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誰が四天王最弱ですって?  作者: もちもち物質
一章:彼は四天王最弱……だった
32/161

32話

「よくも!よくもよくもよくも!私の羽を!」

 叫ぶや否や、ファラーシアの周囲に暴風が巻き起こる。

 それはファラーシアを狙って飛んだ宝石の軌道を全て捻じ曲げて弾き飛ばす程に強く、そして、ラギト達ハーピィを皆巻き込むほどに大きい。

 ファラーシアは、暴走していた。

 最早理性などどこにもない。ただ、自分が最も大切にしている美しさを傷つけられたことに対する怒りとショックだけが彼女を支配している。

 暴風は宝石を巻き込んで、大きく高く強く巻き上がる。利己的で支配的なファラーシアの性質を表すかのような大竜巻は、ハーピィ達を次々に酷く傷つけていった。

 宝石は暴風に巻き込まれた今、鋭利な刃となってハーピィ達を傷つけるものでしかない。美しい竜巻は、酷く残酷だ。

 ラギトもまた、竜巻に巻き込まれて自身の制御を失いながら、それでもなんとか身を守り、羽ばたいて竜巻を脱出しようと試みていた。

 ……だが、強い。

 四天王の名は、伊達ではない。

 ファラーシアが今まで散々利己的かつ支配的に風の四天王として君臨し続けていたのは、単純に彼女があまりに強かったからだ。


 風の属性を持つ者の中でも、ファラーシアは特殊であった。

 生まれついて多くの魔力を持ち、戦う才能に溢れていた。風の属性の者は気まぐれなことが多かったが、ファラーシアの気質はともかくその能力については、安定して高いものであったのだ。

 ……ただ、その魔力を制御するものは、理性ではなく感性であった。

 ファラーシアは感情に任せて戦う。即ちそれは、平常心で模擬戦などを行うには向いておらず、その一方……怒りに我を忘れるような危機に陥ったのならば、誰にも負けないような強さを発揮できる、ということである。

 ファラーシアの怒りに暴走した魔力は竜巻となって、宝石もハーピィも、その下の大地も、全て飲みこまんとしていた。

 それを止められるものなど、何も無い、とばかりに。


 ……だが。

「諦めるな!耐えろ!今はただ、耐えるんだ!」

 ラギトの声が竜巻の中で響く。竜巻に巻き込まれ、振り回され、そして舞い上がる無数の宝石に傷つけられながら。その自慢の羽を暴風にやられて、次第にみすぼらしい姿になりながら。

 それでもラギトはそう叫んだのである。

 その声に励まされるようにして、ハーピィ達は次第に体勢を整えていった。

 ……即ち、『抵抗』ではなく、『耐える』だけの姿勢へと。


 風の力は、あらゆる面を持っている。

 そよ風の優しさも竜巻の激しさも風の一部だ。全てを貫くような鋭さを持ち合わせることもあれば、全てを吹き飛ばすような強さを持ち合わせることもあり……そして、全てを受け流すような柔軟さもまた、風の力なのである。

 ラギト達ハーピィは皆、ただ風に身を任せて流されることを選んだ。

 真っ向から向かい風に立ち向かうのではなく、あくまでも風に逆らわず……その風の中でうまく、体勢を整えられるように。

 吹き流されて、振り回されて、それでもハーピィ達は先ほどまでとは異なる状況に居た。

 先程までどうしようもなく混乱していたというのに、今やすっかり落ち着いて……ただ、『耐えて』いる。

 ただ耐える。耐える。苛烈な風の中、彼らは耐える。

 何故なら……どんなに激しい嵐も、収まった後の空には光が差すことを、知っているから。


 そして遂に、ファラーシアを中心とした竜巻は……徐々に、力を失っていったのであった。




 ファラーシアは怒りのあまり、気づけなかったが。

 徐々に徐々に、竜巻は威力を落としていったのだ。あの『風のファラーシア』にしてはありえないことに。

 ……疲れたのではない。感情が収まった訳では、尚更ない。では、何故か。何故、ファラーシアの竜巻は、威力を落としているのか。

 ……その答えは、ファラーシアの身に着ける装飾品にあった。


 怒りに我を忘れたファラーシアは、気づけなかったのである。自分が身に着ける豪奢な装飾品の数々に、リビングロックという別種の魔物が憑りついていたことに。

 更に、そのリビングロック達がファラーシアの魔力を吸っていることにも、気づけなかったのだ。それは全て、ファラーシアが、理性ではなく感性と感情で戦う者だったから。

 ……であるからして、ファラーシアが事態の異常に気付いたのは……突然、ラギトが竜巻の中心へと飛び込んで、ファラーシアに向けてその鉤爪を振り下ろした、その瞬間だったのである。




 ぱっ、と、鮮血が飛んだ。

 ファラーシアの頬はラギトの鉤爪によって切り裂かれていた。

 その痛みが、ファラーシアを我に返らせる。

「……え」

 ファラーシアは、唐突に理解した。

 自分の魔力が何故か恐ろしく減っているということ。

 展開していた竜巻がいつのまにか弱ってしまっていること。

 そして、竜巻が弱ったところを見計らったラギトが竜巻の中心へと身を投じ、ファラーシアへ一撃を加えたということ。

 ……その結果、ファラーシアはその頬を、傷つけられた、ということも。

「これで終いだァッ!」

 最後に。

 ファラーシアは目の前で振り抜かれたラギトの脚に側頭部を打ち据えられて、遂に昏倒したのだった。




 風が止む。

 ファラーシアが意識を失って、彼女が生み出していた竜巻はすっかり消えてしまった。

「ラギト!」

「大丈夫か!?」

 あづさとギルヴァスは地下から出て、すぐにラギトへと駆け寄る。

 ラギトは随分とぼろぼろになっていた。

 自慢の翼からは羽が随分と抜け落ちてしまっており、所々、見ていて痛々しい程である。

 顔にも脚にも無数の切り傷があり、血が流れている箇所もあった。

 ……だが。

「あづさ!見てたか!やったぜ!」

 ラギトは嬉しそうに叫ぶと、あづさを翼の内側に抱き込んで、飛びあがらんばかりにはしゃいだ。

「ちょ、ちょっと!ラギト!あなたねえ!」

「どうだ!凄かっただろ!美しかっただろっ!一番強くて美しい風の王に相応しい戦いだっただろっ!」

 あづさは耳元でラギトの大声を聞かされて『もう勘弁して』というような気分ではあったが……だが、ラギトが嬉しそうにしているのは、あづさにとっても嬉しい。

「ええ、見てたわ!最高ね!」

「だろ!だろ!」

「他のハーピィの皆も、お疲れ様。囮役、大変だったでしょう」

「どうだ!一番美しい囮だっただろ!」

「私が一番美しかった!」

 ハーピィ達もそれぞれに満身創痍の有様だったが、あづさが声をかけると皆嬉しそうにパタパタと翼をはためかせる。

「おめーら!違うだろ!一番美しかったのは俺だ!風鳥隊隊長にして次期風の四天王、ラギト様だ!」

 その中でラギトがまたそう声を張り上げれば、ハーピィ達はまたやんややんやと騒がしくなる。

「うるさいわよっ!私の耳元でさっきから大声出し過ぎなのよ!」

 遂にあづさは耐えきれなくなってラギトを自分から引き剥がしたのだった。




 引き剥がされて、ラギトは少々落ち込んだような顔を見せたが、それに構わずあづさは皆を地下通路へと向かわせる。

「ほら!さっさと手当てしてきなさいよ!アラクネ達が薬と包帯用意して待ってるわ!それから地下の皆にお礼、言っときなさいよ!宝石発射して頑張ってたの、彼らなんだから!」

「分かってるっつの!ったくよォ……ほら!お前ら!さっさと手当てしに行くぞ!」

 ラギトに誘導されたハーピィ達が大人しく地下通路へとぞろぞろ向かっていくのを見て、あづさはひとまずほっとする。

 ……勝った。

 ラギトが、ファラーシアに勝った。

 この事実はもう覆せない。ファラーシアを討ち取ったラギトが風の四天王として君臨することも、十分に可能だろう。

「はー……上手くいって良かったわ、本当に……」

「まあ、ラギトはあれでも只の馬鹿じゃあないからなあ」

「馬鹿と何とかは紙一重、っていうものね」

 ……今回の勝敗を分けたのは、最初の一撃だった。

 ラギトが最初にファラーシアへ掴みかかった、あの時。あの時に、勝敗は決したのである。

 あの時、何故わざわざラギトがファラーシアに掴みかかったのかと言えば、ラギトの懐に居たリビングロック達がファラーシアの装飾品に乗り移る時間稼ぎが必要だったからだ。

 逆に、それさえ上手くいってしまえば、あとは持久戦だった。ファラーシアの魔力はリビングロック達が徐々に吸っていく一方なので、時間さえ経てば勝てる戦いだったのである。

 勿論、その『耐久』が難しいところではあった。宝石はある種、攻撃手段であると同時に目くらましでもあった。ファラーシアをできるだけ正気にさせず、混乱させ続けるための戦術だったのだ。

 ……それらが結果として勝利を導いたのだから、もう文句はない。あづさは晴れ晴れとした気持ちで、ハーピィ達がラギトの誘導で地下へ入っていくのを見送っていた。


 だが。

 ふと振り返ったあづさは、見た。

 昏倒したはずのファラーシアが、ゆらり、と片腕を上げ……その先に、ラギトを捉えたのを。


「ラギト!」

 あづさが叫ぶと、ラギトは振り返った。だが、その時にはもう、ファラーシアの腕から鋭く眩い、風の奔流が放たれていた。




「……無事か?」

 凄まじい風と光が駆けた後、ラギトは無傷でそこに居た。

「ぶ、無事、だけど、よォ……おい、まさかあんた……」

 ラギトもあづさも唖然として、ギルヴァスを見つめていた。

 ギルヴァスはその体でファラーシアの攻撃を受け止めていたのである。


 ……少々の切り傷かすり傷だけ、申し訳程度に負いながら。


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