92話
あづさが消えた翌日から、地の四天王団は静かに、それでいて強かに動き出した。
『火の四天王団から魔物達を引き抜く』。そう言ったギルヴァスに皆驚かされた。悠長にそのような手段をとっていていいのか、という声もあったし、そんなことがそもそも可能なのか、という声も上がった。
……だが、ギルヴァスの意思は固かった。
ギルヴァスがこの手段を選ぶのには、いくつかの理由がある。
まず1つ目に、これが確かな方法であろう、ということ。
火の四天王団は当然ながら、地の四天王団より遥かに多い兵力を持ち、資源もまた、相当に多い。ドワーフ達がここに来るまでの間に作っていたはずの武器は全て、ラガルの手の中にあるのだ。武装も相当なものがいきわたっているはずである。
……ならば、その兵力をまずは減らしてしまえ、というのが、この作戦の根底にある。
少ない兵力で大きな兵力に勝とうということ自体、無理がある。ましてや今回は、敵将1人を狙い打って動くわけにもいかない。ラガルは既に警戒して、守りを固めている頃だろう。どう足掻いても、多くの戦闘は避けられない。ならばやはり、相手の戦力を削らないことには動きようがない。
続いて2つ目に、下手な対処の仕方をすれば、この争いが延々と続くと見て取れるということ。
あづさを奪い返したところで、ラガルがすぐに諦めるとは思えない。となればどうせまた、ラガルが地の四天王団に攻め入ってきてあづさを奪おうとする、という、堂々巡りになる。その時に疲弊する配下の魔物達や大地のことを考えれば、戦いが延々と続くのは望ましくない。
であるからして、ギルヴァスは、ラガルを完膚なきまでに叩きのめさなければならないのだ。二度と、あづさを奪っていこうなどと思えないまでに。
……そして、3つ目。
火の四天王団を徐々に削り取っていけば……ラガルを試すことができる。
ラガルがどこまでギルヴァス達の行動に気づき、それを許してでも守りに徹するのかを知ることができる。
即ち、『何故、ラガルはあづさを欲するのか』を知ることができる。
ギルヴァスの眼から見て、ラガルの行動は少々不自然であった。
3か月前にドワーフとレッドキャップ達を無理矢理働かせまでして、異世界人を召喚しようとしたらしいことも。その召喚が失敗したのか、あづさが地の四天王領に来てしまった後も、あづさを奪おうと、大量の武器まで用意させ始めたことも。
あまりにも、執着ぶりが過ぎる。そしてあづさは、執着されるには……ラガルとは関係が、無さすぎる。
有能な者が欲しい、という理屈なら分からなくはないが、それにしても、ラガルがこうまでして欲するものには思えない。火の四天王団は地の四天王団とは比べ物にならないほど、人材にも恵まれているのだから。
……ならば、ラガルがあづさを欲する真の目的があるはずだ。
ギルヴァスはそう確信している。
そしてそれを解き明かさない限り、真にあづさを守り切ることなどできはしない、とも。
ギルヴァスは早速、火の四天王団の魔物達に会いに行くべく、まずはその伝手を探した。
水路を1日半で作り終えたルカとミラリアに尋ねれば、『ナイトメア』や『カーバンクル』なる種族との伝手を得られた。
更に、ドワーフとレッドキャップからは、やはり馴染みがあるらしい種族いくつかの紹介が得られる。こうしてなんとか、火の四天王団に属するいくつかの種族に目星を付けることができた。
内情をある程度知っているドワーフやレッドキャップ曰く、彼らもまた、火の四天王団に少々不満を抱いているらしい、ということである。特に、ドワーフ達と同様に元々は地の四天王団に属していた『リビングラヴァ』という種族は、火の四天王団への反感を強めているようだと分かった。
……そうしてギルヴァスは、最初に攻略すべき種族をリビングラヴァに定め、彼らの喜びそうな贈り物作りと彼らの住みよい環境づくりに精を出す。
交渉役にはギルヴァスではなく、ドワーフとレッドキャップの数名を使うことにした。ギルヴァスはラガルに警戒されないよう、火の四天王領に入ることを避ける。代わりに護衛として、スケルトンの数名を起用することにした。
スケルトン達は旧浸食地帯で元気に活動しており、その中でも元(つまり骨になる前)が戦士であった者達は武器を持ち盾を構え、或いは弓に矢を番えて、獣を狩ったり戦闘訓練に励んだりしていたらしかった。今回、護衛に起用するのはそうした者達である。彼らにはドワーフとギルヴァスが作った装備を与えて、可能な限り強化した。これでそうそうやられることもないだろう。
そうして交渉隊が結成され、彼らはリビングラヴァ達を勧誘すべく旅立っていった。
その間、ギルヴァスはというと……ただ物を作って地形を変えて、他種族勧誘の準備をしていただけではない。
まず、ギルヴァスはドワーフ達と集まって、相談していた。
それは、ドワーフがあづさのメモを役立てるための談合である。
「この火縄銃、というものは、中々面白い。早速試作してみましたが、これがなかなか強い。弓より強い攻撃を、弓より少ない力で放てる」
ドワーフはそう言って、楽し気にギルヴァスへ銃の試作品を手渡した。
「成程。よくできている」
ギルヴァスはそれを見て、やはり楽し気に頷いた。……物を作るのが好きな性分であるために、こういった新しい技術には心踊らされるのである。
「火薬、というものも安定して生産できそうです。そうだな?」
「ああ。俺達の方で、硫黄ってのと硝石ってのは採れる」
レッドキャップ達もそう言って笑う。どうやら、火縄銃の量産に向けて、彼らは順調に動いているらしかった。
「そうか。ありがとう。やはりお前達に任せて正解だった」
ギルヴァスは喜んで彼らを称賛し……それと同時に、ドワーフが取り出したものを見て、はっとする。
「……それは?」
「純粋な金です。銀は混じっておりません」
ドワーフがギルヴァスの掌に載せたものは、眩く輝く黄金である。自然に手に入る金には、多かれ少なかれ銀が混じることが多い。だが、今、ギルヴァスの掌の上にあるものは、紛れも無く純粋な金であった。
「これも、あづさのメモから作ったのか」
「はい」
ドワーフは嬉しそうに頷くと……表情を一転させ、真剣な顔で、ギルヴァスに向かう。
「ギルヴァス様。ご相談が」
「うん。何だ」
「我々は、火の四天王団に伝わる秘術を知っています。……純粋な金や数種類の宝石があればそれを作り出すことができ、ラガル様と戦うならば、非常に有効な道具となるかと」
ギルヴァスはドワーフ達の言葉を聞いて……はた、と思い当たる。そして。
「構わない。資源は好きなだけ使ってくれ。……銃も必要だが、それ以上に力を入れて作ってほしい」
そう言い切って、笑う。
「ヘルルート一匹だって、死なせるわけにはいかないからな」
ドワーフやレッドキャップ達と楽しくものづくりの会議をし終えた後、ギルヴァスは少々重い足取りでオデッティアの元に赴いた。
「……そうして抜け抜けとあづさを奪われたということか」
ギルヴァスに相対するオデッティアは、氷点下の表情で玉座の上からギルヴァスを見下ろしていた。
「妾は貴様のようなウスノロと手を組むために契約を交わしたわけではないと、分かっておろうな?妾が欲するのはあづさの知識と技術よ。それが無いなら貴様など……」
「すまんがそれは後にしてくれ。あづさが戻ってきてからいくらでも聞く。お前だって、あづさがラガルの所に居るのは面白くないだろう」
オデッティアはまだ言い足りない、とばかりにギルヴァスを見下ろしていたが、ギルヴァスが自分の苛立ちを上回る怒りを思いの奥底に抑えこんでいることを見抜くと、途端、馬鹿らしくなった。やがて盛大な溜息と共に、やれやれと降参の意を示す。
「このようなことになるなら、やはり妾があづさを所有すべきであったな。……して、願いとはなんだ。申してみよ」
不機嫌そうながらもそう発せられた言葉を聞いて、ギルヴァスは笑みを浮かべつつ、言った。
「火の四天王団の魔物をいくつか、水の四天王団で引き抜けないか?」
「……ほう。中々面白そうだ。ラガルは一体どんな顔をすることやら」
ギルヴァスが一通り説明すると、オデッティアはくすくす笑った。
「まあ、そっちにもそれほど損は無いはずだと思うが」
「分かっておろうな?妾はそちらの要請で火の四天王団を攻撃するわけではなく、あくまでも、火の四天王団の基盤が揺らぐのを見計らって、妾にとって有用な種族を引き抜くだけよ」
「ああ。分かっている。それでいい。助かる」
「貴様を助ける意思など無いがな」
オデッティアはぴしゃりとそう言ったものの、ギルヴァスがにこにこと笑みを浮かべているのを見て、またもため息を吐いた。
「……あづさは取り戻すのだろうな?」
「勿論だ」
そしてオデッティアは、ギルヴァスの顔を見て、渋々といった様子で頷いた。
「ならば妾はもう暫し待ってやる。……だが、あまりのろのろしていたならば、その時は妾があづさを攫いに行こうぞ」
「それは困るなあ」
もう話は終わりだ、とばかりにオデッティアは手を振ってギルヴァスを追い払う。ギルヴァスはそれに従い、にこにこしつつ礼を言い、水の四天王城を去るのだった。
「で、俺の出番ってわけかァ?やっぱ分かってンじゃねえか!」
「ああ。すまないが、お前の力を借りる」
次にギルヴァスは、ラギトを呼んで話すことにした。
「いいっていいって!何てったって俺達、ゆーこーかんけーだろ!」
ラギトは快く協力の意思を示したが、ギルヴァスはラギトに作戦の全貌を伝えることは避けた。……ラギト自身に悪意が無くとも、ラギトのうっかりで作戦が漏れることは十分に考えられるので。
「要は、火のラガルに攫われたあづさに手紙渡してくりゃあいいんだろ!?そんなの強くて美しくて賢い俺にかかれば一発だぜ!」
……ということで、ギルヴァスがラギトに頼んだのは、あづさへの伝言だった。
あづさに情報伝達を、と思ってスライムを揉んでみたのだが、スライムからの応答は無かった。恐らく、あづさが身に着けていたスライムはラガルに没収されてしまったのだろう。或いはそうなる前に、あづさがスライムを逃がしたか。
とにかく、あづさに連絡が取れない、ということが、問題だった。ギルヴァスはこの作戦を遂行するにあたって、あづさを待たせることが悩みだったのだ。
せめて、自分があづさを諦めていないことを知らせておきたい。ただ何も知らないまま一月以上待てというのは、あまりにも勝手だろう。
……そして何より、ギルヴァスの為にも、あづさに作戦の期間を知らせておきたい。あづさならば自分を信じて待っていてくれる、という確信もあったが、それでも不安なものは不安なのだ。待つ方も不安だろうが、待たせる方も不安なのである。
「しかし、本当に大丈夫か?あづさだけに渡るように手紙を出すのは相当に難しいと思うが……」
ギルヴァスは相談しておきながら、その手段については考えついていなかった。あづさに伝言を、とは思ったが、その手段を考えれば、どうにも難しい。ギルヴァスが火の四天王城の周辺に現れればたちまち戦闘になるだろうし、それはラギトでも同じ事だろう。
……だが。
「おう!任せとけ!荷物に紛れさせりゃいいだろ!」
ラギトはそう言って、胸を張る。
「ちょっと前からよォ、火の四天王からこっちに、花の注文が来てンだよ。飾る奴かって聞いたら、それもだけど、風呂に浮かべる奴だ、って。ラガルが使うンならあんまり甘い匂いの花はよくねェかって確認したら、女が好きそうな奴にしてくれッつーらしいんだよな!な!これってあづさの為の花だろ!な!」
ラギトの言葉に、ギルヴァスはぽかんとする。
「ラギト……お前、そういう推理も、できたんだな……」
「ん?おう!なんてったって俺は強くて美しくて賢いからな!すいり?もできるんだ!」
よく分かっていないらしいが、ラギトはそう言って益々胸を張り、翼をばさばさとはためかせた。
「……で、そういう注文受けたアルラウネが何か変だッつって報告してきたンだけどよォ」
「成程。推理したのはお前じゃなくてアルラウネか。ああびっくりした……」
思わず口に出してしまいつつギルヴァスは安堵した。ラギトが妙に頭を働かせていると、妙に落ち着かない。
「よく分かんねーけどよォ、とりあえず、注文された花に、ほら、水に濡れると見えるインクで文字書いておけばいいだろ!風呂に入れられればあづさに届く!完璧だ!花はビータウルス達に運ばせる!あいつらなら警戒されねえだろうし、あいつら、あづさのこと大好きだからな!役に立ちたいって思うはずだぜ!完璧だ!」
ラギトはそう言って、にやりと笑う。
……妙に頭の回る様子を見せてくれたが、しかし、ギルヴァスは安心する。
「しかし、あづさが入る風呂には大量の花が浮かぶことになるんだろう?それら全てに文字を書くのか?」
「ん?1個でいいだろ?」
「そうするとあづさは大量の花の中からその1つを見つけないといけないんだが」
「……そっかァー……」
ラギトはうんうん唸りながら、どうしようどうしようと考えている。そしてそれを見てギルヴァスは安心した。
抜けのある作戦を立てたり悩んだりしているラギトを見ていると、妙に安心する。
「なら、こうしよう」
ギルヴァスは資材庫から取ってきたものをラギトに渡して、言った。
「これを中に仕込んでくれ」
ラギトはそれをしげしげと眺めつつ首を傾げていたが、少し考えた後、「よく分かんねェけど分かった!」と元気に返事をして、風の四天王領へと去っていくのだった。
それから2日後。
ドワーフとレッドキャップとスケルトンの護衛達による交渉隊が、帰還する。
……交渉隊は見事、リビングラヴァ達を連れて帰ってきた。
火の四天王団の末端も末端、下手をすれば切り捨てられるような立場にあったリビングラヴァ達は、嬉々として地の四天王団へやって来た。
ギルヴァスは彼らを歓迎しつつ、今度はリビングラヴァの持つ伝手を使って、また次の種族へと手を伸ばすことにする。
じわじわと、しかし確かに進む侵食の手に、ラガルはまだ気づいていないだろう。
……そして気づいた時には既に、どうしようもないほどに火の四天王団の基盤は緩んでいるはずである。




