4話
「とりあえず、3日後よ!3日後!」
あづさは勢いよくそう言って、ギルヴァスに指を突きつけた。
「それまでにあの鳥をどうにかしてやる方法を考えなきゃ!……ということで、あなたの軍と領地について聞かせて。あ、それから、『異世界人』についても。あとは、このお城の設備なんかも聞きたいわね。それからあなたにできることと……」
「わ、分かった。とりあえず夕食にしよう。食べながら話すことにしても、いいか?」
……というやり取りを挟んで、2人と1匹は食事を摂ることになった。
だが。
「つまらないものしかないが」
あづさは絶句した。
テーブルに置かれた皿には、粥状に煮た麦らしいものが入っている。その他、テーブルにあるものといったら、塩の瓶と水のカップだけである。
「……念の為、聞くわね。これ、もしかして宗教上の理由でこういうものしか食べちゃいけないことになってたり、する?」
「いや、特に食事に関してそういった信条や信念はないなあ」
「じゃあ、信条信念が無い以上に、食料が無いってことね?」
「……すまない。そういうことだ」
「信じらんない。よくあなた、これで生きてるわね……」
「実は、俺は食わなくても生きていられるんだ。そういう生き物なんでなあ。スライムは見ての通り、水があれば生きていられる。他の魔物達はそれぞれ領地内で好きに生きてる。大体は小さな虫か草があれば生きていられるみたいだな」
ああそう、と返事をしつつ、あづさは麦粥を匙で掬って口へ運ぶ。食べられないような物ではないが、好き好んで食べたいとは思わない。そういった味である。
「とりあえず、明日になったら森林地帯に行こう。あそこなら、君の食べ物も多少はある」
「ああ、あなたの配下がいっぱい住んでる、っていう地域ね?」
ハーピィの男が、『ザコ共がいっぱい』居ると言っていた場所である。さぞかし弱々しい魔物がたくさん居るのだろうと思われた。
「配下、と言うほどのものでもないんだがな。まあ、彼らも紹介しよう」
「楽しみにしとくわ。……ええと、じゃあ、あなたの領地に居る魔物?って、皆森林地帯に居るの?」
「いや、そうでもない。……そうだな。じゃあ、順を追って話そうか」
このまま徒然話していても上手く纏まらない。2人は麦粥の皿を挟んで話し始めた。
「まず、君に謝らなければならないことがある。『異世界人』についてだ」
ギルヴァスがそう言って目を伏せた。
「君自身に、『異世界人』がどういった存在かを伝えなかったのは、私の意思によるものだ」
あづさは黙って麦粥を食べつつ、ギルヴァスの話を聞く。
「『異世界人』には高い価値がある。君もそうだ」
「私も?……なんで?」
「持っている魔力が桁違いだからだ」
「ま、魔力?なにそれ」
ファンタジーでしか聞いたことのない単語を出されて、あづさは戸惑う。
そんなあづさを見て、ギルヴァスはおおよそ、あづさが『魔力』に無縁な生活を送ってきたのであろうと察したらしい。頷くと説明を始める。
「言ってしまえば、力の源だな。この世界の知性ある生き物は皆、魔力を持っている。逆にただの動物やただの植物は持っていないし、魔力を必要ともしない」
あづさはここで1つ、疑問が解消された。
……かのハーピィを焼き鳥にしてやろうと思い立ってからずっと、気になっていたのだ。
『この世界の人って、仲間と獲物を何処で線引きしてるのかしら』と。
共食いはやっぱりタブーなんじゃないのか、だの、弱肉強食っていうことで別の種族ならいいのか、だの。そういった疑問はあっさりと解決されてしまった。
要は、魔力を持っているものは一応、知的生命体。魔力がなければ食料。そういうことらしい。
「俺は食事を摂らなくても魔力があれば生きていける。或いは、魔力を使って魔法を使ったり、体を動かしたり……ああ、ハーピィが飛べるのは魔力あってこそだ。翼の力だけで飛んでいるわけじゃない」
確かにあの鳥、あの翼だけで体を支えて飛ぶのに十分な揚力が得られる作りじゃあなかったわよね、などと思いつつ……あづさははたと気づいた。
「えっ、じゃあもしかして、私も魔法が使えるの?」
「君に合う魔法があれば、きっと使えるだろう」
あづさは気分を高揚させて、頬を紅潮させる。魔法に憧れてしまうのは当然のことだろう。ましてや、自分でそれができるかもしれない、ともなれば、興奮しもする。
「じゃあ、異世界人って要は、強い武力、ってことなのかしら?だから価値が高いっていうこと?」
「そうだな、そういうこともあるが……それ以上に、魔力というものの価値が高いんだ」
興奮気味ながら、あづさは考える。
魔法の源。或いは魔物が体を動かしたり、生命維持するのに必要。
……そう考えれば、価値が分かってしまう。
「成程ね。つまり私は、武力になるかもしれないし……そうじゃなくても、食糧として優秀、ってこと。そしてもしかしたら『荒れ地をどうにかできるかもしれない』。……そういうことなのね?」
「俺も一応は地の四天王だ。それなりに魔力は持っている。そして、自分の魔力を使うにしても、少々、零れていく魔力がある。その魔力は、土地の力になる」
……この城の窓からは、木々が見える。この木々は恐らく、この城に住むギルヴァスの魔力のお零れを貰って育っているのだろう。
「だから……その、あづさ。魔力を多く持ちながらも魔力を生命維持に必要としない君がここに居てくれれば、君の魔力で領地が豊かになるのではないか、と……そういう気持ちも、あったんだ。魔王様にいきなり引き合わせたら間違いなく殺されるだろうという予想は別にしても」
「殺されるの!?聞いてないわよ!?」
内心で冷や汗をかきつつ、あづさは目の前の男を眺め……ため息を吐いた。
「……まあいいわ。気にすることでもないし、居るだけで感謝されるんだったらいくらでも居るわよ。どのみち居場所は必要なんだし、だったら、居て役に立つ所に居るわ。それにあなた、私を一方的に利用できるようには思えないし」
あづさがそう言い切ってしまえば、ギルヴァスは随分とほっとした様子であった。
「それに、私はここの参謀だもの。もう決めたの。ついでに私ね、一度決めたことはやりたい性分なの」
「そうか。それは……嬉しいな」
次第に表情を緩ませていくギルヴァスを見ていると、あづさもつられて顔が緩みそうになる。
意図して顔を引き締めて、あづさはパン、と手を打った。
「さあ、次の情報も教えて。寝る前に明日の予定を立てておきたいの」
「さて。これが魔物の土地だ。火、水、風、地、そして魔王様の土地、と5つの地域に分けられている」
食べ終わった麦粥の皿を脇に除けて、テーブルの上に地図が広げられる。
それはどうやら、地の四天王の領地を示しているのだが……。
「……なんで地の領地だけこんなに狭いの?」
地図の上に示された情報を見れば、明らかだった。
地の四天王領は、他の四天王の領地より圧倒的に狭い。
「……まあ、俺が弱いからだ。処分の一環で領地を減らされた」
どこか苦い顔でそう言うギルヴァスを見て、あづさは、ふうん、とだけ返事をする。
どうも説明が足りないが、ギルヴァスはあまり話したくない様子である。まあ、ひとまずこれからの予定を立てるのに支障はない、ということだろう。
……今分かればいいのは、『地の四天王の領地は他に比べて大分狭い』ということだけだ。
「君が歩いていた荒野。荒野が一番広いな。面積で言うと、領土の3分の1程度か。それから、この城がある林。林と言うよりは他の地域が混ざってできた中間地点、みたいなものだな。ここから北にいくと鉱山がある。半分廃鉱だが……まあ、我が領地最大の資産だ。そして、東に行くと狭い森林地帯と侵食地がある」
「侵食地?」
聞き慣れない単語にあづさが反応すると、ギルヴァスは説明を挟む。
「ああ。呪いが染み込んだ土地だ。普通の魔物は住めない。感覚としては……荒れた湿地、といったところか?」
「ふーん。毒の沼地とかがあったり?」
「よく分かったな」
ああやっぱりね、とあづさは頷く。そう考えるとなんとなく想像がついてきた。
「つまり、ほとんどの土地は農業には向かないし、住むにも向かない。唯一どっちにも向いてる森林地帯はもう居住区として機能しちゃってるから、切り開くわけにもいかない。そういうこと?」
「そういうことだ」
ふーん、とあづさは唸る。
だだっ広い荒野をなんとか居住区か耕作地かに転化できればいいのだろうが……。
「なら、長期的に考えるなら、私が荒野に突っ立ってればいい、ってことよね?長期的に考えるなら、だけど」
「まあ……そうだな。君がこの城に居てくれるだけでも、それで改善されるものは大いにあるだろう。君には申し訳ないが……」
「そんなに謝らなくったっていいわよ」
あづさはじとり、とギルヴァスを睨むと、1つ短くため息を吐いて続ける。
「さて。長期的に、っていうのはいいけど、今は3日後の鳥をどうにかしなきゃ、だわ。次はあなたの配下を教えて頂戴」
「ああ。領地内に住んでいる魔物だな。大体は地の属性を持つ魔物が集まっている」
「ちょ、ちょっと待って」
「何だ」
あづさは早速、頭を抱えることになる。
「あの。スライムって、地属性の魔物なの?なんか水っぽいと思ってたんだけど」
「ん?ああ、そうだな。スライムは水の魔物だ。だが……まあ、見ての通り、戦力になるでもない、何か労働ができるでもない。だから水の四天王のところから追い出されてきたんだ。それをうちで保護してる」
あづさは何とも言えない顔でスライムを眺めた。
スライムは少々弾力を失って緩くなった体をふるり、と震わせた。何やらしょんぼりしてしまっているようにも見える。
「ま、まあいいわ。スライムは例外でここに居る、と。……じゃあ、他は?」
「他にもいるぞ。まず、荒野にはほとんど何もいない。君も見なかったと思うが……時々、他の地区から迷い込んだ魔物が干からびている」
「……もしかして、このスライムって、私と一緒に救助されたの?」
「そうだな。君が来ていなかったらこのスライムは干からびていただろう」
あづさは顔を引き攣らせてスライムを眺めた。
スライムはぶるぶると細かく震えている。何やら怯えているようにも見えた。あづさは慰めるようにスライムを軽く撫でてやった。
「林には大体迷い込んだ奴が居るくらいだな。生活しているのは俺くらいだ。鉱山には下級のゴーストやリビングロックの類が住んでいる。火の四天王のところから追い出されたウィスプも時々彷徨ってるのを見かけるな」
鉱山、と聞いて、あづさはふと思い出した。
「ねえ、ドワーフとかコボルドとかって居ないの?ええと、鍛冶とか金属の加工や細工が好きな種族って……」
居てもおかしくないはずだ。勿論、あづさの持っている知識がこの世界でも適用できるかはまた別の話だが……ギルヴァスはさっき、言っていた。『鉱石はあっても加工する技術がない』と。
……ということは。
「ああ……居たんだが、火の四天王に引き抜かれた」
やっぱり、と、あづさは天を仰いだ。
「……止めなさいよ!」
「止めたかったのは山々だったんだが、ここより火の四天王のところの方が住み心地はいいし、安全だ。いい宝石も与えられるし作業場にも困らない。だから移住する、と言われてはなあ……」
貧乏故の更なる貧乏。負の連鎖。そういった世知辛さを感じて、あづさはげんなりした。
「次は侵食地帯だが、まあ……呪われた土地だからな。スケルトンやゾンビが多い。あとは、キノコの魔物や、ぬめぬめしたかんじの……ローパーも居る。森林地帯よりもこっちの方が住みやすいらしくてな」
つまり、死体と菌類。そしてぬめぬめ。
……微妙に足を踏み入れたくないわね、とあづさは思う。そんなことも言っていられないが。
「最後に、森林地帯だ。ここが一番、種族が多い。スピアビーやアーマーワーム、アイアンスパイダーといった虫系の魔物が居る。植物の魔物だと、コットンボール、ヘルルート……ああ、トレントも居るな。それから、俺も把握していないがマンドラゴラが住んでいるはずだ。確認しようとすると叫ばれるから、もうかれこれ10年ほど確認してないが」
確認できない住人ってどうなのよ、と思いつつ……少々期待が外れたので、一応確認する。
「植物の魔物、って聞いて、もっとお花の魔物とかが居るんだと思ってたんだけど」
「……見目のいい魔物は皆、風の四天王の団に入っているからな……地の四天王団に居る植物系の魔物は大抵、見目が悪いと風の四天王から追い出された者達だ」
「ええー……」
最早あづさは、発すべき感想を何も思いつかなかった。
「と、まあ、領地と配下はそんなかんじだな。他にも俺が把握していない奴も居るかもしれない。他所からそっと逃れてきた奴が勝手に住み着いていたりするからな」
「配下ってそんなに緩いの?」
「契約をしていない連中に関しては、そうだなあ。うん。好き勝手に住み着いて、好き勝手に生きていることが多い」
成程、『配下と言うほどのものでもない』と言ってたのはこの緩さのせいね、とあづさは納得した。
「……それからね。言いたくないけど、何?スライムといい、お花以外の植物の魔物といい、ドワーフとかコボルドが引き抜かれちゃったことといい……地の四天王団って、掃き溜めか何かなの?」
あづさがそう言えば、ギルヴァスは乾いた笑い声を上げた。
「ああ、よくそう言われるなあ……」
「ふざっけんじゃないわよ!そんな掃き溜めに私を置いとくんじゃないわ!」
「ははは。なら、掃き溜めにウンディーネ、とは君のことだな」
「……ウンディーネって、何?」
「水の妖精だ。美しいことで知られているから、こういう慣用句によく使われているんだが」
「何よ!シラフでそういうこと言う!?」
「屑鉄の山に紅玉、の方がよかったか」
「変わってないわよ!」
あづさは頭を抱えて唸る。一体どうしたらいいのだろう、この四天王の領地と配下、そして四天王自身は。
「大丈夫か?」
「全っ然!」
その四天王本人に気遣われて余計にやるせない気持ちになりつつ、あづさはため息を吐いた。
……少しして、あづさは気を取り直した。
持っているカードで勝負するしかない。その事実は変わらず目の前にあり続けている。そして、あづさはようやく、自分に切れるカードが見えたのだ。
「まあいいわ。方針は見えたから!……これからやるべきことはまず、住んでる魔物達との契約よ!それから……」
手に持った匙を、そして皿を見て、言う。
「食料の確保」
「……ああ、そうだな……」
「だから明日は、森林地帯ね。そこで契約しながら食糧を集めるわ」
食事が毎食これなのは死活問題よ、と、あづさは明日の森林地帯行きを心待ちにするのだった。