89話
ギルヴァスとラガルが衝突する。
その時あづさは、四天王同士の容赦のない戦いとはこれほどまでに苛烈なのかと、どこか現実味の無い感想を抱いた。
ラガルの攻撃はあまりにも激しい。地面が燃え上がり、頭上から巨大な火の玉が飛び、時に炎の壁がギルヴァスを焼き殺さんと迫る。
そして対するギルヴァスもまた、荒々しく戦っていた。
……そう。ギルヴァスの戦い方は、オデッティアと戦った時よりずっと、荒々しく攻撃的で、粗野なものだった。
それは、ここが屋外だからなのか、はたまた相手がラガルだからなのか、オデッティアの時とは違って策が無いからなのか……守るべき者達が、沢山背後に居るからか。
ギルヴァスは自分自身だけでなく、ドワーフやレッドキャップ達をも守らねばならなかった。ラガルの無差別な攻撃がレッドキャップ達へ向かえばそちらへ岩壁を出現させて攻撃を防ぎ、はたまたドワーフ達へとラガルの拳が向かえば、ギルヴァスはその体でそれを受け止めてドワーフ達を守った。
……あづさは加勢しようと思い、しかし、思い留まる。
手を、出せないのだ。何故なら彼らは、あまりにも至近距離で、戦っているので。
そこであづさはようやく気付く。オデッティアとの戦いの時と、何よりも違うことは……ギルヴァスが攻撃に打って出ており、更に、相手もギルヴァスも共に、肉弾戦で戦っている、ということだった。
ラガルがギルヴァスの腹を突き刺す勢いで殴りつければ、じゅ、と肉が焼ける嫌な音と共にギルヴァスのくぐもった声が漏れる。だが次の瞬間には、ラガルがその頬を殴られて吹き飛ばされている。
ラガルが宙に生じさせた火の玉と共にまたギルヴァスへと向かえば、ギルヴァスは岩の壁でラガルの動きを阻害しつつ、飛んできた火の玉がドワーフやレッドキャップ達の方へ行かないように、殴って消し飛ばす。
その隙をついてラガルが攻めてくれば、ギルヴァスは長い脚を振り抜いてラガルの脇腹を捉えた。
……そんな彼らの一挙手一投足に、魔法が付き従う。
ラガルの拳は炎に覆われ、或いは脚の一振りによって波のように炎が躍ってはギルヴァスと大地を焼いていく。
一方のギルヴァスも、ごく自然に大地やそこにある岩石を盾として使い、踏み出した足の先で大地を大きくひび割れさせ、ラガルの体勢を崩させる。
こんな有様の戦いであるので、どんどん地形が変わっていった。下手に手出しができないどころか、あづさとしては巻き込まれないように身を守るので精いっぱいである。
だが、それならばせめて、身を守ることだけは完璧にやり遂げよう、とあづさは決めた。
「ギルヴァス!ドワーフとレッドキャップは私に任せて!」
あづさはそう叫ぶと、後方の小さな彼らを守るために水の壁を生じさせた。あづさの力量でどれくらいラガルの攻撃を防げるかは分からなかったが、今はただ、ギルヴァスをラガルだけに集中できる環境を整えなければならない。
あづさが後方支援に回ると、ギルヴァスは笑って応え、すぐにラガルへの攻撃をより一層強めた。
ラガルはドワーフ達に向けて火の玉を飛ばしてきたが、ギルヴァスはそれに反応せず、ただラガルに向けて拳を振るう。火の玉はあづさが維持する水の壁に当たって消えた。水の壁はその一部が蒸発して消えてしまったが、あづさはすぐに、水の壁を張り直す。
……ギルヴァスがラガルだけに集中するようになると、次第にギルヴァスが優勢になっていった。
ラガルはギルヴァスから受けた攻撃の分だけ次第に弱り、怯みもする。だがギルヴァスは、ラガルに殴られ、蹴られ、体を焼かれても全く怯まない。攻撃を受けていないかのように、自分の攻撃を続けるのだ。
ギルヴァスはラガルの攻撃を受け止め傷つきながら、しかし自分は攻撃に徹し続けた。
ラガルはギルヴァスの攻撃を受けては怯み、或いは守りに入り……どうしても、攻撃の手が足りなくなっていく。
元々、ラガルの方が素早く動け、手数も多いはずだった。だが、いくら攻撃してもそれら全てを受け止めて攻撃を続けるギルヴァスを前に、ラガルは防戦に追い込まれていく。
……そして。
ギルヴァスはラガルに組み付き、そのまま足を払ってラガルを倒す。そして……ラガルの上に馬乗りになって、ラガルの首に、手をかけていた。
ギルヴァスの手が、ラガルの首にかかる。その時ラガルは身を守るため、火の魔法を使って自分の首筋を熱く燃え上がらせた。
だが、ギルヴァスは自分の手が焼けるのも構わず、ラガルの首を絞めた。
避けるでもなく、ただ愚直に攻撃を受け止め続け、それでいて止まらず攻撃してくる。自らの身を顧みることなく、ただ、攻撃してくる。
硬い岩盤のように揺ぎ無いギルヴァスの戦い方は、ラガルに一抹の恐怖すら味わわせた。
ラガルの血流と呼吸は妨げられ、頭に血が上り、意識が薄れていく。ラガルはそれに精一杯抗いながら……しかし自分の首を絞め続ける大きく頑丈な手から逃れることもできず、ただ、その時を待った。
……そして、『その時』は、来たのである。
幾本も乱れ撃たれる火矢。或いは、空から降り注ぐ流星。そんな様相で、空から炎が降ってくる。
それらの炎は宙で動き……やがてあづさにも、はっきりと形が見えるようになっていた。
「あれは……まさか、イフリートの、軍隊……?」
あづさが呆然と呟く。
夜空を焦がさんばかりに激しく燃え上がる火の巨人が、何体も何体も、あづさ達に向かって降ってくる。
対処しきれない。
あづさがそう直感し、即座に対応を考える。せめて何か、時間稼ぎを、と。
……レッドキャップ達とドワーフ達を諦めて逃げる、ということは、最初から考えなかった。ここで彼らを捨てていったら、どのみちこの先、生き残れない。
あづさはイフリート達がこちらへ向かってくるのを見て、本当にただの時間稼ぎにしかならないと知りつつも水の壁を張る。
あづさが張った水の壁の内側で、ドワーフもレッドキャップも、覚悟を決めたようにハンマーやつるはしを構えた。
……だが。
ギルヴァスが、飛んできた。
ラガルに岩石の杭を打ち込んで、即座にドラゴンの姿に変じ、イフリート達へと向かう。
その翼の一打ちで風を巻き起こし、イフリート達の火を掻き消さんとする。イフリート達は突然の突風に体を揺らめかせ、その炎を小さくしたが、しかしそれまでである。
何せ、イフリート達は数が多い。ギルヴァス1人で対処するのも骨なほどに数多くのイフリート達が降ってくるのだ。イフリート達の内何体かは、遂に水の壁に到達して内部へと潜り込んでいた。
水の壁の内側ではレッドキャップやドワーフ達が寄って集ってイフリートに攻撃するが、次々と侵入してくるイフリートに対して、それも間に合わなくなってくる。
……更に、イフリートの内の一体が、ギルヴァスに組み付いた。
イフリートは火でできた体を存分に使って、ギルヴァスの体を焼いていく。
ギルヴァスが咄嗟に人間の姿に戻って拘束から逃れれば、今度はより多くのイフリートが殺到して、ギルヴァスの体を覆いつくした。
その時だった。
「よくやった」
ラガルの声が聞こえたかと思うと、ふと、唐突にギルヴァスが倒れた。
倒れたギルヴァスに纏わりついていたイフリート達も消え、そこにはただ、倒れ伏したまま動かないギルヴァスが居るばかりとなる。
「……ギルヴァス?」
自分達を襲うイフリートも消えて、あづさはギルヴァスへ駆け寄ることができた。
だが、ギルヴァスをそっと揺さぶってみても、目覚める気配が無い。まるで、深く眠っているように。……否。
死んでいるように。
「俺の能力は火を点けること。そして火を消すこと。火を司る俺なら……こうして生命の火を消すこともできる」
ラガルはそう言って、嗤った。
あづさは即座に、ギルヴァスに回復の魔法を施した。だが、傷は深く、癒え切ることが無い。それでいて、ギルヴァスが目覚めることもまた、無かった。
あづさが呆然とギルヴァスの傍らに座り込んでいると、ラガルが歩み寄ってきて、あづさに触れようとする。
だが、ラガルが触れようとした途端、ラガルの指先はばちり、と弾かれた。
「まだ守りの魔法は有効か!忌々しい」
ラガルは舌打ちして、あづさを見下ろし……苛々とした様子で声を上げた。
「おい、あづさ!その腕輪を外せ!ギルヴァス・エルゼンは死んだのだぞ!」
あづさは顔を上げ、ラガルを睨みながら、自分の左の二の腕を飾る腕輪を強く、握った。
金でも銀でもない不思議な色合いの美しい金属でできた、あづさのための腕輪だ。ギルヴァスが守りの魔法を施したもので……あづさを守る、最後の砦となるものである。
これを外せば恐らくラガルは、あづさに触れることができるようになる。
……あづさはラガルを見上げて、その苛々とした表情の中に優越感と達成感を見出しつつ……唐突に、閃いた。
「そうね。外してあげてもいいわ」
あづさは挑発的にもにやりと笑いながら、そう言って腕輪に手をかける。ラガルは驚いた様子でそれを見ていたが……あづさはまだ、腕輪を外さない。
「取引ってことにしましょう。あなたはギルヴァスにもう一回、生命の火を点ける。そして彼も、ドワーフもレッドキャップも皆見逃す。その代わり、私は腕輪を外してあげるし、生きたまま大人しく、あなたの城に連れて帰られてあげるわ」
あづさの申し出に、ラガルは目を瞠る。
「それは……」
「願ってもない話でしょ?殺さなきゃいけなかったはずの私が手に入るのよ?悪くない取引だと思わない?」
あづさが畳みかけるようにそう言えば、ラガルは頷きかけ……しかし、嘲笑うように笑みを浮かべた。
「構わんが、このギルヴァス・エルゼンにもう一度生命の火を点けたところで、こいつはまたすぐに死ぬぞ?何せこの傷だ。生き延びられるとは思えん」
ラガルの言う通り、ギルヴァスの傷は酷いものだった。
全身に火傷を負い、更に打撲も、果ては骨折もありそうな有様だ。こんな体で戦っていたのか、と思うと、あづさは胸の奥を締め付けられるかのように感じた。
だが、あづさは頷く。
「……構わないわ。やって頂戴」
ラガルはあづさの返答に少々疑問を抱いたらしいが、いいだろう、と頷く。
「分かった。お前の高潔さと度胸に免じて、その取引、乗ってやる。……だが、当然、お前には約束通り、我が城へと来てもらうことになるぞ」
「勿論。約束は守るわ。腕輪は外すし、大人しく連れて帰られてあげる。だからあなたもギルヴァスに生命の火を戻さなきゃいけないし、彼ら全員を安全に逃がさなきゃならない。いいわね?」
両者はしばし、睨むように見つめ合い、そしてふと、ラガルが先にその視線を外した。
「全く、面倒だ」
そう言いつつ、ラガルはギルヴァスの胸に指先を当てると、何かを強く念じた。
途端、びくり、とギルヴァスの体が動く。
「ギルヴァス」
唐突に再開した鼓動が浅く激しく鳴って、そして、ギルヴァスの容態を思い出したかのようにまた、弱弱しく途切れ途切れになっていく。
……だが、生きている。ギルヴァスは確かに、生きている。
それを確認したあづさは、鞄からカッターナイフを取り出す。
そして、自分の髪を束ねて左手に持ち、ギルヴァスの言葉を思い出していた。
以前、ギルヴァスに何故髪を伸ばしているのかを尋ねた時。体の一部を代償にして行う魔法は大きな効果を上げるものだ、と、言っていた。
ならば。
あづさは思い切りよく、カッターナイフで髪を切った。
あづさの髪の束が、輝いてするりと消えていく。空気に溶けるようにして消えていった髪に驚く間もなく、あづさの魔法が発動した。
魔法は確かに働いて、ギルヴァスの傷を癒していった。
それは最早、再生に近い。炭化しかけた肌を治し、深すぎる傷を癒し。それはまるで、時間を巻き戻したかのようにも見えた。
……そうして、最早死を待つばかりであったはずのギルヴァスの体は、元通りに癒えて治ったのである。
「……やったあ」
あづさは大きな消耗を感じつつも同時に、強い達成感と、何よりも深い安堵を覚えていた。
ギルヴァスは目を覚まさないが、その呼吸は穏やかなものであり、また、胸に耳を近づけてみれば、正常な鼓動が感じ取れた。
「別れの挨拶は済んだか?」
ラガルは少々焦るようにそう言って、あづさを急かす。
「まだよ。あんまり急かさないでくれる?」
あづさはわざとゆっくりとした動作で立ち上がると、レッドキャップとドワーフ達の方へと歩く。
彼らは皆、困惑と狼狽を露わに、あづさを見上げていた。
「これ、ギルヴァスの荷物よ。彼に返しておいて。それから、地の四天王城に着いたら、あなた達も中、見て。あなた達に関係のあるものも入ってるから」
あづさは少しばかり身を屈めて、ドワーフの長、マルバーに自分の鞄を持たせた。
「……いいのか。あなたは……」
「あなた達と彼が無事に地の四天王城へ帰れるなら、これでいいわ」
マルバーはあづさの鞄を大切そうに抱え持つと、深く項垂れた。
「すまない。我らのせいで……」
そんなマルバーに、あづさは笑って言った。
「そう思うなら、城に着いてからしっかり彼に従って頂戴。貸しはそれでチャラってことでいいわ」
「おい。そろそろいいだろう」
「ほんとせっかちね、あなた。余裕が無い奴だって思われたいの?」
苛立つラガルにそう言って、あづさはもう一度、ギルヴァスの傍らに座り込んだ。
そして、ギルヴァスの耳元に顔を近づけて、ラガルに聞こえないように囁く。
「……早く迎えに来てね」
ラガルの目を誤魔化すため、ギルヴァスの頬に口づけてから、あづさは左の二の腕に通した腕輪を外す。外した腕輪をギルヴァスの胸の上に置いて、あづさは立ち上がった。
「さあ。行きましょうか」
あくまでも不敵に笑って、あづさはラガルの手を取った。




