85話
「……か、勧誘?」
「そうよ。ねえ、レッドキャップの皆さん。こんなところに居ないで、地の四天王領へ来ない?こっちにも鉱山はあるし、暮らす場所も提供できる。あなた達が採った鉱石も必要になったら貰いに行くけれど、無茶な量は要求しないわ。ねえ、どうかしら」
あづさがそう言うと、レッドキャップ達は皆、困惑しながら顔を見合わせる。
しばらくざわざわと彼らの相談する声が聞こえていたが、あづさは長の前から動かない。
長はあづさを見ていたが、ふと、自分の腕の中に抱き込んだ孫娘を見て……それから、あづさに向き直った。
「……確認しておきてえことがある」
「どうぞ?」
あづさがにっこりと微笑むと、レッドキャップの長は頭を掻きつつ口籠り、言葉を探してようやく喋り出す。
「まず、その、お前さんらは分かってるんだろうが……俺らが居なくなったら、火のラガル様が黙っちゃいねえぞ?」
「ええ。でしょうね」
「それは、その、どうするつもりだよ」
「まあ、戦うことになるんじゃない?向こうは元々こっちと戦うつもりで色々準備してるみたいだし、望むところでしょ」
あづさがさらりと答えると、レッドキャップの長はまじまじとあづさの顔を見つめた。
「……つまり、その『色々準備してる』奴と戦うことになるんだぞ?」
「分かってるわ。いいじゃない。その方が潰し甲斐があるし、向こうだって準備したうえで負けるなら文句も言えないでしょうし」
堂々としてそんなことを言うあづさに、長はますますじっとあづさの顔を見つめる。
「……お嬢ちゃん、可愛い顔して、言うことが怖えなあ……」
「あら、ありがとう」
あづさがまたにっこりと笑って見せれば、長はやりづらそうに頭を掻く。今まであづさのようなタイプの相手とはあまりやり取りしたことが無かったのだろう。
「それでね。私達もただ、あなた達を引き抜いて、ただラガルと戦おうなんて思ってないわ」
長の様子を見つつ、あづさは他のレッドキャップ達にも呼び掛けて、大きく声を発する。
「あなた達の他に、ドワーフ達も引き抜くつもりよ。それで、あなた達には武器を作ってもらうわ。……ここで作ってる奴よりずっと面白い奴を、ね」
それからあづさは、レッドキャップの長にこれからの概ねの予定を話した。
すると長は、頷いて唸る。
「成程な。つまり、お前さんらの所に行けば、お前さんらが死なない限りは安全が確保されて、かつ仕事は楽になる。やりがいもできる。そう言いたいわけだ。ついでにその見通しも、まあお嬢ちゃんとしては立っている、と」
「そうね。まあ、見通しが甘いのは認めるわ。どうしたって火の四天王団のことは分からないし、計画の立てようが無いの。……そのあたりも含めて、あなた達か、或いはそこに転がってるイフリート達から聞き出せればもっといい計画を立てられそうなんだけどね?」
「つまり俺らから情報も買おうってか?」
「悪い条件じゃないでしょ?あなた達だってどうせ、こっちに寝返るんだったら全力で寝返っちゃった方がいいでしょうし」
あづさがそう言えば、長はまた「怖えなあ……」とぼやきつつ、頭を掻いた。
「まあ、よし。そういうことなら分かった。一族のもん達と話してみよう」
「本当?嬉しいわ」
「勘違いしてもらっちゃ困る。あくまでも、相談するだけだ。連中が反対したなら、俺達はここに残る。お前さんらの所には、行けねえぞ」
長はそう言って硬い表情をしていたが、あづさとしてはその言葉で十分である。
「あら。つまりそれってあなた自身としてはもうこっちに気があるってことでしょ?」
そう問えば、長はまた、やりづらそうな顔をした。
「……孫娘を助けてもらった恩もある。それに、このままここに居ても、俺達に未来はねえ。……俺達がお前さんらを倒すための武器を造るための鉱石を掘らされてるなら、お前さんらが負けるまでこの仕事は続くんだろうからな。それでもって、お前さんらが簡単に負けてくれるようには見えねえ」
「ふふ、そうね。勝つのはこっちよ。こっちについておいた方が絶対に得だわ」
あづさのいっそ傲慢な笑みは、レッドキャップ達には堂々として自信に満ちた、主導者としてのそれに見えた。
……要は、『こいつは負けそうにない』という安心感を、彼らに与えたのである。
更に。
「それに……まあ、こういうこと言うのもなんだけど。私達、風と水の四天王ともそれなりのパイプ、持ってるの。だから……万一私達が火のラガルに負けたとしても、あなた達の安全は保障されるように、うまくやり取りすることもできると思うわ」
あづさがそう言えば、レッドキャップ達はまた、ぽかんとした。
「……いざとなったら俺達だけ逃がすって?」
「ええ。まあ、付き合わせるのも悪いし。これだけ大口叩いたんだもの。万一の時には、そこはなんとかするわよ」
あづさの言葉に、ふむ、と長はまた考え込んだ。
……そして、こう言ったのだ。
「1日くれ。それで相談して決める。……ついでに、荷造りもな」
あづさ達はそのまま、ドワーフ達の住処へ向かうことになった。
ドワーフ達の住処は、レッドキャップ達が住んでいる鉱山の中にある。洞窟の道を長に教えられた通りに進めばやがて、カンカンと鉄を打つ音が聞こえてくる。
あづさが隣を歩くギルヴァスの顔を見上げると、ギルヴァスは穏やかな中に苦みの走る表情で、洞窟の先を見つめていた。
「……懐かしい?」
「え?」
声をかけると、ギルヴァスは我に返ったらしく素っ頓狂な声を上げてあづさの方を向く。
「そういう顔、してたわ」
ギルヴァスは自分が『そういう顔』をしていたことを知ると……苦笑しつつ気まずげに、また洞窟の先を見る。
「彼らに会うのは久しぶりだからなあ。うん……懐かしい、な。確かに」
「ついでに気まずいのね」
「はは。その通りだ」
苦笑をより一層苦らせて、ギルヴァスは笑う。
「……俺が引き留め切れなかった種族だからなあ。ドワーフ達も、地の四天王領から離れたかったわけじゃなかったらしい。ただ、俺の下で安定して生活を送ることが難しかったから、ラガルの所へ行かざるを得なかった、訳で……」
そんなギルヴァスの顔を見上げていたあづさは、いつの間にか止まってしまっていた歩みを、意識して進めた。ギルヴァスの手を引いて。
「そう。なら、向こうも相当に気まずいでしょうね。自分が裏切った相手がまた会いに来るんだもの」
あづさに手を引かれて、ギルヴァスも歩き出す。止まっていた歩みはまたゆっくりと元のペースに戻っていく。
「負い目があるのはあなただけじゃないと思うわよ。ま、あなたとしてはその方がよっぽどやりづらいと思うけど」
「そ、そうだなあ……」
「まあいいわ。あなた達の話が止まっちゃったら私が間に入るから。そのために私、ここに居るのよ?」
やがて、あづさは待ちきれないとばかりに小走りに駆け出す。ギルヴァスもそれに従って、歩幅を広くして、洞窟の奥、鉄を打つ音のする方へと進んでいく。
「そうだなあ。君が居れば、何とでもなる気がする」
「ええ。何とでもしてやるわ」
あづさは笑って、洞窟を進む。やがて洞窟の先には、明りが見えてくるようになった。
「うわあ……すごい」
洞窟を抜けた先にあった空間を見て、あづさは感嘆のため息を吐いた。
……そこは、地下にぽっかりと広がった空洞。そして、そこで働くドワーフ達の姿があった。
炉の中に鉄を入れては打つ。或いは鉱石を熔かして合わせ、合金にする。出来上がった作品を磨き上げる。……そういった作業がそこかしこで行われていて、空洞の中は火の光で赤く明るく、熱っぽい。
あづさとギルヴァスは、その空洞の中へと、足を踏み入れた。すると途端、ドワーフ達の視線が集まる。
大きな体躯のギルヴァスの姿は良く目立つ。ましてや、その姿をよく知った者達からしてみれば、余計に。
ドワーフ達はその作業の手を止めて、皆一斉にギルヴァスを見つめる。その目にあるのは、困惑であり、気まずさであり……そしてギルヴァス同様の、懐かしさのようなものだ。
「あー……ええと、その」
そんな視線を一身に浴びてギルヴァスは、気まずそうに、ぎこちなく、おずおずと、片手を挙げて挨拶した。
「久しぶり、だな……」
それきり、空洞の中に沈黙が停滞する。ギルヴァスは一度上げた手を下ろすタイミングを見失って、中途半端に行き場のない手を彷徨わせつつ、しかし、ドワーフ達を見回すことは忘れなかった。
……ギルヴァスの記憶にあるよりも、ドワーフ達はやつれているように見えた。疲れているのか、老いたのか。100年弱の歳月は、両者を隔てるのに十分な重みを持っている。
「その……長は、居るか?話があって来たんだが……」
「ここに」
ギルヴァスが声を発すれば、いつの間にやら、一際老いて、尚背筋を伸ばして鎚を持つドワーフが一体、目の前にやってきていた。彼はあづさよりも更に小柄な体躯でギルヴァスを見上げ、そして、言った。
「お久しぶりですな、ギルヴァス様」
その声は僅かに強張って、ドワーフの表情同様に緊張を感じさせるものだった。
だが、ギルヴァスにはそれすら、自身の緊張を解す材料になる。気まずく思って、負い目を感じて、緊張しているのは自分だけではないと、分かったから。
「ああ。久しぶりだな、マルバー」
ギルヴァスはそう言って、100年弱ぶりに会うドワーフへ、手を差し出した。
するとドワーフは、おずおずとやはり気まずげに、その手を握り返したのである。




