78話
ラギト以外は皆ギルヴァスの背に乗って、地の四天王城へと戻った。ラギトはその後ろをついて飛び、「俺だって速い!」と自慢げであった。
「さて。ひとまずこの捕虜をどうにかしなければな。ルカに寝ずの番をさせるわけにもいかない」
「俺はそれでもかまわないが」
「すまん。俺が構う。誰かに眠らせずに番を命じておきながら眠れるほど神経が太くない……」
「あ、ああ……」
早速、ギルヴァスとルカは何とも言えない会話を繰り広げつつ……ギルヴァスはふむ、と1つ頷くと、早速いつもの工具箱と材料の詰まった箱とを持ってきて、何かを作り始めた。
「あづさ。俺は捕虜用の檻を作っておくことにする。作りながらで悪いが、君の方の話を聞きたい。差支えの無い部分だけで構わないから、話してほしい」
「ええ。勿論そのつもりよ。……じゃあ、どこから話そうかしら。雷光隊の研究所から、でいい?」
あづさはギルヴァスの手元を眺めつつ、記憶を手繰って話し始める。
「とりあえずネフワとシルビアさんと決めてきたことは、今後、風の四天王団雷光隊に地の四天王団から資源を融通する、ってことね。その見返りとして、雷光隊の研究成果、もらうことになってるけど」
「本当か!?俺、そんなこと聞かされてねェぞ!?」
「シルビアさんが、『ラギト様はこの程度の小さなことで腹を立てるような器の小さい方ではありませんので大丈夫です』みたいなこと言ってたわよ」
「そうか!そうだな!うん!別に怒っちゃァいねえよ!ちょっとびっくりしただけだ!うん!よし!続けろ!」
ラギトが早速口をはさみかけたが、あづさがそう言えば上機嫌そうに翼をぱたぱたとさせた。
あづさは内心で『情報を秘匿することにこだわりが無い人』と『小さいことで腹を立てない器の大きい人』は大体意味一緒よね、と言い訳していたが、ラギトはそんなことなど全く気にしない様子であった。
「それで?他に何が決まったんだ?」
「ええとね。とりあえず雷光隊との資源と研究成果のやりとりの他は、ルカのケルピーの羽をもう1組作ってもらうようにお願いしてきただけよ。あと、これ。必要な材料とほしいもののリストですって。ギルヴァス、いいかしら?」
「ああ、構わない。在庫がある分は好きに使ってくれて構わないし、無ければ一緒に採りに行こう」
「やった。ありがと」
あづさはにっこり笑って事後承諾を得つつ……その先の出来事を思い出して、表情を曇らせる。
「それでお茶飲んで帰って来たんだけれどね?雷光隊の研究所を出て少ししたところで、そいつが待ち伏せしてたのよ」
「こいつがかァ?火の玉の状態で?」
「いいえ?その時は人間みたいな形だったわ。それで、進路を塞ぐみたいに宙に居たから、その上空を飛んで避けたの。……それからは、まあ、逃げながら防戦して、途中で逃げ切れなさそうになったからケルピーから降りて逃げたわ。そこでラギトが来てくれてなんとか生き残ってるわね。あとは皆が来てくれて……ってかんじかしら」
あづさの話を聞いて、ギルヴァスは勿論、ルカとミラリアも険しい表情で居る。
あづさがこのように狙われた、ということは、深刻に受け止めなければならない。何せ、雷光隊の研究所から出てきてすぐ、襲われているのだ。雷光隊を疑うことも必要だろう。或いは……非常に強く、監視されているか。そのどちらかなのだ。
「雷光隊の研究所、というのは、火の四天王領に近いのですか?」
ミラリアが早速尋ねると、ラギトは、うん、と頷いた。
「ああ。一番近ェかなァ。うん。風の四天王領のよォ、一番端っこなんだよな。雷光隊の研究所。だから火の四天王領の端っこと隣り合わせだな」
ラギトの返事を聞いて、そうですか、とミラリアは頷く。となれば、火の四天王領からでもあづさの気配を探知することができたかもしれない。少なくともオデッティアならばその程度のことはできるだろう。ならば火のラガルにも同じことができてもおかしくはない。ミラリアはそう納得する。
「だが……あづさ様を殺そうとしたなら、こいつは仕留め損なうつもりはなかった、ということか」
一方ルカはそう言って、檻の中の火の玉を冷たく見下ろした。
「こんな姿では、誰の仕業かすぐに割れるだろう」
そう。相手が『火』である時点で、どこからの刺客かは割れているようなものだ。わざわざそんな相手を寄越してきた意味が分からない。あづさを殺して口封じもできる、と踏んだのか、或いは何か別の意図があったのか。
悩む一団の中で、ふと、ラギトが声を上げた。
「うーん……俺さァ、思ったんだけどよォ」
「何かしら」
「こいつ、ホントにあづさを殺そうとしてたのかァ?」
……その言葉に、あづさはきょとん、とする。
「確かに……そうね。ええ。攻撃はされていたけれど、殺すつもりがあったかは分からないわ」
「え、えええ?しかしあづさ様。私が見た限り、あの攻撃で殺すつもりはなかった、などということはまずありえないと思いますが……?」
「そう、よねえ。でも実際私、生き残っちゃってる訳だし。……んー」
ミラリアの困惑も他所に、あづさは考え……そして、ギルヴァスに目を留めた。
「私は、餌だったのかしら。地の四天王団の戦力を知るための」
「は?戦力、か?」
「ええ」
あづさは頷いて、話を続けた。
「だって私、地の四天王が大事にしている参謀よ?私を攻撃すれば、きっと地の四天王が飛んでくる、って、分かりそうなものじゃない?」
「いや、しかし……」
「それで実際にそれは証明されたわけだわ。私達の実力、ある程度この子、分かっちゃってるわけでしょ?」
少なくとも、ルカとミラリアの存在は割れてしまった。火の四天王を相手にするのであれば、水の者の力はとても大きい。それが割れた、となれば、確かに諜報活動は成功していると言える。
「問題は、今のこの子が火の四天王領に帰らなくても情報を受け渡す力を持ってるのか、ってことね」
「それは無いと思いますよ。これだけ弱っているなら、情報の受け渡しに使う魔法は操れないでしょう」
「そう。ならいいんだけれど」
他にもまだ相手の意図があったかもしれない、とは思いつつ、現段階でこれ以上推測を重ねていても仕方がない。あづさはため息を吐いて、檻の中の火の玉を見やる。
火の玉はあづさ達のやりとりが分かっているのかいないのか、弱弱しく揺らめくばかりであった。
「なら情報を漏らさせないためにも、この子を逃がさないようにしなきゃね」
あづさがため息とともにそう言うと、ギルヴァスはそうだな、と頷き、それから少しばかり、無言で作業を続けていた。
……そうして見る見るうちにギルヴァスの手の中でそれは出来上がり、最後に金属線をパチリ、と切り離して、切ったところを熔かして滑らかに繋げ、それは完成したのである。
「よし、できたぞ」
ギルヴァスは満足げに笑って、出来上がった檻と思しきものを見せた。
「あら、かわいい」
それはスライム2匹が入り切れるだろうか、というほどの大きさの檻だった。上から鎖で吊るす形状のものだったが、何かの芸術品のようにすら見える。
「ルカ。ミラリア。すまないが、この石に触れて、水の魔法を込めてくれないか?」
「分かりました」
「どんな魔法がいい?」
「一番火の玉にとって嫌な奴で頼む。容量はそれなりのものを用意した。遠慮なくやってくれ」
ギルヴァスがわくわくとした様子でそう言うと、ルカとミラリアは少し考え、それからすぐ、にやりと笑って何かの魔法を使った。ミラリアに至っては、1度ならず2度までも、魔法を石に込めた。
……そうして檻の下部に嵌った美しい石が青く煌めくようになると、不思議なことが起きる。
「わ……すごい。檻全体が光ってる」
透き通った素材でできた格子が、宝石の青い輝きを内部に走らせて光り輝くようになったのである。それはまるで、ガラス管の中に水が通っていくように。
「あづさの知識を活用させてもらった。確か君の世界には、こういう道具があっただろう?あの本に書いてあった」
ギルヴァスがにこにことそう言うのを聞いて、あづさは化学の教科書にあった実験器具の紹介のページ……冷却管の類を思い出す。前の学校では一度、実験で使ったことがあったが、ガラス管の中を水が駆け抜けていくのを見るのはそれだけでも少し楽しかった覚えがある。
「じゃあ、この檻も、この格子の中に水の魔法が走ってる、ってこと?」
「そういうことだ」
ギルヴァスはそう言うと、ルカの手から水の檻ごと火の玉を受け取って、それを容赦なく、出来上がったばかりの檻の中に入れてしまった。
最後に檻の扉に鍵をかけてしまうと、その鍵を懐にしまって、ギルヴァスは笑う。
「うん。つまり、まあ、この檻を破ろうとしたり、魔法を使おうとしたりすると、水の魔法が全部漏れる。そして中のこいつは……死ぬだろうなあ」
「えげつねえ!」
「まあ、うちの大切な参謀殿に手を出そうとしたんだ。これくらいしてやらないとなあ」
ラギトはいかにも恐ろしそうに火の玉の檻を見ていたが、ギルヴァスは素知らぬ顔でそう答えると、食卓の上に火の玉の檻を吊るしてしまうのだった。
その夜。ラギトが「もしかしたらネフワ達が火の四天王団に連絡したかもしれねえんだろ!?ならちょっとネフワ達とっちめてくる!」と飛び出していこうとしたが、あづさがそれを引き留め、結局ラギトを含めた5人で夕食の席を囲むことになった。
質素な食事にラギトは文句を言うかと思われたが、一周回って物珍しさが勝ったらしい。「なんだこれ!」と言いながら笑顔で食事を摂っている。
……そして、その食卓の上には、檻がある。
「これ便利ね」
「いい明りになるなあ」
美しい細工の檻は、さながらそういったランプのようであり、程よく食卓に灯りをもたらしていた。
「捕虜をランプにするとは……新手の拷問ですか?」
「見た目に美しいのが何とも余計に恐ろしいな……」
「これいいな!綺麗だ!」
5人各々の感想を聞いているのかいないのか、火の玉は縮こまるようにしながら、その体を揺らめかせているばかりなのであった。




