☆意図しない侵入
心地よい風が、肌を撫でる。
暖かい日光を一身に浴びながら、閉じていた瞼をゆっくりと開く。
俺の首筋に、白銀に煌く刃が突きつけられた。
「え……?」
ほぼ無意識に、自分の口からそんな素っ頓狂な声が漏れる。
何だ。どういう状況なんだ、これは。
困惑を隠しきれず、おずおずと頭上を見上げる。
地面に座り込んだ俺を取り囲む、鎧を纏った数人の兵士らしき男性たち。
その全員が剣を抜き、鋒を俺に向けていた。
彼らが宿しているのは、明らかな殺意。
頬を冷や汗が伝い、自然と顔が青ざめていくのが分かった。
「……まず最初に問おう。貴様、どうやってここに侵入した?」
兵士の中の一人が、冷たい声色で俺に質問を投げかける。
質問の意味が分からなかったわけでも、上手く聞き取れなかったわけでもない。
ただ、先ほど目を覚ましたばかりで現状を何も把握できておらず、俺の口から発せられたのは短い一言だけだった。
「こ、ここって……?」
「ふざけているのか! 門や城内には見張りの兵士がいたはずだ。まさか、掻い潜って来たというのか。その目的は何だ」
訳が分からない。
さっき、目の前の兵士は『門や城内には』と言った。
たくさんの兵士がいることからもそうだが、もしかしたらここは王様が住んでいるような城だとでもいうのか。
だとしたら、何で俺がそんなところで眠っていたのか甚だ疑問だ。
だって、俺は王も洋風な城も存在しない普通の日本男児なわけで。
俺の中の最も新しい記憶は――。
「まあいい。答えられないのなら、ここで殺してしまおう」
兵士が吐き捨てるように言い、剣を俺に近づける。
何だ、これ。もしかして俺、こんなところで訳の分からないまま死んでしまうのか。
やめろ。助けてくれ。
そう言いたいのに、恐怖のあまり声が出ない。
やがて、俺へ目がけて剣が振り下ろされ。
思わず、咄嗟に強く目を閉じた瞬間。
「――待て、お前たち」
どこからか、よく通る美声が響き渡った。
俺に触れる直前で剣は止まり、すぐさま鞘に納め、兵士たちは一斉に振り向いた。
その先には、二人の男性がこちらへ歩み寄ってきていた。
方や、アシンメトリーの金髪に赤い瞳をした、かなりの美形。
こちらは、先ほど他の兵士たちを呼び止めた本人だろう。
そしてもう片方は、静かだが妙な威圧感を放っていた。
茶色の長髪を首の後ろで一つに結んでおり、高身長でとてもガタイがいい。
その表情には優しげな笑みが浮かべられているのだが、一切の隙を感じさせない立ち居振る舞いをしている。
「ステビア様……と、団長!?」
二人の姿を視界に捉えるや否や、驚愕して叫ぶ兵士たち。
名前に様をつけられていたり、団長と呼ばれていることから、この二人は他の兵士より上の立場らしい。
確かに他の兵士と比べてみても、立ち居振る舞いや仕草のひとつひとつが異なり、幹部やボスと言われても納得である。
「何、殺す必要はない。この少年も、きっと魔が差してしまっただけに違いない」
「し、しかし団長……!」
「無論、君たちの言い分も分かる」
微笑みを絶やさないまま、団長と呼ばれた男性は頻りに頷く。
何とも物腰の柔らかい人だ。かなり善良な人間のように思えるが……だからといって、素性が不明な俺のことを助けてくれるとも限らない。
緊張を覚えながら、次の言葉を待つ。
しかし、続いたのは団長ではなく、隣に立つステビアと呼ばれた男性だった。
「ふん。団長は殺すな、と言っている。その子供は牢にでもぶち込んでおけ」
「は、は……っ!」
ステビアの命令を受け、兵士たちは再び俺を取り囲む。
そして、腕を強い力で掴んだり拘束しようとしてきた。
だが、さすがにされるがままの俺ではない。
殺されることだけは今のところ免れたとはいえ、牢の中に入れられてしまうのも御免だし、何より投獄されたあとでどうなるのか分かったものじゃない。
だから、必死に抵抗した。
とにかく、この場から逃れ、助けを求めるために。
「ちっ、暴れるな!」
「殺しさえしなければいいんだ、手荒な真似をしても大丈夫だろ」
明らかに、相手の数が多すぎた。
羽交い締めにされ身動きがとれなくなったあとで、勢いよく組み伏せられた。
少しでも動いたら斬るぞ、と言わんばかりに、首筋には剣が突きつけられる。
まさに、絶体絶命。
ここを突破できる妙案なんて、今の俺に思い浮かぶはずもなかった。
コツコツと足音を響かせて、一人の男性が歩み寄る。
牢にぶち込んでおけ、と命令を下した、金髪アシンメトリーの美形――ステビアだ。
眼前にしゃがみ込んだかと思うと、俺の額に手のひらで触れた。
刹那。
脳が揺さぶられるような、言い知れない不快感が襲ってきた。
目が回り、強烈な眠気に苛まれ、目を開けているだけで億劫とすら感じてくる。
その瞼の重さに耐え切れず、瞑目し――。
「この城に侵入するなどという愚かなお前には、これ以上ないほどの弱体化をしてもらう。悪く思うなよ」
そんな、冷淡なステビアの声を最後に。
俺の意識は、闇の中へ落ちていった。
「面白い!」「続きが気になる!」
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