56話
「本当にあなたって、物を作るのが好きなのね」
戻ってきてすぐ雷電瓶を作り始めたギルヴァスの手元を眺めながら、あづさは微笑んだ。
ギルヴァスの大きな手の中で、ごく細かな金属細工が出来上がっていく。その様子はまるで(もしかしたら本当に)魔法のようで、あづさはこれを見ているのが案外好きだった。
「ああ。もう隠す必要もないからな。……君は俺がこういう趣味でも、気にしないでくれるんだろう?」
ギルヴァスは楽しそうに手を動かし続ける。
こういった趣味は四天王の地位に就く者として相応しくない、と抑圧されていたらしい彼は、こうしてのびのびと物作りに勤しめることが楽しいのだろう。
「気にしない?到底無理ね。だってこんなに素敵なんだもの。気になっちゃうわ、こんなの!」
「……本当に、君には敵わんなあ……」
あづさの笑顔に照れたような笑いを曖昧に返しつつ、ギルヴァスは早速1つ、雷電瓶を完成させた。
「さて、できたぞ。詰め始めてくれ」
ギルヴァスがあづさに渡した瓶は、最初に作ったものよりも大分小さい。あづさの小指程度の高さしかない瓶は、美しい細工も相まって、香水瓶か何かにしか見えない。
「了解。……本当に小さくできちゃったわね」
「うん。自信作だ」
「流石、私の四天王様だわ。じゃあ、早速雷、詰めちゃうわね」
「俺は次の奴を作っておこう」
「ええ。お願い」
あづさは受け取ったばかりの小瓶を開けて窓辺に近づき、そこで空を瓶詰にした。
続いて水を注いで雨雲を作り、さらにそこに電池を接続して、雷雲にする、のだが……。
「……あ、電池切れちゃったわ」
「何っ」
「これ、圧縮率も上がってるのかしら」
「ああ……上げた、なあ。うん。すまない、却って不便か」
「ううん。その分電池が必要になるけど、まあそれくらいなら問題ないわ。ただ、『威力』の想像がつかないけど……」
あづさは苦笑しつつ、新たな電池を組み立てるべく動き出したギルヴァスを見て、笑う。
「……どういう反応をされるかしらね」
「さあなあ……うーん、やっぱりもう少し圧縮率を下げよう。あまり高威力すぎると却って使いにくそうだ……うーん」
悩みつつも楽しそうなギルヴァスを見つつ、あづさはわくわくと胸を躍らせた。
……この雷電瓶は、細工によって中の天気を『保存』している。
ではもし、この細工が壊れてしまったら……。
「まあ、水の中で使うものじゃないわね、これ」
あづさはそう呟きつつ、まるでそう思っていない、というような顔でくすくす笑うのだった。
そうして貯蔵していた電池も尽きて、雷電瓶をこれ以上生産できない、という状態になった頃。空には月が輝いていた。
「えーと、それじゃあギルヴァス。あなたは風の四天王領に行ってきてね」
「用事は?」
「無いわ。ただオデッティアが怪しんで、勝手に勘ぐってくれればそれでいいの。適当に頑張って」
「む、難しい注文だな……」
この時刻に訪問するのだ、それなりの要件が無いとあまりにも不自然なのだが、こちらの目的は2つ、『ミラリアが情報伝達の魔法を使えるようにギルヴァスが席を外す必要がある』ということと、『風の四天王領とやりとりをすることでオデッティアに余計な勘繰りをさせる』ということである。要は、本当に風の四天王領に用があるわけではない。むしろ、用は無い方がよい。
そんな無理難題を前にギルヴァスは困りつつも、適当にいくつか宝石を包むと、ドラゴンの姿になって飛んで行った。まあラギト相手なら何やったって大丈夫でしょ、とあづさは楽観しているので特に心配はしていない。
それからあづさはまたミラリア達の様子を見に行く。
ミラリア達はギルヴァスが飛び立っていったのを合図に、またオデッティアとやり取りをしているらしかった。
予め打ち合わせた通り、明日の夜が決行の時となる。オデッティアにはうまくその旨を伝えているらしく、ミラリア達の表情は緊張が走りつつも、やり取りはそれなりに穏やかなものになっているようだった。
さて。
……あづさは思う。自分が目指すべき、最善の結果は、どこにあるか。
あづさはルカ・リュイールもミラリア・フォグも助けたいと思っている。何なら、他の者達についても同じだ。関わったことのない相手であっても、できる限り、殺すべきではない。
それはあづさの甘さ故でもあったが、先のことを見据えた結果でもあった。
……多くの者が生き残った方が、潰しが効く。可能性を摘まずに済む。多様性の保持は、リスク軽減に役立つ。あづさはそう考えている。
生かしておいた方が厄介な存在であっても、その力が将来的に役立たないとも限らない。例えば、全員共通の巨悪などが生まれようものなら、今敵対している相手とも手と手を取り合って共に戦う必要が出てくるだろう。そうなった時、味方はより多い方がいい。
ついでに、これから水の四天王領をどうにかして地の四天王領の荒れ地を元の緑地に戻したいと考えてもいるが、その過程で敵を作りすぎると、今後の地の四天王団の基盤が危うくなる。
八方美人はある意味の大正解だ。敵は少ない方がいい。どうしようもない壁が生まれることは、避けるべきだ。地の四天王団に今必要なのは、最低限、敵でも味方でもない大多数。下手な高望みはしない。今後の方針も固まらない内から、将来の味方になるかもしれない相手を切り捨てるのは愚策だ。
……よってあづさの目標は1つ。
『誰も死なせずにオデッティア・ランジャオとの和平を結ぶ』ことである。
そして、夜。
あづさは身支度を整え、荷物を何度も確認して、そっと、部屋を出た。
「……行くのか」
部屋を出てすぐ、ギルヴァスが待っていた。待っていなくてもいい、とあづさは言っていたのだが、それでも彼は待っていたらしい。
「行ってくるわ。あなたもすぐ、追いかけてきてね」
「それは勿論だが……」
ギルヴァスは浮かない顔をしている。彼は未だ、あづさが水の四天王領に乗り込むことに対して、少々不安があるらしかった。
「大丈夫よ。相手の目的は私の頭脳だから。殺されはしないわ」
「そうは言ってもなあ……うーん、俺もできる限りの準備はしていくことにするが」
「あとは出たとこ勝負よ。あなた、下手に策を講じるよりそっちの方が好きでしょ?」
「案外、君もな」
「あら、バレちゃった?」
軽口をたたいて笑いあって、あづさは小さく手を振る。
「じゃあ、また後でね」
「ああ。すぐに行く」
ギルヴァスに見送られる中、あづさは軽やかな足取りで颯爽と城を後にしたのだった。
「お待たせ。ギルヴァスは大丈夫よ。寝てるわ」
あづさがにっこりと笑ってそう言うと、ミラリアは少々驚いたような顔をし……それからようやく、あづさが既に演技を始めていることに思い至ったらしい。1つ頷いてあづさを檻の中に招いた。
あづさは檻の鍵を開けて中に入ると、そこでローレライ達に促されるままに水の中へと足を進めた。
ちゃぷ、と冷たい水が足に触れる。その感触にあづさは思わず尻込みしそうになったが、ここで躊躇っていても仕方がない。意を決してそのままざぶり、と水の中に入ると、服を通してじわじわと水が染み込んできた。
「……寒いわ」
「ごめんなさい。すぐに終わりますから」
ミラリア達はあづさを気遣う余裕もあまり無いらしく、緊張の面持ちでじっと水面を見つめている。
あづさもそれに倣って水面を見つめていると、やがて、水面が奇妙な震え方をした。
「来たわ!」
ミラリアが小さく身を震わせて、そっと、水面に触れる。……すると、そこにはオデッティアの眼があった。
『……ほう。本当にあづさを捕らえたか』
「ええ。この通りです。彼女は私達に協力してくれることを約束してくれました」
ミラリアがあづさの肩を抱いて、そっと、水面に映るオデッティアを共に覗き込ませる。
あづさは自分の肩に置かれたミラリアの手が細かく震えていることに気づくと、その手を払いのけるようにしながら一歩、進み出た。
「お久しぶりね、オデッティア様。ファラーシア様のパーティー以来かしら」
『ふむ。そちらも息災なようだな、あづさよ』
背にミラリアを隠しつつ、あづさはオデッティアに笑いかける。
「早速だけれど、もし可能なら、なるべく急いで私を連れていって頂戴。ギルヴァスが起きるかもしれないから」
『ふふ、そんなに妾のもとへ来たいか』
「そうね。早く実際に会ってお話ししたいわ。ね?」
あづさが小首を傾げてそう言えば、オデッティアは妖艶な笑みを浮かべてあづさを見つめた。
『ならばよかろう。水に身を任せよ』
オデッティアがそう言うや否や、遠くの方から轟々と音が響いてくるようになる。やってくるのは……水だ。
津波の如く、こちらに向かって押し寄せてくる水を見つめて、あづさは意を決して大きく息を吸い込むのだった。




