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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
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35話

 あづさは改めて、自分の荷物を確認した。

 授業のプリントや重要なものを入れておくためのファイル。連絡物などのプリントを入れておくためのファイル。教科書類。ノート。文房具。折り畳み傘や財布。少々旧式の電子辞書やスマートフォンも。

 ……前回確認した時と変わらない。だが前回は、ファイルの中まで確認しなかった。前回の確認時に志望校調査票があったかどうかは分からない。

「家を出る前に入れた記憶はあるのよね……」

 だが、志望校調査票を持たずに家を出てきた、という可能性は限りなくゼロに近い。何故ならあづさは提出日当日の朝まで悩みに悩んで、そして結局、昼休みにでもなんとか書いて総合の時間に提出するつもりで、白紙のままの志望校調査票を持って学校に出かけたのだから。

「もしかして間違えて壁に詰めちゃった?」

 あづさは今居る部屋の壁の隙間に詰め込んだ不要なプリントを思い出しつつ、しかし首を横に振る。

 隙間風を防ぐために壁の隙間に詰めたプリントは、しっかり内容を確認してから1枚1枚裂いて隙間埋めに使った。間違えて壁に詰めた、ということはありえない。

「かといって、これだけ盗まれるっていうのもおかしな話よね」

 一応、あづさはギルヴァスから、部屋の鍵を貰っている。合鍵はマスターキーという形で一応あるらしいが、緊急時以外はあづさの部屋に入らない、ということになっている。そもそも、ギルヴァスがあづさの志望校調査票を盗む理由は無い。盗まれた、という線は限りなく薄いだろう。

「……やっぱり、家に忘れたのかしら。そうじゃなきゃ、単に消えちゃった、なんてあり得ないし……」

 あづさは不可解に思いつつも、そう納得するしかない。

 なんとなく、もやもやと………何か引っかかるものがあるが、考えていても仕方ない。あづさはコットンボールとスライムでいっぱいになったベッドの中に潜り込んで、眠ることにしたのだった。




 翌朝。

 ふわふわとしたコットンボールの感触を頬に感じつつ、あづさは目を覚ました。

 上体を起こして伸びをして、それからベッドを出る。その時にスライムはぴょこんと飛び跳ねてあづさの肩の上に乗り、あづさはスライムを連れて部屋を出る。

「今日は……そういえば、今日はもう、緊急でやらなきゃいけないことって無いのよね……」

 あづさはなんとなく不思議な気分になりつつ、『やらなきゃいけないことが無い』状態を確かめる。

 ……風の四天王だったファラーシアを打ち破り、ラギトが風の四天王団を率いることになった。

 そのおかげで地の四天王領との交流も正常化しそうであったし、何より、侵食地帯の呪いを解いて、見事な農地に変えてしまえたのだ。

 これからも農地の整備には手を入れていかなければならないだろうが、後はスケルトンやゾンビ、ローパーといった種族が農作をしてくれるだろう。

「……変な気分だわ。一山超えちゃった、っていうのは……」

「ああ、そうだなあ」

 独り言に返事があってあづさは驚く。そこに居たのは、当然ながらギルヴァスであった。彼も起きて、食堂へ向かう途中だったらしい。

「驚かせたか?すまない」

「いいわよ、別に。謝ることじゃないでしょ」

 あづさはため息混じりにそう言うと、それから笑って挨拶する。

「ま、とりあえず、おはよう。……良い朝ね」

「そうだなあ。うん、こんなに清々しい朝は久しぶりだ」

「100年ぶりぐらい?」

「うん……そういうことになる」

 ギルヴァスが何やら神妙な顔をしているのが可笑しくて、あづさは笑った。

「なら、相当に気分が良いでしょう?」

「ああ。気分が良い」

 2人は並んで食堂まで歩きつつ、清々しく穏やかな朝を実感するのだった。


「ところで、あづさ。何かやりたいことはないか?その、この領地に関係しないことでも、何でも」

 以前より随分と進歩した朝食を摂っていたところ、ギルヴァスが唐突にそう言う。

「何か、何でも、って言われても……どうしたの?急に」

「いや……そういえば君をずっと働かせっぱなしだったと思い至ってなあ」

 ギルヴァスはそう言って、自分に対してかため息を吐いた。

「状況も落ち着いたからな。君の功績は既に大きいし、その分、休暇や給与があってもいいだろう?」

「あら、認めてくれるの?ありがとう」

「君の功績については誰だって認めざるを得ないだろうなあ……」

 苦笑しつつ、ギルヴァスはどこか楽しげに身を乗り出す。

「君は若いし、それに、ここは君にとっては異世界だ。もし何かやりたいことがあるならやらせてやりたいと思ってる。できる限りの補助はするつもりだ。何か無いか?」


「そう、ねえ……せっかくの異世界、だものね」

 言われて、あづさは考えた。

 ここは、異世界だ。今までだってそう実感させられることばかりだった。……だが、そんな異世界に居ながら、あづさがしていたことは自分の世界の知識と度胸とを使って立ち回ることばかり。下手をすれば自分の命だって危うくなるかもしれない状況であった。

 だが、せっかくの異世界なのだから……もっと平和に、ただ楽しく、ただわくわくするような事があっても、いいのではないか。

 そう考えたあづさは、いつもよりは大分年相応な瞳で、ギルヴァスを見つめる。

「……ねえ、ギルヴァス。この世界って、魔法があるでしょう?」

「ああ。あるぞ」

 ギルヴァスはにこにこと嬉しそうに頷く。

 ならば、あづさがこの後に言う言葉も、見当がついているのだろう。あづさは満面の笑みで、望みを言った。

「何でもいいの!何か1つでいいから、私も魔法を使ってみたいわ!」


 ……だが。あづさの言葉は、ギルヴァスの怪訝な顔に迎えられた。

「……ん?1つでいいから?……あれ、おかしいな。君はもう、魔法を覚えたものだと思っていたんだが……」

「……え?」

「だって君はこの世界の文字が、もう読めるんだろう?」

 言われて初めて、あづさは思い出した。

 ファラーシアが開いたパーティーで、酒の壺のメモ書きを、確かに自力で読んだわ、と。




「そういえばあなた、普通に化学の教科書読んでたわね!?」

「そうだなあ。あれはそういう魔法だ」

 あづさは今まで、自分があまりにも自然にそれらを看過していたことに、ようやく気づく。

 当然だが、化学の教科書は日本語で書いてある。それをギルヴァスはごく自然に読んでいた。そしてあづさもまた、『異世界の文字』に何ら疑問を抱くこともなく、ごく自然に文字を読んでいた。

 何なら、今この瞬間も、ギルヴァスとあづさが普通に会話しているということが十分におかしなことなのかもしれない。あづさは異世界語なんて勉強したことはないのだから。

「俺は今まで、俺が君の本を魔法で読んでいるのを見て、魔法を覚えたんだろうとばかり……」

「そ、そんなことできるわけないじゃない!」

「いや、君ならやりかねないと思ったんだが……その、すまん」

 あなた私を何だと思ってるのよ、とあづさは言ってやりたくなったが、それは堪えてため息を吐いた。

「……まあ、いいわ。できないよりはできた方がいいに決まってるもの。どうやってるのか、自分でも分からないんだけどね」

「異世界人は魔力が多いからなあ。息をするように魔法を使えるんだろう」

「それって便利なようで、実際不便よね」

「かもしれんなあ」

 あづさは自分が今この瞬間も行使しているらしい不思議な力の存在を実感できないまま、しかし、ひとまず気を取り直す。

「でもこれって、私が魔法を使う素質があるってことだものね」

「そうだな。……よし。じゃあ、幾つか簡単なものから始めてみるか?」

「ええ!」

 無意識に使える魔法もありがたいが、単に綺麗だったり強かったり面白かったりする魔法を意識して使ってみたい、とあづさは思う。

 だって、せっかくの異世界なのだから。


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