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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
二章:女帝と参謀系女子
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66話

 先代の魔王が目指していたものは、魔物の国と人間の国の融和。

 そうなると、様々な話の見え方が変わってくる。


 まず、ギルヴァスは勇者に負けていない。

 ギルヴァスと勇者は戦ったわけではなく、ただ勇者と協力して、『勇者が地の四天王を破った』という筋書きを作り上げたのだろう。そうすることで、勇者と先代魔王との交渉の場を設けることができたのかもしれない。

 ……だが、先代魔王は、勇者に殺されているらしい。ということは、勇者側の裏切りがあったのか、はたまた、何か事故があったのか。

 どちらにせよ、今代魔王がギルヴァスを憎んでいる理由は理解できた。先代魔王の直接の死因が勇者だったとしても、その勇者を先代魔王と引き合わせたのは恐らく、ギルヴァスなのだろうから。

「……失敗したのね?人間の国との融和は」

「ああ。君も知っての通りだ」

 ギルヴァスは重々しく頷いて、目を伏せつつ話す。

「先代の魔王様と勇者との間で、どういったやりとりがあったのかは分からない。俺はその席に居合わせなかった。『敗者』がそこに居たらおかしいからな。俺の役目は、勇者の和平の意思を先代魔王様にお伝えして、勇者と魔王様の間を取り持つことだけだったから」

「でも、先代魔王様と勇者との交渉は決裂した、ってこと?」

「……恐らくは。先代の魔王様は死んだ。そして、その場にいたはずの勇者は消えた。その後の消息は一切分からない」

 ギルヴァスはもやもやとしたものを抱えたように、頭を掻いて、それから深々とため息を吐いた。

「……それから魔物の国と人間の国の仲は悪化した。争いにならなかったことだけが救いだな。どうやら先代の魔王様は、人間の国との間に強い強い結界を張っていらっしゃったらしい。それのおかげで人間の国との行き来は完全に無くなったが、戦って殺し合うことは避けられたんだ」

「成程ね。大体分かったわ」

 あづさもやりきれないものを感じながら、ベッドの上に上体を倒して寝転がる。

「けどその分魔物の国では怒りのやり場がなくなって、内圧が高まって、それが全部あなたに向いた、ってことよね」

「……まあ、そういうことだなあ」

 ギルヴァスは申し訳なさそうにそう言って、苦笑した。

 ……恐らくギルヴァスは、責任を感じたのだ。自分が先代の魔王に勇者を引き合わせなければ、こんなことにはならなかった、と。

 そしてその罪滅ぼしとして、自分が虐げられることを受け入れたのだろう。自分が生贄になることで、せめて魔物の国の平和は保とう、と。

「あなたらしいわ」

「もっとうまくやる能力が、俺にあればよかったんだが」

 ギルヴァスはそう言って、暗い視線を床に落とした。

 ……無能と蔑まれても何も反論しなかったのはきっと、ギルヴァス自身が自分の能力の不足を責め苛んでいたからなのだろう。それが透けて見えて、あづさは息苦しくなる。

 もし、あづさだったら。

 ……唯一無二だと言えるほどに信頼していた相手に裏切られるということがまず、想像できなかった。だがもし、実際にそうなったなら……動けなくなるだろう。

 それでもなんとか動くとしたら、いっそ開き直って偽悪的に振舞うだろうか。この世の悪の化身として世界に立ちはだかってみるのも悪くはないかもしれない。勿論それはただの自暴自棄だが。

 ……だが、ギルヴァスにも同じ事ができたはずなのだ。四天王最弱と蔑まれずともよかったはずだ。消えた勇者へ憎しみのすべてを向けさせるように立ち回ることも、やりようによっては可能だっただろう。

 だが、そうしなかったのは……そうしないことをギルヴァス自身が選んだのか、或いは、ギルヴァスの言う通り、『その能力がなかった』のか。はたまた、そうできない程にギルヴァスは疲れ果て、自暴自棄になっていたのかもしれない。


「すまん。妙な話になってしまったな」

 あづさが暗い顔をしているのに気づいてか、ギルヴァスはそう言って話を打ち切った。自分自身がこれ以上過去を思い出さないようにしているようにも見えた。

「まあ、そういうわけで、こんな由来の傷だからな。この傷の存在を知る者は俺と君だけだ」

 言葉の重みを、あづさは受け止める。

 それはつまり、ギルヴァスの過去も、先代魔王の望んだことも、知る者はギルヴァスとあづさだけなのだ、ということなのだから。

 ギルヴァスが誰にも明かさず隠し続けていたことを、あづさには見せたということなのだから。

「……分かったわ」

 その重さに恥じぬよう、あづさは努めて、気丈に返事をした。言葉にしてしまったら陳腐だろうから、『私はあなたを裏切らない』などとは言わない。それを言えるほどには、あづさは厚かましくはなれない。だからただ、返事をするだけ。

 ギルヴァスもまた、あづさの返事に頷き返し……そして。

「そういうわけで、まあ、今後、今回と似たようなことがあったなら、参考にしてくれ。本物と偽物を見分けるのには役立つだろうから」

 あっけらかん、と、そう言った。




「ええ……そこに話、着陸するの?そこ?そのためにあなた、私に背中、見せたの?」

「ん?ああ、そうだが」

 あづさは気が抜けてしまって、ベッドの中に沈み込んだ。

「ならそんなの要らないわよ。何か質問して、間抜けな答えを返してくる奴が本物だってわかったから!」

「ど、どうしたあづさ」

 ギルヴァスが『何かまずいことを言っただろうか』というような顔をするのを見て、あづさはじっとりとした視線を返す。

「……私てっきり、あなたが私のこと、信頼してくれて、その証拠にこの傷、見せてくれたんだと思ったんだけど」

「ん、んん?」

「だから!他の誰にも見せなかったものを!私になら教えてくれるって!そういうことだと思ったんだけど!」

「……ああ」

 あづさに言われてようやく、ギルヴァスは納得がいったらしい。そして、困ったような顔で、首を傾げた。

「いや、すまん。そういうのは……特に気に留めていなかった」

「でしょうね」

 あづさはより深くベッドの上に沈みつつ、またじっとりとした目をギルヴァスに向けたが。

「俺が君を信頼しているのは今に始まったことでもないんでなあ。すまん、当たり前のことだと思っていた」

 ギルヴァスは照れ笑いのような苦笑を浮かべて、あづさを覗き込んで、そんなことを言う。

「だから今回のも、そういえば言っていなかったな、と」


 これにはあづさも、ため息を返すしかなかった。

「……あなたって、人を信頼しちゃうの、早すぎない?」

「そうか?そうでもないぞ?」

「会って1月でこれって、相当に危ないと思うけど」

 やれやれ、というように肩を竦めつつ、あづさは起き上がって座り直す。

「そりゃあ……相手が君だからなあ。他の誰かだったら、こうはいかないだろう」

 一方、ギルヴァスは只々困ったような顔で、自分の中の無意識を意識して、言葉に直して伝えようとする。

「……いや、俺自身も不思議な気持ちはするさ。何故、こんなにも君には警戒心が働かないのか、とな。だが、まあ、最近はしょうがないと思って考えるのを諦めた。何せ、我が団の参謀殿は優秀だからなあ。人の心に入り込むのも巧いんだろう、と」

 そうして出てきた何とも無責任な言葉に、あづさはまたもため息を吐く。

 要は、『よく分からないが信頼はしている』と。打算づくの利害の一致よりもよほど不安定な信頼を寄せられて、あづさとしては困り果てるしかない。

 ……だが、嬉しくは、あった。

 理由がそこに見えなくとも。ギルヴァスがあづさを信頼しているということは事実なのだから。




 適当に室内を跳ねていたスライム達が、あづさの膝の上に着地する。あづさはそれを抱き寄せて撫でてやりつつ、ふと、晒されっぱなしのギルヴァスの背中に目を向ける。

 何度見ても、傷痕は痛々しかった。

「……この傷をつけた人、どうなったの?」

 なんとなく答えの分かっている問いをあづさが投げ掛ければ、ギルヴァスはあづさに背を向けたまま、静かに答える。

「ああ……その時、その場で俺が殺した」

「……そう」

 ギルヴァスの表情は見えなかったが、声は荒野の大地のように乾いて低く、酷く寂しげだった。

 あづさはそっと、ギルヴァスの傷痕を撫でる。固く、妙につるつるとする皮膚の感触は、どうにも異質なものに感じる。本来あるべきものではないのだと、そう主張しているかのような。

「ねえ。これ、痛かった?」

 今も痛むか、とは聞かなかった。なんとなく。その傷は過去のものだろう、と、言ってやりたかったのかもしれない。

「どうだったかなあ……痛みはあまり、覚えていないんだ。痛みより、悲しさと悔しさが強かった。何なら、もっと痛くてもよかった気もする。……信頼していた相手を失う痛みに比べれば、この傷の痛みなど、大したものじゃあなかったな」

 苦笑を漏らしつつ、ギルヴァスはそう答える。

 傷の痛みを感じる余裕もないほどに取り乱し、体の傷の痛みなど気にならない程に、心の傷の痛みが強かった。そんな言葉は、あづさにも痛みを伝える。

「まあ、背中の傷で良かったと思っている。背中の傷は、自分じゃあ見えない。うっかり顔面にでも傷がついていたら、鏡を見る度に嫌でも目に入るからなあ、色々と、その度に思い出しそうで……」

「……そうね。第一、顔に傷が残ってたら折角の男前が勿体ないわ」

 あづさはギルヴァスの背を軽く叩いて冗談めかしてそう言って……それからふと顔を上げた時、ギルヴァスと真正面から目が合った。

 黄金にも見える琥珀色の瞳に見つめられて、あづさはふと、『そういえば本当に男前なのよね』と、関係の無い事を思ってしまう。

「そうか?お世辞でも褒められると悪い気はしないなあ」

「それが困ったことに、お世辞って訳でもないのよね……」

 はにかむように笑うギルヴァスを見上げて、あづさは何とはなしに、ギルヴァスの頬へ手を伸ばす。ギルヴァスは少々不思議そうな顔をしたものの、特に抵抗するでもなく、あづさに手を伸ばされ……。

 ……その時、部屋のドアに鍵が差し込まれる音が響いた。次いで、「開いているのか?」という声も。




 音がするや否や、ギルヴァスは即座に動いた。

「きゃあっ!?」

 まず、ベッドの上に座っていたあづさを片腕で持ち上げると、その下になっていた掛け布を捲り、自分の背中の傷を隠すように被る。

 それから持ち上げてしまったあづさを抱きかかえ直すようにベッドの上に下ろして、背中と背中に掛けた掛け布越しに、ドアの方を確認した。

 ……ドアを開けたのは、ルカだった。どうやらこの客室をあづさが使っていると知らなかったらしい。

「……な」

「ああ、すまない。この部屋を借りている」

 ギルヴァスが掛け布から手を出してひらひら振りつつそう言うと、ルカは目を見開いてしばらく固まっていた。

 そのままルカは、ただ静かに笑みを浮かべるだけのギルヴァスと見合って……たっぷり数秒後。

「……すまない。邪魔をした」

 ルカは口早にそう言うと、真っ赤になった顔を俯けながら、務めて平静にしようと努力している様子でドアを閉めたのだった。




 あづさは、ギルヴァスの腹の下から這い出てルカの様子を見ていたが、ルカが去っていく時の様子を見て……気づいた。

 今のあづさ達の状態は、掛け布の下にギルヴァス、ギルヴァスの下にあづさ。そしてあづさの下にはベッド。

 ルカから見えたのは掛け布と、掛け布にほとんど隠れつつもひとまず上体を見る限り少なくとも半裸であることが間違いないと分かるギルヴァス。そしてその下から顔だけ覗かせていたあづさ、ということになる。

 ……それを察した瞬間、あづさは悲鳴を上げた。


「待って!ちょっと!ルカ!誤解よ!誤解だから!……ああもう!ギルヴァス!あなたも何か言ってよ!」

「す、すまん。咄嗟に言葉が出なかった……」

「なんで咄嗟に動けて咄嗟に言葉が出せないのよ!あなたらしいけど!でも絶対になんか誤解されてるわよ、あれ!どうすんのよ!」

 慌てるあづさを見て、閉められたドアを見て、ギルヴァスはよく回らない頭でぼんやり考える。

 即ち、『ルカの気質からして他の誰かに言いふらすことは無いだろう』と。また、『ルカの誤解は後でゆっくり解いてもいい』と。更に、『そもそも誤解されたとして何か困ることがあるか?』と。

 ギルヴァスはちら、とあづさを見ると、あづさは顔を真っ赤にしてギルヴァスの胸をぽこぽこと叩いて抗議の声を上げている。

 ……そんなあづさを数秒見つめて、ギルヴァスは結論を出した。

「……まあいいか」

「何がいいのよ!はっ倒すわよ!?」

 あづさには平手打ちを食らったが。


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[一言] いやあ別に誤解じゃないんじゃないですかねえ?
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