいていると、思っていたよりあっさりと見つかった。
地面に胡座をかき、複数の中年男性と一緒に酒を呷っている。
しかし、俺はすぐに首を傾げる羽目になった。
確かに、クローブさんの他にいるのは中年の男性ばかりだ。
だというのに、そんな中で似つかわしくない女の子が一緒になって座っていた。
さすがに、お酒は飲んでいないようだが。
「……来たか」
俺たちが近づいてきたことに気づき、クローブは酒を地面に置き、立ち上がる。
そしてタバコに火をつけながら、口を開いた。
「早速だが、あんたらに同行する奴が、もう一人いる。こいつなんだが……」
言い、先ほどの女の子を目線で示す。
それでも尚、少女は微動だにしない。
表情を変えないまま、暫く俺を――否。正確には、隣のシナモンを見上げ続け――。
「……ちっ」
心から憎そうに、荒々しく舌打ちを鳴らした。
かと思ったら、立ち上がり、自身の名を名乗り始める。
「えー……あたしはアニス。ミツバだっけ? よろしく」
「あ、うん。よろしく」
先ほどの舌打ちが嘘のような笑顔で手を差し出され、俺はその手を取って握手を交わす。
感じの悪い子なのかなと思いはしたものの、そんなことはないようで安心した。
白銀の長髪は、腰の後ろで二つに結んでいる。
そんな髪の色とは対照的に、肌の色は薄い褐色になっていた。
そして、耳が長い。俗に言う、エルフ耳というやつだ。
まだ若く、シナモンと同じくらいの年齢に見える。
「私、シナモンです! よろしくお願いしますっ!」
「……ちっ」
が、しかし。
シナモンの挨拶には一切応えず、それどころか荒々しい舌打ちだけを返して目を逸らした。
俺のときとは態度が違いすぎて、思わず困惑する俺たち。
「あ、あの、ミツバさん。私、何か怒らせるようなことしたんでしょうかっ?」
シナモンに至っては、泣きそうな顔で俺に耳打ちしてくる始末。
初対面だし、特に何かしてしまったというような感じでもない気はするけど。
ただ、俺には普通に握手までしてくれたというのに、シナモンにだけ冷たいというのは何でなのか。
「ああ、気にすんな。こいつは、男には態度を変えない奴なんだが、女には相手によって態度を変えるんでな」
俺たちの困惑が伝わったのか、クローブがそう説明をしてくれる。
態度を変える……というのは分かったけど、それにしたって俺とシナモンにどんな違いがあるというのか。
「え、えっと、アニスさん……私とも仲良くしていただけると、嬉しいんですけど……」
「……ふん。あんたがそんなんじゃなければ、いくらでも」
「そ、そんなん、とは!?」
「はぁ? 分かんないなら、自分の胸に手を当てて考えてみれば?」
心の底から訝しそうに眉を顰め、シナモンは言われた通りに自身の胸に手を当てる。
でもそれは、手を当てているというよりは、豊満な乳房の上に手を乗せているような感じになっていた。
それを見て、アニスはぴくぴくと口角を引きつらせ、青筋を立てた。
「馬鹿にしてんのかゴラァッ! その無駄な脂肪、引きちぎってやろうかッ!?」
「え、ええ……っ? 馬鹿になんてしてないですよ……っ」
「うっさいわ! どうせあんたも、『えー? 何その胸ちっさー、それもう男じゃん。かわいそー、ぷぷー』とか思ってたんでしょうが!」
「お、思ってな――」
「そもそも、何であたしよりチビのくせに、そんなとこだけ無駄に育ってんの!? それもうデブだから! あんたみたいなデブは、『うっわー、えー? どこに胸があるの? え、どっちも背中じゃん』とでも勝手に思ってろバーカッ!」
「ひ、ひぇ……っ」
次々と怒鳴り散らされ、ついにシナモンは涙目になってしまった。
なるほど、そういうことか。
確かに、シナモンの豊満な胸部と比べると、アニスはいささか慎ましやかに見える。
俺とシナモンの違いは、そこだろう。
無意識に自身の体を見下ろし、納得する。
平坦すぎて、足元まではっきりと確認することができた。
「えっと……それで、アニスは俺たちと一緒に行くんだよな?」
「うん! まあ、このデカパイおばけも一緒にいるのは苦痛だけど、ミツバのことは信頼してるわ。あたしのことも頼りにしてくれていいよ」
「あ、ありがとう」
本当に、相手によって態度が正反対すぎる。
巨乳だとか貧乳だとか別にどうでもいいと思うんだけど、本人にとっては重要な問題なのだろうか。
俺には、よく分からない。
「あら~、もう挨拶は済ませちゃったの~?」
ふと、そんな声とともに、オレガノがやって来た。
これで、今日一緒に行くメンバーは全員揃ったことになる。
「もう、準備はいいのかしら?」
オレガノの問いに、俺たちは顔を見合わせ、頷く。
さあ、いよいよだ。
俺、シナモン、オレガノ、アニス。
この四人で、何としても精霊石を入手してみせる。
心の中で決意を改め。
潜水艦の置いてある場所へ向かうため、オレガノの大きな背中について行った。