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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
二章:女帝と参謀系女子
39/161

39話

 それから1週間あまり。

 あづさとギルヴァスは地の四天王城の改修工事やその他、身の回りの整備を行っていた。

「……あなたが本気出したら壁の隙間が全部埋まるって知ってたら、チマチマプリント裂いて詰めたりしなかったわよ」

「すまんなあ」

 ギルヴァスは侵食地帯で地下室を一気に作り上げたように、城をあっという間に補修してしまった。

 壁の隙間は埋まり、外観も内装も綺麗に整って、寂れた印象はもうどこにもない。

「……この城は、まあ、俺の気分次第、というか……俺のその時の状況に合わせてどうしても、変化してしまうんだ。その、俺の魔力で作り上げたものだからな」

「ああ、落ち込んでる時は寂れていく一方なのね?」

「そうだなあ。だから今、こうして城が綺麗になって、嬉しい」

 すっかり綺麗になった城を眺めて、ギルヴァスはのんびりと笑う。

「つまりあなたがやる気になったって事だものね」

「うん。まあ、そういうことになる」

 あづさはギルヴァスを見上げて、思う。

「……城だけじゃなくてあなたも結構、見た目、変わったわよね」

「そうか?……まあ、城に1人じゃあなくなったからなあ。うん、多少は前よりも、気を遣うようになった」

 ギルヴァスはあづさがこの城に来た当初、如何にも草臥れたような身なりをしていたが、今は違う。

 ぼさぼさと伸びっぱなしだった髪はあづさが切って整えてから、多少は手入れをするようになったらしい。少々の艶を帯びて、ばさばさと広がることもなく、首の後ろで無造作ながら括られて大人しく収まっている。

 服装についても、ラギトがあれやこれやと持ってきたものを着るようになり、それなりの見てくれになっていた。

 これらの変化は、人との関わりが増えたから、ということなのだろう。

 人は1人で生きている分には、格好になど気を遣う必要が無い。だからこそ、人は人として生きていくために人との関わりが必要なのだ、とあづさは思う。

「君もなんというか……変わったなあ」

「どこが?」

「筆頭は魔力だな。小慣れてきた、というか……煮込んで一晩置いたスープの味が馴染んでより旨くなったかんじというか、原木が木材になって彫刻になってきたかんじ、というか……」

 ふーん、と唸りつつ、あづさは首を傾げる。どうやらあづさは、あづさの自覚のないところで少しずつ、成長しているらしい。

 ……あづさはここ1週間、魔法の練習をしている。四天王の参謀として働くならば、最低限、自分の身くらいは守れるべきだ。魔法はその為のものでもあり、また、あづさ自身の好奇心の向く対象でもあった。

 そして魔法を訓練していけば、魔法を使うのが上手くなった。それがギルヴァスの言うところの『小慣れてきた』なのだろうが……あづさにはそれが嬉しい。

「いろんなものが変わっていくなあ」

「そうね。1月前にはこのお城、ただ静かなだけだったけど……」

 あづさはふと、窓の外を眺める。

 ……そこに見えた影に、あづさは苦笑した。

「今は大分、騒がしくなったわね?」




「よォ!遊びに来てやったぜ!」

 その日、地の四天王城は少々、騒がしくなった。他ならぬ、ラギトの来訪によって。

「また騒がしに来てくれたの?ありがと」

「騒がし!?そんなに俺は煩くねえよ!」

 ぎゃあぎゃあと騒ぎつつ翼をばたばたさせるラギトには最早苦笑しか出ないあづさとギルヴァスだったが、ひとまず、ラギトが持って来たものに注目する。

「……それで、それ、何?手紙?」

「ん?おう!そうだ!これ、うちの雷光隊から手紙だ!」


「雷光隊、っていうと……?」

「ん?ああ、そっか、あづさは会った事ねえな。あいつら、避難とかしなくっても自力でいくらでも雲隠れできるからよォ」

『雲隠れ』という言葉を何やら意味ありげに言って、ラギトはにやりと笑った。

「とりあえず読めよ。俺も詳しい内容は知らねえんだ」

「まあ、読むけど」

 ラギトに早く早くとせっつかれながら、あづさは封筒を開けた。

 ……するとそこには、薄雲のような、ふわりとして柔らかな白い便箋が入っていたのである。

「うわ、柔らかい。不思議なかんじね。紙なのに、ふわふわして……これ、どうやって文字書いてるのかしら」

 インクで書こうにも、こうもふわふわした表面に文字を書くのは難しいだろう。あづさは文面を見つつ、首を傾げる。

「あー、あいつら、これは多分、雷で焼き付けてるんだろ」

「……雷?ああ、『雷光隊』っていうくらいだものね」

 どうやら雷も風の内、ということらしい。風神雷神というぐらいだからそんなものなのかもしれないし、そもそもスライムやウィスプが地の四天王領に居る時点で種族ごとの団分けも深い意味は無いのだろうが。

「で、内容は?まさか勧誘か?」

「はいはい。今読むからちょっと待って頂戴」

 不安げに後ろから覗き込んでくるギルヴァスをあしらいつつ、横からぐいぐいと首を突っ込んでくるラギトの額をぴしゃりと爪で弾きつつ、あづさは便箋の文面を読む。

 ……そこには、こう、書いてあった。


『いせかいじんの あずさ ちゃん でんち わかんない おせーて よろしく にゃー ぴかぴかたい』


「……ラギト」

「おう!何だ!?」

「あのね。一応聞いておくけど……雷光隊って、何?」

 文面から碌な情報を読み取ることが出来なかったあづさは、珍しくも途方に暮れた表情でラギトを見上げるしかなかったのである。




「まず、雷光隊ってのは、アレだ。風の四天王団の中で研究とかしてる連中だな。一番頭が良いエリートが揃ってるんだ!」

「一番頭が良いエリートでコレなの!?」

 あづさは失礼な事を言っている自覚はあったが、そう叫ばずにはいられなかった。むしろ、どれだけ風の四天王団ってバカなの!?とは叫ばなかっただけよく自制したものだと自己評価した。

「ん!そうだ!だからそれ、異世界語で書いてあるだろ?」

「……あ」

 だが、あづさは見落としていたのである。この、実によたよたとした……幼児が書いたかのような文章。それは、日本語で書いてあったのだ。

「そ、そうよね。わざわざ日本語で書いて……くれたのね」

「おう!あづさは異世界人だからな!だからわざわざ調べに調べて異世界語で書いたらしいぜ!流石だろ!すげェだろ!」

「うん……すごい、わね……」

 恐らく先方は、あづさが異世界語も読めるということを知らなかったのだろう。だからこそ頑張って、このような文章を送ってきたのだろうが……。

「……だったらラギトの翻訳つきになるのは前提で、しっかり詳細まで書いてほしかったんだけれど……」

「それじゃあ美しくねェだろ!」

 あづさは思う。

 ……風の四天王団の感性が分からない。


「……まあ、いいわ。ええと、とりあえず、この雷光隊の人は私に何か教えてほしい、っていうことかしら?」

 あづさは必死に文面を解読しながら、ひとまずそう結論を出した。

『わかんない おせーて』は、『分からないので教えて』という意味だろう、と。ついでに、『ぴかぴかたい』とは『雷光隊』の事なのかもしれない、とも。

「ん?おう!そんなようなこと言ってたな!なんでも、『でんち』ってのが分かんねェらしいぜ!」

「……でんち?まさか電池のことかしら」

 だが、あづさが思っていたよりも余程、雷光隊なる者達は、頭がいいのかもしれない。

「うーん、俺もよく分かんねェんだけどよォ、雷光隊の連中、なんでも、異世界人の道具を調べてるらしいぜ!」




 その後ラギトは騒がしくも喋って、風の四天王領の近況報告などをしてきた。

 ファラーシアの卵は相変わらず卵であるらしいが、そのぷにぷにとした感触とつやつやとした透明感のある艶から、風の四天王団の皆に人気であるらしい。喋らず、命令もせず、只々か弱い卵は、ひとまず愛護される方針で固まっているようだ。

 それ以外もおおよそ平穏であるらしく……そしてラギト本人は、あづさが最も聞きたかった『雷光隊』について、碌に知らないらしかった。

「んー、まあ、シルフとかクラウディアンとか頭良い連中が何かやってるところだな!」

「ああ、そう……」

 ラギトとしては『よく分からないがひとまず凄い事をやっている』という程度の認識らしいが、資金援助や物資援助は欠かさず行っているらしい。何故なら『よく分かんねェけど凄そうだから!』。あづさとしては最早訳が分からない。

 研究に投資するということの意義は理解できるし、より率先して研究を進めていくべきだとあづさは考えているが、その動機が『よく分かんねェけど凄そうだから!』とは。


「……ってことでよォ、もし協力する気があるんだったら、そういう返事くれよ。あ、今日中に返事しなくてもいいぜ?俺は気が長いんだ!……で、返事、まだか?」

「自分で言った直後に忘れてんじゃないわよこの鳥頭」

 ラギトの額を爪で弾いて黙らせておいてから、あづさは困った。

「どうしましょ。全然詳細が分からないっていうのも、怖いわよね……」

「まあ……悪意は無さそうだが。それに、いざとなればラギトも居る」

「それは分かるんだけど……」

 あづさが、むう、と唸れば、ギルヴァスも揃って、ふむ、と唸る。

 ……互いに危惧していることは、ただ1つ。

『情報の流出』だ。




 あづさが今持っているものは、いくつかある。

 鞄の中に入っていた教科書や文房具など、あづさの元々の持ち物だけではない。

 例えば、あづさが持つという膨大な魔力とやらであったり、或いは、あづさ自身の思考力、判断力。度胸もそこに含めてもいいかもしれない。

 ……そしてそれらの中で最も他者の手に渡りやすく、そして他者も欲しているであろうものが……『知識』だ。

 それをギルヴァスにならともかく、風の四天王団に渡してしまっていいものだろうか。

 あづさはそう、悩んでいるのだ。

 ……だが。

「だが、利はあるなあ」

 ギルヴァスが、のんびりとそう、言った。


「あづさ。悪い話ではないと思うぞ」

「え、え?そうなの?」

「ああ。雷光隊の噂は俺も聞いたことがある。優秀な人材を揃えてあるらしい。水のところにも魔道研究部隊があると聞くし、火のところも技術部があるとは聞くが……風のところはとにかく、新しい事をどんどんやろうとする研究部隊だ。失敗も多いが、成果も多い。手を貸してみる価値はあると思う。互いに得られるものがあるなら、悪くない」

 ……要は、共同研究。そういうことなのだ。

 利益を2つの四天王団で分け合って、互いに成長していくために使うのだ。

「そう、ね。それなら……」

「それに、異世界の道具が使えたら、あづさは便利に過ごせるだろう?」

 ……更に、ギルヴァスはそう言って穏やかに、にこにこと笑った。

 どうやらギルヴァスは、自分の団が利益を独占できなくなることを恐れるよりも、あづさの生活の向上を望んでいるらしかった。

「……あなたって本当、お人よしよね」

「うん、まあ、自覚はあるが。だが性分だからなあ」

「そうでしょうね。根っからそういうんじゃなきゃ、こんなこと言わないわよね」

 あづさは1つ、ため息を吐いた。

 自分の生活の向上については、魅力的だが……そこに固執したくはない、と思っている。

 だってあづさは、地の四天王団の参謀なのだから。

 少なくとも残り1年弱。その間、あづさは、ギルヴァスと共に運命共同体としてやっていくつもりなのだから、自分のことだけを考えてこの決断を下すわけにはいかないのだ。

 ……だが。

「……でも、いいわ。乗る」

 それ以外の諸々を考えて……あづさは、そう、結論を出した。




「ほんとか!?やったぜ!」

 これにラギトは大層喜んだ。正に、飛びあがらんばかりに。何なら、実際にその場で宙返りをして喜んだ。

「雷光隊の連中、俺のことはそんなに好きじゃねェらしんだがよォ。でもあづさ連れてったら、俺が凄い奴だって分かるだろ!あづさが来て、雷光隊も嬉しい!俺も嬉しい!イイことづくめだ!」

「ああ、そう……」

 あづさがラギトの単純かつ少々利己的な喜びを浴びせられてあづさは若干の不安を覚えなくもなかったが、ラギトが「明後日迎えに来るからな!」と言って飛び去ってしまうと……今度こそ覚悟を決めるように、短く息を吐いた。


「明後日、かあ……急だなあ……」

「しょうがないでしょ。風の人達ってみんなそういうかんじらしいし」

「うん、まあ、そうだなあ……」

 ギルヴァスも呆れと少々の不安の入り混じった顔をしていたが、ぽり、と頬を掻いて、言う。

「だが、これで少し、君の世界のことが俺にも分かるかもしれないな。それは少し、楽しみなんだ」

 あづさにとってここが異世界であると同時に、ギルヴァスにとってあづさの世界は異世界である。なんとも素朴な感想に、あづさは思わず笑みを漏らした。

「そうね。欲しいならいくらでも私の世界のこと、話すけれど……でも、ま、それは明後日の後にしましょ。また少し、忙しくなりそうだし」

 笑いながらそう言って、あづさは……ギルヴァスに、実に思い切りよく、何の躊躇いもなく、言った。

「次に落とすのは水の四天王領で決まりね」


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