48話
翌朝。あづさとギルヴァスはぐったりしながら食事を摂っていた。
「結局、徹夜だものね……」
「ああ。食後は仮眠にしよう。どうせ昼過ぎまでは来ないだろう、多分……」
なんとも覇気のない様子で2人が食事をしているのには理由がある。
それは、とある作業が一晩掛かったからである。
「まあ、あなたが地の四天王で本当によかったわ。そうじゃなきゃ、一晩掛かったって終わらなかったわよ」
「うん、そうかあ……そう言ってもらえると嬉しいよ」
あづさが窓の外を眺めると、そこには庭がある。
……立派な庭である。庭木が所々に並び、その下には花が咲き乱れ、下草は青々とし……自力で動く根菜達が、せっせと働いている。
また、庭木もといトレント達は、あづさとギルヴァスの魔力を多く受け取れるこの土地が気にいったらしく、珍しくも自分から枝を動かしていた。勿論、ごくごく僅かに枝を振る程度だったが。
「彼らならば、『音』が効かないからな。頼もしい限りだ」
ギルヴァスも窓の外を眺めて、満足げに笑った。
……あづさ達が一晩にして、森林地帯の魔物達を城まで運んできたのには理由がある。
それは、『ローレライ』への対策だった。
あづさが元の世界で知った伝説のいくつかには、人魚やセイレーンといった海の生き物達が歌を歌い、人間を狂わせて殺す、というものがあった。
念のためギルヴァスに確認してみたところ、やはりと言うべきか、そういった歌を歌う種族があるらしい。
その種族が、『ローレライ』である。
人間と姿形はよく似ているらしいが、水が無ければ生きられないらしい。ということは、遠征するには少々厄介であろうが……万一のことを考えれば、ローレライの歌についても対策を打っておきたかった。
「歌には歌で対抗よね」
「うーん、しかもマンドラゴラやヘルルート達には全く他の音が通用しない、というのは……よく考えたら彼らは中々の逸材だなあ」
「本人達は弱いし、水で流されちゃわないかだけ、心配だけどね」
「まあ、トレントも居るし大丈夫だろう。万一の時は、俺が城の庭を掘り下げる」
ローレライ対策として、ヘルルートとマンドラゴラ、そしてトレントを数体ずつ、森林地帯から連れてきた。
希望者を募ったところ、案外簡単に頭数が揃ったので、ギルヴァスが往復して彼らを運び、あづさが誘導して城の各所に配置して、朝を迎えた、という流れだった。
そこに少々風変わりな生き物がやってきた。
「あら。綺麗ね。水の馬?」
「ケルピーだ。……オデッティアの配下だな」
水でできた馬のような、奇妙な魔物は、ギルヴァスには目もくれず、あづさの方へとやってくる。そして、人懐っこくあづさにすり寄った。
「可愛いのね」
「気をつけろ、あづさ。そいつは」
「分かってるわよ。乗ったら連れてかれちゃうんでしょ?」
あづさはくすりと笑うと、ケルピーの頭を撫でて、それから予め書いておいた手紙をケルピーの脚に括りつけた。
「……じゃあ、あなた、このお手紙をオデッティア様まで届けてくれる?」
ケルピーはあづさを見つめて、きゅる、と鳴いた。肯定なのだろう。
そしてケルピーはまた、窓から出ていってしまった。
「さーて。宣戦布告もしちゃったし、あとは向こうが来るのを待つだけね。それまではお昼寝にしましょ。いくらやることが無くったって、流石に頭が回らないまま敵を迎えるのは怖いわ」
あづさが伸びをしながらそう言うと、ギルヴァスは遠い目をした。
「しかし、敵に同情するのも何だが……まともな数がここまで来られるとは思えんなあ……」
ギルヴァスの目は、西……荒野と水の四天王領の方を向いている。
「あれを越えてくる奴らが居たら、相当な手練れだぞ」
規模の大きい『イタズラ』に思いを馳せつつ、ギルヴァスは重々しく頷くのだった。
水は月と深く関わりがある。水の魔法は月と相性がいい。海の満ち引きも月に関係するものだ。
ギルヴァスがそう読んだ通り、水の四天王団が攻め入ってきたのは、夜になって月が空高く登ってからだった。
「ちょっと音、してきたわね」
「そうだなあ。……さて、一体何人、ここまで来るか」
あづさとギルヴァスは夜の荒野を眺めながら、その先で起きているであろうことを思いつつ、暫し、水の四天王団の到着を待つのだった。
水の四天王団の海竜隊と水妖隊は、水の四天王オデッティア・ランジャオと共に水の四天王領の端、湖沼地帯に居た。
「よいか。お前達の任務は異世界人を捕獲し、連れ帰ること。お前達はそのために抜擢された隊だ。能力に不足はなかろう」
オデッティアの前で、2人の隊長は姿勢を正した。
1人は、美しい女。長く伸びた紺色の髪と、血の気を感じさせないほどに白い肌。しなやかな肢体を青のドレスに包み妖艶な笑みを浮かべて佇んでいる姿は、人ならざる美しさに彩られている。
そしてもう1人は、白銀の鎧兜に身を包んだ騎士。三叉の槍を携え、その騎士のために特殊な装備を持つケルピーを従えて、黙ってそこに立っていた。
「異世界人の名はアヅサ・コウヤ。年若い少女よ。だが、その可憐な見目に油断するのではないぞ。恐らくは風のファラーシアが突然卵に返ったのも、あづさの差金。あの娘は四天王団1つを揺るがすほどの力を持っておる」
オデッティアの言葉を聞いて、2つの隊は緊張を走らせる。中には、ファラーシアのパーティーであづさの姿を見たことのある者も居たが、見たことがある者ほど、あづさを侮る気にはなれなかった。
ましてや、オデッティアがこれほどまでに言うのだ。相当な手練が相手だと、隊は気を引き締める。
「あの娘の力は、我らの持たぬ知識と知力。地の四天王団では参謀の役に着いていると聞く。……妾が欲するのは、あづさの頭脳よ。傷一つ付けるなとは言わんが、五体満足で連れて来るように。……だが」
オデッティアは冷たさと残忍さを湛えた笑みを浮かべて、言った。
「あづさ以外がどうなろうと、構わん。地の四天王ギルヴァス・エルゼンについても、だ」
「ではこれより、異世界人奪取作戦を執り行う!……征け!」
オデッティアは声を上げると、その手の杖を水面に突いた。
……途端、水が膨れ上がる。海かと見紛うほどの大きさの湖に湛えられていた水は、その上に居た海竜隊と水妖隊の者達を乗せて伸び上がり……そして一気に、流れた。
水流の向かう先は、東。
地の四天王領である。
凄まじい水の流れが、2つの隊を運んで進んでいく。
自然にはおよそありえない現象だが、これを可能にするのがオデッティアなのだ。改めて四天王の座についている彼女の恐ろしさを味わいながら、しかし、2つの隊はまっすぐ東を見つめていた。
……もうすぐ、地の四天王領に突入する。水のオデッティアの力は知っているが、それと同時に、地のギルヴァスの力もまた、侮るわけにはいかない。
更に、地の四天王団にはあづさが居る。……オデッティアの元へ届けられたあづさからの手紙は、『そちらには行けない』という断りの内容であった。ギルヴァスに無理矢理書かされている可能性もあるだろうが、それにしても、あづさの知識と知力が水の四天王団を阻む壁となって用意されていないとも限らないのだ。油断はできない。
白銀の鎧の騎士、海竜隊隊長のルカ・リュイールは隣で優雅に水の上に座る女、水妖隊隊長に声を掛ける。
「……ミラリア。地の四天王領に入ってすぐ、山脈にぶつかる予定だ。身構えておけ」
「ああ、あなたが偵察に行って見てきたものね」
水妖隊隊長のミラリア・フォグはクスクスと笑う。
「仕事熱心なこと」
「……相手はどう出てくるか分からんのだ。万全を期すべきだろう」
ルカが冷静にそう言うと、ミラリアはまた可笑しそうに笑う。
「そうね。……まあ、多少の山くらい、なんてことはなく抜けられるでしょうけれど。そうでしょう?だからオデッティア様は私達だけじゃなくて、あなたの海竜隊も使うのでしょうから」
「当然だ」
ルカは兜越しに、前方を見据える。そこにはもう、荒れ地とその先の山が見え始めていた。
「だから、身構えておけ、と言った」
ルカの手には、三叉の槍がある。大いなる水の力を宿した、槍が。
水流に乗って海竜隊と水妖隊が進むと、やがて、山に出くわす。山の高さは水位を優に超える。このままでは衝突は免れない。
「怯むな!進め!」
だが、ルカは勇ましくも号令を掛けながら隊を進ませた。
水に乗って勢いよく兵士達が進んでいく。ルカも当然、その先頭に居た。翼を持ったケルピーに乗って、自らの行く先に聳える山を睨み……ケルピーに合図を出した。
ケルピーはルカの合図に従って、空を飛ぶ。進む水流より速く、高く。
そして隊に先行して山の前へと進み……槍を、突き出した。
水の魔法を纏った槍は山を貫き、その一部を容易く破壊したのである。
……だが。
山を破壊し、仲間達と水の進む道を切り開いたルカが、自分の役割を果たせたことに安堵しながら振り返れば……仲間達を乗せた水流が地面を割り破って、地の底へと落ちていくところだった。




