81話
翌日、あづさはひとまず大人しくしておくことにした。イフリートのエーリフにも優雅に朝の挨拶をし、きちんと食事も与えた。
……火の玉が何を食べるのだろうか、とあづさは不思議に思ったのだが、ギルヴァスが小さな宝石の欠片をエーリフに与えると、エーリフはそれを舐めとるようにして燃やし尽くした。どうやらそのようにして対象を燃やすことで、対象の魔力を自分のものにして生命活動を維持しているらしい。
ギルヴァスが「まあこの大きさのイフリートならこの程度の食事で十分だろう」と見当をつけた分量だけ、あづさ達は檻の中に宝石の欠片や金属片、或いは果物などを差し入れた。
天井から吊るされた美しい細工の檻も相まって、まるで飼い鳥に餌を与えているような感覚だったが、あづさはそれを口に出すことなく、エーリフに食事を与え終える。
「じゃあ今日は工事の続きからね。私はちょっと、調べものしてるからごめんなさい、そっちには行けないけれど」
「大丈夫だ。何かあったら呼ぶ」
「ええ。よろしくね」
そしてあづさを置いてギルヴァスとルカ、そしてミラリアが工事現場の方へと去っていくのを見送って、あづさは大きく伸びをした。
「……さて。じゃ、頑張らなきゃね」
あづさは自室へ向かうと、そこで教科書を開き始めた。
あづさが集中して紙の上に線を引いていくと、やがて、あづさがペン先を紙から離して一息吐いたところで、コットンボールたちがフワフワとあづさの周りに寄ってきた。
「ちょ、ちょっと!作業中なんだけれど!」
あづさはそう言ってコットンボール達をたしなめようとしたが、スライムが机の上を這っていって時計を指し示したので、コットンボール達を引きはがす気力が失せてしまった。
「……随分頑張っちゃった。もうお昼になってたのね」
あづさは、教えてくれてありがとうね、とコットンボール達を撫でる。コットンボール達は満足したようにまた宙をフワフワ舞ってベッドの方へと帰っていった。
……あづさは自分の午前中の成果を確認する。それは紙の上に並んだ、あづさの世界の知識。
『混ざりあった金と銀を分ける方法』。『火縄銃の構造』。『火薬の合成方法』。
きっとドワーフを誘惑するに足る情報である。
昼食の支度をしていると、ギルヴァス達が戻ってきた。
「ひとまず、俺の仕事は終わったぞ」
「後は我らが水を流すだけだ」
彼らの報告を聞いてあづさは、やったわね、と微笑んだ。
……どうやらオデッティアは、地の四天王領に水をやらないように、本来ならば地の四天王領へと流れる水源に魔法を掛け、その水が全て水の四天王領の中に戻ってしまうようにしていたらしい。
今回の工事はその水源へ繋がるように水路を確保し、その上でオデッティアに魔法を解いてもらって水を流し、流れた水が正しく進むように水妖隊と海竜隊が矯正して水を取り戻す、というものであった。
そして今日、ギルヴァスの仕事……即ち水路づくりが完了し、あとはオデッティア達水の四天王団の手で水路に水を流すばかり、となったわけである。
「これでようやく、荒れ地に水が戻る。水があれば緑地化もできるようになるしなあ。いよいよ、他の種族の勧誘ができるようになる」
ギルヴァスもわくわくとした様子でそう言って、表情に笑みを湛えている。一方あづさは、そういえばギルヴァスってなにも無い土地に草を生やせるんだったわね、と思い出して、また別の笑みを浮かべていたが。
「こっちもまあ、餌の準備はできたわよ。ギルヴァス。午後は私に付き合ってくれる?」
「ああ。勿論だ。鉱山か?」
「ええ。お土産くらいは持っていきたいもの。こっちの気前の良さを見せつけなきゃ」
ギルヴァスとあづさは顔を見合わせて笑う。
ことが順調に進む、というのは、何とも快いものだった。
午後、ルカとミラリアはオデッティアに連絡を取りつつ、水を戻す魔法についての打ち合わせを行うことになった。
そして一方あづさとギルヴァスは鉱山へ飛び、宝石や金属類の採掘を行うことになった。
「レッドキャップは宝石が好きなようだからな。土産にすればまあ、悪い印象は持たれないだろう」
「そうね。最近はレッドキャップ達の鉱山で採れたのも、自分達のものにしてる余裕はないでしょうし……飛び切りの宝石を持って行ってあげなきゃね。あ、ドワーフも宝石は好きかしら?」
「彼らは珍しい金属の方が好きかもしれないな。職人気質の種族だから、自分達の技術を発揮できる素材を好む。宝石を持っていくにしても、原石のまま持って行った方が喜ばれるなあ。多分」
2人は相談しつつ鉱山の中を進み、やがて最深部に到達するとそこで以前のように、宝石や金属の結晶を取り出しては集めていった。当然のように、硫酸の対策は万全である。
「あ。いいもの見つけちゃった!」
そんな折、あづさははしゃいで声を上げた。ギルヴァスがあづさの手元を覗き込むと、そこには黄色く脆そうな結晶がある。
「それは、硫黄か?」
「あ、あなたの眼から見てもそうなのね。なら間違いないわ」
あづさはうきうきと硫黄を鞄にしまい込む。ギルヴァスはその様子を見て、首を傾げた。
「そんなに喜ぶようなものなのか?」
「ええ。そりゃあね」
黒色火薬の原料だもの、とあづさは言って、にこにこと硫黄の結晶を拾い集めていく。ギルヴァスは首を傾げていたが、あづさがそうするなら、と、硫黄の結晶を一緒になって拾い集めていく。
……それからも宝石や金属の結晶などを思う存分に集めたあづさは、満を持して城へ帰ることにしたのだった。
ギルヴァスが背負う鞄(というより適当な布や皮を繋いで作った袋)はたっぷりと詰まった石でずっしりと重かったが、そんな重さは微塵も感じさせない様子でうきうきと歩き、ギルヴァスはあづさに続いて洞窟を出る。
「この鉱山が真の力を発揮できるようになれば、もっと色々なものが手に入るようになる。それが楽しみだなあ」
「そうね。一体どんなものが採れるようになるのか、私も興味があるわ」
そこにドワーフが居たら、色々なものが作れるのだろう。あづさには異世界の鉱物のことは分からなかったが、ギルヴァスの様子を見る限りでは、何やら面白いものが作れるようになるのだろう、と思われた。
「そのためにも、何とか2種族を引っ張ってこないとなあ」
「そうね。頑張りましょう」
あづさはにっこりと笑うと、明日をイメージする。
……即ち、レッドキャップ達とドワーフ達を地の四天王団へと迎え入れる、その日のことを。
ギルヴァスの背に乗って空を飛ぶ最中、あづさは夕焼けに照らされる地の四天王領を見て、歓声を上げた。
「見て!川が流れてる!」
ギルヴァスはドラゴンの姿であったために言葉は発しなかったが、少々驚いたように声を発した。
「すごい……荒れ地に川が流れるなんてね」
夕陽に煌めく一条の川は、きらきらと長く続いて水の四天王領から地の四天王領の湖の宮殿までを繋いでいる。その様子を見て、あづさはようやく、この土地が生き返ったのだ、ということを実感した。
するとギルヴァスがくるくると大人しく鳴き声を上げる。その目はあづさの方を見て、何かを問うているように見えた。
その表情を見てあづさは、おおよそ、ギルヴァスが何を言いたいのかを察して笑う。
「ええ。いいわよ。着陸して。ルカとミラリアも川沿いのどこかに居るでしょう、きっと」
あづさがそう言うや否や、ギルヴァスは嬉々として地上へと向かって高度を落としていく。そうして川沿いを低空飛行して、そこにルカとミラリアを探すと、案外すぐに2人が見つかった。
「ギルヴァス様!あづさ様!ここです!」
ミラリアが川の水の中から笑顔で手を振るのを見つけて、ギルヴァスは一度そこを行き過ぎてから、ふわりと戻ってきて着陸した。
「ミラリア!ルカ!無事に完成したのね!」
「ああ。一通り川を泳いできたが、異常はなかった。これで行き来が楽になる」
ルカも川の中から顔を出すと、水に濡れた髪を掻き上げつつ笑う。その傍らでは、水妖隊のローレライ達や海竜隊の者達が、やはり川を泳いで楽し気に声を上げていた。彼らもまた、出来上がった川を見て喜んでいるらしかった。
「よかったわ。後でオデッティアにもお礼、言ってこなきゃ」
「ああ。先程連絡を取った時、オデッティア様から『あづさによろしく』と言われている。……それから、その、『あのウスノロにも伝えておけ』と」
「ウスノロかあ。うん、まあ、そうだなあ」
ギルヴァスは苦笑しつつ、しかしオデッティアに対してむしろ親近感のようなものを抱きつつ、そう言葉を漏らす。
「まあ、これでこの荒れ地にも水が戻った。魔法で塞き止められていたものだったから、土に水が戻るのもすぐだろう。そうなったらここを一気に緑地にするか」
「それは『彼ら』の趣味にもよるんじゃない?」
「そう言われてみればそうか。うーん、彼らはもしかしたら山に住みたがるかもしれないが……彼らが来てからでもいいか」
「そうね。ここがすっかり緑地化しちゃってたら、ちょっとの偵察ですぐ、ここに水が戻ったことが丸わかりでしょうし」
あづさとギルヴァスは相談して、顔を見合わせて笑う。ルカとミラリアは『彼ら』という言葉に首を傾げていたが。
「明日が楽しみだわ」
あづさはそう言って、より一層笑みを深めるのだった。




