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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
二章:女帝と参謀系女子
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58話

 オデッティアは寝台の上、横になりつつも眠らないまま、神経を研ぎ澄ましていた。

 来るなら、恐らくここで来る。オデッティアが最も消耗しているこの瞬間こそ、あづさやギルヴァス・エルゼンが狙うべき時だろう。

 対策は講じてあるが、あづさ達がどのように動くか分からない。となれば、オデッティアは眠るべきではなかった。

「……全く。使えん部下を持つと面倒ばかり起きる」

 オデッティアは寝台の外へ視線をやる。……そこに居るのは、絶望に表情を固まらせたミラリアだった。




 一方、あづさは自分の客室で、寝台に潜り込みながらむにむにとスライムを揉んでいた。

 あっちを伸ばし、こっちを引っ張り、つついて窪ませ、くるん、と捻る。

 スライムは随分な無体を働かれつつも、特に何を言うでもなく、抵抗して動くでもなく、大人しくあづさに為されるがままにされ続けていた。

「……よし」

 あづさは一通りスライムを揉み終えると、『終了。どうぞ』の意を示すべく、スライムの上部をちょこん、とつまんだ。すると少し間を置いてから、スライムが勝手に動き出す。

 引っ張られたように伸び、つつかれたように縮み。むにむに動くスライムを見つめて、あづさは真剣な顔で頷く。

 やがてスライムの上部がちょこん、とつままれたので、またあづさはスライムを揉み始める。

 ……かくして、あづさはギルヴァスと連絡を取り合った。

 自分が泊まっている部屋はどこか。オデッティアの様子はどうか。ルカの所在は未だ掴めないまま。

 伝えるべきことを全て伝えたら、あづさは最後にスライムの上部をつまむ。すると一呼吸おいて、スライムの上部がむに、と伸びた。これで通信終了である。

「……とりあえず、ルカよね」

 あづさは小さく呟くと、毛布をかぶって目を閉じた。

 ……それは勿論、眠るために、である。




 翌朝。あづさはすっかり元気になって寝台から抜け出した。

 着替えを取り出して着替え、身に着けるべきものを身に着けて、あづさは部屋を出た。

 城の中は静かである。元々、水の者達は物静かな気性の者が多いらしい。風の四天王領のような賑やかさは無かった。

 朝の散歩、ということで、あづさは城の中を歩き回る。水晶と白大理石、金銀と水でできた美しい城は、ただ散歩するだけでも十分にあづさの目を楽しませる。

 ……それと同時に、あづさは場内の様子を克明に記憶していった。相手の本拠地で戦うことになるなら、地の利は圧倒的に相手にある。ならせめて、その差を埋めるべく、多少は場内を散策して頭の中に地図をたたき込んでおくべきだろう。


 そうしてあづさが場内を散策しているときだった。

「……誰かしら」

 あづさは訝しんだ。密やかな声と、すすり泣くような声がかすかに聞こえてきたのである。

 気になって、あづさはそちらへと歩いていく。……すると。

「あなた達、水妖隊の……」

 そこでは、ローレライ達が数体、集まってすすり泣いていたのであった。


「どうしたの?何か、あった?」

「あづさ様……」

 ローレライの内の一体が、血の気の失せた顔で絶望の表情を浮かべ、あづさを見つめる。

「何か、あったのね?」

 尋常ではない様子の彼女達を見て、あづさは何かがあったことを察する。それと同時に……彼女達が集まっている理由と、彼女達の中にミラリアが居ないことについて考え始め……結論を出す。

「ミラリアは、どこ?」

 ミラリアの身に、何かあったのだ、と。




「おはよう、オデッティア様」

 あづさは玉座の間に向かい、そこで昨夜同様、オデッティアの前に立つ。

「ああ、あづさか。どうだ、よく休めたか?」

「ええ。おかげ様で。とっても寝心地のいいベッドだったわ。……でも、オデッティア様はお疲れみたいね?何かあったの?」

 オデッティアは気だるげな様子であづさを見つめ、少々疲れた笑みを浮かべた。

「何、大したことではないのだがな」

 それきり、オデッティアは詳細を話そうとするでもなく、むしろあづさが何か言うのを待つかのように口を閉ざした。

「……そう。なら、いいのだけれど」

 あづさはそう言って笑う。まるで何にも気づいていない、とでもいうかのように。

「ふふ。そうか。では朝餉を摂りに行くとするか」

 オデッティアもそう言って笑って、玉座から立ち上がる。そしてあづさを伴って優雅に歩き始めた、その瞬間。

「誰か始末しでもしたのかと、思ったわ」

 あづさを見下ろしたオデッティアの表情が、冷たく凍り付く。

「……始末、か?」

「ええ。そうね」

 自分を射竦めんとする氷の瞳を堂々と見返して、あづさはにやりと笑う。

「ごめんなさいね。私、化かし合いって得意じゃないの。……ミラリアはどこ?」


「化かし合いは苦手、か。……まあ、そうであろうな」

 オデッティアは冷たい目を和らげて、笑いだす。

「やり方がまだまだ、幼いな。それほどまでにアレが気に入ったか?」

「そうね。とっても気に入ったの。彼女、とっても綺麗で可愛いじゃない?すぐにでも会いたいわ」

「ふむ、そうか」

 オデッティアは面白いものを見るかのようにあづさを見下ろし、そしてにっこりと口元を弧の形に歪める。

「ならばその度胸に免じて教えてやろう。……朝餉の前に、済ませようではないか」

 そして進みかけていた方とは逆の方向に進み始めたオデッティアの後について、あづさも歩き始める。背筋に走る冷たさに負けないように。堂々と。




 あづさはひときわ豪奢な扉の前に立っていた。金銀に真珠や珊瑚で飾られた瑠璃色の扉は、オデッティアが触れるとすぐ、音もなく開いた。恐らくは、鍵の魔法が掛けてあったのだろう。

「さあ、入れ」

 オデッティアはくすりと笑うと、部屋の中へとあづさを招き入れる。

 あづさが部屋の中に入ると、そこは美しく飾られた寝室だった。

 天窓には水面のように細かく波打った形に削り出された水晶が嵌め込まれ、深い水の底にまで届いた青い光が差し込んでいる。

 波打ち際に寄せる波のような薄布が壁を飾り、床は大理石と銀の象嵌細工。銀と水晶で作られた華奢な小テーブルも、揃いの椅子も、銀のランプも、全てが薄青の光に染まってここが空気のある場所だということを忘れてしまいそうだった。

 ……水の底めいて幻想的な部屋の奥にあるものは、天蓋に覆われた寝台。そして、その横にあるものは……。

「……これ、って……」

 あづさは絶句した。

 そこにあったのは、ミラリアを内側に閉じ込めた巨大な水晶の結晶だった。




「よくできているだろう?」

 絶句するあづさの頬を撫でて、オデッティアは蠱惑的に微笑む。

「これは昨晩、こうなったのだ。妾に逆らった罪で、な」

 あづさはぞっとしながらも水晶柱に近づいて、そっと触れた。

「……死んだの?」

「さあて、どうであろうなあ。妾はこうなった試しがないでな、見当もつかん」

 オデッティアは只々面白そうにそう言って笑う。そこにはまるで、罪悪感など見当たらない。

「ただ、以前同じようにした奴を半年ほど置いてから結晶ごと割ったことがあったが、その時は面白いほど血がよく噴き出た。今思えば、心の臓が動いていたのかもしれぬなあ」

 残忍かつ冷酷な言葉に、あづさはぞっとさせられる。

 つまり、ミラリアは今、生きたまま閉じ込められて、身動きができない状態、というわけなのか、と。

 ……だがそれは同時に、希望でもある。まだ生きているのならば、助け出すまでなのだから。

「もしかして、ルカも……」

「ふむ、あれか。あれは今、適当に折檻して地下牢に入れてあるが……あれはあれで面白いことになっておるぞ。まあ、見せるのはお前の話を聞いた後でもよかろうな」

 オデッティアはそう言って笑って、コツリ、とミラリアの水晶柱を軽く叩く。その動作にあづさは思わず身を強張らせたが、ここで退く訳にはいかない。

「さて。化かし合いをやめる、というのであれば、化けの皮は脱ぐのであろうな?」

「……そうね。そうせざるを得ないみたいだし、仕方ないわ。もう少し猫被ってようかとも思ったけど、予定変更よ。あなたもこっちの方が好きでしょ?」

 あづさはオデッティアを睨むようにして見上げて、口元に笑みを浮かべた。

「私、あなたと取引しに来たのよ」


「ほう。取引、か。面白い」

 オデッティアが余裕綽々の表情であづさを見下ろすと、あづさはにっこりと笑って言った。

「地の四天王団と和平を結ぶ気はない?地の四天王団の西半分、荒れ地に水を返してくれたら、私の頭脳、貸してあげてもいいわ」




 オデッティアの笑い声が高らかに響く。

 銀の鈴を鳴らしたような涼やかな笑い声は美しく品があったが、その笑いによって空気は一層張りつめた。

「随分と自分を高く見積もったな、あづさ。良い度胸よな?流石、妾が目を付けただけのことはある」

「先に欲しがったのはあなたじゃない」

「まあ、確かにその通りよ。何、嫌いではないぞ。そのように気が強いのも悪くない」

 くすり、とオデッティアは笑い……ふと身を屈めて、あづさの瞳を至近距離から覗き込む。その目には全く、笑いの色が無い。

「だが忘れてもらっては困る。……お前は既に、私の手の中に居るのだ。逃がすとでも、思ったか?」

 それは確かに、捕食者の目だ。

 水の底、悠々と獲物を待ち構えて、そしていざ、獲物が自分の手元へやって来たならば決して逃がしはしない。そんな捕食者かつ強者の目が、あづさを覗き込む。

 だが、あづさは怯まない。

「ええ。勿論。逃げてみせるわよ」

 より一層、オデッティアに顔を近づけて、互いに互いの視界を奪い合うようにして……あづさはポケットに忍ばせていた瓶の栓を抜いて、オデッティアの腹へと押し当てた。




 バシリ、と何かを叩くかのような音が響くと同時、部屋の中が一瞬、強すぎる程に強く輝く。

 その一瞬の間に、小さな雷が瓶から抜け出てオデッティアの体を走ったのである。

 オデッティアは何が起きたかも分からないままに体を硬直させ、やがて体のコントロールを失って床へ倒れ込む。

 辛うじて残っていた意識を必死に手繰り寄せながら、オデッティアはあづさを睨み上げた。

「だから今回は、挨拶しに来たの。あなたが私達と『和平』を結ぶべきだって思ってくれるように」

 あづさは、先程オデッティアがあづさにそうしていたように、オデッティアを見下ろして笑った。

「舐めて掛かってみなさいよ。怪我するのはあんたよ」


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[一言] 幸先の良い 武力外交 にゃー あずさちゃん 頑張ってほしい にゃー
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