28話
あづさとギルヴァスは、ラギトを他所に顔を突き合わせて相談していた。内容は当然、これから襲いかかってくるであろう風の四天王ファラーシアをどうするか、という問題についてである。
「正直に答えてね。過小評価はナシよ。……あなた、風のファラーシアと戦って、何割の確率で勝てるの?」
開口一番、あづさはあまりに単刀直入に聞いたが、ギルヴァスはそれを不快に思うこともなく、しかし質問自体への返答に悩んだ。
しばらく唸って考えていたギルヴァスだったが、やがて、諦めたようにため息を吐いた。
「うーん……五分五分、だろうなあ……」
相当に考えた結果だったが、なんともやるせない答えである。だが、ギルヴァスがどのように考えても、この結論を覆すことはできなかった。
ギルヴァス自身とて、自分が弱いなどとは思っていないが、かといってファラーシアが弱いとも思えない。地には地の、風には風の戦い方がある。ましてや相手は、ギルヴァスより領地も配下も多く持つファラーシアだ。ギルヴァスの知らない戦力を隠し持っていないとも限らない。
「ああ、やっぱりそんなもんなのね」
「すまん」
「いいのよ。上出来だわ。勝率5割なら十分、脅しになるでしょう?『少なくともお前に傷は与えるぞ』ってくらいには」
だがギルヴァスが縮こまる一方、あづさは笑ってそう言った。
「そもそも、あなたとファラーシアを最初っからぶつけようとは思ってないわ。それじゃ、意味がないもの」
「意味がない、とは」
「あなたが戦ったら、地の四天王が風の四天王を侵略したことになっちゃうじゃない。これはあくまでも、風の四天王領の内乱であって、革命であって、謀反じゃなきゃいけないのよ。……じゃなきゃ、この先風の四天王領は、地の四天王領の属領になっちゃうの」
成程、とギルヴァスは頷いた。
この戦いは、そもそもは地の四天王は関係ない。
おそらくファラーシアは単なる八つ当たりや憎しみの捌け口としてギルヴァスを襲うだろうし、亡命した配下の一族を狙って地の四天王領を襲うだろう。だが、それだけでなければならない。ギルヴァスの側から、風の四天王領を侵すことも、結果として『侵した』ことになることも、あってはならない。
あくまでもこれは、地の四天王領が『巻き込まれた』、風の四天王団内の戦いなのだ。
「じゃあギルヴァス。もう1つ聞かせてほしいんだけれど、風の四天王領の……そうねえ、ビータウルス達とラギト達風鳥隊。この2勢力が寝返った時、彼らだけでファラーシアに勝てるかしら?」
続いてあづさが尋ねると、今度はギルヴァスもほとんど迷わずに答えた。ただし、ラギトを慮って声を潜めたが。
「多分、無理だろう。勝率は0割だ」
答えは単純。0は明白な答えだ。考える必要もない。
「ふーん。それはどうして?」
「そうだな。まず、ビータウルスは戦えない。体躯こそ、小柄な人間くらいはあるが……それだけだ。何か、戦える力を持っているわけでもない。そして風鳥隊だけでは、ファラーシアには勝てないだろう。彼女はとにかく、速い。速い上に、動きが読みにくい。……ラギトも相当速いが、ファラーシアに一撃入れる間に5、6発は食らうだろうからなあ」
あづさはラギトをちらりと眺めつつ、ラギトがギルヴァスに脚を掴まれてこの城から放り出された時のことを思い出す。
確かにラギトの動きは速かった。だが、あづさに攻撃が向かうと分かっていれば足首を捕まえることもできてしまう程度には、動きが読みやすい。勝敗を分けるのはそこなのかもしれない。
「成程ね。……じゃあ、そこに何が加わったら、ファラーシアに勝てるかしら。正攻法じゃ、難しい?」
「うーん……」
ギルヴァスは『正攻法じゃない』戦い方について、真っ先に考えた。
「まず、彼女への対策だが、ラギトにやったアレは効かないだろうなあ。俺もだが、四天王ともなるとマンドラゴラの鳴き声程度じゃあそうそう倒れない」
「あ、そういうものなの」
動きが速い相手ならば、当たるも当たらないも関係ない音などの攻撃手段は有効だと思っていたあづさだったが、どうやらこれは中々難しそうである。
「それから、毒はもう効かないだろうな。警戒されてる」
「当然ね」
「それから……まあ、基本的に攻撃は当たらないと思ったほうがいいなあ。俺ですら、ファラーシアにまともに攻撃を当てられるかどうかは時の運だ」
あづさは腕を組んで、考える。
マンドラゴラの音の攻撃は効かない。そもそも、マンドラゴラを使うと、ビータウルスやハーピィ達を仕留めてしまいかねない。
毒もまず届かない。警戒している、ということは、食べ物などには当然気を払うのだろう。もう、毒は盛れない。今更盛る気も無いが。
……そして最も厄介なことに、攻撃はまず当たらない。相手はあまりに速く動き、また、恐らくは相手の動きを読んで行動する能力が極めて高い。
……また、考えすらしていないが、今更話し合いや戦場以外の場での決着も、望めないだろう。そんな事をする理性が今のファラーシアにはなく、そんな事をしようとしている内に、ビータウルス達やその他風の四天王団の弱い魔物達が殺されてしまいかねない。
さて。
この状況を、どう打開すればいいか。
「私の世界に、『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』って言葉があってね」
「てっぽー?」
「ええ。……金属の玉を火薬の爆発で飛ばす筒状の武器よ」
ギルヴァスの想像の中では全く以て『鉄砲』ではない何かが生まれていたが、あづさは気にせず続ける。
「とにかく。全然当たらないような攻撃でも、回数を重ねれば1つくらいは当たるでしょう、っていう意味ね」
「……火山の噴火を避けられはしない、というのと似ているか」
「……とりあえずそれでいいわ。とにかく大事なのは、攻撃を大量に重ねる、っていうことなのよ」
「つまり、頭数を揃える、ということか?」
ギルヴァスは頭の中で複数の火山を噴火させつつ、首を傾げる。
「まずは、そうね。攻撃の担い手は多くなきゃ。1人でとんでもない数の攻撃を撃つ、ってこともできなくはないけれど……まあ、今から準備して間に合わせようとするなら、一番準備できる勝算が高いのは、兵力、よね」
あづさとギルヴァスは、揃ってラギトの方を向く。
ラギトは今の今まで放っておかれて苛々したような不安そうな、そんな顔をしていたが、やっと自分の出番か、とばかりに背筋を伸ばした。
「つまり、風の四天王団の中で、どれくらいの種族が反旗を翻すかが鍵、というわけだ」
「やっぱり、そういうことだよな」
ラギトは頷くと、勢いよく立ち上がった。
「分かってる。できるだけ多くの種族をこっち側に寝返らせてやるよ!全員で助かる方法はもうそれしかねェんだ。分かってくれる奴らだって少なくないはずだ!」
「勢いがいいが、勝算はあるのか?」
ギルヴァスが尋ねると、水を差された、とでも言いたげな顔でラギトはギルヴァスをじとりと睨む。
「知るかよ!碌に話したこともねェような種族だって居るしよォ……ただ分かってンのは、あのクソババアに嫌気が差してる奴らは多いって事だ。あとは、クソババアに押し潰されるよりもクソババアをぶっ潰す事を選んでくれるか、っつうだけだろ」
ギルヴァスは表情を曇らせた。
ラギトの思いは熱く、ある種、人々を先導していくには十分なものに思える。押し潰される屈辱も恐怖も理解して、その上で抗おうとするラギトの姿は、ファラーシアよりも風の者達の共感を集めるはずだ。
……だがそれだけでは、ファラーシアの恐怖から弱者達を振り切らせるに至らないのではないか、と。
そしてあづさは考える。
寝返る種族の数は重要だ。こちらの味方が増え、同時に相手の味方が減る。何が何でも、できるだけ多くの種族に寝返らせたい。
だが、それはラギトに任せるしかない。あづさやギルヴァスがこれ以上関わったら、それは内乱ではなく侵略戦争だ。だから、ラギトに任せるしかない。
そして、あづさはこの状況で、自分達にできることを考え……。
「私達にできることは……亡命してくる種族の保護と受け入れ。それから戦場の整備と、武器の調達。そして何より……ラギトの支援よ」
「ラギト。あなた、風の四天王団の皆を助けたいのよね?」
「お、おう!そりゃそうに決まってンだろ!」
あづさの確認に、ラギトは胸を張って答えた。
するとあづさは満足げに頷き……言った。
「なら決まりだわ。ラギト。あなた、誰よりも強くて綺麗な、新たな風の四天王になりなさい」




