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正義の価値

 何とか情報屋のクローブに依頼を終え、精霊石の場所を教えてもらったあと。

 一緒に行くことになったオレガノが、俺とシナモンを順に見てから口を開いた。


「今はよく休んで、出発は明日からにしましょう。ここなら、いくらでも使っていいわよ」


「でも……」


「だめよ。どんな危険なことがあるかも分からないし、休息を怠っては自分の身を滅ぼすことになるわ。ここにはお風呂もあるから、とりあえず一晩は休んでおきましょう」


「わ、分かった」


 確かに、今日は色々とあって疲れた。

 オレガノの言うことも一理あるし、それなら遠慮なくお世話になるとしよう。


「えっ? お風呂もあるんですかっ? 私、入りたいです!」


 と。お風呂という単語に目ざとく反応し、シナモンは瞳を輝かせる。

 今の時間はよく分からないものの、おそらく夕方か、そろそろ夜も近いだろう。

 入浴する時間としては、ちょうどいい頃だとは思うが。


「あら~、じゃあ早速お風呂に行ってみる? 広くて気持ちいいのよ~」


「はいっ! 行きましょう、ミツバさん!」


「……はぇ? 俺も?」


 いきなり俺の名を呼ばれ、無意識に素っ頓狂な声が漏れた。

 シナモンが今から風呂に入るなら、俺はここら辺で待っておこうかと思ったのに。


「そうです! ミツバさんは私と入るの、嫌ですか……?」


「い、嫌とかじゃなくて、さすがにまずいから……」


「む……そ、それじゃあ、ミツバさんを女の子だと思い込ませてください! それなら、私の恥じらいは消えるはずです!」


「俺の恥じらいが消えてない! あと、恥ずかしいからとか、そういう理由じゃなくて」


 どうやって諦めさせようか悩んでいたら、不意に足音が近づいてきているのが分かった。

 訝しんで振り向くと、すぐ背後にクローブが立っていた。

 そしてタバコを咥えまま、俺を見下ろしながら一言。


「少し話がある。来い」


 それだけを言って、クローブは踵を返す。

 俺に話だなんて、一体何なのだろう。

 特に思い当たる節はないが、無視するわけにもいかない。


「そういうことらしいから、俺は――」


「分かりました! ミツバさんの用が終わるまで、待ってます!」


「ええ……」


 笑顔で言われ、苦笑せざるを得ない。

 そんなに俺と入りたいか。シナモンは唯一、俺が男だということを知っているのだから、むしろ一緒に入浴だなんて普通は嫌だろうに。


 まあ、説得は後回しだ。

 とりあえず、クローブの話とやらを聞かなければ。

 猫背な背中について行くこと、僅か数分。

 立ち止まったかと思えば、こちらを振り返り、とあるものを見せてきた。



「これは――本当に宝石か?」



 そのクローブの手にあるものは、俺が先ほど依頼の報酬として手渡した小石。

 そう。当然、宝石なんかじゃない。

 だけど、確かに俺は能力を使って、それは宝石なのだと信じ込ませたはず。

 だったら、その事実に、何で疑うことができているんだ?


「どこからどう見ても宝石にしか見えないし、もう宝石だとしか思えない。だが、そんな俺の目や思考は――真実か、と訊いている」


 もしかしたら能力が効いていないのか、とも少し思った。

 でも、違う。むしろ逆。

 ちゃんと宝石だとしか思えないほど能力が効いているのにも関わらず、その信じ込んでいる自分自身でさえ疑ってしまっているのだ。


「何で、それを……?」


「俺の能力は、どんな情報でも知ることができる。それが、知らない奴が持っている能力であってもな。つまり、あんたの能力は始めから分かっていた。あんたの能力が『ついた嘘を必ず信じさせる』というものだと分かっているなら、あんたの一挙手一投足に注目し、たとえ嘘じゃなかったとしても全ての言動を疑うのは当然だ」


「全ての言動を、疑う……?」


「そうだ。こいつは本当に女か、頭のものは本当に耳か、ここは本当に俺がずっといた地下空間か、本当に姫さんか、本当にオレガノか、本当に俺に依頼をしに来たのか、そして本当にこの報酬は宝石なのか……。何かを真実だと無意識に思ってしまう度に、咄嗟に『いや本当にそうか?』と自分自身を疑うことにした。ま、そこまでしても未だに頭では信じ込んでしまっているのが、どうにも格好つかねえがな」


 何だよ、それ。

 この人、本当に人間か……?

 クローブじゃないが、俺まで目の前の男をそんな風に疑ってしまっていた。


 言っていることは理解できる。

 だけど、いくら俺の能力が分かっていたからとはいえ、そんなことが果たして可能なのか。

 同じく俺の能力を知っているシナモンは、あっさりと俺の能力にかかり、信じ込んでしまっていたし。


 只者ではないと思っていたけど、それは俺の想像を遥かに絶していたらしい。

 能力は効いているのに、全く効いている感じがしない。

 まさか、そんな人がいたなんて。


「推察通り、嘘だよ」


「……はっ、小石か」


 俺が認めると、ようやく目の前の宝石が小石に見え始めたのか、鼻で笑って後ろに投げ捨てた。

 かと思いきや、その鋭い眼光で俺を睨みつけ、問いかけてきた。


「……他に、嘘をついていることは?」


「ないよ。報酬が宝石だと言ったことだけ」


「そうか」


 短く頷き、口からタバコの煙を吐く。

 きっと、こうしている間も、彼は俺のことを疑い続けているのだろう。

 こんな能力を持っている以上、仕方ないことではあるけど、な。


「それが嘘かもしれないって思っていたのに、何で依頼を引き受けてくれたの?」


「……」


 俺の問いに、クローブはタバコの煙を吸っては吐くを繰り返す。

 そうして、短く吐息を漏らしてから、答え始めた。


「この世には、真の正義も真の悪も存在しない。ただあるのは、自分自身が信じ抜く、自分自身が貫くべき正義だけだ。俺は、あんたの正義を、その価値を確かめさせてもらったに過ぎない」


 タバコの煙を吐く。

 再び吸い、更に続ける。


「俺が依頼を引き受けることにしたのは、あんたの正義に価値を感じたからだ。自分たちの目的のためなら、そして仲間のためなら、平気で能力を使い、会ったばかりの俺を騙してしまえる、その正義が気に入った。綺麗事を並べ立てて、自分自身に嘘をつくよりかよっぽどいい」


 俺の、正義。

 自分が騙されていたのだから、咎められたり憎まれることを覚悟していた。

 でも実際は、そこを気に入られて、価値を感じたと言ってもらえて、何だか少し胸が熱くなった気がした。


 クローブは歩き出す。

 俺の横を通り過ぎ、こちらを振り向くことすらしないまま。


「価値のある奴は好きだ。せいぜい頑張りな」


 そう言い、立ち去っていった。

 何だか、ただただ嬉しくて、視界が霞んで。

 気づいたときには、俺は深々と頭を下げていた。

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