79話
翌日からまた、地の四天王領の工事が始まった。だが、工事に従事するのはひとまず、ギルヴァスとミラリアのみ、ということになる。要は、工事を進めるのに必要最低限の人員、ということになるだろうか。
今日から当面の間、ルカはあづさの護衛ということで工事からは外れることになる。その分、ミラリア1人に水の魔法を使う負担がかかるが、そこは他のローレライ達や海竜隊の者達と協力して何とかするつもりらしい。
「できれば俺もついていきたいんだが」
「はいはい。あなたは頑張ってこっちの荒れ地を何とかして頂戴。このチャンスを逃さないためにもね」
ギルヴァスは不安そうな顔をしたが、あづさはそれほどでもない。
なぜならあづさはこれを、1つのチャンスだと捉えているので。
あづさは昨夜、ギルヴァスだけにこっそりと、ネフワからもらったレッドキャップへの紹介状を見せた。ギルヴァスはこれに驚きつつも喜んだ。レッドキャップはドワーフたちとのつながりも深いらしく、今後の作戦の上でレッドキャップも重要な位置に居るものと思われた。
……そして、あづさとギルヴァスは、ひとまずレッドキャップ達を引き抜くのはどうか、というように話をまとめたのだ。そして、レッドキャップに親しい種族をも、次々に引き抜いていこう、と。
そしてそのためにも、今回の襲撃はチャンスなのだ。
イフリートというらしい火の魔物は、あづさに襲い掛かってきた。つまり、先に手を出してきたのは火の四天王側なのである。
ならば正義は我らにあり、と、あづさは嬉々としているものだから、ギルヴァスとしては中々に頭の痛い話である。だがあづさの言うところの『チャンス』は、正当防衛を主張できる、という点だけではない。何よりも大切なのは……火の四天王は、あづさ達を攻撃する意思がある、という事実なのだ。
攻撃の意思は、暴走しやすい。あづさへ向かい続けているものが同族へと向かうことだって考えられる。
ならばあづさは自分への敵意を煽れるだけ煽り、暴走へと導き……火の四天王団の内部崩壊へと、到達させられれば、最高。
そう考えてあづさは、にっこりと笑みを深めるのだ。
かくしてあづさはルカと共にケルピーに乗って、風の四天王領の雷光隊研究所へ向かった。尚、ラギトも一緒である。『ネフワをとっちめる』は一晩経っても忘れられていなかったらしい。
「しかし、昨日の今日でまた風の四天王領へ行って大丈夫なのか。また刺客が来るかもしれないが」
「今日はあなたもいるし、平気でしょう。それにもしダメなら、今度は雷光隊のところに逃げ込むようにするわ。下手に地の四天王領を目指さない方が逃げ切りやすいでしょうし」
「つまりあなたはまた、襲われることを想定しているんだな?」
「ええ、そうね。よろしくね、ルカ。それからケルピーも」
あづさはそう言って、ケルピーの首を撫でてやる。するとケルピーは嬉しそうに、きゅい、と鳴くのだった。
「ところでケルピー、大丈夫かしら。昨日あれだけこき使っちゃった上に、今日は2人乗りさせてもらってるけど……」
「問題ないだろう。俺もよく鎧を纏った状態で部下と2人乗り程度のことはする。あなたはそれより遥かに軽い。……そもそも、彼自身が嬉しそうだ。心配いらない」
あづさが心配そうに問うてみても、ルカは笑ってそう答えた。更にルカの返答を裏付けるように、ケルピーはまた、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くのである。
「……私を乗せると何か楽しいのかしら?」
「人の役に立つことが好きな種族だからな。それから、まあ、風の四天王代理ではないが、美しいものが好きな性質らしい」
ルカはそう言って苦笑している。あづさもなんとなく納得してしまいつつ、とりあえずもう一度、ケルピーの首を撫でておいてやるのだった。
「そうか!ならそいつ、俺と気が合うかもしれねェな!」
また、その横を飛んでいたラギトは何やら嬉しそうであった。ケルピーに親近感を抱いたらしい。それに対してケルピーは、きゅい、と変わらず鳴くだけだったが。
『はやい にゃー』
「まさかこれほど早く、素材をご用意いただけるとは……」
雷光隊研究所で素材を引き渡すと、ネフワもシルビアも驚きの表情でそれらを見つめた。
「これでいいかしら?羽を作るのに足りる?」
「え、ええ。勿論です。ケルピーの羽、ですよね。お任せください」
シルビアはそう言って微笑むと、あづさが持ってきていた資源をいそいそと運んでいった。
『ところで そっちの だれ にゃー?』
そして残されたネフワは、ルカを見て首を傾げる。当然の反応である。何せルカのような者が地の四天王団に居る、という情報をネフワは知らなかったのだから。
「ああ、彼?彼はね・・・・・」
「ルカ・リュイール。水の四天王団海竜隊隊長を拝命している」
『たいちょーさん にゃー? なんでまた にゃー?』
「まあ色々あったのよ。ね?」
あづさはそう答えつつ、ルカに目配せした。要は、多くは語るな、と。
「ああ。まあ、色々と……」
ルカは結局何を言ったらいいのか迷い、何も言わないことにしたらしい。ただ黙ってあづさの従者然として控えることに決めたようだった。
『いろいろ にゃー?』
「ええ。そうよ。色々」
ネフワは不思議がるように言葉を表示していたが、あづさもルカも、情報は出さない。
……だが。
「おうおうおう!おい!ネフワ!テメエ、裏切ってンじゃあねェだろーなッ!」
ラギトは、黙っていられない性分であるらしい。
『裏切り?一体何のことかな。全く身に覚えがないが』
ネフワがこの世界の言語でそう表示すれば、それをラギトはしげしげと読む。そしてふんふん、と頷いて内容を把握するとまた、喋り出すのだ。
「隠したって無駄だぜ!テメエら、火の四天王団と繋がってンだろ!」
『それは当然、資材のやりとりはあるが?その報告書は出しているはずだが何か問題でも?』
更に表示された内容を読んで、ラギトはまたその内容を把握し始める。
……どうやらラギトは文を読むのが遅いらしい。会話が会話らしいテンポで続かない様子を見て、あづさは苦笑するばかりである。
「そうじゃねえよ!あづさのことだ!」
『あづさ嬢の?』
「ああ!あづさの情報を火の四天王団に売ったんじゃあねえのか!?あづさは昨日ここから帰る時、火の奴に襲われてンだぞ!?」
あづさは内心で、あーあ、バラしやがったわね、とも思ったが、今回はこれで正解だったのだろう。ネフワは絶句した様子でしばらく固まった後、すすす、と妙に素早い動きであづさに寄ってきた。そしてルカが身構えるよりも先に、ふわり、とあづさにぶつかる。
『あづさちゃん だいじょぶ だった にゃー? けが ない にゃー? げんき にゃー?』
「大丈夫よ。怪我も無いし、とっても元気だわ」
あづさがそう答えるも、ネフワはあづさの周りをくるくると回って、あづさの様子を確かめたらしい。そして一通り見て、目立った傷などが無いことを確認したのだろう。少々高度を下げつつ、またラギトに向けて文字を表示し始めた。
『いや……すまない。取り乱した。だが、よかった。あづさ嬢は無事なんだな?』
「おう!俺様が守ってやったからな!」
『そうか。なら四天王代理にも礼を言わねばならない。あづさ嬢を救って頂いたこと、感謝する』
ネフワは、もふん、と体を2つに折り畳んだ。要は、雲めいたフワフワした物体が宙で圧縮されて縮んだように見えたのだが……どうやらこれがネフワの礼であるらしい。
「ん?なンでお前が感謝するんだよ?」
『あづさ嬢は我々にとって重要な取引相手だ。彼女が無事だったことは、我々にとって大きな意味がある』
ラギトは文章を読んでもしばらく首を傾げていたが、ネフワが続けて『我々も彼女とは友好関係を結んでいる』と表示すれば、ピンときたらしく、翼をはためかせた。
「そうか!ならお前ら裏切り者じゃねえな!疑って悪かったな!」
それでいいの?とあづさは少々疑問に思ったものの、ラギトとしては気が晴れたらしい。あづさも元々、ネフワが何かしたわけではないだろうと思っていたので……何なら、ネフワが何かしたわけではない方が都合がいい、と思っていたので……これに異論は無い。
『分かってもらえればいい。それに、我ら雷光隊の管轄地域内に侵入者を許していたとしたら、それは私の責任だ。責められても仕方がない』
「んー……お、そのことなんだけどよォ」
だがラギトは首を傾げつつ、また尋ねた。
「イフリート?っつうのか?火でできてる奴なんだけどよォ……あーいう奴って、見つけられねェのか?」
『結論から言えば、難しい』
「へー。難しいのか」
『イフリートのような精霊の類には、実体が無い。感知するのもその分難しい。そして今回は恐らく、感知されないように向こうが対策していたんだろう。雷光隊では周辺に生命が近づいた時に分かるよう、感知の魔法を研究所周辺に張り巡らせているが、昨日の来訪者はあづさ嬢とそのケルピー、そして物資調達のビータウルス達だけだった』
「へー。そんなこと一々記録してンのかァ」
『我々が感知の魔法を張り巡らせて侵入者を記録しているというのは有名な話だと思っていたが。何故我々雷光隊が領地の境付近に管轄を持っているか知らなかったわけではないな?』
ラギトはネフワの言葉など気にせずまた数度頷くと、あづさの方を振り向いた。
「なんかよォ、あの火の奴、感知するのが難しいンだってよ!」
「ええ。そうらしいわね」
「それでよォ、向こうもこっちに見つからないように魔法使ってンだってよ!」
「そうでしょうね」
あづさが答えると、ラギトは少々しょんぼりしたような顔をした。
「……せっかく教えてやってんのによォ……」
「あらごめんなさい。私、異世界の言葉、読めるようになったの」
あづさがさらりと答えると、ラギトは「なんだそれ!俺知らなかったぞ!?」と喚いて翼をバタバタさせるのだった。
「とりあえずネフワは火の四天王団に私の情報を売ってない、っていうことね?」
『そう にゃー!』
「嘘吐いてたら承知しないけど?」
『ほんと にゃー! しんじて にゃー!』
「そうは言っても、あなた達前科があるのよねえ……」
あづさがわざとそう言って疑いの目をじっと向けてみると、ネフワは、きゅ、と縮んでしまう。
『水の おでっちあちゃん には言った けど 火のには 言ってない にゃー これからも 言わない にゃー』
「……まあ、いいわ」
あづさは縮んでしまったネフワを撫でつつ、ネフワに『なんで 撫でる にゃー?』と表示されつつ、笑った。
「火の四天王団よりこっちについた方が得だってことは分かるでしょうしね」
自信に溢れていっそ傲慢とも言えるだろう言葉に、ネフワは頷くようにフワフワと体を動かした。
『これからも よろしく あづさちゃん にゃー!』
「ところで私、この世界の言葉も分かるようになったって言ったわよね?それでも異世界語で文章を表示するの?」
ふと気になってあづさがそう尋ねると、ネフワは少々高度を上げて、表示した。
『あづさちゃんと おはなし するの これがいい にゃー』
表示された言葉に、あづさはきょとん、とする。
『ちょっと おきにいり なの にゃー!』
……だが、更にそう表示されてはもう、笑うしかない。
「気に入ってくれたなら嬉しいわ!」
何とも憎めない雲をつついて、あづさはくすくすと笑う。なんとなく、ネフワも笑っているような気配があった。
……しかしその気配も、一瞬。
「あ、そういえばあなたが持ってる板ってもう一枚作れない?それもできれば、その相手の頭の中全部駄々洩れになるような奴がいいんだけど」
『なににつかう にゃー!?』
あづさの言葉を聞いて、ネフワは驚愕と困惑と混乱の気配を表すことになったのだった。




