67話
その日の夜、ようやく起きだしてきたオデッティアとギルヴァスとあづさ、そしてルカとミラリア……更にスライムまでもが共に食卓を囲んでいた。
スライムの場合、椅子に座ることはできないので、卓の上に料理の皿と共に乗り、それぞれの前に清らかな水の入った銀の皿が置かれた、という程度だったが。
「体調はどうだ」
「良くはない」
オデッティアが招集をかけた夕食会だったが、オデッティアはいかにも不機嫌な様子である。それもそのはず、オデッティアの体調は未だに戻らない。
「全く、貴様のせいなのだぞ?分かっておろうな、ギルヴァス」
「ああ、まあ、すまん」
「分かっているのかいないのか、全く……とんだ木偶の坊と手を結んでしまったものよ」
オデッティアは不機嫌そうではあったものの、しかし、実際にはそれほど不機嫌ではないらしい。あくまでも体調がオデッティアの動作を緩慢にさせ、受け答えを少々ぶっきらぼうにしている、というだけで。
「……あ、あの、オデッティア様」
そんなオデッティアの様子を窺っていたミラリアは、おずおずと口を開く。
「何故、私達もこの席に呼ばれたのでしょうか……?」
ミラリアの表情は硬い。何せ、ルカもミラリアも、オデッティアを裏切ったのである。こうしてオデッティアに呼ばれて夕食を共にするなど、おかしなことだった。何か毒でも盛られているのか、とも疑ったミラリアだったが、それとなく魔法で調べてみても、毒らしいものは何も見つからなかった。だがそうなるといよいよ本当に、ミラリアとルカはただ夕食の席に呼ばれただけ、ということになるが……。
「何。今回、お前達はよく働いたからな。その褒美と思え」
オデッティアはつんとした態度でそう言って、魚のスープを優雅に口に運んだ。それに曖昧に相槌を打ちつつミラリアもスープを口にする。スープは繊細な味わいでとても味が良かったが、それを楽しむ余裕はミラリアには無い。
「俺は、あなたにとってよく働いたとは言えないだろう」
ミラリア同様、スープの味などよく分からない、という様子のルカは、生殺しにされるくらいならいっそ、とでもいうかのように口を開く。
「俺はあなたを裏切った」
「はて、そうだったか?お前はよく働いただろう。あづさに服従の首輪を嵌めることにも成功している。あづさをおびき寄せる餌としてもよく働いた。……ミラリア・フォグ。お前もだ。あづさをおびき寄せる餌となり、そもそもお前達水妖隊があづさをここへ連れてきたではないか」
「それは……」
勿論、事実だけ見れば、そうだ。だが、その裏にあった思惑を鑑みれば、ルカもミラリアも到底、オデッティアに協力的だったとは言えない。
あくまでもあづさ側として、2人は動いていた。その自覚もある。
「オデッティア。あんまり2人を虐めないで頂戴。怖がってるじゃない」
そこへ救いの手を差し伸べたのは、あづさだった。こちらは料理を存分に楽しむ胆力があるらしく、スープを口にして表情を綻ばせている。
「ふむ。つい面白くてな」
そんなあづさの横でオデッティアはふと微笑むと、ルカとミラリアへ向き直った。
「……まあ、よい。冗談はさておき、だ」
オデッティアは微笑みつつもその笑みの裏に深い思考と冷酷なまでの合理性とを滲ませつつ……身を固くするルカとミラリアに、言った。
「お前達2人には、地の四天王団へ行ってもらう」
「なっ……」
「わ、私達が地の四天王団にですか?」
ルカもミラリアも、これには困惑した。何せ、オデッティアに命じられずとも地の四天王団に亡命するつもりでいたので。
「ああ。もし望む者が居るなら、隊の者達を連れていっても構わん」
「それはありがたいが……何のために?」
ルカは地の四天王城に残してきた海竜隊の者達を思って安堵しつつ、それでもどうしようもない緊張を抱えたまま、オデッティアに問う。こんなにうまい話があるものか、と存分に警戒して。
「何、そう身構えるな。お前達にはこの不甲斐ない地の四天王を補佐してもらう。地の四天王領は荒れ地だからな。水の四天王団にとっても有益な土地にするために、開拓と整備を行う必要がある。ならば、水を操れる者の助けがどのみち必要だろう」
オデッティアの説明を聞いて、ルカもミラリアも納得しつつ、しかし、どういう裏があるのか、と警戒を止めない。
……そんな2人を見て、オデッティアはため息交じりに言った。
「……要は、あづさの希望だ。だからそう身構えるなと言っておろうに」
「あづさ様が?」
「ええ。オデッティアと相談したの。地の四天王領がこのままじゃ、水の四天王領との行き来にあんまりにも不便だわ、って。だから水路を設けたくって。そのために人員を貸して頂戴、ってお願いしたら快くあなた達を貸してくれることになったわ」
悪戯っぽく笑うあづさを見て、その横でころころと笑い声をあげるオデッティアを見て……ルカとミラリアは互いに顔を見合わせた。
何時の間にやら、オデッティアとあづさは随分と仲良くなったらしい、と。
「ああ、そういえばまだお前達には話していなかったな?」
オデッティアは笑いながら、1枚の紙を2人の前に出した。
それは、ギルヴァスとオデッティアの契約書である。
「この通り。妾はギルヴァス・エルゼンと手を組んだ。要は、和平を結んだのだ」
それからオデッティアは、ルカとミラリアにも契約書の内容を説明した。
地の四天王団と協力関係になったこと。今後は物資や情報、人材のやりとりが相互に行われることになる、ということ。そして、オデッティアの地位は地の四天王団によって保障されることになった、ということも。
ルカもミラリアも、四天王の座には興味がない。よって、オデッティアにとってはなんとも都合のいい、『地の四天王団に貸し出しやすい』人材であるのだ。
2人がオデッティアへの忠誠心を失っていたとしても、地の四天王団の一員として有益に働けば、それは巡り巡ってオデッティアの利益になるのだから。
「ということで、これで晴れて、仲間同士よ。仲良くしましょうね」
あづさはにっこりと笑って、ルカとミラリアにそう言った。
まさかこういう形で地の四天王団に与することになるとは思っていなかった2人は未だ驚きの渦中にあったが……だが、よい結果になったことは間違いない。
「ああ。よろしく頼む」
「こちらこそ。どうぞよろしくお願いします」
ルカとミラリアもそう言って、笑って答えることができた。
……そうして2人はようやく、料理の味も楽しめるようになってきたのだった。
「しかし、こやつらがよく働いていたものだな」
食事も終わり、デザートの氷菓も食べ終えた後、オデッティアは食後酒のグラス片手に、卓の上のスライムをつついた。
「ああ、そういえばスライムは元々、お前のところの団員だったなあ」
「勝手に住み着いていただけだったがな」
オデッティアは鼻を鳴らしつつ、スライムを少々強くつつく。だがスライムはその分、うにょん、と凹むだけである。オデッティアが指を離せば、また元通りの形になった。
「……拘束に対してはほぼ無敵。不意打ちに適す。水の中に隠れてしまえば、見つかりにくい。……成程な。こやつらの力、侮っていたか」
オデッティアは少々拗ねたようにそう言いつつ、スライムをむに、とつまんで伸ばした。
「その子達、これからも地の四天王団に入れておいていいかしら?私、今更その子達を手放す気はないんだけれど」
「ふん、構わん。妾とて、一度追い出したものを再び迎え入れようなどとは思わんわ。第一、そんなものが居なくとも、密偵に適す種族は幾らでもいるからな」
スライムはオデッティアの言葉などまるで気にしていないように、ぽよん、と跳ねて、あづさの手の中にすぽりと納まった。もう1匹も、卓の上を這って進み、ついでにオデッティアの手を乗り越えて進み……やはりあづさの手の中に収まりに行く。
「でも可愛いでしょ」
あづさはスライムを抱き上げてオデッティアに見せる。あづさの腕の中、スライム2匹はぷるぷると揺れた。
「……可愛いか?」
「あら、こういうのは好きじゃないの?」
「どうにも、多少なりとも知性があるというのにものを言わぬ連中は好かんのだ」
じゃあネフワもダメなのかしら、と思いつつ、あづさはスライムを軽くつつき……そして、にっこり笑った。
「あ。つまり、知性があってよく喋る相手が好きなのね?」
「あまり煩いのも好かんがな」
じゃあラギトは駄目ね、と思いつつ、あづさはオデッティアの前に身を乗り出した。
「じゃあそれって、私のことは好き、ってことじゃない?」
すると、オデッティアは目を見開き、ぽかんとし……そしてころころと笑いだした。
「ふふ、成程な。悪くない。悪くないぞ、あづさ。自分の能力を過少に評価しない豪胆さ。実に好ましい」
そうしてひとしきり笑った後、オデッティアはふと、その視線を竜のそれに変える。
「手元に置いておけんのが何とも残念だ。今からでも、お前を攫ってしまおうか」
獲物に狙いを定める捕食者の如き視線に、あづさは内心、ぞくりとさせられる。だがそんな内心はちらりとも見せずに、あづさはただ笑って返すだけに留めた。
「まあ、冗談だがな。……ギルヴァスはともかく、お前には大いに興味がある。今後ともうまくやっていこうではないか」
「ええ。こちらこそよろしくね」
あづさはオデッティアと微笑みあいつつ……彼女が竜であり、捕食者であることは忘れないようにしよう、と、強く思うのだった。
そんなあづさとオデッティアの様子をなんとものんびりと眺めていたギルヴァスは……ふと、言った。
「……あづさとオデッティアが組んだら、とんでもないことになりそうだなあ」
邪気の無い感想は、あづさもオデッティアも、そしてルカとミラリアをも、笑わせる。
「ふふ、今更気づいたのか?」
「まあ、割と仲良くできそうよね、私達」
あづさとオデッティアは笑いあって……それから唐突に、あづさは言った。
「とりあえず火の四天王団もどうにかしちゃいましょうか」
「ふむ、悪くない。火のラガルとはどうにも反りが合わんでな。一度、揶揄ってやりたいと思っていたのだ」
顔を見合わせて笑いながら、とんでもない内容の話を天気の話でもするかのように軽い調子で話す女2人を見て、ギルヴァスは……これは大変なことになったなあ、と、ぼんやり思うのだった。




