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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
三章:はなせないもの
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98話

「消えた勇者?それって、100年前の?」

 あづさが問えば、ラガルは頷いた。

「先代の魔王様を殺し、人間の国の優位を決定づけたのが100年前の勇者だ」

「その勇者を探してどうしようっていうのよ。敵討ち?」

「いや」

 あづさの問いに、ラガルは迷うように否定を返す。それからしばらく口籠ると……やがて、あづさがまっすぐに向ける視線に負けたかのように、その先を話した。

「俺は……真なる敵を探しているのだ。勇者がそれの手先であったとしても、その裏にまだ何かがある」


「勇者は消えた。だが、それで安心などできん。魔王様が代替わりして、あと少しで100年になる。その時、魔王様は正式に魔王としての力を得られ……そこで何かが起こると、俺は見ている」

 ラガルはそう言って、魔王城のある方を見た。火の四天王城からでも遠く、魔王城の形が見える。100年前にあそこで、先代魔王が死んだのだ。……ギルヴァスが引き合わせた勇者に殺されて。

「100年前よりも酷いことが起こるだろう。新たな勇者が現れるかもしれない。或いは、黒幕が更に動くか。……或いは、消えたはずの勇者がもう一度、俺達を殺しにやってくるのかもしれない」

 ラガルが睨む方向……魔王城を越え、地の四天王領をも越えた先には、人間の国があるという。あづさは今までその国の存在を気に留めたこともなかったが、そこに確かに存在し、そして、魔物と敵対する者達が、確かにそこに居るのだ。

「そういうことなら……他の四天王の力を借りればよかったじゃない。ギルヴァスだって、協力したわよ」

 あづさがそう言うと、ラガルはぎろり、とあづさを見下ろす。

「ギルヴァス・エルゼンは勇者に負けた後、勇者と手を組んだのだろう?」

 負けはしていないが、ある意味では手を組んでいる。咄嗟に否定することができず、あづさは言葉に詰まる。

「そして奴は魔王軍を裏切って、勇者の側についた!何か報酬を約束していたのかもしれないが、その勇者は消えた!その結果が今の奴だ!そういうことだろう!」

 ラガルは言葉を荒げて、城門の前で仁王立ちしたままこちらを見上げているギルヴァスを睨み……そして、あづさに向かって言う。

「裏切り者を頼る馬鹿が、どこにいる」

 ……あづさはしばらく、黙っていた。あづさが何かを言う権利は無い。言うとしたら、それはギルヴァスが言うべきことだ。彼の意思無しに、あづさがここで言葉を弄するべきではない。あづさはそう、判断する。

 だから、あづさは、あづさが言うべき内容だけを言うのだ。

「真実は彼が話すかどうか決めるわ。私から言えるのは、1個だけ。……私はあなたに協力する気になった、ってことだけよ」


 真剣なあづさの言葉に、ラガルははっとしたように竦む。そこに、自分がずっとすれ違ってきた真実の気配を見出して。

「全部洗いざらい、話し合うべきだわ。あなたと、彼で。決着はそれからでも遅くないでしょう?」

 そしてあづさの申し出に、ラガルは、迷いながらも頷いたのだった。




「……気まずいなあ」

 火の四天王城の内部、豪奢な応接間に通されて、上等なソファの上に身を縮めるようにして座りながら、ギルヴァスはそう言った。

「そういうこと言うもんじゃないわよ。どう考えてもこっちよりあっちの方が気まずいんだから」

 そしてあづさはそう返しつつ……ラガルとその配下の様子を眺めた。

 ミラリアの歌の効果が切れたラガルの配下達は、またラガルの傍に戻ってぎくしゃくとしている。ラガルはラガルで、誘惑の魔法で配下が操られていたと知り、また気まずげな様子であった。

 やがて茶が供され、茶菓子が運ばれ、配下達が応接間を出ていくと、ラガルは深々と、ため息を吐いて、切り出す。

「……すべて話してもらうぞ、ギルヴァス・エルゼン」

「すまない、何のことだ?そもそも何故俺はここに呼ばれた?」

「まさか貴様、知らずにこの席に着いたのか!?」

「いや、あづさに『とりあえず来い』と言われたからなあ……」

 そして早速噛み合わないやりとりにラガルは頭を抱える。あづさはそれを愉快に見守りつつ、間に入ってやることにした。

「とりあえず。ラガル。あなたから話して。なんで私にこだわってたのか、洗いざらい全部よ!」

 ラガルは不服気にあづさを見たものの、あづさは満面の笑みを浮かべるばかりである。結局、ラガルはため息交じりに話し始めることになった。

「俺は100年前に消えた勇者の黒幕を追っている。その手掛かりとして、100年前に消えた勇者を召喚しようとした」


「条件を絞って、勇者か、それに近しい人物を、と。その結果現れたのがあづさなら、あづさから引き出せる情報があるかもしれないと思ったのだ。そして、もしあづさを使ってもう一度召喚の儀式を行ったなら、その時はより、勇者に近い人物が現れる可能性が高い。……勇者につながる可能性のあるものを、手放すわけにはいかなかった」

 ラガルがざっくりと説明すると、ギルヴァスはぽかん、とした。

「……それなら俺にそう言ってくれれば」

「貴様が勇者と手を組んだことは分かっているのだぞ!信用ならん!」

 そして先程のあづさとのやりとりと同様のやりとりをした後、ラガルは苦々しげな顔で続ける。

「……そして、どうやらそこに、俺の知らない情報があるらしい、ということはあづさから聞いている。どうなのだ」

「まあ、そうだな。お前に話していないことがある」

 そうしてギルヴァスもまた、自分の過去をざっと話す。

 勇者とは戦っていないということ。勇者が和平を持ち掛けてきたこと。先代の魔王もまた、和平を望んでいたこと。ギルヴァスが2人を引き合わせ……そして魔王は殺され、勇者は消えたこと。

 話し進める内に、ラガルのは唖然として只々、ギルヴァスを見つめるばかりとなる。

「……何故、黙っていた」

「まあ、言ったところで仕方のないことだったしなあ。……今の魔王様の御世を崩すわけにはいくまい」

 ラガルははっとして、黙り込む。ラガル自身もまた、ギルヴァスへ怒りと憎しみの矛先を向けることで自分の領地の秩序を保ってきた。100年前当時のギルヴァスへの弾劾の様子は、ラガルの記憶にもある。確かに魔物の国は、ギルヴァスを犠牲にすることで纏まりを失わず、今日まで保たれ続けてきたのだ。


「だが、まあ、お前が消えた勇者を追うというのなら、俺もそれには興味がある。是非、話に乗りたい」

 ラガルを気遣ってか、ギルヴァスはあっけらかんと、特に何も気にしていない、というような顔でそう言った。

「そんなことをして、お前に何の利がある」

「俺もお前と目指すものは同じだ。もし、魔物の国の平和が崩されるなら、それは未然に防がなければならないだろう」

 ギルヴァスの言葉をどう受け取ったか、ラガルは苦々しい表情で小さく頷く。

「だから、ここで1つ提案なんだが」

 ギルヴァスは身を乗り出して、ラガルを見つめた。

「手を組もう。ラガル・イルエルヒュール。消えた勇者を追う方法はお前が持っているらしいが、追うための資材や技術は、恐らく俺が持っている」




「……今更、か?」

「今更も何も無いだろう。今だからこそこの話が出ているのだし……まあ、100年前にこうできていれば、もっと良かったんだが……すまん」

 謝るべきはギルヴァスではないだろうに、ギルヴァスはそう言って申し訳なさそうにする。ラガルはそれを見て、自分が今まで見てきたギルヴァス・エルゼンという竜の、今までの態度の裏にあったものを知る。

 それは臆病や弱さ故ではなかった。優しさであり、思いやりであり……自分1人が犠牲となって他を生かそうとする、強さ故であったのだ。

 四天王最弱で魔王軍の恥さらしであったはずの竜が抱えていたものを知って、ラガルはどうしていいのか分からない。

 それこそ、『今更』と思ってしまう。

「それに、100年前よりは良くなったことがあるだろう。何といっても、あづさが居る。あづさが居れば、大抵のことは何とかなるぞ」

「変な買い被り方しないでくれる?」

 ……だが、ギルヴァスもあづさも、過去ではなく未来を見ていた。楽し気に軽口を叩いて笑い合い、先のことを考えている。

「……散々人の領地を荒らしたお前と手を組めと?」

「あづさを攫っていった奴にそう言われる筋合いはないなあ」

 ラガルは身を守るために少々棘のある言葉を発してみたが、むしろ、ここは譲る気が無い、とばかりにギルヴァスは背筋を伸ばしてラガルを見下ろす。

 ……ギルヴァスが背筋を伸ばすと、視線はラガルより上に来る。ラガルもそれなりに身長が高い方なのだが、ギルヴァスはそのラガルよりもさらに大きい。見下ろされることの少ないラガルは、不慣れな状況に少々委縮した。

「まあ、そういうことだ。どうだ。目的が同じと分かった以上、戦う意味もないだろう。あづさはやらんが、知恵なら貸せる。資材も、地の四天王領には大量にあるぞ。悪い話じゃないだろう。それとも、戦闘を再開するか?」

 ギルヴァスの言うことは正しい。ラガルもそれは理解している。

 心の底で反感めいたものを覚えつつも、しかし、ここで従わない愚かさもまた、十分に理解していた。

 ……何といっても、ここで戦闘再開したならば、ラガルに勝機はほぼ無い。

 純粋な格闘技術だけなら、ラガルとギルヴァスは拮抗する。だが、ギルヴァスの体力に、ラガルがついていけない。ラガルがギルヴァスを倒すには、ギルヴァスから1発入れられる間に3、4発入れなければならないだろう。そして、そうできる程、ラガルとギルヴァスの間に実力の差は無いのだ。

 そして生命の火を消してやろうにも、ギルヴァスは何をどうしたのか、『命の石』を持っているらしい。いくつあるか分からない命の石全てを消費させるのは、あまりにも愚策だ。生命の火を掻き消す力を行使すれば、ラガルにも相当な負担がかかる。間違いなく、先にラガルが倒れるだろう。

 ……要は。

 ラガルは、ギルヴァスに勝てないのだ。


「じゃあ、これからよろしくね、ラガル」

「よろしく頼む」

 ラガルは両手をそれぞれ、ギルヴァスとあづさに握られ、そして両者に笑みを向けられ……元々消えかけていた抵抗の意思を、完全に折られた。

「……とんだ茶番だな!」

 そう言いつつ、ラガルは2人の手を、握り返すのだった。




 ひとまず、互いの後片付けのため、地の四天王と火の四天王は一度別れることになった。

 何せ、ここは戦場である。未だ、城の外にはローレライの誘惑以外で集まった多くの魔物達が待機しているのだ。これを一度どうにかしないことには、落ち着いて話すこともできない。

「私達は撤退で済むけど、ラガルは大変ね」

「そうだなあ……」

 あづさとギルヴァスは配下を連れて、また地の四天王領の方へ向かって歩いていた。あづさはなんとなく、マンドラゴラとヘルルートの植木鉢を抱えて歩くゾンビの群れが気に入っている。

「ま、でもいいわ。これで一件落着よね!ちょっと長引いたけど、犠牲も出なくて良かったわ」

 あづさがそう言って伸びをすると、あづさの肩のあたりで髪が揺れる。

 背に長く伸びていた髪は、切ってしまってからそうすぐ元通りになるわけでもない。今、あづさの髪は大体肩につく程度の長さになっていた。

 ……それを見て、ギルヴァスは唇を引き結ぶ。

「どうしたのよ」

 浮かない顔をするギルヴァスを見上げて、あづさは首を傾げる。するとギルヴァスはあづさに手を伸ばし、短くなってしまった髪に触れた。

「……すまない。俺が不甲斐ないばかりに、君の髪を……」

 あづさはきょとん、としたが、やがて笑いだす。

「やだ。気にしてたの?私ですらもう気にしてないのに?」

 冗談めかしてそう言ってみるも、ギルヴァスの表情は変わらず暗い。

「短くするのは初めてだけど、これも悪くないわ。首が軽くって。……それに、似合うでしょ?」

 ギルヴァスの前に数歩走り出て、あづさはそう言って笑ってみせた。するとギルヴァスも、おずおずと、笑みを浮かべる。

「ああ。君は美しい」

「……ほんっと、あなたって、素面でそういうこと言うのよね……」

 真正面から言われた言葉に返す言葉もなく、あづさはそう口ごもりながらぼやき、再びギルヴァスの隣を歩き始める。

「ねえ。城に帰ったら、髪、切り揃えてくれる?切り方あんまり上手くなかったから、長さがばらばらなのよ」

「ああ。俺でいいなら引き受けよう」

「ほんと?やった。頼りにしてるわ」

 ギルヴァスなら手先が器用だから、うまく髪を切り揃えてくれるだろう。あづさはそう期待して笑みを浮かべながら……ふと、思った。

「……美しさにこだわるって点では、ラギトに頼んだ方がいいのかしら」

「やめておけ」

「うん。そうね」

 尤も、その考えはすぐに打ち消されたが。


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― 新着の感想 ―
[良い点] もう少しで100話というところで物語の鍵になっていそうな話が出てきましたね!あづさ様は勇者と近しい人物かもしれない、と。 火の四天王とも無事和解できて何よりです。そう考えると風のところだけ…
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