83話
例えここが火の四天王領であっても、そこにある土や石は全て、地に属するものである。ならば、この山もまた、ギルヴァスに対して友好的であった。
ギルヴァスが声なき声で道程を問えば、大地は自然とその答えを返す。
できるだけ近い道。できるだけ歩きやすい道。できるだけ、敵に見つからない道。それらを的確に選んで、ギルヴァスは先へと進んでいく。
「こっちだ」
来たこともない場所で迷いもなく進んでいくギルヴァスを見て、あづさは少々不思議がっている様子ではあったが、あづさは何も言わずにギルヴァスについてきた。
……そうしてしばらく進んだ時、山の中腹に差し掛かり……そこには、ぽっかりと口を開けた洞窟があったのである。
「ああ、言われてみれば確かにあなたって地の四天王だったわね」
ギルヴァスの道案内の種明かしをされて、あづさは半ば呆れたようにそう言った。
敵地であってもそこが土であり石であり岩であり……即ち大地であったならば、ある程度の地形が分かる。そんな能力を見せられてしまっては、ちょっとズルいんじゃないの、というような気持ちになりもする。
「俺だけじゃないぞ。オデッティアは水に触れればその水が何者なのか、即座に理解できるだろう?」
「ああ……そういえばそうだったわね。他の能力の前に霞んじゃってたけど」
ファラーシアが開いたパーティーで酒に毒が含まれていることに気づいたのはオデッティアだった。それはやはり、彼女が水の四天王だから、ということらしい。
「なら、ファラーシアも?」
「あれは風を読む力が高い。攻撃が当たらないのはそのせいだな。あと単純に運がいい。それも風が幸運を運んでくるかららしい」
「あなたもズルいと思ったけど、ファラーシアも相当ズルいわね」
四天王ってそういうのばっかりなのね、と納得しつつ、ふと、あづさは首を傾げた。
「じゃあ、火のラガルも同じような力があるのかしら?」
あづさの問いに、ギルヴァスはふむ、と唸る。
「そうだなあ、俺も奴とはそれほど親しくないから詳しくは知らないが……」
逆にあなた親しい四天王居たの?という疑問を抱えつつあづさがその先を促すと。
「触れたものの火を点けたり消したりできる、とか」
「何それ随分としょぼいわね……」
「ま、まあ、俺も噂程度にしか聞いたことが無いんだ。あまりそう言うな……」
あづさはギルヴァスの言葉に、そうね、と答えつつ……しかし火の四天王ラガル・イルエルヒュールの評価を、自分の中で1段階下げた。
ギルヴァスは迷うことなく洞窟の中を進んでいく。
ネフワからもらった地図もあったが、それとはまた異なる道で、恐らくはネフワの地図よりも正確に早く、目的地へと向かっていた。
……洞窟の構造は酷く複雑だった。くねくねと曲がりくねった道を歩いていると、方向感覚を失ってしまう。更に、道は左右だけではなく上下にも振れるのだ。そんな道では、まともに地図も描けはしない。ネフワの地図も『右行って にゃー 突き当たって 左 にゃー』といった具合に指示書きがあり、要所要所に案外上手い絵で道の説明が加えられているだけである。
「こんなところ、1人じゃ迷ってたわね。助かったわ、ついてきてくれて」
「ははは。まあ、人工物以外の場所なら道に迷わない、ということは俺の自慢の1つだなあ」
ギルヴァスが朗らかに笑う中、あづさは割と真剣にギルヴァスの能力に感謝していた。道に迷わず安心して進めていることもそうだが……少なくとも相手に地の利を与えない、という能力は、とてつもなく貴重であるのだから。
洞窟は下へ下へと続いていた。そこを下っていくと、少しずつ、温度が高くなってくる。
「……ちょっと暑いわね」
「ああ。火の四天王領の山だからなあ。当然、山は火の力も受けている。となれば、大体は火山だ。この下には火の力が眠っているんだろう」
あっさりと答えたギルヴァスに、あづさはぎょっとさせられた。
「ちょ、ちょっと。これ、噴火したりしないわよね?」
「まあ、ラガルがそうしようと思えばそうなるだろうが……噴火させることはできても、噴火して飛び出した砂礫や灰、溶岩を止められるのはラガルじゃなくて俺だからなあ。自分の領地に被害を出したくないなら、まず間違いなく噴火させないだろう」
「……まあ、今ここ噴火させたら、大事なレッドキャップとドワーフ達も死んじゃうものね」
あづさはそう言いつつも少々恐ろしく思い、自然と足が忍び足になる。今更ここで忍んだところで何かなるわけでもない、と分かってはいるのだが。
「まあ、いいことだ。生きた山からはいいものが取れる。この熱も、ラガルが魔力を注いでいる結果なんだろう。だからレッドキャップやドワーフが住みよい環境になっているんだろうなあ」
ギルヴァスは壁面の一部を確かめると、そこにきらりと輝く宝石を見つけて、満面の笑みを浮かべた。
「嬉しそうね。まあ、あなたが楽しいならそれでいいわ」
「うん。そうだなあ。出来が良いものを見ているのはやっぱり楽しい」
ギルヴァスの言葉に偽りはない。どんな状況であっても美しいものを見れば楽しむことができたし、素晴らしいものを見れば心を動かされるのだ。
「まあ、元々はこの力もうちの領地のものだったんだが」
「……そうね。急ぎましょう。ここにあるような光景も、すぐにうちの山で見られるようにするんだから」
あづさはそう言ってため息を吐いて見せつつ、また洞窟を奥へ奥へと歩きだす。
そんな時だった。
「……だあれ?」
そんな声があづさ達に聞こえたかと思うと、あづさ達の目の前には……赤い帽子を被った小さな少女が居たのである。
少女はごく幼く、体も小さい。ギルヴァスが屈んでみてもまだ、少女より大きいほどだった。少女の幼さも体躯の小ささに関係しているのだろうが、それ以上に、『そういった種族なのだ』と考えた方が正解に近いだろう。
少女は赤い帽子を被り、その手には少々身に余る大きさのつるはしを持っている。そしてその瞳は燃えるような赤色をしていた。間違いなくレッドキャップの一族だ。
「俺はギルヴァス・エルゼンという。レッドキャップの子だな?」
少女は屈んで尚自分より大きなギルヴァスに怯えるように身を縮こまらせていたが、それでも確かにこくりと頷いた。
「そうか。それはよかった。俺達はレッドキャップの長に会いに来た。案内してもらえないだろうか」
ギルヴァスはできるだけレッドキャップの少女を怯えさせないように気を付けながらそう言って、穏やかに笑いかけた。
……だが、少女は身を縮こまらせたまま、喋ろうとしない。悪戯好きで快活、少々行き過ぎて攻撃的になることも珍しくないレッドキャップにしては、珍しい反応だった。
どうしたものか、とギルヴァスが困ると、ギルヴァスの隣にあづさは膝をついて座り込む。
「あなた、怪我してるんじゃない?」
そして、レッドキャップの少女の頬に、そっと触れる。すると少女はびっくりしたような顔をしつつ、自分でも頬に触れ、そこに擦り傷があることに気づいたらしい。
「大丈夫よ。治してあげる」
そんな少女へ、あづさは回復の魔法を使ってやる。すると少女の頬の傷はみるみる癒えていき、後には滑らかな肌が現れる。
「もう、痛くない?」
「……うん」
あづさが少女に問えば、ようやく、少女は声を発した。人見知りする性格なのか、単に怯えているのか、その言葉は短く、声も小さかったが。
「そう。よかったわ……あら」
少女の声にあづさが喜びの表情を浮かべたのも束の間、あづさはまた、気づく。
「あなたの服の裾、焦げてしまっているけれど……」
少女の服の裾は焦げ、一部が燃え落ちてしまっていた。
そのことをあづさが指摘すると、少女は青ざめ、震えだす。
「……何か、あったのか」
ギルヴァスも膝をつき、更に身を屈めて少女に目線を合わせようとしながら、そう問う。
するとレッドキャップの少女は、答えた。
「今、みんなが……みんなが、いじめられてるの。しばらく戻ってきちゃだめって、言われてる……」




