95話
火の四天王領に侵入者がある、という知らせは、すぐにラガルの元へ届いた。
各地で警戒の任に当たっていたイフリート達はすぐさま城へと飛んで戻ってきて、侵入者の種類や数などを報告する。
……その報告が、複数件。立て続けに、ラガルの元へと届けられた。
そう。複数件、である。イフリートは各地から戻ってきており、その各地でそれぞれに、侵入者の姿を報告していた。
「一斉に来たか」
ラガルは緊張した面持ちで玉座から立ち上がる。
どうやらギルヴァス達は、ありったけの兵力を用いて攻め入って来たらしい、と判断した。
侵入者の筆頭は、当然のようにギルヴァス・エルゼン。そしてその他、武装したスケルトンの集団や、ドワーフとレッドキャップの部隊もあるらしい。また、ゾンビの集団が運ぶ謎の植木鉢と丸々と太った人参と大根、という、よく分からない一団もこっそりと侵入してきているらしかった。
それらの集団は皆、風の四天王領に面した方面からばらばらにやってきて、城の方へと向かっているらしい。
報告のイフリート達を待たせておいて、ラガルは対策を考える。
……そして、結論を出した。
「総員、立ち向かえ。城へ近づけるな。城の外の部隊に臨戦態勢を取らせろ」
それは、城の守りを固め、そして城の外に元々住んでいる種族を皆、侵入者達に立ち向かわせる。そういった作戦だ。
予め、城の外に住む種族には作戦を通達してある。連絡が入り次第持ち場につき、侵入者達に立ち向かえ、と。
……水の四天王団によって、いくつかの種族が引き抜かれていたが、それも考慮して、ラガルは警戒のための布陣を決めていた。
幸いにも、水の四天王団によって連れ去られた種族の半分程度は、戦闘能力を碌に持たないような弱小種族だったのである。それらが居なくなったところで、対した戦力減にはならない。抜けた種族の穴を埋めつつ、隙間無い布陣を組むことができた。
好戦的な種族に関しては、彼ら自身から警備の申し出があったほどである。味方の士気は高く、ギルヴァス達を迎え撃つのに不足は無い。
イフリート達は早速、ラガルの命令に従って各地へと飛び戻っていく。それらを見送って、ラガルは呟いた。
「さて、まさかこのまま策もなくやってくるとは思えんが……」
少し考えた後、ラガルは城の内部にも作戦を通達すべく、玉座の間を離れることにした。
ギルヴァスはドラゴンの姿になるわけでもなく、ただ一歩一歩、地を踏みしめて火の四天王城へと向かっていた。
ギルヴァスの供は無い。ただ1人、火の四天王城に向けて歩みを進める。
一歩ずつ、一歩ずつ。確かめるようでありながら揺ぎ無い歩みは、当然ながらイフリートに見つかっており、既に報告も飛んでいることだろうと思われた。
……だが、それでいい。
ギルヴァスは、やがて前方に立ち塞がるようにして身構える魔物達を見て……笑った。
「さて。お前達の相手は地の四天王、ギルヴァス・エルゼンだ」
ギルヴァスの好戦的な笑みは、立ち向かってきた小悪魔達を怯えさせた。
「お前達が俺と戦うというのならば、相手をしよう。容赦はしない。……だが、俺を見逃すというのなら、俺もお前達を攻撃しはしない。そしてもし、お前達が身の安全を欲するなら……喜んで、地の四天王領へ迎え入れよう」
小悪魔達は困惑し、互いに顔を見合わせる。
……小悪魔達も、噂には聞いていた。どうやら、火の四天王団を抜けて他所の四天王団へと移る種族がいくつかあるらしい、と。
「悪い話じゃあ、無いはずだ。できるなら俺も、お前達と戦いたくない」
ギルヴァスの真剣な眼差しは、その場にいる全ての小悪魔達へと向けられた。
小悪魔達はただ困惑し……そして。
「そしてお前達をここに残していきたくもない。……火の四天王団に残っていたら、負けたラガルが何をするか、分からないからなあ」
ギルヴァスが心配そうにそういうのを聞いて、小悪魔達は、そっと。ギルヴァスのために道を開ける。
「通してくれるのか。ありがたい」
ギルヴァスは笑って小悪魔達の間を通り抜け……そして、言った。
「もし地の四天王団に来る気があるなら、先に行っていてくれ。ドワーフとレッドキャップ達が、お前達の家を用意して待っているから」
通り過ぎていくギルヴァスを見送った小悪魔達は、顔を見合わせた。
……そして、1匹、また1匹と、ギルヴァスが来た方へ向かって、進み始める。
崩壊の兆しを見せる火の四天王領を出て、地の四天王領へと向かうため。
サラマンダーの1体は舌打ちしていた。
彼らサラマンダーは、今回、貧乏くじを引かされている。城の外を守る魔物の数が足りないために、城の中でも比較的上位に居るサラマンダー達が城の外に出て戦うことになったのだ。
ギルヴァス・エルゼンを前に逃げ出したことは確かだが、それも結局は報告のため。実力差を考えれば妥当な判断だっただろう。だがラガルはそれを見咎め、今回、サラマンダー達をこの任に就かせている。
……サラマンダーは、仕方ないか、と苛立ち紛れにため息を吐く。この程度で済んでよかったと思うべきだろう。何なら、手柄を立てるいい機会を得たと思うことだってできる。サラマンダーはそれなりに戦闘力の高い種族だ。きちんと準備した上で敵を迎え撃てというのならば、そう悪くない。
サラマンダー達はいよいよ近づいてくる軍勢を前に、気を引き締める。
「来るぞ。油断するな。相手がどんな手を使ってくるか分からないからな」
サラマンダーは自分達と並んで立つ2つの種族へ声をかける。
今回、サラマンダーと共に戦場に立つことになった2つの種族は、ナイトメアとカーバンクル。ナイトメアは足は速いが、気ままな性質であるために使いづらい。カーバンクルは魔法を使える種族ではあるが、体躯が小さく、戦闘向きではない。
そんな2つの種族を率いなければならない、ということはサラマンダーにとって重荷であったが……まあ盾程度にはできるだろう、と考え直して、向かってくる軍勢を見据えた。
サラマンダー達に近づいてくるのは、鎧兜に身を包んだ兵士達である。……恐らくは、スケルトンの部隊であるものと思われた。
だが、奇妙な点がある。
まず、最前列に並ぶ者達は、その体を全て鎧兜に包んでいる。これでは体躯も何も分からないが……どうにも、動作が少々、滑らかすぎるように思われた。
余程高位のスケルトンでも生まれたか、とも思いつつ、しかし、サラマンダーの視線は、更に後方の兵士達へと向かう。
……その兵士達は、奇妙な武器を持っていた。剣でも槍でもない、強いて言うならば杖に近い……そんな武器を抱えて、隊列を乱すことなく行進してくる。
サラマンダーはそれらを奇妙に思ったが、考えあぐねていても埒が明かない。
「さあ、行け!」
サラマンダーはナイトメアとカーバンクル達へと号令をかける。……だが。
ナイトメアもカーバンクルも、1体たりとも、動かない。
「おい、どうした!?さっさと動け!」
もう一度一喝するも、どちらの種族も全く動かなかった。サラマンダーは次第に焦りに支配されていく。
……そしてサラマンダーは舌打ちすると、自らスケルトンの隊列へと向かって行った。
無能な弱小種族達が動かないならば、自分達が動いて手柄を得るしかない、と。
……だが。
「甘い!」
鋭く一括する声が涼やかに響いたかと思えば、ここに存在するはずのない水流がサラマンダー達を押し流していた。
水に流されながらサラマンダーが見たものは……最前列の兵士達が一斉に、槍を手に襲い掛かってくる光景であった。
明らかに、スケルトンではない。
何故ここに水のものが、などと考える余裕もなく、サラマンダー達は水流と兵士達の槍とに翻弄されて、劣勢に追い込まれる。
……だがサラマンダー達も火の四天王団の幹部の任に就くほどの種族である。すぐに体勢を立て直せた者は、後方のスケルトン達を狙って動き出す。相手の隊列を崩して混戦状態に持ち込めれば、下手に水流を使われることもなくなるだろう、と。
そう考えたサラマンダー達は、スケルトンの隊列へと向かい……そして、撃たれた。
サラマンダー達は何が起きたかを理解することもできないまま、爆発音を聞き、傷を負う。
並大抵の攻撃程度は弾きとばすはずの鱗を貫通して、礫でも矢でもないものがサラマンダーの体を貫いていた。
これはなんだ、と、サラマンダーは自問するが、答えが出るはずもない。
スケルトンの隊列は動いて、2列目が前に出てきていた。後方へ回った1列目が何をしているのかは見えなかったが……阻止しなければ、と、サラマンダーはまた動く。
……そして次の爆発音が聞こえると、サラマンダー達はまた、未知の傷を負っていた。
まさか、相手を1体も討ち取れずに重傷を負わされるなどとは、考えてもみなかった。これだけの味方も居て、これだけの能力があって、それでも、敵1体すら、傷つけられていない。
「降参しろ。そうすれば命までは取らない」
唖然とするサラマンダーの隊長の首筋に、槍の刃が添えられた。
微かに触れるだけでも分かるほどの、水の力。それを感じて、サラマンダーはぞっとする。
見上げれば鎧兜の兵士はその兜の目庇の奥、金色の瞳の中、爬虫類めいた瞳孔を細めてサラマンダーを見下ろしている。
……そして、サラマンダー達を取り囲むようにして、ナイトメア達とカーバンクル達もまた、サラマンダー達を見ているのだ。
「き……貴様ら、まさか……」
「そのまさかだ。ナイトメアとカーバンクルの両種族は、既に地の四天王団に所属している」
鎧兜の水の騎士はそう言うと、絶望するサラマンダーを見下ろし、にやり、と笑った。
火兎と火食い鳥達は、自分達が当たりを引いたことを喜ぶ。彼らの前に現れたのは、美しい女達であった。
女達は優しく火兎と火食い鳥に微笑みかける。争おうとしていないことは、すぐに分かった。魔法の準備をするでもなく、武器を持っているわけでもない。ただ、少々困ったように近づいてくるだけなのだ。
中でも一際美しく高潔な印象を受ける女は進み出ると、火兎と火食い鳥に一礼した。
「突然ごめんなさい。私達は地の四天王団の者ではないわ」
その証拠に、というように、女はその手に水の玉を浮かべて見せた。確かにこれは水のものの魔法だな、と、火兎と火食い鳥はそれぞれに理解する。
「水のものが何故ここに、と思うでしょう?私達にもちょっと事情があって……でも、私達はあなた達と争うつもりはないわ」
女は微笑んで、火兎と火食い鳥それぞれをじっと見つめる。
……火兎も火食い鳥も、女の涼やかな声を聞き、優しい微笑みを向けられて、何やら気分が良くなっていた。
そうだ、地の四天王団でもない者達を相手に、わざわざ戦う必要もない。火兎も火食い鳥もそう考えてしまったのである。……ラガルは、オデッティアがいくつかの種族を引き抜いていったことを伏せていた。そのため、配下の弱小種族達は、水の四天王団から来た美しいローレライ達を警戒することができなかったのである。
……尤も、それらを知っていたとしても……ローレライ随一の力を持つ者の声を間近に聞き、微笑みを向けられて、正気で居られたかは怪しいが。
そしてローレライ達は歌い始める。
柔らかく耳触りの良い歌は合唱となって、火兎や火食い鳥達を包み込んだ。
……そうしている内に火兎も火食い鳥も皆、彼女達に尽くしたいと思うようになっていく。
元々彼らは、献身的で健気な種族であった。その心はそのままに、心の向く先だけをローレライの歌に操られてしまえば……彼らは皆、ローレライ達と共に進む、従順な兵士となる。
「じゃあ、行きましょう。あなた達が来てくれて、嬉しいわ。一緒に来てくれるなら、あなた達とは戦わずに済むものね」
ローレライの微笑みと言葉の意味に疑問を抱くこともなく、火兎達と火食い鳥達は皆、火の四天王城の方へと進んでいく。
「ミラリア様。ルカ・リュイール様よりご連絡が。あちらも片が付いた、と。相手はサラマンダーだったようです」
「そう。ならそちらにも寄っていきましょうか。少し時間はかかってしまうけれど……折角だから、サラマンダー達にもご同行願いましょう」
部下からの連絡を受けたミラリアは、途中で進路を変更する。
そして、ルカ達が向かった方へと進み、進みながら優雅に勝利の歌を歌うのであった。
ゾンビとは、それほど強くない魔物である。よって、警戒に値しない。
……ルビーホーンは、そう判断した己を悔いていた。
紅玉の角を持つ一角獣であるルビーホーン達は気高く、誰の下につくでもなく、気ままに生きてきた。
しかし、地の四天王領が荒れ地になってしまったために他の住処を探し、そして火の四天王領に住み着くことにしたのである。
ラガルは彼らを配下に加えたがったが、ルビーホーンは魔法への高い耐性を持ち、そして何より、気高く孤高を好む。誘惑の術の類は一切効かず、それでいて戦闘力も低くない。ラガルでさえも、ルビーホーン達を無理矢理に配下に加えることは、諦めざるを得なかったのである。
……さて、そんなルビーホーン達だったが、ラガルを守ってやる義理は無いものの、ラガル直々に書状を出され、更に報酬として美しい宝玉までもを捧げられては、流石に少し手を貸してやるか、と思わされた。
よってこうして、地の四天王団に立ち向かっていたのだが……なんと、ルビーホーン達の前に現れたのは、ゾンビの集団だったのである。
しかもふざけたことにこのゾンビの集団は武器を持つでもなく、ただ、大きな植木鉢を手に持ち、その植木鉢の上に丸々と太った人参や大根を乗せて、ゆっくりと歩いて来るだけなのである。
……これは警戒に値しない、と、ルビーホーン達は判断した。
戦闘力に優れた自分達なら、ゾンビの集団程度、あっという間に片づけられる。むしろ、遊び相手としても少々物足りないくらいだ。
そう、考えて、ルビーホーン達はゾンビの群れへと突進していった、のだが。
ゾンビ達が鈍く歩みを止め、恐らく困惑しているのだろう表情を見せる中……ゾンビの持つ植木鉢の上、人参と大根が、動いた。
人参と大根が植木鉢から何かを引き抜くと……途端。
「ぴゃああああああああ!」
「ぴゃああああああああ!」
「ぴゃ……ぴゃ?ぴゃ、ぴゃ……ぴゃああああああああ!」
凄まじい音が響き渡り、ルビーホーン達を襲った。
魔法に強いルビーホーンでも、この大合唱には抵抗できない。ゾンビの集団に近づいていた者から順に、ばたばたと倒れ、気絶していく。
これは駄目だ、と判断したルビーホーン達は逃げようともしたのだが……。
「ぴゃー!」
「ぴゃー!」
「ぴゃいぴゃい!」
ゾンビが、追いかけてくる。その手に、人参と大根とマンドラゴラの乗った植木鉢を持ちながら。
……そしてなんと、ゾンビの一体が、舞い上がった。その背には……美しい、羽。
一体何なのだ、とルビーホーン達が混乱しながら逃げ惑う中、ゾンビは特に何も考えていないような様子で……しかし空を飛んですさまじい速度でルビーホーン達を追いかけまわし……そうしてついにルビーホーン達は皆、地に倒れることとなったのだった。
「ぴゃ……」
これでしまいだ、とばかりにヘルルート達がマンドラゴラを埋め戻すと、ゾンビ達は地上へと舞い戻り、そして再び、のたのたと奇妙な行進を始めるのだった。




