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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
三章:はなせないもの
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88話

「……『戻って』?それ、どういう、意味よ」

 あづさは咄嗟に混乱する。何のことを言われているのか分からないが、ラガルは確かに、『戻ってくる意思は無いか』と言った。

 その意味が、正しくあるとするならば……。

「簡単なことだとも」

 ラガルは一歩、あづさへと歩み寄る。あづさは身構えつつも慎重にラガルの様子を窺っていたが、ラガルはそれを気にする風でもなく、嗤う。

「異世界召喚の儀式を行ったのは、俺だ」




「……あなたが私を、呼んだの?」

「ああ、そうだ!お前を呼んだのはこの俺。召喚の儀式のために宝飾品を用意し、陣を描き、魔力を注いだ。全て、俺がやったことだ」

 ……ラガルの言葉が真実なら、あづさがこの世界に来た理由は分かった。あづさは、召喚されてこの世界にやってきたのだ。目の前に立つ、ラガル・イルエルヒュールの手で。

 あづさは、自分が失った記憶のピースの一つを取り戻したような、しかし、そのピースがしっくりかみ合わないような、そんな感覚を味わう。

 ラガルの言葉が真実ではないとは、思えない。本人が嘘を吐く理由は無いように思えるし、『宝飾品を用意した』という内容は、レッドキャップやドワーフが宝石や宝飾品を要求されたという内容と一致する。あづさが召喚された時期を考えても、矛盾は無い。

 ……しかし、もしあづさがそうして召喚されたのだとしたら、あづさの失われた記憶は一体、何なのだろう。

 何故、あづさの記憶は失われたのか。異世界へ来るための代償だったのではないなら、何故。


「ギルヴァス・エルゼンがお前を所有していい理由は無い。召喚したのはこの俺だ。正義はこちらにある!」

 ラガルはそう言うと、あづさに向けて更に一歩、足を踏み出す。

「さあ、来てもらおうか」

 そして、あづさに対して、手を伸ばし。

 その指先が、ばちり、と弾かれると同時、空に大きな影が差す。

 月光を遮って夜空に大きく翼を広げた黒い竜は、強く、雄叫びを上げてその存在を知らしめた。




 ギルヴァスはラガルに向かってまた吠えると、ラガルに向かって突っ込んでいく。流石にラガルもこれを真っ向から迎え撃つ気にはなれず、ギルヴァスを避けるためにあづさから大きく距離を取ることになった。

 ギルヴァスはそのままあづさとラガルの間を行き過ぎると、あづさの後方へとドワーフ達を降ろす。少々乱暴な降ろし方になったが、事態が事態なのでドワーフ達も何も言わない。

 ギルヴァスはそのまままた飛んで、今度こそ、ラガルとあづさの間に割って入って着陸した。

 そこで人間の姿に戻って、ギルヴァスはラガルと向き合う。

「久しぶりだな」

 その琥珀色の瞳に敵意を存分に湛えて、ギルヴァスはラガルを睨む。

 真っ向からラガルを睨むなど久しぶりだった。それこそ、100年以上前に、やったことがあったかどうか。少なくともここ100年程度は、睨むどころか目を合わせることすらままならなかったというのに、随分変わったものだ、とギルヴァスは自分で思う。

「……ギルヴァス・エルゼン。そうか。貴様が糸を引いていたか」

「その通りだ。悪いが、レッドキャップもドワーフも、俺が攫わせてもらう」

 少々悪ぶって、ギルヴァスはそう言う。レッドキャップもドワーフも、自分の我儘の犠牲者なのだと知らしめるように。

「……そして、降矢あづさもか」

 だが、流石にそう言われては、ギルヴァスも少々、困惑するより他になかった。あづさを攫う、とは。

「ギルヴァス。ラガルが私を召喚したらしいのよ。さっき聞いたわ」

 あづさがギルヴァスの背後から、そう伝える。あづさも先ほど困惑させられた真実だったが、ギルヴァスも同様に、事実を知らされて困惑した。

「本当に、か?お前が、あづさを召喚した、と?」

「ああその通りだ!」

 ラガルは火が点いたように途端に堂々と、威勢を取り戻す。

「異世界人を召喚する儀式を執り行ったのはこの俺だ!よって降矢あづさを所有する権利があるのは貴様ではないのだ、ギルヴァス・エルゼン!」


「そうだったか」

 ギルヴァスは険しい表情でラガルを見据える。

 ……危惧していたことだった。あづさを召喚した何者かが居るのならば、その者はきっと、あづさを取り戻しに来る。……それが現実になってしまった。

 だが。ギルヴァスの答えはもう決まっている。

「だが悪いな。もう俺はあづさを手放す気は無いぞ」


「何だと!?」

「あづさが来たのは俺の領地だ。……お前が召喚したというのならば、なぜ、わざわざ俺の領地にあづさを召喚した?」

 ギルヴァスの言葉に、ラガルは詰まった。

 あづさは地の四天王領の荒野に召喚されている。もしかすると、あづさの失われた記憶の中に、『荒野ではないところに召喚されてから荒野まで移動した記憶』が含まれていて、実はあづさのスタート地点は荒野ではなかった、という可能性も考えたが……それも考えにくい。ギルヴァスは荒野に大きな魔力の気配を唐突に感じてすぐ、荒野へ飛んで行った。別の所からあづさが移動してきたというのなら、あのように唐突には気配を感じなかったはずだ。

「俺の領地に現れたんだ。俺が貰ってもいいだろう」

「な、何を言う!供物も用意していない貴様が!」

「ならお前の召喚は失敗したんじゃないのか?あづさはお前の儀式に関係なく、この世界に迷い込んできたのかもしれない」

 ラガルはいよいよ、ギルヴァスに返す言葉が無くなってきたらしく、ただ怒りを表出しながら黙る。

 ……その背後で、いよいよラガルの怒りに呼応するかのように、山が震える。辺りを熱気が覆い、そして次第にその熱気が強まっていく。

「……レッドキャップ。ドワーフ。貴様達に問おう」

 ラガルはその目に燃えるような怒りを湛えて、2つの種族を睨みつけた。

「貴様らはギルヴァス・エルゼンに攫われることを望むのか?」

 その問いは、2つの種族を震え上がらせる。裏切るのか、裏切らないのか。それをはっきりさせようとしているのだ。

「待て。彼らは」

 咄嗟にギルヴァスは、言葉を挟もうとした。彼らを守るために。

 ……だが。

「おう。勿論だ。……悪いな、ラガル様。俺達は地の四天王団につくことに決めた!」

 レッドキャップの長はそう、声を張り上げたのだった。




「ほう。……ドワーフ。貴様らもか」

 ラガルは続いて、ドワーフにも問いを投げかける。するとドワーフ達は一斉に目を逸らして、歯切れ悪く、答える。

「我々は……」

 答えにならない答え。それこそが、ラガルへの答えになる。

 即答できないならそれは、裏切りに他ならない。ラガルはそう、考えた。

「そうか。成程な。貴様らは裏切り者、というわけだ」

「へっ。俺達を殺そうとしたくせに何を言ってる。そこの山は今、どうなってる?本来だったら俺達はどうなってた?」

 レッドキャップが勇猛にもそう言うと……ラガルの眼の奥が、強く明るく燃え上がった。

 途端、山が音を立て、内部で爆発音が響く。

 ばらばらと降る岩石は全てギルヴァスが打ち払ったが、レッドキャップもドワーフも皆、自分達の力では到底起こせない天災を前に竦みあがるしかない。

「身の程を弁えてものを言うべきだったな」

 ラガルはドワーフ達とレッドキャップ達を見据えて、そう言う。

 その表情には、何もない。行き過ぎた怒りはいっそ無表情にも見えるのだと、その場にいた全員が知る。

 ラガルの表情の代わりに、火山が怒りに燃え上がる。いよいよ激しく爆発音が響き、地響きは強まり……そして。

「貴様ら裏切り者には、死こそが相応しい!」

 ラガルの声と共に、山は溶岩を噴き出した。




 溶岩が皆を呑み込もうと雪崩れた直後、大地が凄まじい音を立てて動く。

 地面が割れて深い谷を生じ、更にその前に山が生じる。

 谷は堀、山は城壁となって、その場にいた者達を守る砦となった。

 ……一瞬にして大きく大地を動かしたギルヴァスは、肩で息を吐きながら、ラガルへと向き直る。

「……いくらなんでも、横暴に過ぎるぞ、ラガル」

 琥珀の眼には、ラガルのそれにも負けない程の、強い怒りが燃えている。

「魔王軍の恥晒しが、俺に何か言えるとでも思っているのか!」

 対するラガルもそう吠えるように答えて、ギルヴァスを嘲笑った。

「退く気も、見逃す気も無いということか」

「当然だ。……貴様も魔王軍の裏切り者!生かしておいてやる道理は無かったな!」

 ラガルは吠えると、ギルヴァスに向かって迫る。ギルヴァスも覚悟を決めたように拳を握りしめ……両者は両者へ向けて、拳を振り抜いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ラガル氏面白いこと言ったね? ギルヴァスが魔王軍の裏切り者かー 本人はやたら生真面目なのに末端っぽい部下が傍若無人に振る舞う… これは抑圧的過ぎてストレス溜まってたやつかな? 裏切りに…
[気になる点] 火の人意外に律義な感じ?
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