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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
二章:女帝と参謀系女子
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71話

 電池ボックスに繋がれた充電ケーブルを、スマートフォンに差し込む。するとスマートフォンは見事、充電中の状態になった。

「わ、すごい。本当にできちゃったのね」

 あづさとしては驚くしかない。スマートフォンの充電ケーブル、なんて、文明の発展した結果に生み出されたものだ。いわば、テクノロジーの塊。こんなケーブル一本にもあづさが分からない仕組みが組み込まれていることくらい、あづさは知っている。

 だが、それを一晩で作ってしまったのだ。ギルヴァスは。

「ほんと、どういう頭してるんだか……」

 ……実は、あづさは知らなかったが。ギルヴァスは雷電瓶を作ったりオデッティア戦で『電気』というものを見たりする中で、そこから電気を制御する魔法をなんとなく、理解してしまっていた。スマートフォンのケーブルにもその魔法が使われているため、このケーブルは実は単純な科学の産物ではなかったのだが、そんなことはあづさの知るところではない。どちらにせよ、スマートフォンは無事、充電されつつあるのだから。




 あづさはスマートフォンの充電を待ちつつ、食堂に入って、朝食を作り始めることにする。

 まずは、いつもの麦粥。すっかり定番になってしまった食べ物だが、そんなに悪くない。少なくともこれはギルヴァスにとっては馴染みのある食べ物らしい。あづさにとっての食パンや白飯のようなものなのだろう。なら、あづさがそれに文句を言うことはない。ギルヴァスにとって当たり前の食べ物なら、自分もそれに従うつもりだった。

 それから次に、麦粥の鍋の隣でスープを煮る。塩漬けになっている肉を細切れにして煮込んで、塩抜きと調味を兼ねる。そこに皮を剥いて角切りにした根菜を入れていく。このままじっくり煮込んでいけば、勝手に美味しいスープになる。肉と野菜の旨味が溶け出したスープは、コンソメも何も無くとも十分に美味しい。

 スープが煮えるまでの間に果物の皮を剥き、ついでに木の実の殻を剥いておく。これらの実は、地の四天王領の緑地地帯で採れたものだ。ヘルルート達が集めておいてくれたものらしい。丸々とした人参や大根がせっせと木の実を集める姿はさぞいじらしく可愛らしいことだろう。一度見てみたいわ、と、あづさは思う。

 そしてスープと麦粥が程よく煮えたころを見計らって、最後にオムレツを焼く。卵は風の四天王領から定期的に入ってくるようになった食材だ。そのうち養鶏場を地の四天王領にも設けたいのだが、まだそれは難しいかもしれない。当面は風の四天王領の生産力に頼ることになるだろう。

 オムレツの中にはチーズを巻き込んだ。温まってトロリととろけたチーズとまろやかな卵が合わさると最高に美味しい。こればかりはチーズがとろけている間……つまり、温かい内に食べなければならないので、ギルヴァスの分はまた後で作ることにする。


 そうしてあづさは朝食を1人食べつつ、傍らでスライムが跳ねるのをつついてやったり、少し離れた位置でギルヴァスが寝ているのを眺めたりしながら、充電中のスマートフォンのことを思う。

 ……電源を入れたら、何を見たらいいだろうか。

 連絡が取れるかも、などとは言ったが、正直なところ、期待していない。この世界に電波が飛んでいるとは思えない。どうせ圏外だろう。

 だが、それでもあづさがスマートフォンに期待をかけているのは……そこに何か、手掛かりが残されているかもしれないから。

 メッセージの1件、通話履歴の1つ、保存した画像の1枚。そういったものが、もしかしたら、あづさの12時間分の記憶を埋める手掛かりになるかもしれない。

「……ま、待つけどね」

 だが、逸る気持ちを抑えて、あづさはただ、食事を進めることにした。スマートフォンの電源を入れるのは、ギルヴァスを起こしてからだ。




 ギルヴァスが起きだしてきたのは、昼近くになってからだった。

「……大分寝てしまったか?」

「ええ、そうね。今、お昼前だわ。夕方にはルカとミラリアが来るみたいだから、それまでに支度、整えてね」

「ああ……そういえばそうだったな。すっかり忘れていた」

「2人とも泣くわよ」

「すまん。君のすまーとほんとやらが気になって。無事に充電はできたか?けーぶるに不具合は?」

 ギルヴァスは早速、と言わんばかりにあづさのスマートフォンへと手を伸ばす。だがあづさはそれを許さなかった。

「私だってあなたが起きるの待ってたの。あなたもちょっとっくらい待ちなさいよね」

 そう言いつつ、あづさはギルヴァスの前に食事の皿を出す。時間が時間なので、あづさも昼食として一緒に食べることにした。メニューは朝の一揃いと概ね同様だが、炙った燻製肉を付けたり、スープに多少の香辛料を加えたりしている。

「先にご飯、食べちゃって。私はお昼ごはん、あなたはあひるごはんだけど」

「あひる……」

 ギルヴァスは『異世界では元々、朝と昼の間に家鴨を食べる風習でもあったんだろうか』などと思いつつ、「朝とお昼の間、って意味ね」とあづさが言えばすぐに『あひるごはん』のイメージを正しく改めることができた。

「で、スマホだけど」

「すまほ?……ああ、すまーとほんか。……あひるごはんといい、異世界では言葉を省略するのが習わしなのか?」

「ま、まあ、そういう風習ある、っちゃあるわね……今は若者言葉にその傾向が多いけど……って、そうじゃなくて」

 あづさは逸れかけた話題を元に戻しつつ、充電が終わったスマートフォンを示した。

「充電、無事にできたわ」


 ギルヴァスはぽかん、としてから、おお、と、何とも気の抜けた返事をする。それから少ししてやっと、安堵のため息を吐き出したところを見ると、相当にほっとしたらしい。

「で、中身。ご飯食べたら見ようと思って」

 あづさがそう言えば、ギルヴァスはぱっと表情を輝かせた。

「そうか。なら俺も見ていいだろうか?気になるんだ。こんな小さな板に何か情報が詰まっているのだろう?どういう仕組みなんだ?それに、君の失われた記憶を取り戻す手掛かりになるかもしれないんだろう?」

 が、そんなギルヴァスを前に、あづさは断りを入れておくことにした。

「……あのね。一応言っておくけど、私の世界じゃ、スマートフォンってすごくプライベートなものだから……上司が部下のスマートフォンの中身を確認するとか、恋人同士で覗き見るとか、そういうのトラブルの元なのよ?」

「そ、そうか。そういうものだとは知らずに……」

 ギルヴァスが慌ててそう言いつつスマートフォンから視線を外すのを見て、あづさは笑った。

「でも、いいわ。私、あなたに見せる分にはそんなに嫌じゃないから。一緒に確認したいなら、そうしましょ」

 本心だった。ギルヴァスの立場のせいなのか、はたまた本人のおっとりとしてどこか浮世離れした雰囲気のせいなのか。理由はさておき、あづさは、ギルヴァスになら、横からスマートフォンの画面を覗き見られても構わない、と思えた。

「い、いや。流石に遠慮しておこう。君が確認するものすべてを確認するべきじゃない。君のその、個人的な領域を侵したくはないんだ」

 だがギルヴァスはそう言って……おっかなびっくり、スマートフォンに目を向けた。

「……だが、もし、君が俺に見せてもいい、と思えるものがあったら……その部分だけ、見せてくれないか?」

「ええ。勿論!」

 あづさはそう答えながら……真っ先に何を見せようか、と、考えた。

 音楽を聞かせてもいい。何曲か、あづさの好きなインストルメンタルが入っている。他にポップスやロックも多少は。

 撮影した動画も多少は入っているはずだが、それはギルヴァスには面白くないだろう。

 ……なら写真がいいだろうか。下手なものを見せるよりよほど、自分が見てきた世界を伝えられるだろう。

 異世界の花。夏まであづさが通っていた学校。自分で焼いたケーキ。道端で見つけた日向ぼっこ中の猫。電柱と電線のシルエットに彩られた夕焼け空。それから……。


 考えながらあづさは、スマートフォンの電源ボタンを、押した。




 いっそ不気味なほどに何事もなく、スマートフォンは起動した。夏頃に変えて以来お馴染みのホーム画面の壁紙画像はあづさの記憶にある通り、白い花の写真のまま。

 ギルヴァスがこちらの様子を気にしつつも画面を見ようとはしないことをなんともいじらしく思いつつ、あづさはまず、電波状況を見る。

 ……当然と言うべきか、圏外だった。インターネットにもつながらない。試しに学校へ電話をかけてみようとするが、電波が届かない、という旨のアナウンスが流れて終了した。

 まあ当然よね、と気を取り直したあづさは、次に写真のデータを見る。

 ……最後に撮影されたことになっている2枚は、あづさの見覚えのない写真だ。

「撮影時刻は、18時、45分……」

 あづさの記憶の無い時間帯だ。ということは確かに、あづさは記憶を失っていて、しかしこの時刻、確かにあづさは自分の意思で行動していたのだろう。

 撮影された写真は、髪留めを手に持って撮影したらしいものだ。手の様子と腕時計から、それがあづさ自身の手だと分かる。だが、その髪留めは、あづさには見覚えが無いものだ。女子高生が身に着けていておかしくなさそうな、かつ目を引く華やかさのある、それでいてあづさ好みの品のいいデザインのものだったが……。

 ……だが、その髪留めよりも気になることがあった。

 それは、写真の背景である。

 2枚目の写真は綺麗に髪留めにピントが合っているため背景はほとんど分からないが、1枚目の写真はむしろ背景によくピントが合っていて、そこがどこなのかよく分かる。

 写真の背景になっているのは学校の下駄箱。あづさのクラスの下駄箱だ。そこに何足か靴があったり、上履きや体育用の靴、時には体育館履き用の袋までもがが無造作に入っていたり。よくある学校の下駄箱、といった様子だ。

 そして当然のように、あづさのローファーもあづさの下駄箱の中にあった。

「……変ね。私、授業は受けてないのに学校に居たのかしら……?」

 18時45分、となると、完全下校時刻は過ぎている。特に部活動に所属しているわけでもないあづさがこの時刻に学校に居る理由が分からない。しかも、こんな写真を撮影している。どういうことだろうか。

 写真はその1枚きりだった。他の写真はあづさの記憶にあるままである。

「うーん……」

 あづさは唸りつつ、メッセージの確認をすべく、またスマートフォンを操作する。

 ……すると。

「え、ええ……?」

 ここであづさはまたしても、戸惑うことになる。

 あづさの方から、前の学校の同級生だった人達宛てにメッセージが送信されていた。

 内容はなんていうことのない、近況報告。そして、今週の日曜にでも会えないか、という提案だった。




「……う、うーん……」

「大丈夫か?」

 あづさがあまりにも唸っていたからか、ギルヴァスは心配そうにあづさに声をかけてきた。これによって、あづさは我に返る。

「ええ、大丈夫。ただ……うーん……」

 そう言いつつ、あづさはひとまず、ギルヴァスに対して自分が得た情報を伝えた。

 自分はどうやら、夕方遅くに学校に居たらしいこと。見覚えのない髪留めを手に持って撮影していたらしいこと。そして前の学校の同級生に送ったメッセージ。

「俺には意味が分からんなあ……」

「でしょうね。期待しちゃいないわよ」

 あづさはため息を吐く。スマートフォンをもう少し操作してみるが、それ以上特に情報は無かった。これで打ち止めである。


 もやもやしたものを抱えて、あづさはため息を吐く。

 このもやもやは謎が解けない苛立ちであり、そして何より、不安だ。

 不安。自分が何かを確実に失っているという証明だけがあり、しかし何を失ったのかは分からない。こんな状況ではあづさでも、気を強く持ち続けるのが難しかった。

「……駄目だわ。ちょっと頭、こんがらがってきちゃった」

「あづさ」

 あづさが顔を上げると、ギルヴァスの表情には心配が色濃く表れていた。そしてそれを見たあづさは、なんとなく、少しばかり落ち着きを取り戻す。

「大丈夫よ。言った通り。ただ……ま、考えたり整理したりする時間が欲しいのと……もうちょっと落ち着く時間が欲しいわね」

 一旦、自分の失われた12時間の記憶については何も考えないことにした。考えていても埒が明かない。何か閃いた時にまた考えればいい。それまでは……不安から切り離されていたい。もう少しだけ。立ち直る気力が戻ってくるまで。


「うん、そうだわ。ちょっと……落ち着きたい。気分、切り替えたい。思いっきり、笑いたいわ」

 そう言って、あづさはギルヴァスを見上げた。

「ってことで、ちょっと付き合って頂戴、ギルヴァス」

「ん?俺か?」

 ギルヴァスが不思議そうな顔をするのを見て、あづさはにっこり笑った。

「ルカとミラリアが来るまでの間、私の世界の話をさせて!写真も見せてあげる!」




「これ、かわいいでしょ。猫っていうの」

「猫かあ。それならこの世界にも似たようなのが居るぞ。カーバンクルというんだが……」

「あら、ほんと?私まだこの世界では『にゃー』って言う雲しか見てないのよ。異世界の猫、見てみたいわね」

「……にゃーって言う雲……?」

 それからしばらく、あづさはギルヴァスに自分の世界の写真を見せながら談笑した。

 話しているうちに、落ち着いていくのが分かった。不思議なことに……あづさはギルヴァスと話していると、自分を取り戻せるような気がする。

 どっしりしてて落ち着くからかしら、などと思いつつ、あづさはギルヴァスをちら、と見上げる。

 自分の世界の写真を見ながら、いつの間にか大層はしゃいで楽し気にしているギルヴァスを見て、あづさは……自分が拾われたのがこの人でよかったわ、と、思うのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あひるごはん、一瞬誤字かと思うような字面で草でした こんな風に元の世界での空白の時間、なんて謎が出てくるとは思わなかったので、そこはかとない不気味さとミステリ的わくわく感
[良い点] 謎が謎を呼ぶ召喚前のことは置いておいて『にゃー』っていう雲、でふふっとなりました。
[一言] すげぇなギルヴァス!?  USB端子と充電に使える電源を現物もなしに再現とか、いやほんとすげえな。
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