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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
二章:女帝と参謀系女子
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51話

 その頃ギルヴァスは、ローレライを相手に、どうしたものかと困っていた。

 ローレライ達は庭の池に移動させ、その池ごと、檻に閉じ込めてある。その檻の中で、ローレライ達はさめざめと泣いているのだった。

 泣いている女達にかける言葉が見つからない。ギルヴァスはどうにも、こういったことが苦手である。

 だが、いつまでも黙って、泣いているローレライ達を眺めているわけにもいかない。ギルヴァスは意を決して、檻の中を見て、中でもそれほどには泣いていない一体……水妖隊隊長のミラリア・フォグに声をかけた。

「……その、少しいいか。ミラリア・フォグ隊長」

 ギルヴァスが声をかけると、檻の中のローレライ達は一斉に身を固くした。

「その、聞きたいことが、あるんだが……」

 もう一度ギルヴァスが声をかけると、ようやく、ミラリアはぎこちない様子でギルヴァスの前に出てきた。

「……何の御用ですか?」

「いや、何、というか……」

 恨みがましい目を向けられて、ギルヴァスは只々、いたたまれない思いになる。

 一応、あづさから『期待はしないけどもし聞けたら聞いておいて』と言われていることはある。だが、この調子では到底、情報を聞き出せそうにはない。

「捕らえておいて聞くのもなんだが、どうしてそんなに泣くのかと思ってなあ……何か、痛むところがあるなら言ってくれ。できる限りの治療はする。それとも、水が合わないか?食事も口に合うかは分からないが用意する。他に欲しいものがあったら……その、言ってくれれば用意する、んだが……」

 自分でもどうかと思うほどしどろもどろに、捕虜にかけるものとは到底思えない言葉を掛けつつ、ギルヴァスはただ、目の前のローレライ達をどうすれば泣き止ませられるか、とそればかり考えていたが。

「……違うのです。違うのです。私たちは……オデッティア様にこうなると予想されていたことが、悲しいのです!」

 ミラリアの悲痛な声に、ギルヴァスは唖然とさせられる。

「オデッティア様は間違わない。私達は、こうして命令を達成できずに捕らえられると予想された上で、こうして送り込まれたということです!」

 ……続いたミラリアの言葉に、ギルヴァスは、思う。

 確かにオデッティアなら……もっと万全の策を立ててくるはずだった、と。

 ならば、今のこの状況は……これさえも、オデッティアの手の内なのかもしれない、とも。


「……質問に答えろ」

 ギルヴァスは焦燥を隠そうともせず、ミラリアに詰め寄った。

「本来、あづさを捕らえたならば、その後はどうやって帰る予定だった?」

 ミラリアは突然ギルヴァスに迫られて怯えていたが、確かに、質問に答えもした。

「水の大魔法で……水ごと転移させる、と」




「水の、大魔法……移動の、というと……あれか!」

 ギルヴァスは、はっとして叫ぶ。ミラリアの言う魔法には心当たりがあった。

 予め用意しておいた特殊な水を用いて、その水と自分の手元にある水とを繋ぐというものだ。凄まじい量の魔力を必要とする上更に供物も多く必要であり、非常に高度で難しい魔法である。実用性はほとんど無いようなものだったはずだが……恐らくは、魔法の改良に成功したのだろう。

 水の四天王領では魔法の研究を専門に行う部隊がある。恐らくは彼らが、実用性の無いような魔法を現実に使えるようにしたのだろう。

 ……ということは、オデッティアは既に、移動の魔法に使う特殊な水を仕込んでいる、ということになる。

 どこに、などとは考えない。『どこかには必ず』ということが重要なのだ。

 つまり。

「……あづさが危ない」

 即座にそう判断したギルヴァスは……懐から取り出したスライムを、既定の方法で揉み始めた。




「へえ。いいこと聞いちゃったわね」

 一方、あづさは地下室でにんまりと笑っていた。ルカは気まずげな、後ろめたいような顔をしていたが。

「大丈夫。誰にもこれをあなたから聞いたなんて言わないし、これを話してくれたあなたが忠義に欠ける人だとも思わないわ。部下と上司を天秤にかけて、危険に晒すならその危険を回避する能力が高い方、っていう考え方、間違ってるとは思わないもの」

 あづさの言葉に、ルカは少々驚いたような顔をした。

「或いは、もしあなたがオデッティアの失脚を望むんだとしたら、それこそ悪いなんて思わないわ。部下にそう思わせた時点で、上司の咎よ、そんなの」

「あなたは……随分と変わった考え方をするのだな」

 ルカにとって、あづさの言葉はあまりに新鮮だった。自分より年若い少女が随分と割り切った考え方をするものだ、と、感心とも物珍しさともつかないものを覚える。

「私ならそうするけれど、っていうだけ。私なら、部下が捕まったなら私を差し出してでも助かるように指導しておくし、どんな秘密を話されたってその秘密を超える秘密を新たに作り出して私が勝つわ。それに、部下に好かれる上司で居たいわね。理想論だけど」

 ルカはまたも、何か言葉に表せないようなものを感じて表情を微かに歪ませる。

 ルカの目には、あづさが少々、眩しく映った。




「……ま、いいわ。もうそろそろ月が沈むわね。朝になったら、仲間たちに会わせてあげる。その方があなたも仲間達も、安心でしょ?」

 あづさはそう言って微笑みつつ、伸びをする。あづさは丸一晩戦って、捕虜達を牢に入れ、尋問し……とやっていたのだ。中々に疲れた。

「じゃあ、悪いけど今晩のところはここで休んでね。朝になったらもっといい環境に移せるから」

「ああ。……ご厚情に感謝する」

 あづさはルカに微笑みかけて、地下室を出ようとし……そこでふと、自分のスカートの中でスライムが動くのを感じた。

「あら?」

 スカートの裾からスライムを取り出してみれば……スライムは、既定の動き方で動いていた。


 その意味は即ち、『直ちに避難せよ』。




 あづさが部屋から出ようとした瞬間、背後で気配が膨れ上がった。

 振り返れば、ルカが浸かっていた水が大きく膨れ上がってあづさを呑みこもうとしていた。その意味は分からなかったあづさだったが、とにかく逃げなければならないということだけは理解できた。

「冗談じゃ、ないわよっ!」

 あづさは即座に扉を開けて部屋を出ようとする。だが、扉が開かない。

 ……内開きの扉は押し寄せた水によって開かなくなっていたのである。

 扉を開けることを諦めたあづさは、覚えたての魔法を使って扉を壊した。途端、部屋から駆け出るあづさを追いかけるようにして水が膨れ上がり、押し寄せてくる。

 あづさは走って、水から逃れるべく頭を働かせる。

 現在地は、城の地下。情報収集の都合上、どうしてもルカとミラリア、そして海竜隊の隊員達とを離しておきたかったので、ルカを地下牢へ入れておくしかなかったのだ。

 結果として情報収集も上手くいったが……まさか、こんな事になるとは思わなかった。

 だがこれで良かったのだろう。あづさは地下から地上への階段を駆け上りながら、不幸中の幸いを喜ぶ。

 もしこれが最上階だったりしたならば……水が落ちてくる勢いに、あづさは勝てなかっただろう。上から下へ移動するならば水は速いが、下から上へ移動するならば遅い。

 現に、あづさが階段を駆け上る速度に追いつけない水は、あづさを追いかけながらも徐々にその距離を開いている。

 ……これなら、引き離せる。

 あづさはそう確信して、階段の最後の数段を駆け上った。

 だが。

 急に伸びあがった水が、あづさの足首を掴む。

「な、何よっ!?」

 足首に纏わりつく水に向けて火の魔法を放つも、水は絶えず増え続けてあづさを呑み込もうとする。

 逃げられない。

 徐々に引きずり込まれていく感覚に、あづさはぞっとした。抵抗してもまるで意味を成さない無力感。水にぶつかっては弾け、その度に水は消し飛び、飛び散り、或いは蒸発させられて確かに減っていくのだが、それを上回る速度で増えていく。

 諦めろ、とでもいうかのように、水はあづさをじわじわと呑み込んでいく。

 ……それでもあづさは抵抗をやめない。抵抗すれば多少は、呑み込まれるまでの時間が長くなる。そして、いずれ呑み込まれていくにせよ、猶予が増えたなら……。

「あづさ!無事か!?」

 助けが、来るのだ。




 ギルヴァスはあづさの状況を見て、瞬時に為すべきことを理解する。

 はじめに、階段の一段を伸びあがらせて、水を遮る壁と成した。水は遮られて、あづさへ向かう水が一気に減る。

 続いて、こちら側に残った水をどうにかすべく、地の魔術で対処を試みる。天井の一部を砂にして落とし、水を吸い込ませる。その水をさらに岩石で覆う。……だが、水はそれでも、あづさに迫った。砂から滲み出て、岩石の隙間から漏れ出て。

「くそ、なんて執念だ」

 ギルヴァスは悪態をつきつつ、この状況を打破する手段を考える。

 火の魔法が使えたなら、水を蒸発させるなり変質させるなりして対処できただろう。今もあづさが抵抗しているように。

 ……だが、ギルヴァスは残念ながら、この状況を打破するほどの火の魔法は使えない。そして、地の魔法はどうにも、こうした水の魔法とは相性が悪い。

 それでも何とかしなければならない。延々と水から逃げ続けるわけにはいかないのだ。

 ギルヴァスは考え……遂に、1つ、有用であろう策を思いつく。

 だが。


 思いつくまでに、時間がかかりすぎたのだ。

 ギルヴァスとあづさの目の前で、壁が水に破壊され、一気に水が雪崩れた。


 自分達を呑み込もうとする水を前に、ギルヴァスが取った行動はごく単純。

 間に合うことを信じて……自らの前腕の肉を、自ら食い千切った。



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