68話
翌日、あづさとギルヴァスは地の四天王城へ帰還した。
「久しぶりな気がするわ……」
「1日半しか滞在していなかったわけだが、まあ……濃い時間だったなあ」
飾り気もない石の壁の地の四天王城を見ると落ち着く。あづさにとってこの城は、この世界での本拠地なのだ。
「明日にはルカとミラリアもこっちに来るし、そしたら遂に、荒れ地も緑地化できるわね!」
「そうだな。忙しくなりそうだ。……水の四天王団の団員を少々受け入れることになりそうだからな、そのあたりも考えて、居住区を作った方がいいか……それともこの城に住んでもらった方がいいだろうか?」
「分かんないわね。彼らにとって快適な環境って、間違いなく私達のそれとは違うでしょうし」
そんなことを話しつつ、2人は城に入る。堀を超え、城門をくぐり、そしてヘルルート達が遊びまわる庭を抜け。
……そうして城の中に入ったところで。
「あーっ!やっと見つけた!」
ちゃっかり城の中に入り込んでいたらしいラギトが、あづさ達を見て声を上げたのだった。
「勝手に城の中入るんじゃないわよ!」
「うるせえ!しょうがねェだろ!誰も居ねェんだからよ!」
「玄関にヘルルート達が居ただろう」
「あんな奴らに話したって分かんねェだろ!何言ってんだ!」
……そんな具合にラギトはギャアギャアと騒いでいた。どうやら、2人の留守中に昨日も訪ねてきていたらしい。
「ったくよォ!せーっかくこの俺が!ネフワ達からの伝言持ってきてやったってのによ!お前ら居ねェし!」
「え?ネフワ?」
ラギトの言葉にあづさが反応すると、ラギトは不機嫌そうな顔で腰に括り付けていた包みを解き、あづさに手渡した。
「おら。手紙となんかだ」
「なんかって何よ」
「わかんねえ!聞いたけど全然分かんなかったから『なんか』だ!」
開き直って胸を張るラギトに呆れつつ、あづさは手紙と包みを受け取った。
手紙は以前と同じ、白くてふわふわとした封筒に入った、白くてふわふわとした便箋に認めてある。あづさはそれを開いて……その文章を、読んだ。
『あづさちゃん でんち できました にゃー あげる にゃー』
「……電池?できた、って……」
あづさははっとして、包みの方を開けてみる。白くてふわふわとした布に包まれたそれを開いてみると、中から、白くてすべすべとした小さな円筒状のものがが出てきた。形といい、大きさといい、それはあづさが知る『電池』に非常に近い。
「まさか、本当にできたなんて……」
あづさは電池を見て、驚いていた。ネフワ達には確かに、電池の仕組みや構造を説明した。教科書にあった図を写して持っていき、それを渡してやりもした。だが、まさか、これほど早く、形になるものを作り上げてしまうとは。
「これが電池か。成程……魔力はまるで感じないが、しかし、これがあづさの世界での魔法代わりの力になるんだな?」
あづさの手元を覗き込んだギルヴァスは、物珍し気に電池を見つめる。異世界の動力源にはギルヴァスも興味があるらしい。
「へえ!そっか!これが電池って奴か!すげえ!ネフワのところでも見てたけどよォ、これが電池って奴だって分かったら、もっとすげえな!」
「今あなたがここで初めて電池を見たみたいな顔してるのが不安だわ」
目を輝かせて手元の電池を覗き込んでくるラギトを押し返しつつ、あづさは風の四天王領が心配になってきた。ラギトはちゃんとやっているのだろうか。
「なあ!これ使って何か動かせねえか!?あづさは電池で動くもの、持ってねェのかよ!?」
あづさの心配など知らないで、ラギトはばたばたと翼をはためかせた。好奇心によって先ほどまでの不機嫌はすっかり消えてしまっているらしい。鳥頭ね、とあづさは納得する。
「持ってない訳じゃないわ。でも……」
「じゃあそれ動かしてみてくれよ!見てェ!あづさの世界の魔法、見てェ!なあ、いいだろ?な?」
ラギトはそう、あづさに詰め寄る。あづさとしてもそうしてやりたいのは山々だが、そもそも、あづさが持ってきている電化製品は皆、壊れてしまっているのか、動かないのだ。
……だが。
「うーん……多分、動かせないわよ」
「それでもいい!見てェ!動かなくてもいいからあづさの世界の道具、見てェ!」
「なら、いいわ。見せてあげる。……ギルヴァス、いいかしら」
「あ、ああ。君がいいなら、ぜひ見せてやってほしい」
歓喜の声を上げるラギトを、はいはい、と適当にあしらいつつ、あづさは自分の部屋へと向かった。
……スマートフォンも時計も、こういった形の電池では動かない。だが、あづさの電子辞書は、単4電池2本で動くタイプのものなのだ。
あづさは、電子辞書の電池蓋を外して、そこに入っていた電池を取り出す。
「へー、これが電池かァ!」
「あなたつい数分前にも同じ事言ってたわよ」
「だってよォ、やっぱりあづさの世界の電池はなんかこう、違うだろ!ホンモノっていうかよォ」
絶えることのないらしい好奇心を存分に発揮しつつ、ラギトは目を輝かせて電子辞書を見つめる。
あづさはネフワの電池を電子辞書の中に収めて、電池蓋を閉め……そして、電源ボタンを押した。
どうせ動かないだろう、ということの、確認のつもりで。
だが。
「おおーッ!?すげえ!光った!光ったぞ!?」
ラギトの歓声も気にならない程、あづさは驚いた。
電子辞書は起動して、いつもあづさが使っていた通り、英和辞典のメニューを表示していたのだ。
「すげえ!なんだこれ!すげえ!なあ、触ってもいいか!?」
「ちょ、ちょっと待ってね」
ラギトが翼の先を伸ばしかけたので、あづさは慌てて電子辞書を取り上げる。ラギトからはぶーぶーと文句を言う声が聞こえたが、あづさはそれどころではない。
「……あづさ。もしかして、君のその道具を使えば、君は元の世界に帰れる、のか?」
ギルヴァスがそう、真剣な表情で尋ねてくるのに、あづさは困惑と混乱を交えて、首を横に振って答える。
「いいえ。これ、辞書だから……私達の世界の言葉を調べるためのものなの。だから、元の世界に戻るきっかけなんて、何も……」
だが、そう答えながらもあづさは、起動した電子辞書の画面を見つつ……言った。
「でも、もし、スマートフォンの方を動かせたら……帰れはしないでしょうけれど、もしかしたら、連絡が、とれる、かもしれないわ」
ひとまず、ラギトは帰した。流石にラギトも、あづさの表情を見てただ事ではないことを察したのだろう。去り際に「俺に手伝えることがあったら何でも言えよ」と言ってあづさの頭を翼で撫でて、ラギトは風の四天王領に帰っていった。
「ラギトには悪いことしちゃったわね」
「まあ、だが、そうも言っていられないだろう?君の……その、元の世界の道具が使えた、ということは、重大なことだ」
「そうね。悪いけど、ラギトにはまた今度、電子辞書、触らせてあげることにするわ。今はこっちに集中しましょう」
あづさとギルヴァスは電子辞書を机に置くと、その前に2人並んで座った。
「思えば、確かに使えてもおかしくなかったのよね。風の四天王団雷光隊には、過去の勇者が持ち込んだっていうLEDの懐中電灯があって、それは普通に使えてたわけだし……電子機器が全部使えない、っていうのは誤解だったわ。もっと早く試すべきだったかしら」
あづさは電子辞書を操作してみる。だが、何の問題もなく動いた。多少、液晶画面が薄くなったりすることはあったが、それは電池の質のせいだろう。
この調子ならば、電池さえ手に入ればスマートフォンも使えるだろう。充電ケーブルを作ったりする必要はあるわけだが……駄目で元々なのだ、試す価値はあるだろう。
「ネフワに連絡して、充電ケーブル、作ってもらおうかしら。……或いは、もしかしてあなたが作れる?」
「構造さえ分かればなんとかなるかもしれないな」
ギルヴァスはスマートフォンの充電口を見ながら、これならいけるか、と呟く。あづさはその言葉に、期待を大きくした。
「そうだな。急いでじゅうでんけーぶるとやらを作ってみよう。もし、連絡が君の道具で取れるなら……連絡を入れた方がいいだろう。君の帰りを待つ人も、居るのだろう?」
だが。
ギルヴァスがそう言うのを聞いて、あづさは表情を硬くし、俯いた。
「……あづさ?」
ギルヴァスがあづさを覗き込むと、あづさは顔を上げ、それから視線を彷徨わせた。
「連絡を入れる先、は……入れるにしてもとりあえず、学校、かしら。兄弟は居ないし、両親は多分、私が居なくなったことに、気づいてないし。友達は……まあ、居ないし」
あづさの言葉に、ギルヴァスは首を傾げる。異世界のことはよく分からなかったが、あづさの反応を見る限り、あづさの事情は少々特殊なのだろう。
「……よく考えたら、どうしても連絡を入れなきゃいけない相手って、特に居ないわね」
開き直ったようにそう言うあづさを見て、ギルヴァスは何か、言わなければいけないような気がした。だが、それをうまく言葉にできない。
「うん。まあ、そういう連絡は帰ってからでもいいわ。1年だったら死亡扱いにはされないでしょうし。……流石に捜索届けは出されるでしょうけど。でもそれくらい、今更どうってことないわね。あ、でもスマートフォンは使えた方がいいわ。ネットに繋がったらいくらでも調べ物ができるし、そうじゃなくても保存してた画像とかは見られるもの」
あづさは言葉を発することで、次第に落ち着きを取り戻していったらしい。すっかり元通り、元気になったあづさを見て、ギルヴァスは何と言ったものか、そもそも何も言わない方がいいか、迷う。
あづさはそんなギルヴァスに気づいたのだろう。ふと笑って、言った。
「……私のこと、気になる?」
見透かされたようで気まずく思いながら、しかしギルヴァスは嘘はつかないことにした。
「君が話したくないことは聞きたくない。だが、気にならないと言ったら嘘になるな」
「正直ね。そういうところ、いいと思うわ」
あづさはまた笑うと、少し考えて……それから、話し始めた。
「あなたの話も、背中の傷も、教えてもらったもの。私も、話すわ。大した話じゃないけどね」




