96話
ラガルは玉座の上で、イフリート達からの報告を聞き、唖然とした。
『地の四天王団の進撃は止まらず』。
……あれだけ配下を配置して、それでも尚、地の四天王団のそれぞれの隊を撃破できていない。その事実にラガルは愕然としたが、それ以上にラガルを驚かせる報告が続いた。
『こちらに向かってくる隊列の中に、火の四天王団の者達が多く混ざっている』と。
「……皆、裏切ったというのか?」
玉座の上、頭を抱えてラガルはこの絶望的な状況を受け入れられずにいた。
火の四天王団の魔物達が、確認されただけでも……火兎に火食い鳥、ナイトメアにカーバンクル、そしてサラマンダーまでもが、火の四天王城へと迫る軍隊に混ざっているという。
弱小種族が次々に水の四天王団に引き抜かれてから、ラガルは十分に水の四天王団の動きを警戒していた。
……水のオデッティアもあづさを狙っていることは知っていた。この機会にオデッティアが火の四天王領に攻め入り、あづさを奪い取っていく可能性を考えて動いていたのだ。
だが、今、また配下の魔物達が裏切って、今度は地の四天王団についているという。
立て続けにいくつもの種族を引き抜かれて、気が付けば、ラガルが信頼して動かせる兵は随分と少なくなっていた。幹部のサラマンダーですら裏切ったのだ。他の幹部達の中に裏切り者が居る可能性もある。要所を任せるわけにはいかない。
……もう、誰も信用できない。
ラガルは恐ろしい事実に思い当たり……そして焦燥に駆られて立ち上がる。
向かう先は、城の北の塔。あづさを閉じ込めた一室である。
「あら。お茶の時間でもないのに、珍しいわね」
あづさはいつも通り、そこに居た。ベッドの上、掛け布をひざ掛けにして座り込み、本を読んでいたらしい。
2月弱ここに閉じ込められ続けているあづさは、ここでの生活にも慣れたらしい。ラガルが何か言わなくとも逃げようとすることは無く、外界と隔絶されたままここに居る。現在の外の様子などまるで知らないらしいあづさは、ラガルの姿を見ても首を傾げるばかりであった。
あづさは外で何が起きているとも知らない様子で、ラガルをじっと見据えている。
そこに焦りも探るようなそぶりもない。あづさは何も知らないのだ、と確信を強めて、ラガルは笑う。
それは、安堵だった。
閉じ込めておいたあづさが裏から手を回して今の状況を作り出したのではないかという疑いもあった。だが流石に、このように閉じ込められてはあづさも情報を知ることすらできず、何も成すことなどできないらしい。
……今の絶望的な状況を知らずにいるあづさは、ラガルを安堵させた。少しばかりの冷静さを取り戻しながら、ラガルはあづさの前に進み出る。
「お前に用があって来たのだ」
「あら。やっと私を使う気になった?ならこの足枷、いい加減外してくれない?足が動かせないせいで私、ここ2月くらいずっと自力で動いてないの。体が鈍ってしょうがないわ」
視線に少々混じる敵意も、最初にこの部屋にあづさを連れてきた時より幾分和らいだ。あづさの慣れと諦めは、次第にあづさをラガルに近づけている。
だからこそ、ラガルはここで、あづさを諦めるわけにはいかないのだ。
「足枷を外すのは後だ」
ラガルはあづさに詰め寄ると、隠しきれない焦燥を尚隠して、言う。
「俺に祝福を寄越せ」
「……祝福?なあに、それ」
一方のあづさは、きょとんとするしかない。
祝福、などと言われても何のことやらさっぱり分からない。魔法の一種なのか、とも思ったが、ギルヴァスに教わった限りではそのような魔法は無かった。ということは、あづさが扱えないような魔法なのか、はたまた、ギルヴァスがあづさに使わせるべきではないと判断した魔法なのか。
「あいつとの別れ際に施していただろう。……まさか、知らんのか?」
「別れ際?何のことよ。知らないっつってんでしょ。あなた、私が異世界人だってこと、忘れてるんじゃないでしょうね」
あづさが毒づくも、ラガルはぽかんとし……そして、声高らかに、笑った。
「なんだ!ギルヴァス・エルゼンはお前にそれを教えていないのか!」
「そうね。彼が知ってて私に教えてないってことは、不要だって判断したんでしょうよ」
「そうか、そうか。……如何にも臆病者のあいつらしいな!」
ラガルは尚も肩を震わせて笑い続けていたが……ふと、あづさの肩を掴んで引き寄せた。
「なら、教えてやろう。祝福とは、魔力の施しだ」
「……魔力の施し?」
あづさが問い返すと、ラガルはそうだとばかりに頷いて、続ける。
「与える者が与えられる者へ、力を、守りを、そして知恵を授ける魔法だ。力の強い者の祝福ほど、大きな力を齎す。お前の祝福ならば、軽いものでも相当の力になるだろう」
そんな魔法があったならギルヴァスも教えてくれればいいのに、と、あづさは思いつつ……そこで迫ってきたラガルから逃れるべく、身を反らす。
「ちょっと。あんたさっきから近いのよ。離れなさい。暑苦しい」
「ならばさっさと祝福を寄越せ。無理は言わん。軽いものでいい。それで十分、対抗する手段になる!」
「だから、私はそれ、知らないんだって言ってるでしょ」
あづさが苛立ってそう言えば、ラガルは真剣な表情であづさを真っ向から見つめて、言った。
「俺に口づけしろ」
「嫌」
そしてあづさは、ラガルの顔を押し退けた。
「軽いものでいいと言っているだろうが!大したことではないだろう!」
「嫌なものは嫌よ!ほんっとデリカシー無いわね!あんた達にとっては大したこと無いのかもしれないけど、私にとっては大したことなのよ!」
「ギルヴァス・エルゼンには祝福を施していただろうが!」
「あんたとギルヴァスが同じ扱いになるわけないでしょ!身の程を知りなさいよ!っていうかなんであんたは嫌がられないっていう前提で来てるのよ!自信家にしろもう少しマシなやり方しなさい!」
「そんなことを言っている場合か!」
「場合よ!大体、勝手にあんたが1人で焦ってるだけでしょ!?私には関係無いわよ!関係あるって言いたいんだったら最低限私を自由に動けるようにして人材としてまともに使ってからにしてくれる!?」
「なんだと!?」
ラガルとあづさが攻防を繰り広げていると、部屋の戸が忙しなく叩かれる。
「なんだ!」
ラガルが鬼のような形相で振り返ると、丁度部屋の戸を開けたコボルドが慄いた。
「ら、ラガル様!遂に城下にまで敵勢が押し寄せましたのでご報告に上がりました!」
だが、慄きつつもコボルドの戦士は職務を全うすべく、きちんと報告した。
「敵勢!?つまりギルヴァスが来たのね!?」
その報告を聞いて、あづさは大いに喜ぶ。固まったラガルを押し退けて這って進み、窓際にたどり着く。すると確かに、窓の外は騒がしく、そして銃声らしい音も聞こえた。
どうやら、銃が無事に作られて、地の四天王団の武装を強化したらしい。あづさはそう悟って、にやりと笑う。
「……くそっ!」
ラガルは焦り、そしてあづさの居る窓辺から外を覗き見て、そこに広がる光景に絶句した。あづさには高さが足りず外が見えなかったが、ラガルには何やら絶望的な光景が見えているらしい。
「大変なことになってるみたいね?」
あづさはラガルへそう声をかけ、挑発的ににやりと笑う。
「あなたは行かなくていいの?それとも、怖いからやめておく?私の祝福っていうのが無いと外に出ることもできないのかしら?」
あづさの言葉と視線にラガルは激昂しかけ……しかし、そんな場合ではない、と自らを抑え込んだ。
「……お前はここで待っていろ」
ラガルはあづさの祝福を諦め、あづさに背を向けると、部屋を出ていく。
「お前の祝福など無くとも、奴らの生命の火を全て掻き消してやる」
そう、言い残して。
「……さて、もういいかしらね」
あづさはラガルを見送ると、ラガルを追ってコボルドの戦士もまた消えていったことを確かめ……スカートの裾の中へと呼びかける。
「続き、お願いしてもいい?」
すると、スカートの中からスライムがもぞもぞと出てくる。
そして、あづさが撫でてやるとぷるんと元気に震え……あづさの足枷の鎖に取りつき、むにむにと動き始めた。
スライムの透明な体の中に見える鎖は、徐々に細っていく。まるで、消化されているかのように。
……そしてそれから数十分の後には、ぱきり、と音を立て、見事鎖は切れ落ちたのだった。
ラガルがテラスから城の外を見下ろせば、そこは最早、火の四天王城の周辺とは思えない有様だった。
スケルトンやゾンビといった、地の四天王領に元々居た魔物達が城の周りを取り巻き……しかしそれら地の四天王団の魔物よりも多く、火の四天王団に居たはずの魔物達が、城の周囲を取り囲んでいる。
その中には幹部であるサラマンダーの姿もあり、更には伝令役であったはずのイフリートの姿もちらほらと見えた。
多くの味方が、裏切った。そして今、自分の城を取り囲んでいる。
ラガルがそんな光景を目の当たりにして立ち止まっていると、城の中から幹部達の隊が飛び出していった。
……だが、彼らは何事か、ギルヴァスと会話をしているように見える。ギルヴァスの横に控えている女も口を開いている様子だったが、喧噪に紛れて内容は分からない。
そして。
「……馬鹿な」
城から飛び出した幹部達の率いる隊の魔物達は、城を取り囲む一団へと加わったのだった。
ギルヴァスは、火の四天王城を見上げる。……あづさが居るのは、北の塔の一室だ。それはもう、分かっている。
だがギルヴァスは南の正門の前に居た。あづさを救い出すことよりも、ラガルを倒すことを優先する。そうすることで、あづさの安全を確保する。
……今が攻め時だ。火の四天王団の魔物の多くがこちら側に寝返るか、或いは、消耗したところを狙ってローレライが歌って誘惑し、如何にもこちら側へ寝返ったかのように見せかけていた。
また、一族全てを引き抜けなかった魔物でも、引き抜けた一部を連れてくることにより、如何にもほとんどの魔物が寝返ったかのように演出している。
イフリートに関しては、元々捕らえてランプにしてあったものを持ってきて隊に加えてある。元ランプのイフリートがこちらについているのを他のイフリート達に見せることによりイフリート達の動揺を誘い、見事、イフリートの数体を誘惑することに成功している。
こうしてラガルには、見せかけの絶望的状況を演出して見せていた。
如何にも、お前の味方は皆、裏切ったぞ、というように。
ギルヴァスが見上げる先、城のテラスに姿を現したラガルは、青ざめてこの状況を見ていた。
……さて。
絶望的状況に追い込まれたラガルは、自棄的になる。その結果、彼が何をしてくるか、と言えば……。
「……全員まとめてその生命の火!消しつくしてくれるわ!」
怒りを露わに、その手に巨大な火球を生じさせ、城を取り囲む魔物達へと放ったのである。
「総員、撃て!」
そして、ラガルの火球を受け止める盾を岩石で生み出しながら、ギルヴァスはそう指示を出した。
……すると、四方八方からラガルへと向いた銃口が、一斉に火を吹く。
たかが火縄銃の攻撃であったが、多勢に無勢。ラガルは身を守る盾を持っているわけでもなく……火縄銃の掃射を浴びて、傷を負う。
同時に、ラガルの攻撃によって火が付いたものがあれば、それは即座に水の魔法によって消火された。
ラガルは忌々し気に顔を歪めると、続いて即座に火の壁を生み出し、城を取り囲む魔物達の更に外側を取り囲んだ。
今度こそ多くの魔物達が火にのまれていく。火のものには効果が薄いが、地のものや、何故か混ざっている水のものに対しては大きな効果を発揮するはずであった。
そして、ラガルはもったいぶることもなく、その奥義を使った。
生命の火を消す力を、手あたり次第、有効な限り、行使していったのである。
これにより、魔物達の多くは死に、倒れ伏す……はずだった。
「俺が何も対策していないとでも、思ったか」
ギルヴァスはラガルを見上げて、笑う。
ギルヴァスが率いる軍勢は、誰一人として欠けていない。




